ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年12号
特集
崩壊する取引制度 「価格は“隣の店”が決める」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

DECEMBER 2004 32 卸は販売代理店ではなくなった ――加工食品や日用雑貨品を扱うグロサリーメーカー の取引制度を少し長いスパンで解説してください。
「一九八〇年代には、まだ日本のマーケットは成長 し続けていました。
しかし、過去に比べると成熟が進 んでいた。
そこで一部の食品メーカーは、売り上げを 伸ばすために多品目化し、卸への累進リベートを導入 しました。
たくさん売れたらリベートもたくさん払う よという制度を導入したわけです。
いわば流通政策上 はまだプッシュの時代です」 「ただし、いくら卸に押し込んでも、小売りの店頭 からはけなければ仕方がない。
このため小売業への販 促費もかなり増えた時代と言っていいでしょう」 ――その一方で八〇年代にはメーカーから小売りへの パワーシフトが進みました。
九〇年代は? 「市場がさらに成熟する一方で、大店法の緩和によ って小売業の出店がどんどん進みました。
単にスーパ ーや総合スーパーの店舗数が増えただけでなく、ドラ ッグストアや家電量販店といった専門業態が育ってき た。
ますます競争が激化したわけです」 「そうした状況のなかで製品の価格決定権が?隣の 店.に移ってしまいました。
つまり小売業がメーカー と交渉して値段を下げさせ、主体的に価格形成をする というよりは、競争的に値段が下がるようになった。
価格決定権がどこかに行ってしまったんです。
その結 果、小売業は店頭で価格が下がった分を、メーカーに 補填してもらおうと考えるようになりました」 ――中間流通を担う卸売業の立場も変わりました。
「メーカー、卸、小売りという三者の関係をみてい くと、卸は九〇年代に物流機能を中心とするサードパ ーティ的な立場へシフトしてきました。
メーカーが小 売りと直接商談をして、販促金なども直接支払うよう になってきたなかで、この両者の価格交渉から卸はや や身を引いた位置に立つようになりました」 「たとえば菱食のように、物流を中心に動いて、安 定的にフィーをとるように変わってきました。
そうな れば小売りとメーカーが直接交渉をして、いくら製品 の値段を下げても関係ない。
フィーとして安定的に収 入を得ることができます」 「これをメーカーの立場から見ると、卸がもはや自 分たちの販売代理人ではなくなってきたわけです。
当 然、このような卸に累進リベートを出す意味があるの かという話にななってくる。
メーカーにとっては、卸 と小売りにリベートを二重払いすることになってしま いますからね」 成熟市場では累進リベートは無用 ――そのような状況が、近年のリベート抑制につなが ってきたわけですね。
「そもそも累進リベートというのは、市場が成熟し たら外すべきものです。
刺激すればするほど売り上げ が増えるという前提で累進させているわけですから。
対売上高の累進リベート比率というのを計算すると、 売り上げが伸びれば累進リベート比率は下がっていく。
こういう状況下で累進リベートは一番効きます」 「しかし、市場が成熟して売り上げが伸びなくなり、 しかもリベート率の高い大手卸だけに販路が集中して くると、メーカーにとっては売上高が変わらないのに リベートだけが増えることになってしまう。
このよう な状況になったら、メーカーとしては累進リベートを 外さなければなりません」 「つまり、二つの背景があったんです。
一つは商品 の価格が異常に下がり、メーカーによる三段階建値制 「価格は“隣の店”が決める」 Interview 製品の価格決定権は、もはやメーカーにも小売りにもない。
“隣の店”つまり市場の競争に委ねられてしまった。
メーカー は既存の取引制度を見直さざるを得なくなっている。
これに 伴ってサプライチェーンの効率化が促されるが、受発注シス テムの整備などまだ課題は多い。
根本重之 拓殖大学 教授 33 DECEMBER 2004 特集2 がますます形骸化していった。
その一方で、卸に対し て販売リベートを出す意味がなくなってきた。
これが 九〇年代に起こった変化です」 ――そうした環境の変化を受けて、取引制度に対する メーカーの考え方も変わったのでは? 「八〇年代には、まだ矛盾を感じながらも従来のや り方を続けていました。
