ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年11号
SCMの常識
需要と供給の同期化?

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SCMの常識 講 座 ▼講師 理論編・実践編とも 杉山成正 ベリングポイント ディレクター NOVEMBER 2003 64 前回で解説した改革テーマの決定、そして To ―Be(あるべき)業務プロセスの設計と 効果の検証に続き、今回はTo ―Be業務プロ セスを実現するための組織・システムの設計に ついて解説します。
左記の?から?までです。
􀀀 サプライチェーン診断 ? 課題の抽出 ? 改革テーマの決定 ? To ―Be業務プロセスの設計 ? 効果の検証 ? To ―Be業務プロセス実現の障害の検討 ? 実現のための組織の設計 ? マネジメントシステムの設計 ? 情報システムの設計 ■■障害の検討 To―Be業務プロセスの設計が終わり、そ の効果の検証によって目的を達成することが 確認できたら、次はTo ―Be業務プロセスを 具体的に実現する上で、どのような障害があ るのかを検討していきます。
サプライチェーン全体を見渡すと、市場の 需要の変化に即応することで互いに利益を上 げていこうというSCMのあるべき姿にとっ て、望ましくない状況があちこちにあること に気付くはずです。
たとえばサプライヤーとの取引関係におい て、納期や数量の変更が日常化していれば、 それがTo ―Be業務プロセスの実現を阻む障 害になり得ます。
あるいはカスタマーとの取 引で、年度末や月末に販売店に強引な仕入れ の要求をしたり、逆に正当な理由のない返品 を受け付けたりすることもあるでしょう。
このようにTo ―Be業務プロセス実現の障 害は、サプライヤーやカスタマーとの関係に もありますが、まずは自社内の障害を考えて いくことにしましょう。
障害を洗い出していく上でのヒントとして 次の五つの視点があります。
? 組織およびマネジメントシステム ? 情報システム ? 人材 ? 設備・インフラ ? 法律・規制 ?組織およびマネジメントシステム上の障 害としては、たとえば販売計画の決定にかか わる部門が多数にわたっていて、部門間の調 整あるいは合議という形を取っていることが 上げられます。
この体制では当然、意思決定 のスピードアップが難しくなります。
また?情報システムについては、過去に段 階的かつ業務担当部門別に導入されたロジスティクスシステムが障害となるケースが多く みられます。
そのためにサプライチェーン全 体の商品在庫場所と数量を正確に把握しよう とすると数日を要してしまうことになります。
?人材面での問題もあります。
SCMの考 え方を理解し、組織の壁を打ち破って新しい 業務プロセスを導入していくには、改革のプ ロセスをリードし、定着させていくメンバー が必要です。
そのようなメンバーの候補者が 少なかったり、適性はあるものの適材に配置 されていない、ということがあります。
この他にも、?工場や物流拠点の設備や地 理的な条件、さらには?各国の法律や規制に よって影響を受けることもあります。
これら の障害をいかに乗り越えていくかが、SCM 改革を成功させる鍵になります。
需要と供給の同期化 ? 理論編 〈第6回〉 65 NOVEMBER 2003 とりわけ?組織の設計とマネジメントシステ ムの設計、?情報システムの設計、そして?人 材の問題は重要です。
このうち人材については、 連載一〇回目に当たる「SCM改革の実行計 画」で改めて触れることにして、今回は?と? について説明します。
■■組織の設計 To―Be業務プロセスは、市場の需要の変化 に即応できるように、シンプルかつ短サイクル で生産、販売、在庫の計画を見直すように設計 されています。
当然、このプロセスを実現する 組織もシンプルかつ機動的であるべきです。
たとえば、週次の計画サイクルと月次の計画 サイクルを持つTo ―Be業務プロセスの場合に は、週次の生産、販売、在庫計画を運用する 現場に近い組織と、月次で経営層自らが事業 運営の観点から即決する組織の二階層に整理 することができます。
