ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年12号
進化のゆくえ
デフレ不況が促す構造改革

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DECEMBER 2004 76 率を物差しとした厳しい企業評価、そして?相 対的に経営効率化が進んでいるウォルマートな ど世界トップレベルの小売業の日本進出――で ある。
これら三つの要因は、日本の小売業に、とく に低利益率の改善を強く迫る。
そしてこれは企 業の合併や統合による企業規模拡大の動きへと 結びついていく。
バブル崩壊後の一九九七年四月、消費税率が 三%から五%へと引き上げられた。
このときの 税率アップを引き金とする長期不況が、日本の 小売業経営にとって歴史的に重要な転換点とな 「産業的」小売業経営への転換 欧米の有力小売業と比較すると、日本の小売 業には二つの特徴が見出せる。
?国際競争に欠 ける企業規模と、?営業利益率の低さが示す低 収益の構造である。
大型店舗に対する出店規制 の長期化や、オペレーションレベルの違いが、 こうした格差にあらわれていることは既に本欄 で述べてきた通りだ。
このような日本の小売業に、近年の三つの環 境変化が抜本的な改革を迫っている。
?戦後最 悪で最長の景気の低迷、?株式市場における効 っている。
需要の減退に加えて、中国を中心と する海外からの低価格商品の氾濫は急速なデフ レを生み出した。
日本の小売業経営は極めて困 難な状況にみまわれ、筋肉質な経営への脱皮を 徹底的に迫られることになった。
以降、ほとんどの小売業の商品単価と客数は 前年水準を下回り続けている。
現在に至るまで、 既存店の売上高が前年を割る傾向は変わってい ない。
その結果、日本の小売マーケットではオ ーバーカンパニー(小売企業数の過剰)とオー バーストア(店舗の過剰)による客数の奪い合 いが、非常に厳しいものとなっている。
プリモ・リサーチ・ジャパン 鈴木孝之 代表  第3回 デフレ不況が促す構造改革日本の小売業はいま、三つの変化によって抜本的な改革を迫られている。
?戦後最悪の景気の低迷、?株式市場における効率を物差しとする企業評 価、そして?ウォルマートなど欧米の有力小売業による日本進出である。
「マーケティング的」だった従来の日本の小売業経営を、世界で通用する 「産業的」な経営へと転換する動きが進んでいる。
77 DECEMBER 2004 一九六〇年代初めに始まった「流通革命」は、 オイルショックなどの景気変動に直面したもの の、全体としては右肩上がりの環境下で進んだ。
だがバブル崩壊後の不況は、経済だけでなく、教育制度などを含む日本の社会全体に構造改革 を迫るものだ。
これまでに日本の小売業が経験 したことのない急角度の右肩下がりの不況が、 すでに八年目に突入した。
このような環境下では、新規出店による売上 増は期待できても、既存店は厳しい。
実際、た いていの小売チェーンの既存店の売り上げは毎 期、四〜五%減少しつづけている。
デフレが減 速した現在、既存店のマイナス幅は縮小傾向に あるが、依然として全体としては水面下にある。
既存店がこのような状態にあるため、新店を加 えた全社売上高ベースでも前年を下回るケース が目立つ。
とりわけ新規出店のための設備投資を縮小し た企業ほど、厳しい状態にみまわれている。
小 売業にとって売上高は成長を端的にあらわす指 標だ。
デフレの長期化は、投資余力のある企業 を除いた多くの小売業の売上高を減少させた。
一部の小売業は、こうした厳しい環境下でも競 争力のバロメーターである客数増に成功してい る。
それでも客単価の落ち込みを埋められず、 結果として既存店の売上減に歯止めがかからな い。
売上高は良くて横這いというのが大方の小 売業の本音であろう。
こうした環境下にあって小売業の多くは、売 り上げが減る中での利益水準の維持や、利益拡 大のための体質づくりを進めざるを得なくなっ た。
これが容易でないことは言うまでもなく、 構造改革的な取り組みが不可欠だ。
一時的な対症療法でしのげる状況ではないだ けに、生き残りをかけた真剣な対応が求められ ている。
現状が小売業の経営にとって危機的だ という認識の有無が、そのまま企業の存続に直 結することになるはずだ。
こうして見ていくと、 長期のデフレ不況は、競争力のない小売業を淘 汰し、構造改革を促す強い力として作用してい ることがわかる。
必然的に進むサプライチェーン改革 売上高が増えないなかで利益を維持・拡大す るための経営努力は、売上志向型の経営から、 利益率重視の経営へと、経営の方向性を大きく 変えることを意味する。