しかし、その矛盾があまりに も大きくなってきたため、九〇年代の前半に取引制度 を変えざるを得なくなった。
たとえばカゴメは複雑だ った取引制度を簡素化しましたし、味の素は思い切っ てオープンプライスにまで持ち込みました」 ――そして二〇〇〇年代になと、イオンをはじめとす る小売業による直接取引の要請など、九〇年代とはま た異なるフェーズに入ったようにみえます。
「流通の変化というのが一つあります。
これまで酒 類メーカーは、酒類卸にしか製品を売りませんでした。
日用雑貨品メーカーも日雑卸にしか製品を売らなかっ た。
ところが小売りサイドでは、たとえばドラッグス トアの店頭に加工食品や菓子が並べられるようになっ た。
卸段階でも業種卸の枠を越えて変化していますが、 小売り段階ではもっと早くから業種をまたがった変化 が起きていました」 「かつてメーカーは業種卸だけを特約店にしました。
その業種の商品を専門に扱い、あまねくいろいろな小 売業に卸す事業者とだけ直接取引をしてきた。
ところ が二一世紀に入って、この状況が変わりました。
すで にP&Gや日本リーバは、サプライチェーン機能をも った小売業であれば、卸と同様の顧客として認めまし ょうという取引制度を打ち出しています」 「同様に、たとえば日雑メーカーが食品スーパーと 付き合いたければ、日雑卸を通すより、そこに至るサ プライチェーン機能を持つ食品卸を通した方が有利か もしれない。
外食産業がヘルスケア商品を店頭で売っ てみたいと考えたときにも同じことが言えます。
私は 業種別の特約店制や代理店制が?規制緩和.されて いくのが二一世紀なのかなとみています」 ――メーカーの特約店制度は?規制.ですか。
「取引制度には、メーカーが一種のミニ官庁のよう な役割を果たす?私的規制.のような側面があります。
たとえば、かつてメーカーは都道府県ごとに特約店を 置くということをやってきました。
ところが九〇年代 になると、流通効率化を進めるためにこの規制を外し たため卸の広域化が進んだ」 「この次は業種間の垣根や、卸と小売りを隔てる垣 根が壊れていきます。
水平的な業種の垣根がなくなる のと同時に、卸と小売りの産業分類上の垣根も壊れ る。
消費者に最適なかたちで商品を流通させるために、 従来の業種とか、流通の段階での枠組みを越えて直 接流すようになってくるわけです。
そこで一番大きい のは、適切なサプライチェーン機能を持っているかどうかです」 直接取引への流れはもう止まらない ――P&Gの日本法人が九九年に打ち出した新取引 制度は、そうした将来的な環境の変化にも耐えうる制 度に見えます。
そう評価していいのでしょうか? 「いいと思います。
まあP&Gがいい原型を出して くれたという感じでしょう。
ただし取引制度というの は、いくら優れた原型があっても、それを他社が模倣 してくれなければ意味のないものです。
他のメーカー がそれを追認して、同じようなことをやっていかなけ れば取引慣行は変わりません」 「確認しておきたいのですが、P&Gは決して積極 的に直接取引をやろうとしているわけではありません。
価格体系の比較 生販価格 (生販) 3段階 建値制 2段階 建値制 ガイド プライス制 仕切価格制 ネット プライス制 オープン プライス制 希望卸売価格 (希望卸) 希望小売価格 (希望小売) 卸売業向け 補完的価格制度 小売業向け 補完的価格制度 販促金 ○ ○ △ △ ○ ○ ○ ○ × × × × ○ ○ ○ × ? × × ○ ? ? ? ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 生販=    希望卸 注:○は表側の項目が存在することを意味し、×は存在しないこと、△は存在 するが拘束力を弱めていることを意味する。
また?は、存在する場合もあ れば、存在しない場合もあることを示す。
※本項で掲載した図表はすべて 『新取引制度の構築』より引用 DECEMBER 2004 34 むしろ大手卸のサプライチェーン機能の強化を期待し た方が、日本ではいいという判断に基づいて動いてい ます。
グローバルスタンダードだからといって直接取 引をそのまま日本でごり押しするのではなく、卸売流 通を上手く活用することによってライバルに勝とうと しています」 ――P&Gは機能さえあれば卸も小売りも同列に扱う と明言しています。
しかし他のメーカーは、その点を はっきりとは表明していません。
「表面的にそうは言っていなくても、カルビーなど はサプライチェーン機能を持つイオンとの直接取引に 応じています。
