ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年5号
keyperson
木村 剛 KFi 社長

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

KEYPERSON エコノミストに 経営は分からない ――今年三月に上梓された『戦略経 営の発想法』(ダイヤモンド社)で、 「ビジネスモデル」を持て囃すエコノ ミストを厳しく批判されましたね。
ビ ジネスモデルの視点でモノの動きを マネジメントしようと主張する本誌 にとっても耳の痛い指摘でした。
そ もそも木村さんが「ビジネスモデル」 という言葉に違和感を持つようにな ったきっかけは何だったのでしょうか。
「背景にあったのはマクロ経済学者 に対する不信です。
私はどちらかと いうとミクロ経済学を学んできた人 間なのですが、これまで日本の論壇 等ではマクロ経済学者の発言力ばか りがものすごく強かった。
経済はあ くまで総需要の問題なのであって、ミ 1 MAY 2004 それはおかしいだろう』と感じたわけ です」 ――マクロがダメなのでミクロに行く というのは当然なのでは。
「マクロ経済学者がまじめにミクロ を考えるようになったということであ れば、それはいいことかも知れません。
しかし彼らが今、口にしている『ビ ジネスモデル』もまた机上の空論な んです。
彼らはどこかに、神が与え 賜うたかのようなビジネスモデルとい うものの正解があり、その方程式に たどり着いたらビジネスが成功する かのような、そんな思考停止に陥っ ている」 ――実際の経営はそんなものではな い。
「頭の良いヤツが成功する。
きれい なビジネスモデルが成功する。
経営 がそんなものではないことは、経営者 であれば誰でも知っていることです。
私自身、小さいながらも現在の会社 を全くゼロから立ち上げてきて、経 営が思う通りにいかないことを、そ れこそ骨身に染みて知っている。
頭 で考えて絶対上手くいくと判断した ものが、実際には全くうまくいかな い。
それを口惜しいほど思い知らさ れてきました」 「そもそも実際の経営で戦略の占め る割合など非常に小さい。
私自身、 日々頭を悩ませている問題のうち、 『経営戦略』の範囲にあたるものなど 一割程度に過ぎない。
営業や労務管 理、資金繰りやリスク管理などの問 題のほうがはるかに大きい。
そうした 経営のリアルな現場感覚と、評論家 エコノミストのビジネスモデルの話は あまりに違い過ぎる」 「今回『戦略経営の発想法』を執筆 するに当たって、出版社の仲介で日本を代表する一〇人の経営者(注) の方々にインタビューする機会を得 ましたが、『戦略だとか、ビジネスモ デルなんてウソだよね』という部分で、 いつも話が一番盛り上がった。
『ビジ ネスモデルって後付けですよね』と振 ると、皆『そうそうそう』と強く頷 いてくれた。
そんなものがはじめに分 かったら苦労はしないと経営者であ れば誰もが感じているわけです」 クロではどうにもならないという論調 が幅を利かしてきました」 「マクロ経済学が語る総需要の問題 は、確かに制約としてはあると思い ます。
しかし制約条件で全てを語る ことができるというその姿勢は、人 間の力、経営者の力を舐めきってい る。
ビジネスをやったことのない人た ちの机上の空論だという思いが常に ありました」 「そうした評論家エコノミストたち が主張してきたことは、今や事実に よって覆されました。
すると今度は、 それまでミクロではどうにもならない と言ってきた人たちが、その口でさ かんに『ビジネスモデル』を言い始め た。
『ビジネスを成功させるのは、や はりビジネスモデルですね』などと、 テレビの経済番組などでしたり顔で 解説している。
それを見て、『アンタ、 木村 剛 KFi 社長 THEME ビジネスモデルにダマされるな 完璧なはずのビジネスモデルが実際には上手くいかない。
それが 経営の現実だ。
成功したとされるビジネスモデルも、紆余曲折と試 行錯誤の末にたどりついた結果を後から説明しているだけに過ぎな い。
会社を成功に導くのは、緻密なビジネスモデルや気の利いた戦 略などではなく、経営者の?はらわた〞だ。
