ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2013年4号
ケース
ザ・レジリエント・エンタープライズ サプライチェーンの脆弱性を克服する 欧米SCM会議㉕ ヨッシー・シェフィー マサチューセッツ工科大学 教授

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

APRIL 2013  62 SCMの最適解は変化した  私がサプライチェーンの寸断や分断の影響 について深く考えるようになったのは、二〇 〇一年の「九・一一」の直後からです。
テロ リズムがたくさんのアメリカ国民の人命を奪 うとともに、私の専門分野であるサプライチ ェーンにおいても企業が悪戦苦闘するのを目 の当たりにして、これについてしっかりした 研究をまとめなければならないと考えたので す。
 実際、九・一一は、すぐさまアメリカのサ プライチェーンにさまざまな形で大きな被害 を与えました。
フォード・モーターは、メキ シコとカナダからの部品の搬入が遅延したた め、いくつもの生産ラインを停止しなければ なりませんでした。
それによって同社の〇一 年第4四半期の売り上げは、前年同期比で十 三%も減少しました。
 インディアナ州にあるトヨタ自動車の工場 も、ドイツからの基幹部品が航空便で届かな くなったため、生産の一時停止に追い込まれ ました。
これは、アメリカ政府が九・一一後 に輸出入に厳しい制限をかけた結果でした。
 私は〇二年に、MITでの教授職を一年間 離れて自由に研究ができる「サバティカル」 と呼ばれる長期休暇を取得することができま した。
そこで英国のケンブリッジ大学に渡り、 九・一一のみならず、その前後に起きた自然 災害やサプライヤーの問題、労働問題などで、 サプライチェーン業務が寸断された事例を集 めて研究に取り組みました。
 サプライチェーンが世界中に広がり、ライ バルとの競争が世界規模で繰り広げられ、顧 客ニーズが以前とは比べものにならないスピ ードで変化していくとき、サプライチェーン が機能不全に陥ることの負の影響は計り知れ ないほど大きくなります。
サプライチェーン がいったん中断されれば、取引先との信頼を 傷付けることになり、その後も信頼回復まで に長い時間を要します。
 どうすれば企業はこうしたサプライチェーン の寸断や中断の影響を最小限に抑え込むこと  SCMの世界的権威として知られるマサチューセ ッツ工科大学(MIT)のヨッシー・シェフィー教授 は「9.11」以降、それまでの効率一辺倒のSCMに 疑問を抱き、“レジリエント(回復力のある)”な サプライチェーンの在り方について研究を進めてき た。
危機に直面した時、企業はどのような行動を 取ることで被害を最小限に抑えることができるの か。
事例を元に解説する。
欧米SCM会議㉕ ザ・レジリエント・エンタープライズ サプライチェーンの脆弱性を克服する 1975 年 イスラエル工科大学 学士号 1977 年 マサチューセッツ工科大学 修士号 1978 年 マサチューセッツ工科大学 博士号 1985 年 “Urban Transportation Networks”を出版 1987 年 ソフトウェア企業Princeton Transportation Consulting Group を設立(1996 年にSabre Holdingsが買収) 1988 年 3PL 企業のLogiCorpを設立 (1994 年にライダーシステムに売却) 1997 年 CLM(現CSCMP)でDistinguished Service Awardを受賞 2000 年 ソフトウェア企業Logistics.comを設立 (2003 年にManhattan Associates, Incに売却) 2005 年 “The Resilient Enterprise”を出版 (邦訳『企業のレジリエンシーと事業継続マネジメント』) 2007 年 MITのエンジニアリング・システムズ部門の 部門長を務める(2011 年まで) 2012 年 “Logistics Clusters”を出版 ヨッシー・シェフィー教授の略歴 ヨッシー・シェフィー マサチューセッツ工科大学 教授 63  APRIL 2013 ができるのでしょうか。
