ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年12号
ケース
ジャガー――生産革新

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DECEMBER 2004 50 ジャガーは一九九七年、新たに売り出す?ベ ビー〞ジャガー(コードネーム「X四〇〇」、 現在のXタイプ)の生産地として英リバプー ルの近くにあるフォードの「ヘイルウッド工 場」を選んだ(※編集部注:ヘイルウッドは リバプールの南東約十二キロにあり、フォー ドの大規模工場があることで知られている)。
この工場には当時、大量生産の現場で熟練 を積んだ総勢三〇〇〇人の労働者が所属して いた。
生産能力は年間二五万台。
新製品の生 産拠点を探すジャガーにとっては、立地条件 やロジスティクス戦略、コストパフォーマン スといった条件が整っていた。
しかし、その 一方でこの工場は、品質管理や労使関係とい った面の問題を抱えていた。
ジャガーの経営陣は、ヘイルウッド工場で 「X四〇〇」を生産することで、ジャガーブ ランドに対する顧客の信頼を損ねることは決 して許されないと考えた。
そこでジャガー本 体の生産部長だったデービッド・ハドソン氏 に白羽の矢が立てられた。
彼に生産体制を移 行する指揮を執らせ、ジャガーの他の工場と 同程度の生産レベルにまで引き上げることを 命じたのである。
ジャガーでの二〇数年間の勤務を通じて、 ハドソン氏はいくつもの工場が生まれ変わる のに立ち会ってきた。
なかでも特筆すべきは、 八〇年代にローバーを生産していた工場の変 化と、九〇年代にジャガーがフォードに買収 された後の変化だった。
大量生産方式からリーン生産方式へ 米フォードの英国工場が挑んだ改革 米フォード・モーター傘下の高級車メーカーである英 ジャガーは、2001年から英国で新しい車種の生産をス タートした。
フォードの大衆車を大量生産していた工場 を、品質重視の現場に刷新。
調達物流を含むサプライチ ェーンを再構築した。
日本車の強い競争力を80年代に 徹底研究し、どん欲に自社化していった欧米自動車メー カーの生産革新の取り組みを紹介する。
(本誌編集部) ジャガー ――生産革新 ニラージェ・カーマーINSEAD 研究員 指導教官 ルーク・N・バンワセンホーブINSEAD 教授 ※INSEADはパリの南およそ70キロに位置する世界トップクラスのビジネ ススクール。
フォンテンブローとシンガポールにもキャンパスを持つ 51 DECEMBER 2004 今回、ハドソン氏が直面する最大の問題は、 ジャガーにとって新製品となるX四〇〇の大 量生産を軌道に乗せることだ。
それと同時に、 高い顧客満足度と高品質を実現するために、 どんな生産体制を組み、どのようなサプライ チェーンを作り上げるかが問われていた。
ワンランク下の価格帯に照準 ジャガーは一九二二年に、イギリス北部の ランカシャー地方にあるブラックプールで設 立された。
現在では、フォード傘下の企業の なかでも野心的なグループの一つと評されて いる。
従来のジャガーは、ダイムラーに匹敵 するクラスの高級車である「XK」、「XJ」、 「S」といったタイプの車種を主力としてき た。
ジャガーは自動車産業のなかでも有数のブ ランド力のある車を生み出し、顧客もそれを 支持してきた。
ジャガーの持つ企業イメージ と個性的なデザイン、それに車の発揮する高 いパフォーマンスが支持された理由である。
そのジャガーは、X四〇〇の投入によって、 従来はメルセデスやBMWが牙城としてきた 価格帯の一段低いプレミアム車の市場に参入 することを目指していた。
フォードのヘイルウッド工場は三四五エー カー(約一四〇万平方メートル)の敷地から なる。
