ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年7号
道場
正しいコスト削減策の作り方

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2004 50 活況を呈する?大先生サロン. 今日も新たな相談者が訪れた 夏の陽光が燦々と降り注ぐ七月のある日、大先 生事務所はまどろみの中にあった。
弟子たちは出 張中だ。
大先生は椅子に寄りかかって外を眺めて いる。
いや、さっきから全然動かないところをみる と、きっと居眠りをしているに違いない。
パーテーションの向こう側のスタッフルームから 女史が、大先生が寝ているのを見透かしたかのよ うに声を掛けた。
「もうじき、お客さまがいらっしゃいますよ。
眠 気覚ましにコーヒーでもいれましょうか?」 「なに、お客? 誰か来るんだっけ? こんな暑 い日に‥‥」 返答のしようのない大先生の言葉にも、女史は めげない。
ここが彼女のいいところだ。
「お約束ですから、暑かろうが寒かろうが、いら っしゃいますよ。
それではコーヒーを入れますね」 大先生の事務所には、いろんなお客が来る。
中 でも弟子たちが勝手に?大先生サロン.と名付け ている有料の相談コーナーが結構、繁盛している。
時間当たりで相談料を設定したことが敷居を低く しているようだ。
「ご相談したいことがありますの で、二時間ほど時間を取ってください」などといっ たメールや電話が入ると、日時の設定はすべて女 史が行う。
依頼者にとっては、このとき大先生を 相手にしないで済むことも気安さにつながっている ようだ。
大先生が自分の席でコーヒーを飲んでいると、事 務所の扉が開き、今日の相談者が入ってきた。
大 きな鞄を持ち、額に大粒の汗をかいている。
出迎 えた女史がソファに案内する。
大先生も立ち上が った。
「それでは役目を果たせませんよ」 大先生の厳しい言葉が飛ぶ 相談者は、ある大手メーカーの物流部長である。
せわしく汗を拭いながら、「お忙しいところ、お時 間を取っていただき‥‥」とか「ご相談するのも お恥ずかしい内容なのですが‥‥」などと挨拶す る。
女史が、冷たいおしぼりと飲み物を出しなが 《本連載について》 主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタントだ。
こ れまで本連載では、コンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とと もに、日雑メーカー向け(第1回〜12回)、消費財問屋向け(第13回〜 25回)コンサルティングの模様を伝えてきた。
前回(第27回)は特別編 として、読者が自ら物流管理レベルをチェックできるQ&A方式の解説 を掲載した。
今回からは「サロン編」と題し、大先生の事務所で起きる さまざまなエピソードを、原則として一話完結で紹介していく。
業務改 善の考え方や智恵を感じ取っていただきたい。
(編集部) 湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 湯浅和夫の 《第 27 回》 .サロン編. 〈正しいコスト削減策の作り方〉 51 JULY 2004 ら、上着を取るように勧める。
大先生もそうする よう促す。
「ちょっと失礼」 そう言うと、大先生は自席に移った。
相談者が 落ち着くための時間を与えようという配慮のようだ。
数分して大先生がソファに戻ったときには、物流 部長氏はだいぶ落ち着いたように見えた。
ゆっくり と話し出した。
「私どもの会社ではいま、徹底してコスト削減を行うよう、各部門に指示が出されておりまして、と くに私ども物流部門には大幅な物流コスト削減を するようにという厳命が下ってます。
その取り組み についての報告を近々することになっているのです が、今日はその件でお伺いした次第です」 「報告は誰に対してするんですか?」 「社長です」 「ご自分の会社の社長に報告するわけですから、 物流部としてまとめたものを報告すればいいだけで しょう。
わざわざいらしたのは、その報告内容に自 信がないからですか?」 「‥‥」 大先生のストレートな質問に物流部長氏は一瞬 戸惑ったが、観念したように話し出した。
「はぁ、報告内容につきましては、うちの部でチ ームを作り、一カ月ほどかけて検討しました。
それ なりにまとまってるとは思うのですが、果たして本 当にこれでいいのか。
