ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年12号
道場
3PLに挑戦する物流事業者―2

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

DECEMBER 2004 60 社長がため息まじりで心情を吐露した 「うちの現状では3PLは‥‥」 会議の休憩を宣した社長が、大先生を社長室へ と案内した。
広くはないが、趣味のいい大先生好 みの部屋だ。
社長が改めて来訪の礼を言う。
運ばれてきたコ ーヒーを前に、大先生がたばこに火をつける。
言 葉を選びながら社長が話し始めた。
「当社としても、一層の業容拡大を図るためには、 積極的にお客様に提案をしていくことが必要だと 痛感してはいるんです‥‥。
しかし当社の社内体 制を考えますと、実のところその可能性ははなは だ心許ないというのが正直なところです」 「人材がいない、ノウハウがないということです か?」 コーヒーを飲みながら大先生が聞く。
「はー、それもありますが、これまでの体質とい うのでしょうか。
表現はよくないかもしれません が、物流業者風情が荷主様に物申すなんてとんで もないという社内の風潮があることも事実です。
で すから、営業と言いましても、お客様の言うこと は何でも聞く、付き合いを大事にするということ しかやっていないというのが実態です、はい」 なにやら社長のため息が聞こえてきそうだ。
激 励するかのように大先生が言った。
「これまでそうだったからといって、これからも 同じというわけではないでしょう。
これまではどこ でもそんなものでしょ。
何も悲観的に考える必要 はありません」 顔を上げた社長に向かって、大先生が大きく頷 く。
それを見た社長が控えめに確認する。
「当社のような会社でも3PL的な事業展開は可 能だということでしょうか?」 「もちろん、どの会社でも可能ですよ。
社長が強い 意志を示し、特命チームを作って、そこを中心に 始めればいいじゃないですか。
なにも最初から全 社員をそっちに向かせる必要はないし、具体的に 新しい方向に動き出せば、みんな自然にその方向 に向かいますよ」 「なるほど、一点突破で行けばいいということです ね。
全社でそれに取り組むなんてことは考えなく 《前回のあらすじ》 主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタントだ。
コ ンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに多くの企業を指導 してきた。
今回の大先生は、ある中堅物流事業者の幹部会議に一人で出 席している。
将来の事業ビジョンを決めかねている物流事業者の経営陣 に、大先生はまずサードパーティ・ロジスティクス(3PL)の本質と、そ れを実現するときには受託側の能力がポイントになることを説明した。
続いて、その物流事業者が現実に持っている受託能力について議論する ことを決め、会議は休憩に入った。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 湯浅和夫の 《第 32 回》 〜サロン編〜 〈3PLに挑戦する物流事業者―2〉 61 DECEMBER 2004 てもいいと‥‥なるほど、それなら当社にもでき るかもしれません」 「物流のあるべき姿はわかっているわけですから、 それを理解し、実現する方法論を身に付ければい いだけです。
提案内容は決まってますから、あと は提案先を絞り込んで、提案方法に魅力的な工夫 を凝らせばいいのです」 社長が力強く頷く。
できるかもしれないと自信 を持ち始めたようだ。
大先生は楽しそうに社長の 顔を見ている。
ちょっとした沈黙の後、社長が意 を決したように言った。
「そのぉ、特命チームに対するご指導を先生にお願 いすることはできますでしょうか?」 大先生が頷く。
それを見た社長の表情が緩んだ。
休憩後は前向きな発言が相次ぎ トントン拍子で進んだが‥‥ 会議室では参加者が社長と大先生の戻りを待っ ていた。
しかし、いまや遅しという雰囲気ではな い。
休憩時間はとうに終わっているのに、苛つい ている参加者もいないようだ。
むしろ少しでも時 間が過ぎていくことを歓迎しているかのようにす らみえる。
ようやく二人が登場した。
全員が居住まいを正 すなか、社長が口を開いた。
「それでは会議の続きを始めます」 社長の言葉に力がこもっていることを、大先生 の招聘を社長に進言した例の部長は聞き逃さなか った。