X四〇〇を生産する以前は、フォード の大衆車である「エスコート」の生産拠点と して知られていた。
一九六三年以来、五〇〇 万台以上の「エスコート」がここから送り出 された。
九二年には、その高い品質が評価さ れフォードの「Q1賞」を受賞。
翌九三年に はフォードのヨーロッパの工場としては初め てISO九〇〇〇シリーズの認証も受けた。
しかし九七年頃になるとヘイルウッド工場 の競争力は全般的に低下していた。
とりわけ 品質管理や生産量において、ヨーロッパにあ る他のフォードの工場と比べて見劣りするよ うになった。
あるときを境に工場は顧客の要 望を見失い、数値だけで物事を判断するよう になって労使間の話し合いも次第にうまくい かなくなってしまった。
フォードの経営陣は工場の競争力を取り戻 すための変革を試みたが、容易ではなかった。
工場の経営層と従業員との意思統一ができず、 労働組合との関係もうまくいっていなかった からだ。
こうした事情があったため、フォー ドの経営陣は当初、ヘイルウッド工場で新製 品を扱うことに二の足を踏んだ。
ジャガーも X四〇〇の製造工場としてドイツやアメリカ を含めた様々なロケーションを検討した。
それでも最終的にヘイルウッドに決めた理 由は、ジャガーがイギリス出身のメーカーで あることと、ヘイルウッド工場の従業員がX 四〇〇を生産するうえで欠かせない大量生産 の経験を十分に積んでいたからである。
加え てヘイルウッドのプレス工場は、すでにジャ ガーにボディーパネルを納品していたという 実績も持っていた。
九七年十一月、ジャガーはヘイルウッド工 場の組合と基本契約を締結した。
まずはジャ ガーの生産方式と品質管理の方法を移植する。
そのうえでX四〇〇の本格的な生産をスター トするという内容だった。
すべての支払業務を一人で管理する ヘイルウッド工場にとって、X四〇〇の生 産決定はサプライチェーン全体を見直す絶好 の機会となった。
ジャガーは、部品サプライ ヤーやロジスティクス事業者との関係、工場 内の組み立てラインのレイアウト、ディーラ ーなどを新たな視点で捉え直し、サプライチ ェーン全体の効率を高めるための再構築に取 り組んだ。
同工場におけるジャガーの新たなサプライ チェーン戦略の基軸の一つが?ニルヴァーナ (Nirvana)〞と呼ぶ手法だった。
これは サプライチェーン上で発生するジャガーのす べての支払い業務を、たった一人の担当者が ジャガーが2001年に市場に投入し たXタイプは、同社の従来の車種より 一回り小さくエンジンも2.5リットル と3.0リットルの6気筒。
ジャガーの高 級感を保ちながらも、これまで手の届 かなかった若者にも受け入れられるよ うな価格帯に設定した(写真はジャガ ーのホームページより・本誌編集部) 管理するというやり方である。
ヘイルウッドのサプライチェーンは熟慮の うえ組み合わされ、業務間の連携が十分に取 れるように工夫された。
実際の業務は、十分 なノウハウと経験を持つサプライヤーやサー ドパーティ・ロジスティクス事業者(3PL 事業者)に外注することになった。
新たなサ プライチェーンが成功するかどうかは、ジャ ガーが本業でないと判断した業務のすべてを 外部の事業者に委託できるかどうかにかかっ ていた。
わずか四社が内装をモジュール生産 X四〇〇を市場に投入するまでのリードタ イムを短縮するため、ジャガーとしては初め てフォードの新製品開発プロセスを採用した。
このプロセスでフォードが重視しているやり 方の一つに、サプライチェーンを構築する初 期段階からサプライヤーを巻き込み、彼らと の信頼関係を強固にしていくというものがあ る。
ここではサプライヤーの意見もサプライ チェーンの設計に反映される。