それを明らかにする ことを目的に私は〇五年に、「The Resilient Enterprise」(邦訳『企業のレジリエンシーと事 業継続マネジメント』=日刊工業新聞社)を 出版しました。
 この本は、無駄のないスリムなサプライチ ェーンを作ることが、経営にとっての最適解 だとする従来の考え方に少なからぬ変化を与 えることとなりました。
SCMに危機管理と いう観点を加えた上で、改めて全体最適を図 るという流れが生まれたのです。
 本日の講演は、この本の内容に、その後の 知見も加えて進めさせていただきたいと思い ます。
 図1は、縦軸にオペレーションの「パフォ ーマンス」を、横軸に「時間の経過」を置い て、サプライチェーン上の混乱とその対応が、 時の経過によってどのように変化していくの かを示しています。
サプライチェーン上の混 乱の発生に始まり、最初の反応、初期ダメー ジ、回復などを経て、長期的なインパクトと いう流れで事態は進んでいきます。
 これを管理する上で企業にとって大切なの は、自社のサプライチェーンの弱点を正しく 認識することです。
それは次の三つの質問に 自問自答することから始まります。
「どのよう な危機的状況が起こり得るのか」、それは「ど れくらいの確率で起こるのか」、そして「危 機に直面した時、どのような問題が起こり得 るのか」です。
 九・一一におけるテロリストの自爆行為の 影響は、飛行機を乗っ取られたアメリカン航 空にとっては計り知れないほど大きかったわ けですが、その一方でアメリカに三万店舗も あるマクドナルドの店舗にどれだけ影響があ ったかと言えば、それは限定的でした。
 そもそも小売業者がテロ行為のターゲット になることは、通常であればあまり考えにく いわけですが、仮にそうなった場合に、一カ 所に全ての商品を保管している物流センター が狙われれば被害は大きくなりますが、複数 の物流センターを持っていれば、他のセンタ ーに作業を移管することで、被害を最小限に 食い止めることができます。
サプライヤーの倒産による混乱  サプライチェーンが中断に追い込まれる理 由は数多くあります。
それを図2に表してみ ました。
縦軸は可能性の高低、横軸はダメー ジの大きさを示しています。
これを図では四 つのブロックに分けていますが、そのうち右 上の「可能性が高く、ダメージも深刻な」問 題というのは、実はそれほどやっかいではあ りません。
 メキシコ湾のハリケーンがその一例です。
例年、数件のハリケーンがメキシコ湾の石油 図1 SCM 上の混乱に関する対策 1.準備期間 パフォーマンス 時間の経過 2.SCM 上の 混乱発生 3.最初の反応 4. 初期の ダメージ 6. 回復への準備 7. 回復 8. 長期的なインパクト 5. 混乱のインパクトが最大に 図2 SCMが中断する可能性 高い 低い 軽微深刻ダメージ 可能性 港のストライキ テロリストによる攻撃 エネルギー供給の サボタージュ カリフォルニアに おける地震 横領 鳥インフルエンザ ITセンターが 洪水に見舞われる サプライヤーの ストライキ 製品の在庫切れ APRIL 2013  64 採掘現場を襲いますが、こうした自然災害に ついては過去のデータが豊富に蓄積されてい るため、対処の方法もあるのです。
実際、ハ リケーンは毎年のように、一億ドル(九四億 円)前後の被害を出すのですが、ハリケーン が到来する二、三日前には針路が予測できる ので作業員の避難は容易で、その後の修復作 業のマニュアルも整備されています。
 それに対して、図の右下のブロック「可能 性は低いけれど、ダメージが深刻」な問題は 対応が容易ではありません。
その例としては テロリストによる攻撃がそうですし、鳥イン フルエンザや港におけるストライキなどが挙げ られます。
 具体的な危機管理項目は業界や企業によ っても大きく違ってくるので、私は各社に 対して「企業の脆弱性マップ(enterprise vulnerability map)」を作り、それを随時更 新していくことを勧めています(図3)。
 その一方、サプライチェーンにおける危機 管理の方法は大きく分けて二つあり、こちら は業界や企業の違いを問いません。
 その一つは、予測不可能な出来事に対処す るために、在庫を上積みすることです。
「安 全のための在庫」として、それまで以上の在 庫を持つのです。