実は私自身が判断できずにい るんです‥‥」 正直に打ち明ける物流部長氏に、推測を交えな がら大先生が質問する。
Illustration..ELPH-Kanda Kadan JULY 2004 52 「それなりになんていういい加減な表現は使わな い方がいいですよ。
まあ、それはいいとして、一カ 月ほどかけて検討したとおっしゃいましたが、あな たがチームのメンバーに何か案を出すように指示し て、各人が考えてきたものが採用できるかどうか、 それでいくらの削減になるかなどといったことを検 討したのではないですか? 他にも何かないかなん て催促もしたんじゃないですか?」 「はい、ご指摘のとおりです。
コスト削減の方策 について各人に考えるよう指示しました。
もっと案 を出すように催促もしました‥‥そのやり方はまず かったでしょうか?」 大先生は何も答えず、一つの提案をした。
「それでは、ここで予行演習をやってみましょう。
私を社長だと思って、報告してみてください。
私が 社長の代わりに質問します」 突然、予行演習をしようと言われ、物流部長氏 はまごついている。
「報告の時間は何分くらいですか? 資料はありま すか?」 大先生に催促されて、慌てて鞄から分厚い資料 を引っ張り出した。
「これが資料です‥‥報告時間は質疑を入れて三〇 分と言われています」 大先生の前に置かれた資料には「物流コスト削 減プログラム」と書かれている。
それを見て、大先 生が率直な感想を漏らす。
「へー、立派な名前がついてるなー」 これには答えず、物流部長氏は「それでは、ポイ ントを‥‥」と言いながら、説明を始めた。
資料は、「当社の物流の概要」、「物流コスト削減 方策」、「削減効果」という三部構成になっている。
ところが説明を始めてから一五分しても、まだコス ト削減方策の話が続いた。
「もう説明はいい。
結局、いくら削減できるのか ね‥‥と社長なら言うと思いますよ」 ばつが悪そうな物流部長氏に対して、大先生が 続ける。
「社長が聞きたいことは何ですか?」 「はい、いくら削減できるかだと思います」 「それでは、物流部として社長に聞いてもらいた いことは何ですか」 「‥‥」 物流部長氏は、答えに窮してしまった。
大先生 が別の質問をする。
「社長は、コスト削減方策の妥当性について判断で きますか?」 物流部長氏が首を傾げる。
「判断できないなら、そんな説明はいらないでし ょう。
要するに、社長が聞きたいことと、それに関 連して物流部が聞いてもらいたいことを話せばいい んですよ」 物流部長氏が大きく頷くのを見ながら、大先生 は資料の「削減効果」のページを開き、楽しそう に言った。
「それでは、続きをやりましょうか。
私はまた社 長をやります‥‥さて、物流コストの削減はこの程 度で精一杯ということかね?」 「は、はい。
いろいろ検討しました結果、これが 精一杯だと思います‥‥」 53 JULY 2004 「ということは、うちの物流は効率化という点で 最高レベルにきたと理解していいんだな? 同業 他社と比べてもレベルは高いと‥‥」 「‥‥」 また言葉に詰まる。
たばこに火をつけると、大先 生は諭すような口調で尋ねた。
「いいですか、そこで答えられないようでは、物 流部長としての役目は果たせませんよ。
そして、あ なたの報告も信用されません。
違いますか?」 大先生の問い掛けに、意を決したように物流部 長氏は話し始めた。
「究極のプログラムを作ってみます」 物流部長氏は改めて決意を語った 「おっしゃるとおりです。
私には、うちの物流が どのレベルにあるのか、物流コスト削減という点で もう限界なのかということが、恥ずかしながら判断 できないのです。
そこに不安を感じておりましたも のですから、今日こちらにお伺いしたのです‥‥自 社の物流レベルというのは、どう判断したらよろし いのでしょうか?」 よほど悩んだのであろう。
物流部長氏の顔には 悲壮感すら漂っている。
ところが大先生は「そんなの簡単ですよ」と、あ っさり言い放った。
そして立ち上がると、自分の机 から万年筆を取ってきた。
ソファに座り直すと、資 料を閉じ、表紙の「物流コスト削減プログラム」と いう表題の前に「究極の」という言葉を書き加え た。
怪訝そうな物流部長氏を見ながら、大先生が説 明する。
「自社の現状の物流レベルは、自社の究極のローコ スト物流のレベルと比べるしか方法はないでしょう。
それと比べてこそ、いまこの段階にあるということ がわかりますし、また、より上に行くために何をし なければならないかもわかります。
