ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年11号
道場
卸売業編・第7回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

NOVEMBER 2003 58 大先生の事務所で宴会が始まった 突然の入院からの復帰に話が弾む 銀座の大先生の事務所。
お歳暮などでもらった お酒が溜まっていて、置き場に困っています。
何と かしてください――。
冗談めかした女史の言葉に、 大先生がすぐに反応した。
「よし、いまから宴会をやるぞ」 早速、弟子二人と女史が手分けして準備にとり かかった。
よくあることなので手際はいい。
近くの 百貨店の食料品売り場から、女史が大先生好みの つまみを仕入れてきた。
結構、豪華なものが並んだ。
宴会が始まった途端、女史は大先生を見ながら、 しみじみと言った。
心なしか目に光るものがある。
「本当に、お元気になられてよかったですよ」 実は二カ月ほど前、大先生が自宅で倒れるとい う事件があった。
救急車で病院に運ばれ、そのま ま一カ月ほど入院。
退院後も自宅でのリハビリ生 活を余儀なくされ、久しぶりに事務所に出てきた のはほんの一週間前のことだ。
大先生の入院中、ほぼ毎日の見舞いと、コンサ ルを請け負っているクライアントとの打ち合わせ、 予定のキャンセルと再調整、さらに本来は大先生 の仕事である来客との対応など、事務所はてんや わんやの忙しさであった。
実感のこもった女史の言葉に、二人の弟子も大 きく頷く。
涙ぐんだのが照れ臭いのか、女史がちゃ ちゃを入れた。
「コンサルでお客さまを入院させたりしている罰 が当ったんでしょうか?」 「きっとそうですよ。
これからは師匠のご指導も、 少しやさしくなるかもしれませんね‥‥」 女史の言葉を受けて、美人弟子がこれまた楽し そうに大先生をかまう。
「しかし、オレは節度のある健康的な生活をして いるのに、病魔はそんなことおかまいなしに襲って くるんだな。
まあ、いい休養になった」 大先生のぬけぬけとした物言いに、あきれたよう に三人は顔を見合わせる。
相手にしない方がいい と思ったのか、女史が話題を変えた。
「先生が入院されたのが、あの大阪出張から帰ら れた夜ですよね。
ばたばたしていて聞いてませんで 《前回までのあらすじ》 主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタント。
現在、 コンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに消費財問屋の物 流改善を請け負っている。
クライアントの大阪支店への出張から帰京し たその夜、大先生を予期せぬ病魔が襲った。
救急車で病院に担ぎ込まれ た大先生は、その場で入院が決定。
1カ月の入院生活を余儀なくされた。
日頃からマイペースで仕事をしているとはいえ、突然の大先生の入院は、 残された弟子たちに大きな負担を強いることになった。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第 19 回》 〜卸売業編・第7回〜 59 NOVEMBER 2003 したが、あのとき例の美術館には行かれたんです か?」 大きく頷きながら、体力弟子が即答した。
「もちろん、行きました。
あれが主目的のようなも のでしたから。
あのときの師匠はご機嫌で、まさ かあの夜、倒れることになるとは思ってもみませ んでした」 「そう言えば、あの?飛青磁花生(とびせいじはな いけ)〞を見たときの皆さんの反応はおもしろかっ たですよ‥‥」 美人弟子が言葉をつなぐ。
頷く体力弟子を横目 に、女史が興味深そうに「へー、どんな反応だっ たんですか」と聞き返した。
ひとり大先生だけが、 われ関せずといった風情で女史が仕入れてきた刺 身をつまんでいる。
「あの花生は美術館の奥の方の、自然光の入る部 屋に飾ってあるんです。
師匠ときたら、途中の展 示物には目もくれず、どんどんその部屋に向かっ ていってしまう。
仕方なしにみんなも師匠の後を ついていくんですが、六人もの集団が足早に展示 室を突っ切って進む光景は、かなり妙だったと思 いますよ」 美人弟子の情景描写に、女史が声を上げて笑う。
「どんな光景か目に浮かびます。
先生が先頭で‥ ‥おかしー」 おもしろい話を聞くと、「おかしー」というのが 女史の口癖だ。
美人弟子が続ける。
「しかも、その部屋に入ったら、すでに営業部長さ んが来ていたんです。
腰をかがめて目の高さにし た花生に、じーっと見入っている。
その隣に師匠 が行って、同じように腰をかがめると、部長さんは ちらっと師匠を見て頷くだけ。
同好の士に言葉は いらないんですね」 二人が並んで腰をかがめている姿を想像した女 史は、さも愉快そうにお腹を抱える。
