ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2004年6号
判断学
イラク戦争をどう判断するか

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 第25回 イラク戦争をどう判断するか JUNE 2004 64 ローマ帝国末期にもたとえられるブッシュ政権の帝国主義について、分析に 基づく判断を下す人びとがアメリカにはまだしも存在する。
ところが日本の政 治家はアメリカのいいなりで、全く何の判断もない。
帝国末期どころではない。
『帝国の不幸』 チャルマーズ・ジョンソンといえば『通産省と日本の奇 蹟』(矢野俊比古監訳、TBSブリタニカ)の著者として有 名で、カリフォルニア大学サンディエゴ校の教授であった。
そして一九九○年ごろ日米貿易摩擦が激しかったころは「レ ビジオニスト」として、「日本たたき」の四人組の頭目とも いわれた。
そのジョンソンが『ソローズ・オブ・エンパイア』(帝国 の不幸)という本を出したというのでインターネットで注文 したが、なかなか来なかった。
最近になってやっと到着した のだが、読みだしたらやめられない。
こんなすばらしい本は 最近読んだことがないといってもよい。
彼は一九九九年に『アメリカ帝国への報復』(鈴木主税訳、 集英社)という本を出しており、その時翻訳で読んだが、今 度の本はそれをはるかにしのぐ傑作である。
おそらく翻訳が 出版されるだろうが、読者にぜひすすめたい本である。
彼はかつてCIAの顧問をしていたこともあり、アメリカ の外交政策に詳しいが、中国問題の専門家であり、日本に は占領軍の一員として来たこともある。
そのジョンソンが今回の本ではCIAを批判しているだけ でなく、アメリカの外交政策を帝国主義と軍国主義である として正面から批判している。
アメリカ帝国をローマ帝国やイギリス帝国の歴史とくらべ ながら解明し、アメリカ帝国主義を「軍事基地帝国主義」だ として、世界中に拡がっているアメリカの基地の状況を詳し く分析している。
そして今回のイラク戦争に触れ、これはまさにローマ帝国 末期と同じような状況にあるとしている。
イラク戦争に対す るこれほど徹底的で、しかも歴史を踏まえた分析はこれまで 読んだことがない。
翻訳が出ればきっと多くの読者に感銘を 与えるだろうと思われる。
ブッシュ政権は右翼革命勢力 ポール・クルーグマンはプリンストン大学教授で、いずれ ノーベル経済学賞もらうだろうといわれているが、日本にも 『世界大不況への警告』『グローバル経済を動かす愚かな人々』 などたくさんの著書が翻訳されている。
そのクルーグマンが毎週二回「ニューヨーク・タイムズ」 にコラムを連載しており、私もインターネットでそれを愛読 している。
その「ニューヨーク・タイムズ」のコラムや「フ ォーチュン」に書いた原稿などを集めた本が『嘘つき大統領 のデタラメ経済』(三上義一訳、早川書房)という名前で翻 訳され、出版されている。
クルーグマンもかつては大統領経済諮問委員会の上級エ コノミストや世界銀行のコンサルタントなどをしていたことがあり、政府内部に詳しいのだが、その彼がブッシュ政権を 徹底的に攻撃しており、イラク戦争に対する激しい批判を している。
クルーグマンによると、ブッシュ政権は普通の政権ではな く、革命勢力なのだという(同書四○頁)。
それは右翼革命 勢力であり、それまでの政権と同じような目で見ると誤ると いう。
いわゆるネオコン(新保守主義)がブッシュ政権を支えて いるが、彼らは通常の政権が考えるような政策はとらない。
イラク戦争はこのようなネオコンの戦略によって打ち出され た政策に基づくものであるが、それは石油利権と密接につな がっており、中東の石油資源を確保するためにイラク戦争が 行われているのだという。
現在のアメリカの政策を判断するためにはチャルマーズ・ ジョンソンやポール・クルーグマンのような分析から学んで いく必要があるのだが、日本人にはそのような判断力が失わ れているのではないか。
二人の著書を読むにつけ、そのよう な印象を強く受けた。