前述した?ニルヴァーナ〞という手法によ って、たった一人しかいない支払い担当者の 業務負担を減らすため、ジャガーはX四〇〇 の組み立てにおいて非常に高いレベルのモジ ュール化(※編集部注:あらかじめサプライ ヤーが一定の部品を組み立てることによって 最終組立を容易にする生産手法)を導入した。
モジュール部品を作るための各サブシステム は、その部品をジャガーに納品するサプライヤーが責任を持って管理する。
その結果、わずか四社のサプライヤーがX 四〇〇の内装システムのほとんどすべてを供 給することになった。
たとえばサプライヤー のうち一社は、計器類を含むコンソールパネ ルと、ハンドルとタイヤをつなぐ軸、エアバ ック、オーディオシステムなどを一手に担当 している。
このサプライヤーは自らの責任で 各部品を一つに組み立ててからヘイルウッド 工場へと納品する。
工場の作業者は四つのボルトを締めるだけ で、すべての部品が所定の位置に収まるよう になっている。
ヘイルウッド工場の従業員の 主な役割は、X四〇〇の生産の進行を管理し たり、ミスの背景を浮かび上がらせて作業工 程を見直していくことだ。
部品在庫を三日分以内に抑える ヘイルウッド工場で無駄のないサプライチ ェーンを構築するため、ジャガーはロジステ ィクスに関するビジョンも描いた。
そして、 ここでも可能な限り?ニルヴァーナ〞の概念 を活用した。
X四〇〇の生産にあたって、当初からジャ ガーは必要最小限のサプライヤーとしか取引 をしないと決めていた。
かつてジャガーがS タイプと呼ばれる車種を作ったときには、三 五〇社のサプライヤーがいろんな部品を供給 した。
これに対してX四〇〇の場合は、わず か一三〇社に絞り込んだ。
部品の多くは半径一〇〇マイル(一六〇キ ロ)以内に立地するサプライヤーから納めら れる。
なかでも計器パネルや座席などの主要 部品を納入するサプライヤーに限っては、工 場に隣接するサプライ・パークに生産または 組み立て施設を持つことが要求された。
そして工場への調達物流については、サプ ライヤーから工場までの距離や、部品の種類 に応じて、以下のような方法で無駄のない物 の流れを作り出そうとした。
■工場に隣接するサプライ・パークに入居す るサプライヤーはジャストインタイムで部 品を納品する。
工場内の組み立てライン近くには二時間で使う部品在庫だけを持つ。
■イギリス国内のその他のサプライヤーにつ いては、工場から発注があり次第、工場の 一回のシフトで使う部品を納品する。
配送 を担当しているのはロジスティクス事業者 で、ジャガーの通い箱を使って組み立てラ インのすぐそばまで持ち込む。
部品代の支 払いは車両の完成時で、部品を納品すると きには精算しない。
■イギリス以外のヨーロッパのサプライヤー は、組み立てライン近くの二時間分の在庫 を維持できるように毎日定期的に部品を納 品する。
配送は3PL事業者が担っており ?ミルクラン方式〞で複数のサプライヤー から通い箱を使って集荷する。
DECEMBER 2004 52 53 DECEMBER 2004 ■アメリカや他の国々のサプライヤーは、二 一日間の配送リードタイムで部品の納品計 画を策定し通い箱を使って納品する。
部品の約八〇%は、トヨタが使っている電 子カンバンに似た?スマート・カード〞と一 緒に納品される。
カードには各部品に関する 情報が書き込まれており、部品の移動が必要 最小限ですむように工夫している。
また、生 産現場に部品を納めるサプライヤーは、ヘイ ルウッド工場のなかのラインサイドの部品在 庫の管理責任も一部で負っている。
ロジスティクスを担当するトム・ブリーン 部長は、こうした取り組みの成果を次のよう に説明する。
「六七%の部品が生産ラインの そばまで運ばれてくるようにした。
すべての 部品が少なくとも一日一回は納品されるよう になり、部品倉庫内にある在庫は最大でも三 日分になった」 3PL事業者を全面的に活用 ヘイルウッド工場におけるジャガーの新し い調達物流の特徴の一つは、?インテリジェ ント・コレクション・システム〞と呼ばれて いる。