「その後、予期せぬことが起こったんです」 美人弟子の思わせ振りな言葉に、ふと女史の笑 いが止んだ。
「何を思ったか、あの物流部長さんが、どれどれとか言いながら、お二人の間に割って入ったんです。
それも同じようにわざわざ腰をかがめて。
そして、 何て言ったと思います? 『なーんだ、これでっか、 先生の恋人というのは』と、こうですよ!」 美人弟子が物流部長の口調をまねながら説明す る。
女史がびっくりして、すぐに聞き返した。
「えーっ、それでどうなりました」 「師匠と営業部長さんに同時にこうやって前から 肩を押されて、物流部長さんは見事に後ろに尻餅 をつきました」 美人弟子のしぐさを交えた説明に、また女史が 笑い出した。
そのときの光景を思い出しながら一緒 に笑っていた体力弟子が付け加える。
「まだ続きがあるんです。
尻餅をついた物流部長 さんの頭を、社長さんがピシャっと叩いて一言、『ば かっ』ですよ」 「えー、ほんとですかぁ。
おかしー。
それで社長 さんは、その花生については、どうだったんです か?」 「それはもう、かなり気に入ったようでした。
口 にこそ出しませんでしたが、魅入られたって感じで NOVEMBER 2003 60 見つめていましたから」 体力弟子の感想に、美人弟子も同意する。
「社長さんは、帰りがけにあの美術館の図録や花 生の絵葉書を何枚も買っていました。
後でお聞き したら、額に入れてあちこちに置いておくってこと でした。
これから大阪に行ったら、必ずあそこに寄 るともおっしゃってました。
もう二カ月になります から、何度か行ってるんじゃないでしょうか」 突然、女史が大先生に質問した。
「先生が入院中、社長さんが何度もお見舞いにいら っしゃいましたよね。
そのとき、花生のお話は出た んですか」 「花生の話? 知らん‥‥」 この話になると大先生はやけに素っ気ない。
やっ ぱり大先生にとって花生は触れられたくない?恋 人〞なのかもしれないと思いながら、女史は話題を 変えた。
「地位に就くとは役割を演じること」 大先生の持論を弟子が解説する 「ところで、あの物流部長さんって、ひょうきん というか、憎めないっていうか、おもしろそうな方 ですよね。
もともと、ああいう性格なんでしょう か?」 弟子たちが答える前に、大先生が断定した。
「違うな。
ああいうタイプを演じているだけだ」 「演じてる‥‥ですか?」 女史が興味深そうに聞き返す。
弟子たち二人は 「そうか」という顔で大先生の方を見た。
弟子たち は、演じることの大切さを大先生からしょっちゅう 言い聞かされている。
大先生のグラスが空なのに気づいて、美人弟子 が慌てて大先生が好きな焼酎の水割りをつくる。
会 話が途絶えた。
女史と体力弟子の手が、話に夢中 で手をつけていなかった肴に伸びる。
美人弟子もグ ラスに入った日本酒をぐっと空けた。
これから始ま るであろう大先生の話を聞くために、心の準備を しているようにもみえる。
しばし、酒と食が進んだ。
大先生がタバコに火 をつける。
入院中の禁煙を続けた方がいいという周 囲の声にも耳を傾けず、「禁煙は身体に悪い」、「健 康のためには節煙がいい」などと言いながら、退院 するとそうそうにタバコを再開した。
煙を吐き出し ながら、大先生が話し始めた。
「あの物流部長は、ああいう言動をすることが、会 社の中で生き抜いていくうえで都合がいいと思って いるのさ。
もともと素地があったのかもしれないが、 ひょうきんでおもしろい言動が周りに好意的に受け 入れられることを肌で感じ、いつの間にか、そうい う自分を演じるようになった。
周りの期待に応えて いれば、周りは許容してくれる。
そういう処世訓の 中で、彼は期待を演じているということだろうな」 三人は大先生の話を真剣に聞いている。
「もちろん、演じているという意識が彼にあるか どうかはわからない。
だが、もし今でも、彼に演じ ているという意識があるとしたら、ひょうきんな人 だと決めつけて接するのは注意した方がいいぞ」 大先生はタバコを消し、グラスを手に取った。
こ の話のなかで思い当たることでもあったのか、女史 が大きく頷いている。
そして、確認するように弟子 61 NOVEMBER 2003 たちに問い掛けた。
「先生が、よくお二人に、お客さまが期待するコ ンサルタントを演じろとおっしゃっていますが、そ れはまた違う意味で?演じる〞ってことなのでしょ うか」 体力弟子が慎重に言葉を選びながら、自分の理 解を女史に説明しはじめた。
なんか緊張しているよ うだ。
「はい、物流部長さんの場合は、もしかしたら意 識せずに、自己防衛的にそういうことになってるの かもしれません。
でも師匠が私たちにおっしゃるの は、意識してやれということです。