MAY 2004 2 注(京セラ・稲盛和夫名誉会長、キ ッコーマン・茂木友三郎社長、オリ ックス・宮内義彦会長、信越化学工 業・金川千尋社長、森ビル・森稔社 長、HIS・澤田秀雄社長、ドン・ キホーテ・安田隆夫社長、ワタミフ ードサービス・渡邉美樹社長、ロー ソン・新浪剛史社長、楽天・三木谷 浩史会長) 「自分の思っていたモヤモヤが、そ うした経営者の方々と話し合うたび にクリアになっていきました。
結局、 苦しんで苦しんで、回り道して、途 中でコケて倒れたりして、そうやって、 もがきながらも続けていくうちに出て きたものがビジネスモデルであり、戦 略なんだ。
つまり、ビジネスモデルと は経営者の?はらわた〞であり?後 付け〞だ、という結論に至ったわけ です」 コンサルティングの 時代は終わった ――ITバブルが崩壊するまでは、そ れこそ事業計画書一枚で巨額の資金 が集まるという現象が日本でも起き ていました。
「まさに狂っていたと言えるでしょ う。
そんなことで上手くいくはずがな い」 ――しかし、KFiの前身のKPM Gを始め、コンサルティング会社は むしろビジネスモデルを喧伝する側 だったのでは。
「当社が目指しているのは、戦略系 コンサルティング会社の否定です。
業 界のことなどまるで知らない素人が きれいな戦略を紙に書いて、あとの 導入はよろしくと去っていく。
その 結果、上手くいったらコンサルティ ング会社のおかげ。
失敗したら導入 が下手だったから。
そんな商売はし ません」 「当社はあくまで実践主義であって 机上の空論はいらないと思っていま す。
そもそも本当の意味での戦略と いうのは、コンサルタントが立案する ようなものではありません。
戦略はそ の商売を一番良く分かっているクラ イアント自身が決めるものです。
そ の後に必要になる職人的な作業を当 社はお手伝いしている」 ――九〇年代にSCMが登場して以 降、戦略系コンサルティングのネタ も既に尽きているという見方もあり ます。
「戦略系コンサルティングの時代は 既に終わっています。
戦略系コンサ ルティングというのは、言ってみれば ?包装紙〞ビジネスです。
とりわけ 日本企業の場合、戦略を立案してい るのは組織のミドルです。
しかし、戦 略を経営陣に上申する時には入社年 次の問題やリスクヘッジを考慮して、 コンサルティング会社のブランドの付 いた?包装紙〞に包む。
それによっ て組織がスムーズに動く。
失敗して もコンサルティング会社のせいにでき る。
そんなことのために、これまで何 億円もつぎ込んできたわけですが、そ れがほとんど役に立たなかったという ことに皆が気付いてしまった」 ――ビジネスモデルを考えることに、 大きな意味はないのでしょうか。
「もちろん自分のやっていることを 整理して、成功を持続させるための メカニズムを作る必要はあります。
そ こではある程度の?頭〞も必要です。
しかし、最初に描いたビジネスモデ ルが、そのまま上手くいくことなどは あり得ません。
なぜなら、全てを予 測しておくことなどできないし、全て の条件を網羅しておくこともできな いからです。
そんな完全な戦略は存 在し得ない。
従ってビジネスモデル が上手くいくと思っていると大きく 間違う。
その場、その場での『即興』 がビジネスには必ず必要になる」 「例えば当社はKPMGという世界 的な会計コンサルティング会社の一 〇〇%子会社として出発しました。
K PMGは米国でも欧州でも金融の分 野ではスーパーブランドといっていい。
そのグローバルスタンダードを日本に持ってきて、ローカライズすれば商売 になるだろうという極めてシンプルな モデルです。
絶対にいけると思いま した」 「ところが、いざ蓋を開けてみたら、 日本では誰もKPMGなど知らなか った。
KPMGのブランドを持って 日本で営業するというモデルは最初 の一カ月で崩れました。
その後も六 カ月間にわたって売り上げはゼロ。
そ きむら・たけしKFi代表。
1962年生 まれ。
東京大学経済学部卒。
日本銀行入 行。
98年、金融サービスに関するコン サルティング会社としてKFiを設立。
金 融庁金融分野緊急対応戦略プロジェクト チーム委員を手始めに金融監督庁金融検 査マニュアル検討会委員、総務省郵政事 業公社化に関する研究会委員などを歴任。
経済同友会企業会計委員会委員長。
近著 に「戦略経営の発想法」がある。
KEYPERSON 3 MAY 2004 の間にどんどんお金が減っていく。
つ いには残り一〇〇〇万円を切ってし まった。
創業したのは九八年の貸し 剥がしの真最中ですから新たな借り 入れもできない。