65 JUNE 2004 判断しない政治家 それにしても日本政府はこのような状況をどう判断してい るのであろうか。
小泉政権はイラクに自衛隊を派遣し、その うえイラク復興のために五○億ドルもカネを出すという。
アメリカ、というよりブッシュのいうままになっていると いうのが日本の小泉首相だが、そこにはイラク戦争がなぜ起 こり、それがどう展開していくのか、ということについての 判断が全くない。
ただ、ブッシュのいうままになっているだ けである。
私は『判断力』という本を最近、岩波新書で出したが、そ こで日本の政治家には判断力がないということを強調した。
判断を誤るということは誰にでもあることだが、そこで人び とは判断を誤らないためにはどうしたらよいか、ということを考える。
失敗から学ぶことによって正しい判断ができるか らである。
ところが小泉首相を始めとする日本の政治家は判断を誤 っているのではない。
始めから判断していないのである。
判 断力がないのである。
判断するためには情勢を理論的に分析しなければならない。
そしてそこから一定の見通しを持たなければならない。
イラク戦争がなぜ始まったのか、それがどう推移するか、 そしてそれがどういう結果をもたらすのか、ということを冷 静にとらえることによって判断することが必要なのだが、始 めからそういう判断力が失われているのである。
それは戦後一貫してきた日本政府のアメリカ一辺倒の政 策のためであるが、政治家がこのように判断力を失うとその 結末は恐ろしいことになる。
ドイツやフランスがイラク戦争 に反対したのはそこに政治家の判断があったからだし、スペ インのサパテロ首相もまたそういう判断をした。
ところが日本では政治家が全く判断しない。
これはもはや ローマ帝国末期どころの話ではない。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『判断力』(岩波新 書)。
ローマ帝国末期の様相 現在のイラク戦争は「第二のベトナム戦争」になるのでは ないか、ということがアメリカで盛んにいわれている。
「ニュ ーヨーク・タイムズ」や「ワシントン・ポスト」にはそのよ うな論調のコラムや記事がのっているが、「ビジネス・ウィー ク」の四月二六日号でもイラク戦争の失敗を取り上げている。
また日本でも有名な経済学者であるジョン・ケネス・ガ ルブレイスも「ビジネス・ウィーク」の電子版(四月二六 日)で、アメリカはベトナム戦争と同じ失敗をしており、早 くイラクから撤退すべきだと主張している。
もともとイラク戦争は「大量破壊兵器をフセインがかくし ている」というので始めた戦争だが、はじめから大量破壊兵 器などなかったということがその後いろいろなところで明ら かになっている。
最初からイラクを攻撃するという決定をし、そしてその手 始めにまずアフガニスタンを攻撃し、次にイラクを攻撃した のだ、とチャルマーズ・ジョンソンは先にあげた本で書いて いる。
ではなぜアメリカはイラク戦争を始めたのか。
ひとつの目 的は中東における石油資源獲得だが、もうひとつはアメリカ の基地を強化するためである、とジョンソンはいう。
軍国主 義はたえず戦力の拡張を追求するが、基地を強化するとい う戦略がイラク戦争を起こさせたというのである。
そしてそれはローマ帝国の末期と同じで、ローマ帝国は領 土を拡大するために戦争をしていったが、それが帝国の墓穴 を掘る結果になった。
アメリカ帝国もこのローマ帝国と同じような方向を歩んで いる、とジョンソンはいう。
これに対しヨーロッパの同盟国 が反対し、アメリカ内部でも反対が起こってくるのは避けら れない。
それは「第二のベトナム」、いやそれよりもっと悪 くなるという見方もある。
『判断力』(岩波新書)定価735円 当連載「奥村宏の判断学」の姉妹編とも 言うべき『判断力』が、岩波書店より 2004年4月に出版された。
全体は3部構成 で、第?部はなぜ人は判断を誤るかを、第 ?部は判断さえしない人が多いのはなぜか を、そして第?部では判断力をつけるには どうしたらよいかを、自らの体験をふまえ ながら論じている。

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