そういう風に非常に現実的な対応をし ているメーカーもある」 「取扱商品の一部ではあるけれど、すでに多くのメ ーカーがカルビーと同じことをイオンとやっています。
この流れはもう止められません。
実験的にやるなんて ことはありえないんです。
一回やってしまえば、そう いう現実ができあがってしまう。
次の段階ではそれを 追認する作業を行わざるを得ない」 ――結局、グロサリーメーカーの取引制度はP&Gと 同じような方向に進まざるを得ないのでは? 「P&Gの取引制度の大きな特徴は、自分たちの出 荷価格と合理的なリベート体系を小売りにも見せてし まったところです。
そこから卸がいくらオンして小売 りに納品するのかが卸のコスト競争力だよと言ってい るわけです。
あるいは卸ではなくサードーパーティ・ ロジスティクス事業者でもいいし、小売りが自ら物流 機能を持つ直接取引でもいい。
そこは基本的に自由 競争に委ねますよという風にしたわけです」 「いま多くのメーカーが取引制度を見直すときにP& Gの制度をベンチマークしています。
でも自分たちに は、そこまではできない。
そういう意味で、それぞれ に現段階でできることをやっている状況と見て差し支 えないと思います」 不明朗な価格体系が値崩れをまねく ――二〇〇〇年に日本リーバが打ち出した取引制度は、 P&Gとほぼ同じ内容に見えます。
「制度については、それほど大きな差はありません。
ただ違うのは、P&Gが出荷価格を完全に『小売りに も公開』しているのに対し、日本リーバは『必要に応 じて小売りとも共有』という姿勢をとっている点です。
つまり日本リーバは、製販価格から各種リベートを引 いた卸の裸の価格を、まだ見にくいようにしてあるわ けです」 ――卸の販売代理機能に対する期待が、まだ残ってい るということでしょうか。
「多くのメーカーと卸の関係は歴史的な経緯をひき ずっていて極めて複雑です。
なかにはもの凄く安い価 格で売っている卸があったりする。
そして、そこには 先代の社長が勝手にやったなどという背景があって突 然値上げすることができない。
そこで多くの日本のメ ーカーは、たとえば一時金を出すとか、一定の期間だ けは時限措置としてリベートを残すといったことをや っています。
取引条件というのは、そうやって段階的 に変えていくしかないものなんです」 「卸にしてみれば、出荷価格を裸にするようなこと をされたら困るという気持もあります。
合理的な心配 もあれば、別に見えたっていいじゃないかという理由 もあるのですが、いずれにしても過去には何となく見 せないのが日本的だった。
たとえ小売りから『いくら で仕入れたの?』と聞かれても、そこは暗黙の了解で 言ってはいけないことになっていたんです」 ――そこは日本独特の商習慣なのですか? P&G、日本リーバ、ライオンの取引制度の比較(抜粋) 注:( )書きした物流機能は、ライオンが分類した卸売業の機能で、同社は各割引をこれら機能に対応するものとして設定している。
比較領域・項目 店格制度 物流条件 受注条件 小売店直送基準 センターフィー・協賛金など 代理店制 廃止 取引基準を満たす卸、小売 (仕入れ額規模基準なし) 100ケース 軒先渡し、付帯作業等なし、など 原則業界標準のEOS 午前11時30分 なし(最低受注ロットと同じ) 非対応 廃止 廃止 仕切価格化・小売業にも公開 常時10t車、4t車満載:0.5% 4t車満載 10t車満載 300〜599ケース 600ケース〜 10t車パレット単位 100〜199ケース 200〜299ケース 300〜499ケース 500ケース〜 ネット価格を伝票表示 必要に応じて小売業とも共有 生販価格 1次店、2次店共通、小売業には非公開 パレット単位発注 単品10t車満載 廃止 1991年廃止 廃止 廃止 (ただし参考納価・売価基準あり) 非対応 非対応 なし(最低受注ロットと同じ) 300ケース/回以上など 午前11時00分 EOS:午前11時00分 FAX等:午前10時30分 原則業界標準のEOS ― 軒先渡し、付帯作業等なし、など 50ケース 20ケース 取引基準を満たす卸、小売 (年間仕入額1億円以上) 取引基準を満たす卸売業 廃止 廃止 直接取引先 最低配送ロット 納品方法 受注方法 受注締め切り時刻 3段階建値制 販売手数料 出荷価格 ロット割引 追加割引 P&G(1999年10月) 日本リーバ(2000年7月) 日本リーバ(2001年10月) 基本取引条件・取引基準 基本価格体系 取引コスト 削減機能割引 ロット割引 (物流機能) 原則業界標準のEOSだが、 FAX等も可 特集2 35 DECEMBER 2004 「消費者に仕入れ価格を見せないというのは世界共 通でしょうね。
