ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年8号
keyperson
安田隆二 一橋大学大学院 教授

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

KEYPERSON ゴーン改革は成功したのか ――ようやく日本の景気も上向いて きたようですが、企業再生も峠を越 えたと考えていいのでしょうか。
「景気は確実に戻っています。
しか し景気が良くなれば企業再生も終わ ると考えるのは間違いです。
景気に よって売り上げが下がって、たまた ま赤字になっていたという企業は、今 は良くなっている。
そうした企業は リストラも既に七合目まで来ていま す。
しかし景気の変動とは無関係に、 業態自身が陳腐化してしまった、あ るいは規制や護送船団方式などによ って守られてきた企業の再生は、ま だ五合目にも達していません」 「景気が回復しているから現状では いいように見えるけれど、これがまた 1 AUGUST 2004 事再生法を利用して、新たにスポン サーをつけて生き残るところもあるた め倒産しても会社がなくならない」 ――銀行の役割が他の国とは違う? 「例えばアメリカでは今、航空会社 の経営が危機にあります。
こうした 場合には政府が直接、航空会社の債 務を保証する。
これに対して日本で は政府が銀行にお金をつぎ込んで、そ の銀行の責任で問題企業の処理に当 たらせる。
そうやって日本の銀行が 処理した不良債権は既に一〇〇兆円 近くにも上っています。
つまり日本 では銀行が貸し主であり、株主でも あり、最後に責任を取るところにも なっている。
だから一〇〇兆円もか かるんです」 ――債権放棄をせずにV字復活した 日産のゴーン改革は、やはり日本に おける企業再生のお手本といえるで しょうか。
「日産はそれまで日本ではタブーと されていた問題に一気に手を付けま した。
関連会社を売却し、株の持ち 合いも減らし、情報システムも外部 にアウトソーシングした。
同時に調 達コストを大幅に下げた。
そうやっ て、とにかくキャッシュをかき集めて 有利子負債を減らした。
一連の改革 が日産の収益に大変なプラスになっ たことは明らかです」 「しかも、そのやり方が上手かった。
普通なら改革によって切り捨てられ た人たちは日産に対してネガティブ になるはずですが、必ずしもそうはな っていない。
例えばMBOで日産か ら独立した物流子会社のバンテック には、今も日産という会社に愛着を 持った人たちがたくさん残っている」 ――しかし、バンテックの場合は、日産への愛着というよりもむしろ親会 社に捨てられたことに対する反発が その後の成長のベースになっている ように見えます。
「ゴーン改革に対して、バンテック の社員が今どういう気持ちを持って いるのかは分かりません。
しかし少な くとも日産というブランドと、同じ 釜の飯を食べた昔の仲間に対しての 愛着は、資本のつながりが切れた今 横這いに転じたときにどうなるか。
例 えば日本の鉄鋼産業は中国特需で今 とても好調です。
しかし中国は今や 年間約二億トン、日本の倍も生産し ている。
平常時に戻ったら供給過剰 が発生するのは明らかです。
トラッ クメーカーも環境規制の特需で今は いいけれど国内に四社も必要なのか。
既に日本のハイテクはサムソンに負 けてしまいました」 ――それでも日本の場合は業態とし て陳腐化しているように見える会社 でも潰れずに生き残っています。
大 型倒産が少ない。
「精算した会社が少ないだけです。
ゼネコンや流通大手など実質的に倒 産した大企業は既にたくさん出てい る。
しかし日本の場合は最後に銀行 団が債権を放棄してしまう。
また民 安田隆二 一橋大学大学院 教授 THEME 「 子 会 社 を 改 革 で き な い 親 会 社 は 沈 む 」 親会社・日産自動車の持ち株を子会社の経営陣が買い取るM BO(マネジメント・バイ・アウト)で独立を果たしたバンテ ック。
この買収劇を経営コンサルタントとしてサポートした企 業再生のスペシャリストに、日本企業のリストラクチャリング の現状と課題を尋ねた。
(聞き手 大矢昌浩) AUGUST 2004 2 もバンテックには残っている。
日産 に対してネガティブにはなっていない。