すかさず大先生が切り出した。
「さて、これから、みなさんの会社の受託能力につ いて議論しようというわけですが、どなたか意見 はありますか?」 誰も答えない。
例の部長が何か言いたそうなそ ぶりを見せたが、大先生はあえてそれを無視して 続けた。
Illustration􀀀ELPH-Kanda Kadan DECEMBER 2004 62 「御社の受託能力は何か‥‥なんて聞いても、あ まり活発な議論にはならないでしょうから、それ はやめにして、荷主に提案するとしたら、どんな 提案が喜ばれるかということをテーマに議論して いきましょう。
みなさん方の受託能力は考えずに、 つまり、できるかどうかは別にして、どんどん意 見を出してください。
それでは、あなたからいき ましょうか?」 そう言うと大先生は、さきほどの部長を指名し た。
部長が即答した。
「はい、当たり前のことですが、まず間違いなく喜 ばれるのは、物流コストを削減する提案だと思い ます」 みんなが、そんなの当然じゃないかという顔を するなかで、大先生が聞き返す。
「たしかに当たり前のことだけど、そのコスト削 減能力という点では御社はどうなの?」 取締役の一人が、控えめではあるが、結構、自 信を持った感じで答える。
「はい、物流センター内システムの構築と運営には 自信があります。
私どもに委託された多くの荷主 さんから評価されています」 「へー、それはいい。
それが重要。
いくら荷主にい いことを言っても、現場の業務運営に問題があっ たら、何にもならないから。
ところで、そのレベル になるまでずいぶん授業料を払った?」 大先生がストレートに質問する。
取締役が苦笑 しながら頷く。
「はい、物流センター事業を立ち上げた当初は大 変でした。
社長にずいぶん怒られました。
でも、あ の経験がなかったら、いまのレベルにはなってい なかったと思います」 「これから3PL事業を展開したとしても、同じ ことが起きるかもしれないな。
まあ、こっちは、マ ネジメントを売り込むわけだから、それほど心配 することはないけど‥‥。
ところで、これからの 物流コスト削減という点では、どんなことが考え られる?」 大先生の問いに、今度は別の取締役が小さく手 を上げた。
「先生の受け売りになってしまうのですが、やはり、 物流をやらないための提案が有効かと思います。
た とえば、物流センターには必要最小限の在庫を置 いて、出荷動向に合わせて在庫を補充するという ようなシステムを提案するといったものです。
う ちのセンターを見てましても、在庫のスペースを かなり取ってます」 事前に大先生の書いたものなどを読んで勉強し ているようだ。
すぐに大先生が聞き返した。
「そうすると、センターのスペースが小さくなっ てしまいますよ。
御社の収入が減ってしまうので は?」 大先生の言葉に専務が無言で頷いている。
社長 が、ちらっと専務を見る。
だが答えた取締役は意 に介さず、続けて自分の意見を述べた。
「その荷主さんからのスペースの収入は減るかもし れませんが、在庫管理料という形で新たにもらえ るかもしれません。
たとえ、その荷主さんからの 収入が減っても、そのようなシステムを武器に新 規の荷主さんを獲得すればいいのではないでしょ 63 DECEMBER 2004 うか‥‥収入が減るのを嫌がって何もしないでいる と、他社にとられてしまうかもしれません。
3PL が大きな関心を呼んでるというのは、そういう時代 だということではないでしょうか」 社長が、驚いたようにその取締役の顔を見る。
大 先生はとくに驚いた風もなく、確認のための質問 をした。
「いまのご意見に、みなさん賛同されますか?」 専務を除いて、みんなが頷く。
ただ独り専務だ けは納得していないようだ。
大先生が質問を変える。
「そのようなシステムを提案していこうとなると、 御社において課題になると思われることは何です か?」 待ってましたとばかりに別の取締役が答える。
「はい、恐らく、どういうビジネスモデルをつく るかということが大きな課題だと思います。
これま で当社にはなかったメニューですから」 ここでまたみんなが頷く。
そこに例の部長が口を 挟んだ。
「具体的に何を商品として売るのかということを はっきりさせないと、答えは出ないと思います。
そ れに、当社でそのような商品を売る能力を、どう身 に付けていくのかということも検討課題だと思いま す」 「能力は、勉強させればいいさ」 どこからか威勢のいい声が飛ぶ。
おもむろに大先生が立ち上がった。