もともとメーカーは、卸の利益を守る ためにリベートを出してきたわけですから、小売りに 対しては卸への納価は隠しておきたい。
だから従来は 卸の営業マンにすら隠していました。
いったん見せて しまうと、営業マンによってはそこまで利益をはき出 してしまいかねませんからね」 ――そういう姿勢が価格破壊につながり、メーカーに とっても自分の首を絞めることになりました。
「価格体系に不明朗な部分が残っていると、そこで 交渉が起きます。
小売りのバイヤーにしてみれば、ま だ卸は何かを持っているようだから、そこを吐き出さ せなければ仕事をしていないと見られかねない。
当然、 そのための価格交渉が避けられません」 欧米型に移行するカギの一つはIT ――結局、メーカーの進むべき道は、従来の卸を守る ための取引制度を捨てるしかないのでは? 「その点は考えているでしょう。
ただ、どういう条 件がクリアされれば、それを実現できるのか。
そこで 無視できないのが情報システムです。
どういうかたち で小売りからメーカーに発注データがくるのか。
小売 りの商品コードとメーカーの商品コードは違いますか ら、現状ではこれを卸が変換しています。
卸を介さず にこれができるかどうかがポイントの一つです」 「受発注の方式として、たとえばファイネットのよ うな業界VANを使って小売りが発注できるのかどう か。
メーカーにしてみれば、小売りごとに異なる方式 を作ることだけは避けたい。
あらゆる小売業の発注方 式に対応することになってしまった過去の愚を再び犯 すまいとしています。
今後はインターネットとかWW REとかGNXなどを絡めながら、どういうかたちで 受発注のスタンダードができていくのか。
そこを見極 めたいという気持がメーカーにはあるはずです」 ――たしかに小売りごとに異なるやり方のシステムが 乱立する状態はナンセンスです。
「現状ではメーカー・卸間は業界標準でやりとりし ています。
ところが小売り・卸間は小売り独自のやり 方でやっている。
ここで小売りが業界標準フォーマッ トに乗ってくることが重要なんです。
もちろんJCA 手順とか標準化されている部分もあるのですが、伝票 のフォーマットなどが異なるため、結局、同じソフト を使って出力できずにいますからね」 「この小売り独自のフォーマットを、現状では卸が 力業で変換しています。
すべての小売りに対応しなが ら、メーカーが分かるように翻訳している。
この機能 は極めて大きい。
これを完全に外してメーカーが肩代 わりするとなると、大変なことになるはずです」 「卸売業の持つ所定外機能も気になるところです。
た とえば現金処理をするとか、商品がこなかったから緊急納品をするとか、お店からのクレームに対して処理 するとか――。
そういったさまざまな機能を日本の卸 は担っています。
これをメーカーが全部やろうとした ら、かえってサプライチェーンのトータルコストが増 えることにもなりかねません」 ――取引制度は中間流通に大きな影響を及ぼします。
物流のあり方も取引制度しだいで変わるのでは? 「すべてのメーカーがサプライチェーンの効率化を 後押しするような取引制度に変えていくべきだという のは、その通りでしょう。
ただメーカーの取引制度の 影響をあまりに過大評価するのは危険かもしれません。
とくに物流に及ぼす影響力という意味では、キャッシ ュフロー経営とか減損会計の方がインパクトは大きい。
そこはきちっと認識しておくべきでしょうね」 最寄品メーカーの取引制度の概要 取引制度 取引資格条件 取引制限規定 基本価格制度 卸売業向け 補完的価格制度 小売業向け 補完的価格制度 特約店制 建値制 基本手数料 販売代理機能リベート 取引コスト削減割引 量販店手数料など 契約達成リベートなど (ねもと・しげゆき) 1954年生まれ、78年一橋大学 社会学部卒業、82年早稲田大学大学院文学研究科修士 課程修了、日本能率協会、流通経済研究所を経て、98 年から拓殖大学に勤務、2003年拓殖大学商学部教授、 著書『プライベート・ブランド:NBとPBの競争戦略』 (中央経済社・1995年)、『新取引制度の構築』(白桃 書房・2004年)ほか多数 PROFILE

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