このシステムは、イギリスを含めたヨ ーロッパ内の部品サプライヤーから、3PL 事業者が正しい数の部品だけを調達してきて、 それを指定時間の前後三〇分以内に工場に納 品するというものである。
まず完成車の需要予測に基づいてマスタ ー・スケジュールが作られ、八日から一五日分の計画が作られる。
3PL事業者は、さら に詳細につめた調達スケジュールを「積み荷 目録=送り状」としてサプライヤーと工場に 発行し、トラックのドライバーにはピックア ップシートとして渡す。
サプライヤーが部品を配送ドライバーに渡 す際には、この「送り状」が許可証の役割を 果たす。
ドライバーは送り状に基づいて数量 と内容を確認し、実際に発注のあった部品だ けを配送する。
もし部品が発注より多ければ、ドライバー は受け取りを拒否したり、調達物流を統括す る3PL事業者に報告してアドバイスを求め る。
用意されていた部品の数量が発注より少 ない場合にも同じように処理する。
部品の過 不足がある場合には、ドライバーは3PL事 業者の許可なしに部品を受け取ることはでき ない(図表参照)。
このようにドライバーは?インテリジェン ト・コレクション・システム〞の中で重要な 役割を果たしており、工場への部品の配送係 も兼ねている。
ドライバーにこのような役割 を与えることで、ジャガーは前もって配送さ れてくる部品の過不足を知ることができる。
従来は、実際に部品が工場に届いてから始め て気づくしかなかったことだ。
ブレーン部長はこう語る。
「例えば、スペ インのサプライヤーからの出荷内容に問題が あるという報告を、工場に部品が到着する六 日前に受けたとする。
この情報があることで 我々は事前にサプライチェーンの不安定要因 をコントロールでき、最後の段階でトラック を仕立てて部品を急送するといった付加価値 を生まない業務を避けられるようになる」 3PL事業者からの情報に加えて、ジャガ ーは従来どおりEDIによってサプライヤー から事前出荷情報も受け取っている。
工場からの完成車の輸送については、期限 内に完全な車をディーラーに納める責任をジ ャガーが負っている。
ディーラーは注文した 車の製造の工程から製品のステイタス情報に アクセスすることができ、通常一五日から一 六日かかる輸送情報も手に入れることができ る。
なお、ジャガーはすべての車を受注生産 で作っている。
ヘイルウッド工場の中での構内物流につい ても、先の?ニルヴァーナ〞と同じ考え方に 基づいて担当者の数を極力絞った。
かつて 「エスコート」を製造していたときには、九五 人ものジャガーの作業者がそれぞれに部品の 受け取りや、倉庫の在庫管理、生産ラインへ の部品の供給などを行っていた。
構内物流に 携わる従業員の給料が、生産ラインで働くよ り高かったことも事態を複雑にした。
これをX四〇〇の製造では、車に備えつけ るときまで工場の従業員は誰も部品に手を触 れないようにした。
そして部品が工場内に入 ってからの構内物流に関してはUCIという 3PL事業者に委託し、サプライヤーから納 DECEMBER 2004 54 入されてくる部品の管理をすべて任せた。
こ れによって構内物流に携わる従業員を九五人 から六人に減らすことができた。
構内レイアウトの最適化 二〇〇〇年六月に最後の一台となる「エス コート」がヘイルウッド工場を出て行くと、 替わってまったく新しい生産ラインが据え付 けられた。
長年大量生産の現場に身を置いて きた工場の従業員たちは、設備を刷新し、新 しいプロセスを導入する間に、ジャガーのエ ンジニアたちと一緒に生まれ変わる工場レイ アウトの最適化を図った。