こころなしか 表情が険しい。
みんな、何事かと息を潜めて、大 先生の方を注目する。
「みなさんは本気とは思えない」 大先生の言葉に室内は静まり返った 大先生が話し始めた。
「いま、ここで議論したことは、すべて正しい方向 性です。
でも、私には机上の空論のように聞こえ ます。
この会議のために勉強した成果を披露して いるだけのように感じます。
会議が終わって、こ の部屋を出た途端、いまここで議論したことは忘れてしまうのではないですか?」大先生が全員を見回す。
さきほどまで元気よく 発言していた取締役たちが、伏し目がちに聞いて いる。
社長と部長たちは興味深そうに見ている。
大 先生が続ける。
「先ほど、あなたでしたか、物流センターの運営に ついて荷主から高い評価を受けているとおっしゃ ってましたが、物流センターを評価する尺度とし てどんな指標を取ってますか? その指標がどう 推移して、いまどんな水準にあるか教えてくれま すか?」 質問された取締役は、答えに窮する。
恐らく指 標はあるのだろうが、あまり見てないのだろう。
大 先生は深追いするのをやめて、別の話題に展開し た。
「スペースの収入が減っても、他の収入を得ればい い。
うちがやらなければ、他に仕事を取られてし まうともおっしゃいました。
そして、みなさん、賛 成されましたが、本気でそう思ってますか?」 誰も何も言わない。
専務が大先生の顔を見る。
大先生が頷き、言葉を補足する。
DECEMBER 2004 64 「専務さんの名誉のために言っておきますが、専務 さんは納得されませんでした。
それが正直な感覚 でしょう。
恐らく、皆さんの間で、昨日までそん な話は出てなかったと思います。
それが私を交え た今日の会議では、昨日までの延長線上にはない 方向に話が展開した。
なぜそんなことになったの か? 答えは簡単です。
みなさん、本気ではない からです。
その意味で、新規事業を展開するため の最大の課題はビジネスモデルでも能力でもあり ません。
みなさん自身が本気でこの会社の将来を 考えているかどうかという一点に尽きます」 一気に大先生が結論を出し、席に座る。
そして、 専務に話しかけた。
「専務は、私が書いたものを何も見なかったのです ね?」 「はい、だから、みんなの話の流れに乗れません でした」 専務の茶目っ気たっぷりの物言いに大先生が笑 う。
社長も苦笑している。
ちょっと間を置いて専 務が真顔で話し出した。
「私は、正直なところ、先ほどの彼の話に納得でき ませんでした。
せっかくいただいている収入をわざ わざこちらから返すようなことをなぜするのかと思 ったからです。
先生が机上の空論とおっしゃいま したが、たしかに、彼らは本気でそう言ったので はなく、この会議のためだけの発言だったと思い ます。
まあ、彼らは本気かもしれませんが‥‥」 そう言って部長たちを指し示し、話を続けた。
「ただ、みんなの話を聞いていて、私自身も、いま 議論したことは当社の将来にとって大事なことだ と思い始めました。
もちろん、私には、そのよう な商売はできません。
ここにいる役員連中にもで きないかもしれない。
しかし、部長たちや若い連 中には、そういうビジネスを展開したいと思って いるものが少なくないのかもしれません。
そういう 連中には是非やらせてみたいと思ってます。
どう でしょう、社長? 少なくとも、それに対して私は、邪魔はしません」専務は、その場を和ませるような物言いで締め くくった。
社長が、専務の言葉を引き取った。
「私も同感です。
これからのわが社を担う連中を中 心に3PL事業の開発をやらせたいと思うけど、み んなはどう思う?」 取締役たちが口々に賛意を示す。
先ほど発言し た取締役が大先生に言い訳をする。
「机上の空論とおっしゃいましたが、半分は本気 だったんです‥‥」 「半分じゃあかん、半分じゃ」 専務が大きな声を出す。
会議室が笑いに包まれ た。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『手にとるようにIT物流がわかる本』 (かんき出版)、『Eビジネス時代のロジスティ クス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジメ ント革命』(ビジネス社)ほか多数。
湯浅コン サルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

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