ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2003年2号
判断学
銀行国有化論の誤り

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 第8回 銀行国有化論の誤り FEBRUARY 2003 62 エンロン、ワールドコム事件 エンロンが倒産したのは一昨年十二月、そしてワールドコム が倒産したのは昨年七月だったが、これがアメリカ社会に与え たショックは大きく、連日、新聞、雑誌が書き立て、これに関 して書かれた本も続々と出ている。
日本でもようやくエンロン、ワールドコム関係の本が次々と 出版され、本屋の店頭にうずたかく積まれている。
みずほ総合研究所著『エンロンワールドコムショック』(東 洋経済新報社)、大島春行、矢島敦視著『アメリカがおかしく なっている』(NHK出版)、ピーター・フサロ、ロス・ミラー 著、橋本碩也訳『エンロン崩壊の真実』(税務経理協会)、日本 経済新聞社編『米国成長神話の崩壊』(日本経済新聞社)など はいずれもエンロン、ワールドコムをテーマにしたものだ。
か く言う私も『エンロンの衝撃』(NTT出版)という本を書い た。
エンロンやワールドコムの事件がアメリカの資本主義にとっ て何を意味するのか、そしてそれは日本の資本主義にとってど のような意味をもっているのか。
読者はこのような関心をもっ てこれらの本を読むだろうが、正直にいってこういう期待に応 えられる本は少ない。
普通の犯罪事件と違って、これらの経済事件について興味本 位で読む人はおそらくあまりいないだろう。
そこで問われてい るのは、このような事件をどう判断するか、ということである。
エンロン事件をどう判断するか、ということについて私はこ のシリーズの三回目で書いているが、ずばりいって、これは株 式会社の危機を意味しているというのがこの事件に対する私の 判断である。
そしてそれはアメリカだけでなく、日本の株式会社にも共通 するものであると考えている。
なぜそう判断するのか? 詳し くは私の本を読んでもらう以外にはないが、たくさんの資料を 読んだ結果、こういう判断をしたのである。
日本のマスコミはエンロンやワールドコムの問題を、単なる詐欺事件として 報道している。
そこでは「株式会社の危機」という事件の本質が見失われてい る。
日本の新聞記者は、なぜ判断を誤るのか。
日本の新聞、雑誌の判断 ところが日本の新聞や雑誌、あるいは先に挙げたような本で、 多くの人はそういう判断をしていない。
日本で最も主流になっ ている判断は次のようなものである。
エンロン、ワールドコムの倒産はアメリカ型の株主資本主義 の危険な面をあらわしているが、だからといって日本のやり方 が良いとはいえない。
日本はアメリカより二周も三周も遅れて 走っているのだ。
そしてアメリカはこれらの事件に対してすぐ に有効な対策を打ち出しており、日本はそれに学ぶべきだ。
日本の新聞や雑誌に出ている記事や論説はだいたいにおいて このようなものである。
こういう新聞記者の判断はなんら根拠 があるものではない。
ごく通俗的に、そう書いた方が新聞記者 にとって都合が良いからそう判断しているだけである。
私はかねてから日本の新聞記者がいかに判断力に欠けている か、ということを痛感しており、講演などでこのことを強く主 張している。
今回のエンロン、ワールドコムの事件でもそのこ とを痛感している。
先にあげた本のなかで大島春行、矢島敦視著『アメリカが おかしくなっている』は、NHKスペシャルでエンロン事件を 取り上げた際、取材したことをまとめたもので、直接エンロ ン関係者などにインタビューしており、それなりに面白く読 ませる。
しかし、エンロン事件を一九二〇年代に起こった『ポンジー 事件』と同じ次元でとらえ、これを単なる詐欺事件にしてしま っている。
これはまさに興味本位にこの事件をとらえたもので、 これでは問題の本質は全くわからない。
それどころか、人びと の判断を狂わせてしまう。
先に挙げた日本経済新聞社編の『米国成長神話の崩壊』も また新聞記者の判断力のなさをまざまざとみせつけるような本 である。