ヘイルウッド工場の生産ラインは、最新のオートメーションとシステムを駆使したリー ン生産方式を目指して一新された(※編集部 注:リーン生産方式とはトヨタ生産方式と同 様の多品種少量生産の手法。
八〇年代に日 本車の強い競争力を徹底研究した米MITの 研究者が紹介し、その後は世界の自動車生産 手法の主流となった)。
すべての生産用ロボ ットを同じサプライヤーから調達し、問題が 発生したときには一時間以内で交換できるよ うに同一方法で制御することにした。
ボディーを組み立てるラインのレイアウト は、ボディーとそれに組みつけられる部品が 最も効率よく流れるように隅々にまで工夫を 施した。
設備のほとんどは床に備え付けられ た。
工程間の移動距離を最短にすることで作 業の生産性を高めたり、厳密な在庫管理を実 現するためだ。
さらに、工場のスーパーバイ ザーやチームリーダーが、品質や安全上の問 題をすぐに見つけられるように、各ラインの そばには警報システムを導入した。
従来のトリムライン(※編集部注:ガラス などを取り付ける工程)は、床にコンベヤを 据え付けていた。
これを作業者の頭上にある 三本のレールで車両をつかんで移動させる方 式に改めた。
この方がスムーズだし音も静か で、部品の取り付け作業もやりやすく労働環 境の改善にもつながる。
また、このシステム は作業の可視化にもつながり、現場での?目 で見る管理〞の実現にも役立った。
大量生産と高品質の両立 X四〇〇の製造拠点としてヘイルウッド工 場を選んだときジャガーは、工場側がその生 産方式や生産工程、品質管理や生産量の設 定方法に従うことを条件にした。
それと同時 に、従業員が大量生産に慣れていることも選 んだ理由の一つだった。
新たな生産ラインを 作る上で重要なことは、ヘイルウッドの従業 員が培ってきた大量生産の知識や経験を、高 品質を目指すジャガーのオペレーションとい かに融合するかだった。
大量生産と高品質の二つは、いずれもX四 〇〇が市場で成功を収めるためには欠かせな い要素だった。
言い換えれば、これはヘイル ウッド工場でこれまで受け継がれてきたフォ ードの企業文化と、ジャガーの企業文化をど うやって折り合いをつけるかという問題でも あった。
工場の責任者であるハドソン氏は、 そのために三段階の戦略を考案した。
最初の戦略は、ヘイルウッドの組織全体を 品質と顧客の方へと向かせることだった。
従 来のフォードの経営陣の下では、コスト削減 がプライオリティの最初に置かれ、生産性は その次で、三番目に品質が重視されてきた。
この優先順位がジャガーの経営陣の下ではま ったく逆になる。
品質が一番であり、二番目 に生産性、三番目にコスト削減がくる。
この二つの取り組みはまったく異質だ。
ジ ャガーのやり方を採用することで、従業員た フォードとジャガーのサーバはつながっており、通常8日〜15日分の 売上台数の予測数値が入っている。
送り状はサプライヤーと 工場の双方に発行する ドライバーは集荷する部品と送り状を 照らし合わせて、過不足がある場合は ジャガーに連絡する フォードの サーバ ジャガーの サーバ サプライヤー ファイル・リソース ドライバー 送り状 3PL業者 ジャガーの調達物流 55 DECEMBER 2004 ちは自分の仕事の品質にこれまで以上に責任 を負うことになり、問題があれば直ちに改善 することを求められた。
「品質に関するこの新しいアプローチを始め たことで、品質管理がすべての従業員の関心 事に変わった。
単にラインの最後にいる品質 検査官に任せておけばいいだけの仕事ではな くなった」とハドソン氏は説明する。
まだ「エスコート」を製造していたときか ら、ヘイルウッド工場の従業員たちは?クオ リティー・プロセス・シート〞と呼ばれる書 類を作りはじめ、そこに仕事の手順や大量生 産の経験から得た知識を書き込んだ。