そうすれば、改 めて削減策を検討するなんてことをする必要もない でしょ?」 「はい、たしかに‥‥」 「コスト削減をしろと言われて、そのたびに集ま って何かないかと検討するなど、それこそ愚の骨頂 です。
素人集団と言ってもいい」 大先生が言い切る。
物流部長氏は頷くだけだ。
そ れを見ながら大先生が続ける。
「そこで必要なのが、究極のローコスト物流の姿 を描き出すことです。
あなたの会社にとって、その 姿はどんなものですか?」 大先生の端的な質問に、なんと物流部長氏は即 答した。
「はい、工場から必要なものだけを一定ロットで 顧客に直送することだと思います」 一瞬、大先生は驚いたような顔をしたが、その まま質問を続けた。
「そのとおりです。
では、なぜ、それができていな いのですか?」 「はい、物流サービスというか、営業の都合とい うか、あるいは生産の仕方など、いろいろな制約要 因があるためかと‥‥そう思います」 「なーんだ、わかってるんだ‥‥」 「はぁ、以前、先生の講演をお聞きしたことがあ JULY 2004 54 るのですが、そのとき先生は『保管コストは物流部 門で責任を持てますか?』と会場に問いかけられ ました。
私はびっくりしました。
保管コストは当然 物流の責任だと思っていたからです。
ところが先生 は、保管コストについて物流部門が責任を負える のはスペースの単価だけで、スペースの広さについ ては在庫量で決まるから、物流部門では責任を負 えないとおっしゃいました。
それがずっと頭に残っ ています」 「それなら、制約条件を段階的に取り払うことが できれば、物流コストはこう変動する、そして、究 極はこれだけのコストになるという、それこそ『物 流コスト削減プログラム』をつくればいいじゃない ですか?」 「はぁ、そのー、物流コストと制約条件の関係付 けが何か難しいような気がして‥‥」 「だって、やったことないんでしょ。
なのに、なぜ 難しいとわかるんですか。
やる前から難しいと勝手 に決めつけて何もしないというのは、職務怠慢とい うことですよ」 話がとんでもない方向に進んでしまった。
物流部 長氏は返事ができない。
大先生が話を戻す。
「とにかく、やってみたらいいですよ。
というより も、それが物流部長の本来の仕事です。
向かうべ き先がわからなくて、いったい物流部は何をしよう というんですか?」 「はぁ、おっしゃるとおりです。
戻ったらすぐに その作業に取り掛かります。
社長報告には間に合 わないかもしれませんが、社長には、物流コスト削 減は物流部門だけでなく、物流を発生させている 部門の役割が大きいということを話します‥‥そ うです、これこそ物流部として聞いてもらいたいこ とでした」 大先生が笑顔で頷くのを見て、物流部長氏は改 めて決意を表明した。
「はい、社長に究極の物流コスト削減プログラム について口頭で説明し、支持をとりつけます‥‥ 場合によっては、この件につきましてご指導をお願 いするかもしれませんが、そのときはよろしくお願 いします」 大先生が頷く。
物流部長氏はすっきりした顔で立ち上がると、 深々とお辞儀をして帰っていった。
「今日のお客さまがお仕事につながるといいです ね」 茶碗を片付けながら、女史が大先生に話しかけ る。
大先生は返事をしない。
椅子に寄りかかり、外 を見ている。
大先生事務所はまた、まどろみの世 界に入ってしまったようだ。
*本連載はフィクションです ■■■ 2004年5月10日より業務をスタート 湯浅コンサルティング 事業内容 一般企業向けコンサルティング、物流管理者研修会、 物流事業者向けコンサルティング、物流管理ソフト 開発支援ほか 〒101-0021 東京都千代田区神田6-2-8 日誠ビル2F TEL:03-3837-7711 FAX:03-3837-7722 http://yuasa-c.co.jp ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『手にとるようにIT物流がわかる本』 (かんき出版)、『Eビジネス時代のロジスティ クス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジメ ント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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