63 FEBRUARY 2003 イトマン事件の教訓 ここで思い出すのはイトマン事件である。
イトマン事件はバ ブル崩壊後に起こった企業不祥事の先駆けともいえる事件だっ たが、当時の新聞はもちろんテレビや週刊誌なども盛大にこの 事件を報道した。
そして事件の主役として許永中や伊藤寿永光、 さらにイトマンの河村良彦社長の悪事が暴かれたのだが、新聞 社では社会部がこの事件の報道の主役を担ったためか、単なる 詐欺事件にしてしまった。
当時、私は『朝日新聞』で『私の紙面批評』を担当していた が、一九九一年十二月七日付けの『私の紙面批評』で次のよう に書いた。
イトマン事件について洪水のような報道がなされたが、報道 する側が細かなニュースに追い回されて「事件の持つ意味を見 失っているように思える」。
「そこで問われているのは、日本の 大銀行のありかたなのだが、いつの間にか、二人の詐欺師(伊 藤寿永光、許永中)の話になってしまった。
これではイトマン 報道の意味はなくなってしまう」と。
イトマン事件の主役は住友銀行であり、バブル時代にこの銀 行がイトマンに土地投機や株式投機の資金を供給したことがイ トマン破綻の原因を作っていったのである。
それはまさにバブ ル経済とその崩壊を象徴する事件であったのだが、新聞はこれ を単なる詐欺師の事件にしてしまった。
この事件のあと朝日新聞大阪社会部の記者たちが『イトマン 事件の深層』(朝日新聞社)という本を書いたが、その「あと がき」に私の紙面批評について触れて、「耳の痛い指摘」だっ たと書いている。
イトマン事件のあと銀行の不正融資事件、証券スキャンダル、 総会屋スキャンダル、ゼネコン汚職などと大事件が続発し、そ して現在は銀行の不良債権問題へと関心は移っている。
いずれ もバブル経済とその崩壊がもたらしたものである。
そのことを 忘れてこれらの事件をそれだけでとらえていると判断を誤る。
大和銀行事件の報道 エンロン、ワールドコムの事件もまさにそうである。
これは アメリカの株式会社が発展していったなかで、それが第一期の 個人資本家による支配から第二期の「経営者支配」の段階を経 て、第三期の「機関投資家資本主義」の時代へと移行したが、 その第三期の末期において一挙に株式会社の矛盾を露呈したも のだった。
ところが、これをエンロンやワールドコムのCEO(最高経 営責任者)やCFO(最高財務責任者)の個人的な詐欺事件 にしてしまう。
それではイトマン事件と同じように、いやそれ 以上に、事件の本質を見誤ってしまう。
また、「日本はアメリカより二周も三周もおくれて走ってお り、アメリカは今回の問題をいち早く解決した」などという新聞記者の判断もまたこの事件の本質を見誤ったものである。
それというのも日本の新聞記者が勉強しないからだが、「夜 討ち朝駆け」の取材を新聞記者の仕事だと勘違いしているとこ ろからこのようなことが起こるのではないか。
以前、新聞記者の集まりで講演したときにこのような話をし たのだが、反応がないというより、むしろ反発する空気のほう が強かった。
そのあと、大和銀行がアメリカで一〇億ドルの損失を発生さ せて大事件になり、株価も暴落したが、そのとき、「大和銀行 が住友銀行と合併」というニュースを各新聞が報道した。
私はそのとき、「こんな合併は出来るはずがない」といった のだが、結果としてこの合併報道は誤報となった。
そこで私は 「住友銀行と大和銀行について実状を知っている人ならこんな 判断をするはずがない」と新聞記者にいったのだが、それを報 道した新聞記者はいかにそれが特ダネであったか、ということ を自慢していた。
日本の新聞記者はなぜ判断を誤るのか。
真剣に考え直す必要 がある。
「エンロンの衝撃 株式会社の危機」 奥村 宏著 NTT出版 1600円(税外) 世界を震撼させたエンロン破綻劇の元凶は、株 式会社という仕組みそのものにある。
日本の大企 業の株式持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判し てきた著者が、アメリカと日本の現状を対比させ、 株式会社の危機を訴える。

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