個人財産を全て差 し出し、必死になって運転資金をか き集めました」 「KPMG の包装紙が全くあてにで きなくなったので、ビジネスモデルも ゼロから自分で作るしかなかった。
も ちろん私なりに絵は描きました。
そ れまで金融規制を対象にしたビジネ スが、欧米にはあるのに日本にはな かった。
それを日本の場合は金融機 関の?MOF担〞と呼ばれる大蔵省 担当がアンダーグラウンドでやってき たけれど最近、それもなくなった。
と なると今後は表舞台でやるニーズが 出てくるはずだという発想でした」 「しかし、実際にはこのビジネスを 当社の収益の核とするまでには三年 かかった。
その間の収益は、全くも ってのラッキー。
たまたまです。
地を 這って営業して、何とか生き残った というだけ。
ビジネスモデルを信じて、 それにぶら下がっていたら、当社は とっくに潰れている。
私個人も個人 保証をしていますから、夜逃げか首 をくくって終わっている。
ビジネスモ デルなんて所詮そんなものです」 ビジネスモデルの 「発想法」とは ――経営者にとってのビジネスモデル の発想法があるとすれば、どのよう なものでしょうか。
「経営者というのは二四時間、会社 のことを考えています。
考えていない 時がない。
二四時間考えているうち にパッと思い浮かぶものが出てくる。
それを試してみる。
試してみると、予 想と違うことが起きる。
それを克服 して改めて試してみる。
試し続ける。
そのうちに上手くいくようになる。
そ れをメカニズムにする」 「極めて当たり前のことですが、世 の中は分からない。
だから試してみ るしかない。
論理的に詰めていった ものは、だいたいにおいて上手くいか ない。
セコムや楽天、宅急便など成 功している会社もロジックで考えた らトライできなかった。
周りはみんな 上手くいかないと反対した。
左脳で 考えても上手くいかない。
右脳のひ らめきのほうが大事です。
論理は後 からです。
そして数々の失敗を重ね ていくうちに勘が磨かれてくる」 ――経営に理屈は通用しない? 「もともと経営なんて全く理不尽で す。
自分を振り返っても金儲けだけ であれば、起業などしなかった。
起 業する前には大会社のエグゼクティ ブとして転職しないかというオファー もいくつか来ていました。
それを受け 入れたほうが楽だし、給料も高い。
起業はリスクとリターンが見合わない」 「失敗しても解散すれば済むのであ れば、経営者にとってそんな楽なこ とはありません。
しかし実際には従 業員の生活なり、個人保証なりを抱 えながら、失敗の可能性が高いこと を上手くやっていかなければならない という?業〞を経営者は背負い込む ことになる。
しかも、その姿は従業 員からは見えない。
理解もされない。
そんな理不尽なことは、何か信仰心 に近いようなものがないと持続でき ない。
要はバカじゃないと経営など できない。
そう悟りました」 ――しかし、経営者の口にするミッ ションなど所詮は綺麗事で、単にお 金や社会的な地位が欲しいだけでは ないかと、多くの人が考えていると 思います。
「もちろん経営者にも色々なタイプ がいることは確かです。
社会に認知 されなくても金が稼げればいいという ビジネスもある。
ダーティービジネス だってある。
しかし社会に認知され、 やらずぶったくりでなく、お客様に納 得してもらった上で何度もお使いい ただける会社を経営するには、金儲 けだけでは続かない」 「綺麗事ではなく、現実問題として 精神力が続きません。
私にしても創 業当初の売り上げゼロの時は、金儲 けだけが目的だったらとても耐えら れなかった。
オレのやっていることは いいことだ。
社会に貢献している。
こ のためだったら身命を賭してもいい という思いこみが、例え勘違いであ っても経営を続けていくには必要で す。
何にもなければがんばれない。
結 局、行き着くところはビジネスモデル ではなくミッション。
経営者の?は らわた〞なんです」 近著『戦略経営の発想法』 ダイヤモンド社 (1800円+税) 竹中平蔵大臣のブレーンとして活躍。
日銀出身で若くして国際的な会 計事務所系列のコンサルティング会 社を創業。
そんな経歴から、かなり バタ臭い人物を想像していた。
とこ ろが実際に会ってみて、むしろその 対極にいるタイプと知った。
「業 (ごう)」や「腑(はらわた)」とい った骨がらみの言葉で経営を語る。
「世が世なら憂国の青年将校」と金 子勝慶應義塾大学教授が評したのも 頷けた。
(大矢昌浩)

購読案内広告案内