そのことが、バンテックが日産からの 大幅な値下げ要請にも対応すること ができた一つの背景になっていると 思います」 「ゴーンさん自身、バンテックやゼ ロ(旧・日産陸送)など日産からの MBOを成功させた子会社について、 『我々は素晴らしい卒業生企業を作る ことができた』とアピールしています。
ゴーン改革が日産の中でサラリーマ ンとしてキャリアを積むだけでなく、 独立した会社の社長になれる道を拓 いたのは事実です。
一〇〇%子会社 のサラリーマン社長として、いちいち 親会社の指示を仰ぐのと違い、一国 一城の主になるというのは確かに魅 力的です。
そうやって、やる気を引 き出したという意味でも改革は成功 したといえるでしょう」 ――一〇〇%子会社のままなら、コ ストは下げられなかったでしょうか。
「子会社のままでコストを下げよう としたら結局、人員や資産をカット するしか手がなくなってしまう。
子会 社にしてみれば親会社の指示に従っ て痩せ衰えた挙げ句、最後には切り 捨てられるかも知れない。
それでは経 営陣やスタッフのモチベーションは上 がりません。
しかも親会社の仕事し かできないから、新しいノウハウも獲 得できない」 「親会社から独立することによって、 カット以外の道が開けます。
独立し た以上は何をやってもいい。
実際、バ ンテックは日産以外にトヨタやマツ ダの仕事を受けるようになった。
全 く異業種の物流も手掛けている。
そ うやって新しい戦略、新しいビジネ スを始めて扱う物量を増やし、生産性 を上げたことで、日産向けのコスト 削減にも対応できるようになった。
こ れは経営の自由度があったからです」 ――それでも資本は動かさずに経営 の自由度だけ与えるという選択肢も あり得るのでは。
「実際には難しいでしょうね。
仮に それで上手くいったとしても親会社 の日産側には資本を持っている意味 がない。
日産が子会社を売却した最 大の狙いは何といっても有利子負債 を減らすことでしたから」 MBOと通常売却の違い ――物流子会社をMBOではなく一 般の物流会社に売却するケースはい くつか出てきました。
親会社にとっ てMBOと通常の売却では何が違う のでしょうか。
「一般に物流子会社の売却で親会社 の経営者が最初に考えるのは、大手 物流会社への売却なんです。
有力な 物流会社に子会社を売却できれば、売 却後の物流にも不安がない。
規模の メリットが出るのでコストダウンも期 待できる。
ただし、それによって子会 社は完全に他人の会社になる」 「一方のMBOは日産のケースのよ うに、いわば卒業生企業ですから、子 会社は大人になるけれど、雇用は守 れるので関係が全く切れるわけでは ない。
その代わり有力物流会社への 売却と違って、MBOした物流子会 社には元から持っていたノウハウしか ない。
そのままでは効率は上がらない。
そのため親会社の経営者はMBOよ り前に大手物流会社への売却を検討 することが多い」 ――しかし、その売却もまだ数える 程度ということは、買い手が少ない からでしょうか。
「買い手はいます。
とりわけ外資系 の大手物流会社は今、日本の国際的 企業の子会社の買収に意欲的になっ ています。
今後は外資系の大手物流 子会社による物流子会社の買収が増 えてくるはずです。
売る側の親会社 から見てもグローバルに、しかも陸海 空の物流を統合してアウトソーシン グできればメリットは大きい」 ――国内の物流市場を外資に荒らさ れることになりますね。
「そうならざるを得ないでしょう。
日本でも食品と薬品は、大手への集約 が大きく進みましたが、それ以外の 業種では物流業に限らず集約があま り進んでいない。
流通の集約もまだ まだです。
踏み込めてない分野がだ いぶ残っている。
これから集約が進 んでいくはずです。
とりわけ物流分 野はこれまで遅れていただけに今後、 大きく動く可能性が高い」 「また、それが必要なのだとも思い やすだりゅうじ一橋大学大学院国 際戦略研究科教授。
ジェイ・ウィ ル・パートナーズ会長。
東京大学経 済学部卒業後、カリフォルニア大学 バークレー校で政治学博士(Ph.D) 取得。
モルガン銀行(ニューヨーク)、 マッキンゼー・アンド・カンパニー のディレクターを経て、95年よりケ ンブリッジ大学客員教授、スタンフ ォード大学客員研究員、96年より A . T . カーニー社アジア総代表、 2003年6月より現職。
著書に『企 業再生マネジメント』(東洋経済新報 社)などがある。
KEYPERSON 3 AUGUST 2004 ます。
欧米の物流業と比較すると、日 本の物流業の生産性は三八%も低い という調査結果が出ています。