その一 方で、ジャガーが導入しようとしている作業 工程をよりよく理解するため、従業員五〇〇 人がジャガーの「キャッスル・ブラウニッチ 工場」を訪れてSタイプを作る実際の作業現 場を見学した。
彼らはヘイルウッド工場に戻 ると、ジャガーの工場で得てきた知識を他の 従業員たちと共有した。
二番目にハドソン氏が用いた戦略は?セン ターズ・オブ・エクセレンス(CoE)〞だ。
この手法を使って無駄のない生産方法を根付 かせようとした。
「エスコート」を作っていた 最後の年に、工場内のいくつかのセクション にCoEが設置された。
そして従業員に対し て、リーン生産方法をデモンストレーション してみせた。
「CoEでは、まずできるところでリーン生産 方式のベストプラクティスを作りだし、それ を他部門の手本として公開し広めていく。
C oEの活動が始まると、まず該当するグルー プの従業員たちに対してトレーニングを施す。
彼らがその意義を理解し、自ら主導権を握っ て高い品質を維持しようとするようになった ら、また次のエリアでCoEをスタートすれ ばいい」(ハドソン氏) こうした場合、リーン生産方式として最も よく知られた手法が採用された。
工場内のほ かの部門の従業員たちはCoEに招かれ、彼 らが実際どうやって働くのかをまず見学する。
そして自分たちの持ち場に戻ると、今度は自 らのCoEをスタートしていった。
三つ目の戦略は、ヘイルウッド工場の不幸 な特徴であった?不信と絶望と幻滅の文化〞 を、?相互理解と積極性と信頼の文化〞へと 変革することだった。
この取り組みについて ハドソン氏は次のように説明する。
「最初に我々は、共通のビジョンを作り、そ のビジョンを実行に移すことができるように 全従業員のコンセンサスを取り付ける必要が あった。
ヘイルウッド工場の従業員の間には、 過去に何度か変革プログラムを立ち上げなが ら、すぐに挫折して元のやり方に戻してしま ったことへの不信感があった。
今回の変革が 確かなもので、長期にわたって行われるもの だと従業員に理解してもらうため、経営陣は 各種のプログラムを通じて工場内の価値観や 行動規範が変わることを繰り返し説明した。
経営陣が自ら変革に対する決意を明らかにし て、あらゆる機会を利用してそれを従業員に 伝えていく必要があった」 在庫の五〇%削減に成功する ジャガーが当初の二年間、ヘイルウッド工 場で最も注力したのは、まずはフォードとジ ャガーの企業文化を融合することだった。
す でに「エスコート」が作られた最後の年には、 いくつかの新しいプロセスが試みられ、めざ ましい結果を生み出していた。
「最後の一年だけで我々は『エスコート』の 生産に要する在庫を五〇%減らした。
また品 質においてもそれまでに比べて五〇%向上し た結果、JDパワー(※編集部注:自動車産 業を中心に顧客満足度調査などを手掛ける世 界的な団体)の調査でいくつものイギリスの 有名ブランドを抑えて第三位となった」とハ ドソン氏は言う。
二〇〇一年二月の稼働時期が近づくと、ジ ャガーはすべての用意が整っているかどうか を点検した。
ひとたび生産が始まれば、生産 台数は急速に増えることが予想されたからだ。
こうしてヘイルウッド工場は、新製品とそれ に伴う新たなサプライチェーンの仕組みを、 新規のサプライヤーや経験を積んだ従業員た ちと一緒にスタートした。
一九九七年十一月 からジャガーが準備してきたX四〇〇の生産 が、ついに動き出した。
ヘイルウッドでの生産を開始してから七カ 月の段階では、工場が所期の目的をどのくら DECEMBER 2004 56 い達成できたのか判断しづらい面があった。
幸い大きな問題は起こっていなかったが、細 部には改善の余地がたくさんあった。
X四〇〇のデザインチームは、工場の従業 員と二人三脚でミスの起こらないような製造 現場の実現に多大な努力を注いだ。