従来の売上志向型経営では、商品原価や販売経費に対する意識が薄く、売れ筋商品の把握 や、商品動向などについてのマーケティングに 経営の関心が集まった。
だが今後は、このよう に偏った「マーケティング的小売業経営」から、 利益率を改善するために構造的に取り組む「産 業的小売業経営」へと、経営の方向性は大幅に 修正される。
「マーケティング的小売業経営」では感性が 重要だったが、「産業的小売業経営」では感性 に加えて、論理性と合理性が重要な経営の視点 になる。
利益率を重視する経営は、コスト意識が高く、 ウォルマート カルフール テスコ コストコ メトロ 国 籍 アメリカ フランス イギリス アメリカ ドイツ 店舗数 412店 約90店 4店 2店 業 態 GMS、SM 買収、合弁 相手企業 シートゥーネットワーク、 フレック グローサリー ディスカウントストア メンバーシップ、 キャシュアンドキャリー メンバーシップ、 キャシュアンドキャリー 8店 (関西:5) (関東:3) ハイパーマーケット 西友 丸紅 図1 日本に進出している欧米の有力小売業 DECEMBER 2004 78 サプライチェーン全体のコストを引き下げると いう姿勢へと変わっていく。
さらに言えば、そ のために小売業として何が必要なのかを自問することになり、それを実現するための改革の動 きへと発展していく。
従来の常識は通用しない このような取り組みの過程で小売業の経営は、 従来は直視せずにきた様々な課題に強い関心と 問題意識を持つに至る。
そこでクローズアップされる問題は、コスト ダウンにつながらない非力な発注数量だけでは ない。
仕入原価を押し上げている返品制度など の古い商習慣、商流と物流の関係、高い物流コ スト、ムダが多いと思われる物流センターや物 流システム、そして受発注や在庫管理といった 業務に使われる情報システムなどだ。
すでに商品調達コストの大幅な引き下げによ って、粗利率を大幅な改善を実現する動きも活 発化している。
PB(プライベート・ブラン ド)の開発と、ダイレクトソーシングを含む商 品開発の動きがこれだ。
そして、これをビジネ スモデル化したのが、衣料品の分野から始まっ た製造小売業である。
一般にSPA(Speciality store retailer of Private label Apparel )と呼ばれるこの新しい ビジネスモデルは、ファーストリテイリング (ユニクロ)やワールドのようなアパレル関連 企業に限った話ではない。
すでに家具・ホーム ファッションのニトリや、「無印良品」をブラ コスト構造改革に積極的に取り組む経営と言い 換えることができる。
そして日本の小売業の場 合、コスト構造改革の矛先は、?「商品原価」 と?「販売費及び一般管理費(販管費)」とい う二つのコストへと向かう。
商品原価のコスト構造改革は、仕入れ原価の 引き下げを含む商品調達コストの引き下げを意 味する。
商品調達コストの引き下げに取り組む ということは、裏返すと、?「商品粗利率」と、 値下げ率などのロス率を処理した後の最終利益 率である?「売上総利益率」の改善に取り組む ことである。
商品粗利率の改善は多くの場合、仕入原価の 引き下げへと向かう。
そのために仕入数量の拡 大が不可欠となり、このことが企業のグループ 化、合併、統合の動きにつながる。
しかし、こ うした取り組みによって商品粗利率を高めよう としたら、市場規模の一〇%程度の販売シェア を確保することが必要となる。
そして小売業が仕入原価の引き下げに必死に 取り組めば取り組むほど、その関心は、商品の 仕入原価を分解した「工場原価」(または生産 原価)と「物流コスト」、そして「中間流通コ スト」の解明へと向かうことになる。
生産から 販売に至るサプライチェーン全体の、それぞれ の段階におけるコストを最適化しようという欲 求が高まる。
商品調達コストの構造改革を求める動きは、 必然的にサプライチェーンの構造改革を促す。
コスト構造の見直しと、効率的な管理によって ンド展開する良品計画など、アパレル以外の分 野にも拡大している。
こうした企業は、従来の 小売業のようにサプライチェーンのコストを所 与のものとして受け入れず、自分たちのコスト としてコントロールしている。
ファーストリテイリングに代表される製造小 売業型の企業による高粗利率の達成と、その成 功は、すべての小売業の注目するところとなっ た。
最近では総合スーパー(GMS)やスーパ ーマーケット(SM)、そして百貨店までもが、 1991年 1992年 1994年 1995年 1996年 1998年 1999年 2002年 メキシコ プエルトリコ カナダ アルゼンチン ブラジル インドネシア 中国 ドイツ 韓国 イギリス 日本 合弁。