クライアントはコンサルタントに大きな期待をし ています。
コンサルタントはこういう知識を持って いるはずだ、コンサルタントはこう指導するはずだ、さらに、コンサルタントはこういう立居振舞をする はずだ――。
そういった期待を常に意識して、自分 なりに期待されるコンサルタント像を演じろと指導 されています」 体力弟子が一気に話し終えると、代わって美人 弟子が続けた。
大先生の持論でもある「ビジネス の場は舞台だ」という考え方を、当の大先生の前 で説明するのは緊張を強いられる行為だ。
だが彼 女の場合は意に介していないようだ。
「そうやって演じる意識を持つと、自分に足りな いものが何かよくわかるんです。
演じようとすると、 いまの自分ではどうしても背伸びせざるをえません。
背伸びした分を早く埋めなければなりませんので、 当然勉強が必要になります。
勉強しなきゃって気 持ちになります。
それがいいんですね。
あと、これが一番重要なことなのかもしれません が、コンサルタントを演じるとなると、コンサルタ ントとは何かについて真剣に考えるようになります。
クライアントとの関係をどう持つのかということも 意識します。
漫然とコンサル業務をするのとは、成 長という点で大きな差が出ると思います」 Illustration􀀀ELPH-Kanda Kadan NOVEMBER 2003 62 美を理解する感性が物流を変える 大先生は意味深な笑みを浮かべた 女史が感心したように聞いている。
いつしか真剣 な雰囲気になってきた。
酒や肴に伸びる手もとまっ たままだ。
大先生だけが宴会を楽しんでいるように みえる。
思い切ったように、また体力弟子が話し始めた。
「もちろん、これは私たちコンサルタントだけの 話ではなく、ビジネスの場にある人すべてに言えま す。
あ、お家で期待される父親像を演じている人 もいるかもしれませんが‥‥」 体力弟子の話がちょっと逸れたが、女史はごく 自然に自分の意見を言った。
「そう、父親像を演じた方がいいと思います。
子 供にばかにされないためにも‥‥」 「それは言える」 大先生も女史に同意する。
自分の発言の脱線で 話題がそれたことに戸惑いながらも、体力弟子が 強引に話を元に戻した。
「たとえば、社長になったら期待される社長像を 演じる、部長になったら期待される部長像を演じ る――。
そういうことを意識するのが、望まれる社 長や部長への近道ということだと思います」 「その点、この間、皆さんが話してくれた大阪支 店の支店長さんは、演じる意識がないのが最大の 問題なのかもしれませんね。
演じる意識を持てば、 もしかしたら変わるのかも‥‥」 またもや適切なコメントを述べると、女史は楽し そうに笑った。
マイペースで肴をつついていた大先 生が「それは言える」と再び同意した後で続けた。
「地位に就くということは、その地位に期待され る役割を演じるということさ。
この意識がないとだ めだな。
漫然とその地位に就いているだけでは、結 局期待に応えられない。
そういう輩が多い。
女史 は結構いい指摘をしているかもしれないぞ。
いいセ ンスだ」 大先生の褒め言葉を受けて、体力弟子が「うー ん、すごいな。
勉強になります」と女史に最敬礼す る。
美人弟子も同じ姿勢をとった。
「やめてくださ い。
あ、氷がなくなりましたね」と言いながら、女 史は冷蔵庫に向かった。
「ところで、その支店長は、美術館でどんなだっ た?」 女史の背中を見ながら、大先生が弟子たちに確 認する。
「後ろの方から覗き込むように見てましたけど、あ まり関心はないようでした」 美人弟子が印象を述べる。
「そうすると、あの美しさに惹かれたのは、営業 部長と社長か‥‥。
となると、あの会社の物流は この二人が変えていくことになるな」 「そういうことになりますか?」 体力弟子が首を傾げながら聞く。
「そう、あの美が、物流が目指すべき到達点。
あ の美を感じる感性がないとだめだな」 意味深な言い方をすると、大先生はにっと笑っ た。
(次号に続く) ゆあさ・かずお1971年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入 社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手に とるようにIT物流がわかる本』(かんき出 版)、『Eビジネス時代のロジスティクス戦 略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジメント 革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE *本連載はフィクションです

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