ただし現状の組織、関係者の社内ポスト(肩 書き)というしがらみを捨てて、大胆な改革が 求められるという点で、この組織設計が一番痛 みを伴うステップかもしれません。
■■マネジメントシステムの設計 組織が決定したら、次に各組織の権限と責 任を明確にし、さらには各組織の成果を評価す るためのKPIの設定を行うことになります。
つまり、マネジメントシステムの設計です。
お およそ以下のようなステップになります。
?各組織の責任範囲を明らかにします。
この時、 To―Be業務プロセスの各機能と組織をマ ッピングします。
?マッピングされた責任範囲に見合った権限 (SCMにおける意思決定の範囲)を明らか にします。
?組織に求められる意思決定を行うために必 要な情報を定義します。
?各組織について、その責任範囲に見合った KPI(ここでは組織のSCM全体への貢 献を測る主要指標を意味します)を設定し ます。
?各組織の業務をKPIに添った適切な方向 にガイドしていくために業務ルールを明確 にしていきます。
これまでにも何度かご紹介してきた通り、組 織の壁によってSCM全体の最適化ができな い大きな理由の一つが、このKPIの問題で す。
たとえば、生産部門の指標として良く用 いられてきた一製品当たりの生産性という指 標が、SCMでは必ずしも重要とはいえなく なります。
SCMにおいて工場という組織は、生産計 画の見直しに柔軟に対応し、定められた納期 通りに製品を供給する責任を負っています。
つ まり生産計画遵守率がKPIとなります。
そ のために生産部門は必要な設備、人、予算が 与えられ、工場施設およびサプライヤーをコ ントロールする権限を持っているのです。
■■情報システムの設計 組織とマネジメントシステムの設計が固ま って始めて、To―Be業務プロセスとマネジ メントシステムの運用を支える情報システム の設計に着手します。
ここでポイントになる のは、情報システムと人間系のバランスをど のように取っていくかということです。
そもそもSCMが脚光を浴びるようになっ たのは、情報技術の急速な進化によって、こ れまで不可能と思われてきた複雑な計画立案 や大量のデータ処理が現実のものとなってき たからです。
しかし、情報システムに傾注しすぎ、より 精度の良い計画をシステムに自動立案させよ うとすると、詳細なデータとパラメータ(計 画立案のための条件)をシステムに教え込む ことが必要となり、それが計画担当者の負担 になってしまいます。
その一方、人間の情報処理能力には限界が あります。
担当者の判断、調整能力を当てに しすぎると、短いサイクルで計画を見直すこ とが難しくなってしまいます。
そのため情報 システムと人の役割分担の設計が重要になる のです。
また、SCMシステムの生命線とも言える 在庫情報の精度・更新頻度も情報システムの 設計において注意が必要なポイントです。
情 報技術的にはリアルタイムでの在庫情報の共 有が可能だとしても、現場における在庫管理 業務の負荷が大き過ぎては業務が回らなくな ってしまいます。
高価な情報システムに振り 回されることのないように十分な検討が必要 です。
NOVEMBER 2003 66 前回は、「悪魔のサイクル」について紹介し ました。
各部門における「望ましくない状況」 というのは、他の部門の「望ましい状況」と 連鎖しており、悪循環を繰り返しています。
こ の悪循環を何とかして断ち切って、好循環に 変えていかなければならないという話でした。
ここで「悪魔のサイクル」の例( 図1 )を 改めて見てみましょう。
ここで紹介したのは 十分な市場情報、顧客ニーズが捉えられず、商 品企画力が不足したまま、商品開発を進めざ るを得ないというケースです。
開発途中での仕様の変更が頻発し、開発計 画に無理が生じて、結果的には発売の延期が 日常化しています。
発売が延期されることに より、競合他社に後れをとり、販売促進策も 十分な効果を発揮できません。
新商品の売り 上げは伸び悩み、ますます市場やユーザーと の距離が拡がってしまいます。
このような状況を打破するためには、どこ かで「悪魔のサイクル」の循環を断ち切らな ければなりません。
ワークショップでは、どこ から悪循環の鎖を断ち切るのか、どのような 方法で取り組むのか、突っ込んだ議論が必要 です。