後に子会社化(シフラ) 進出携帯 年次 進出国 店舗買収(ウールコ) 3億5200万ドル 買収額 108億ドル 総額20億ドル 8億8,000万ドル 6億6000万ドル 合弁。
後に子会社化 98年撤退 合弁 店舗買収(マクロ) 買収(アズダ) 買収(西友、07年12月66.8%予定) 買収(ベルカトウフ) 買収(インタースパー) 図2 ウォルマートの海外進出 79 DECEMBER 2004 製造小売業の手法を取り入れた商品開発戦略を 拡大している。
人件費を巡る構造改革 コスト構造改革のもう一つの課題は、一般に 経費と呼ばれている「販管費」である。
小売業 経営の最大の経費は人件費だ。
その水準は業態 によっても異なるが、GMSやSM、百貨店の 場合は売上比で一〇%を超えている。
経費の構 造改革の最重要課題は、対売上人件費率の引 き下げにある。
ここで大切なことは、売上高の減少に対応し た機械的な人員削減では、人件費率の構造的な 改革にはならないことだ。
人件費は会社全体の 作業量を表す。
作業量を示す「人時(にんじ)」 の総点検によって、総人時の合理化に取り組む 必要がある。
人時は、発注や検収、値下げ、物 流などといった作業の結果発生する。
会社全体 の作業体系の合理化によって、はじめて削減が 可能となる。
小売業界には以前から人時に対する問題意識 はあったが、表面的な人件費削減の域を出ない 取り組みが少なくなかった。
しかし最近では、 小売業としての会社全体の作業を是正したり、 システム化によって作業量を削減することで人 時を減らすという取り組みが一部で行われるよ うになってきた。
システム化による経費率の引 き下げについては、実用衣料品の専門店である 「しまむら」がいい手本を示している。
「マーケティング的小売業経営」から「産業 的小売業経営」への転換によって、小売業がサ プライチェーン・マネジメント(SCM)に強 い関心を持ったことは大きな進歩だ。
そしてこ れに関連して、ロジスティクスやITの戦略的な重要性を認識し、効率的なシステム構築に動 き出し始めたことに注目したい。
すでにセブン ―イレブン・ジャパンや、しまむら、ファース トリテイリングなどを参考に、これらの科学的 経営手法を研究し導入する動きが小売業界で加 速している。
こうした動きを後押ししているのが、株式市 場における投資家の厳しい企業評価の眼であり、 その際に比較の対象となっている欧米外資の存 在である。
投資家は、日本の小売業の特徴となってしま った低利益率構造の改善を強く迫っている。
投 資効率を企業に強く求める外人投資家の影響力 の増大と、欧米流もしくはグローバルスタンダ ードの一般化が、日本の小売業の従来のような 非効率やローカル性、特殊性を許さなくなって いる。
市場から見放された企業には、もはや成 長する手段はない。
システム化の道を辿り、サプライチェーン・ マネジメントに積極的に取り組まなければ、日 本の小売業は低利益率の構造から脱却できない。
株式市場からも低利益率の改善を迫られている 日本の小売業は、その意味でも構造改革を免れ ない。
欧米の有力小売業による日本進出の影響も見 過ごせない要因だ。
トイザらスの日本進出は、 メーカーとの取引条件の違いや、備蓄在庫の考 え方など、それまでの日本の商習慣にはなかっ た概念を持ち込んだ。
GAPの日本進出は、す べて自社開発した商品を販売する製造型小売業 の高い価格競争力と高利益率を示し、目標とな るビジネスモデルを提示した。
またカルフール は世界的な小売業の厳しい取引条件を見せつけ た。
こうしたことの積み重ねが現在、日本の小売 業のコスト構造改革への取り組みを促す要因と して働いている。
いまだ多くの問題を含んでは いるものの、世界的な小売業にどう対抗すべき かを日本の小売業者に考えさせるには十分だっ た。
そして今、世界最大の小売業、ウォルマー トとの本格的な競争が目前に迫っている。
(すずき・たかゆき)東京外国語大学卒業。
一九六八年 西友入社。
店長、シカゴ駐在事務所長などを経て、八九 年バークレーズ証券に入社しアナリストに転身。
九〇年 メリルリンチ証券入社。
小売業界担当アナリストとして 日経アナリストランキングで総合部門第二位が二回、小 売部門第一位が三回と常に上位にランクインし、調査部 のファーストバイスプレデント、シニアアナリストを最 後に二〇〇三年に独立。
現在はプリモ・リサーチ・ジャ パン代表。
著書に『イオングループの大変革』(日本実業 出版社)ほか。
週刊誌などでの執筆多数。

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