その 理由として日本は人件費や土地が高 いことなどがよく挙げられますが、そ れ以上に業界の再編が進んでいない ことのほうが大きい。
実際、欧米の 物流市場は大手物流会社の売り上げ が全体の約八割を占めている。
それ に対して日本は二割です。
しかも日 本の荷主企業の多くは、自分の会社 専門の物流子会社を持っている。
効 率が悪いことは明らかです」 「欧米の場合は八〇年代以降、物流 業の集約が急速に進みました。
再編 に次ぐ再編で、大企業に集約されて いった。
一方の荷主企業側にも物流 はコア・コンピタンスではないという 認識が定着した。
物流で競争するで はなく、製品で、販売で、イノベー ションで戦うのだという認識が定着 しました。
その結果として物流の共 同化が進み、トラック一台当たりの 稼働率、積載率が高まっていったん です」 分かっていても動けない ――日本の親会社の経営層は物流子 会社の存在をどう認識しているので しょうか。
「今より景気の厳しかった九〇年代 の後半には、どこの親会社も物流子 会社の売却あるいは共同化を真剣に 検討していました。
グループにとって 物流子会社は果たしてコア事業なの か。
機能的に見ればコアでない場合 がかなりある。
そうであれば外に出し てしまったほうがいい。
安くなるなら、 品質が低下しないなら、子会社を売 却してしまったほうがいいと皆が考 えていました」 「しかし実際に売却を実行しようと なると、まず現場から反対の声が上 がる。
工場は生産物流ができなくな るという。
販売はいざというとき無 理が効かなくなると訴える。
物流は サプライチェーンのコアだという声が 必ず出てくる。
しかも日本の経営者 の多くは、今まで子会社を捨てたと いう経験がない。
会社の売却は経営 者にとってレイオフと同じぐらいタフ な仕事になります。
そうしたメンタル ブロックが経営者にあることは否定 できません」 ――それでも生産子会社、つまり工 場の売却は日本でも比較的進んでい ます。
「それは工場が明らかに赤字だから です。
物流子会社の業績を少し詳し く見ると、小幅の赤字と黒字を繰り 返していることが多い。
少なくとも 赤字を垂れ流しているわけではない。
そのため今すぐ止血する必要もない と経営者も考えてしまう。
しかし物流子会社の業績は親会社の裁量一つ で決まってしまいます。
物流子会社 の料金水準が市場の相場と比較して 妥当かどうかという点には目をつぶ っている」 ――売却に比べればソフトランディン グであるはずのMBOも日産以降は 全く出てきません。
「MBOも親会社から独立して終わ るのではなく、独立後に他の物流子 会社を統合したり、あるいはグロー バルな物流会社とアライアンスを組 んでいくことでメリットを出すことは できます。
そこに資金を提供したい というファンドも今はたくさんある。
しかしバイアウトされた物流子会社 は当然、親会社以外にもサービスを 提供しようとします。
親会社側には 競争相手の仕事を取り込んだ時にど うなってしまうのかという不安がある。
同じ業種の物流が共同化されるのは 本来なら良いことです。
しかし日本 の親会社はまだ競争するところと共 有するところを分けるという発想に なっていない」 ――共同化への抵抗はそこまで残っ ていますか。
「やってないからそう考えるのだと 思います。
いったん実施してしまえ ば、どんどん進むはずです。
共同化 したほうが良いというのは誰からみて も明らかな話ですから。
意外に進ん でいるのが銀行です。
銀行には現金 と書類の物流がかなりの規模で発生 しますが、この分野は共同化されて いる。
銀行はどこも似たような場所 に出店していますから、共同化によ るメリットも大きい。
しかし一般の メーカーは銀行に比べて物流が重要 であるだけに共同化も進んでいない」 ――しかも景気が回復してきたとな ると、改革の手綱はまた緩みますね。
「間違いなく緩みます。
効率化は進 まない。
その結果、どうなるか。
景 気の悪い時の競争が我慢比べである のに対して、景気が上向いた時の競 争は成長の競争であり、投資の競争 です。
投資は集中しないと効果が出 ません。
物流子会社を始め、たくさ んの子会社を持っている親会社は段々 と競争に勝てなくなっていくでしょ う」 『企業再生マネジメント』 安田隆二著 東洋経済新報社 (2940円)

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