開発部門 「これから始まる新商品開発プロジ ェクトでは、開発管理を強化したいと考えて いる。
発売日も守り、品質も確実に保証でき るように、開発資源を集中させる」 営業部門 「開発管理を強化するということは、 前もってスケジュール上のリスクがわかるよ うになるということだな。
これまではギリギリ までガンバルといって、発売予定日直前で開 発の後れが表面化することが多かった。
しか し事前にきちんと分かるのであれば、販売戦 略の練り直しも可能になる」 開発部門 「これまで開発会議は、開発と営業 の建前がぶつかり合う場になっていて、発売 計画の見直しをなかなか言い出し難かった。
例 え言い出したとしても営業部門から『開発部 門の言い分はわかったが、開発の問題は開発 で解決しろ』言われかねない雰囲気だった」 営業部門 「SCMのワークショップに参加し 天使のサイクル 改革の現場から 実践編 てわかったことは、サプライチェーン内で正 しい情報を共有しないと、お互いに誤った判 断をするということだ。
もっと意味のある開 市場・ユーザー 情報の不足 開発途中での 仕様変更 市場対応に追われる 「悪魔のサイクル」 精神論的計画 品質問題 競合他社に 後れをとる 顧客ニーズ情報・ 商品企画力の不足 新商品売上の伸び悩み 開発納期遵守・ 品質維持が困難 新商品発売の 延期と混乱 図1 67 NOVEMBER 2003 講座SCMの常識 発会議に変えていこう。
経営層がリスクを伴 う判断を避けていてはいけない」 こうなってくると、開発管理の強化に開発 部門と営業部門が共に取り組むことにより、悪 循環を断ち切っていけそうです。
経営トップ 層にも意識改革を求めることになるでしょう。
図2 は、悪循環を断ち切って好循環にかわ った「天使のサイクル」の例です。
開発管理 を強化し、予定通りに高品質の新商品を発売 することにより、販促計画は最大限の効果を 発揮し、売り上げは伸び、顧客からは次の商 品開発につながる有益な情報を得ることがで きるようになります。
その結果、商品企画力 が向上し、開発資源をさらに有効に活用でき、 開発納期遵守や品質維持・向上がより確実に おこなわれるようになるのです。
しかし、実際には「悪魔のサイクル」が「天 使のサイクル」に変わっていくのには、少し 時間がかかります。
標準的に言えば、一年間 くらいの時間がかかるでしょう。
この間、「自 分たちの進めている改革は、本当に効果を上 げられるのだろうか? あの部門は真剣に取り 組んでいるのだろうか?」と不安になるのが 現実です。
ワークショップから日が経てば、改革しな ければという熱い思いにも温度差が生じます。
各部門に戻って時間が経つと、一度壊したは ずの組織の壁が、また少しずつ育ちはじめる のが現実です。
一年間にわたって意欲を持続 することが課題になります。
そのためSCMプロジェクトでは、改革の 意識とその方向性に間違いのないことを繰り 返し確認することが重要です。
コツは、その ための「場」を用意しておくことです。
例え 小さな前進であっても、それを全員で確認し 継続していくことが大きな成果へとつながっ ていきます。
すぎやま・しげまさ機械電子メーカー、日系シ ンクタンクを経て、2002年にべリングポイント 入社。
SCM戦略の策定と推進、SCMシステムの 導入のコンサルティングに従事。
現在、同社ディ レクター。
著書に「図解サプライチェーンマネジ メント」(日本実業出版社・共著)、「ERP〜 SAP R/3〜によるSCMシステム構築技法」 (ソフトリサーチセンター・編著)、「図解でわか るビジネスモデル特許」(日本能率協会マネジメ ント・共著)。
中小企業診断士。
AGI認定TO Cコンサルタント“Jonah” PROFILE 開発における 要求仕様が明確 市場をリードする 「天使のサイクル」 確実な発売計画 品質問題なし 競合他社に先行 して優位に立つ 顧客ニーズ情報を活用 し商品企画力が向上 新商品発売により 売上伸びる 開発納期遵守・ 品質維持 販促計画と連動した 新商品発売 市場・ユーザーからの 情報が増える 図2

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