日々の大 量生産を続けながらも、依然として変更すべ き点は数多く残されていた。
実際、生産性の 向上を阻むボトルネックを解消するため、二 〇〇一年九月までに約八〇〇〇におよぶ技術 的な変更が施された。
もう一つの問題は、工場に隣接するサプラ イ・パークに入った一部のサプライヤーの準 備不足だった。
ハドソン氏はこう認める。
「外注の方針を決めたとき、我々が望んだ のはサプライヤーが持つ最高の能力を結集す ることだった。
しかし、我々が実際に手にし たのは、従来のやり方にジャガーという名前 をつけただけのものに過ぎなかった。
こうし たサプライヤーは新たなシステムへの移行に 伴う課題を十分に理解しておらず、このビジ ネスに最高の人材を投入してこなかった」 高品質の企業文化が次第に浸透 どれだけ立ち上げ前に計画を練り、準備を 整えたとしても、製品のデザインが固まって いない段階でできることは限られていた。
適 切な在庫基準を設定したり、情報の流れをス ムーズにするという取り組みが、きわめて困 難だったのである。
?ニルヴァーナ〞の考え方に従ってロジスティクス業務を外注することは、全体としては うまく機能しているように見えた。
だが構内 物流を担当する3PL事業者の経験不足から いくつかの問題も起こった。
調達物流においても、ドライバーが部品を 受け取る際に確認作業を行う?インテリジェ ント・コレクション・システム〞が当初は計 画通りには機能せず、部品の過不足が発生し た。
しかし、これについてはドライバーとサ プライヤー、3PL業者の三者が経験を積む ことで次第に納品の精度が上がっていった。
計画通りイギリス国内のサプライヤーは、 組み立てラインの近くに保管されている自社 製の部品在庫の管理に責任を持つことになっ た。
しかし、このことが予期せぬ問題を引き 起こした。
新たに調達物流の担当になったト レーシー・チェンバーズ部長は次のように説 明する。
「サプライヤーたちは、自分たちの社員を現 場に張り付けて在庫をチェックすることにし た。
最初のうちはこれがうまくいった。
もし 部品に問題があれば、サプライヤーの社員た ちが問題のない部品と取り替えた。
しかし、 このやり方が、かえって多くの問題を隠すこ とにつながった。
生産量が増えるにしたがっ て問題が顕在化し、生産ラインに混乱をもた らすようになってしまった」 依然としてヘイルウッド工場は、いろいろ な問題を改善しながら日々の業務に取り組ん でいる。
それでも、いくつかの明るい兆しも 出てきた。
たとえば、ジャガーが最も重要視 した品質において、ヘイルウッド工場は、フ ォードとジャガーにとっての新たな判断基準 となるほど優れた成績を収めた。
「新車の保証期間内に起こる修理の数値で は、X四〇〇は他のジャガーの工場で作られ る製品より良い結果を出した。
顧客に車を届 ける前にディーラーが行う整備の時間も短く、 業界の最高水準のレベルと互角に競えるほど だった。
これらの数字は、われわれが正しい 方向に前進していることを示している」とグ ラハム・ミラー品質管理部長は言う。
初期の試みとして始まった?クオリティ ー・プロセス・シート〞の活用も、仕事の手 順を一定に保つという意味で効果を発揮しは じめた。
品質に対するジャガーのこだわりが、 ようやくヘイルウッド工場の従業員の間に浸 透してきた。
本稿は『サプライ・チェーン・フォー ラム』誌の2002年第2号に掲載された 記事を、同誌の許可を得て翻訳した。
同 誌はフランスのボルドー・ビジネス・スク ール内にあるサプライチェーン・エクセ レンス機構が年2回発行している。
同誌 の内容や概略などについてはhttp:// www.supplychain-forum.com/で閲覧 可能。

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