当然ながら在庫金額は増え ますが、保険金を支払っているつもりで対処 するしかありません。
 そしてもう一つ、在庫の上積み以上に大切 なのが、サプライチェーンに柔軟性を持たせ ることです。
それには以下の五つの方法があ ります。
 一つ目はサプライヤーとの付き合い方を密 にすることです。
二つの具体的な事例を挙げ て説明しましょう。
 当時はフォードの傘下にあり、現在はイン ドのタタ自動車傘下のイギリスの自動車メー カー、ランドローバーで〇一年十二月に、シ ャシーの外枠を納入していたUPF −トンプ ソンからの納品が突然ストップしました。
U PF −トンプソンが倒産したのです。
 破産管財人のKPMGは、ランドローバー に対して数百万ポンドの「支援金」を支払わ ない限り、部品の供給を行わないと通告して きました。
部品の供給が止まったことで、ラ ンドローバーで働く一五〇〇人の従業員や約 一万人のサプライヤーの仕事がおびやかされ ることになったのです。
結局、この一件でラ ンドローバーは部品の供給を再開してもらう ため、KPMGと金銭的和解をするしかあり ませんでした。
 同社のように一社のサプライヤーに依存す れば、そのサプライヤーが倒産したときには サプライチェーンが全面的にストップすること にもなりかねません。
それを回避するため複 数のサプライヤーと取引する企業は少なくあ りません。
 しかし、ここで大切なのは取引するサプラ イヤーの数よりも、サプライヤーとの関係を どれだけ密にしているかということなのです。
サプライヤーの経営状況や、経営トップの方 針を十分に把握し、その上でサプライヤーに 何かあったときの代替案を事前にしっかり作 っておく。
それができていれば取引するサプ ライヤーが一社であっても被害を最小限にす ることができます。
 一九九七年二月にトヨタ自動車に部品を納 入しているアイシン精機の愛知県の工場で火 災が発生しました。
「ジャスト・イン・タイ ム」で知られるトヨタ自動車側には余分な在 庫はありませんでした。
しかし、数日中にト ヨタの工場は操業を再開することができまし た。
これは系列企業にアイシン精機と同じ部 品を作ることを要請して急場をしのぐことが できたからです。
UPSの業務が猛吹雪で中断  サプライチェーンの柔軟性を高める二番目 の方法として、中断した業務を同じ会社の別 の施設に移管することが挙げられます。
 一九九四年一月、UPSの輸送機能がま ひしました。
同社がアメリカのハブ拠点とす るケンタッキー・ルイスビル空港が激しい吹 雪に見舞われたのです。
この吹雪でルイスビ ル市はすべての道路を封鎖し、市に登録して いる自動車の運転を一週間にわたり禁止しま した。
 それでもUPSは他の地域の従業員を動員 し、ルイスビルのハブ拠点で滞留している小 口貨物を集荷。
近辺の空港にある物流センタ 65  APRIL 2013 ーを経由して、貨物を発送しました。
 この作戦がうまくいったのは、同社がどの 物流センターでも同じプロセスで業務を行っ ており、またマテハン機器やIT(情報技術) も同じものを使っていたからです。
センター ごとに、まったく違う倉庫管理システム(W MS)を使っていたのなら、スムーズな業務 移管は難しかったでしょう。
 三つ目の方法は、顧客への対応の仕方です。
これも具体的な事例を挙げて説明しましょう。
 一九九九年九月に台湾でマグニチュード七 クラスの大地震が発生しました。
コンピュー タメーカーのデルとアップルは当時いずれも半 導体やその他の主要部品の多くを台湾のサプ ライヤーから購入していました。
しかし、こ の地震で大きな影響を受けたのは、アップル の方でした。
 当時のアップルはラップトップ型の「iBo ok」やデスクトップの「G4」の製品仕様 を発表し、受注を開始していました。
しかし 当初予定していた部品の納入が滞ったことか ら、処理能力の劣る部品で対応しようとしま した。
これが顧客からの雪崩のような抗議を 招きました。
結局、アップルはユーザーに返 金することで事態を収めるしかありませんで した。
その四半期の同社の売り上げは前年同 期比と比べて減少しました。
 それに対してデルはもともと顧客からの注 文を受けてから生産を始めるやり方を取って います。
「自分の手元にあるものを売る(sell- 図3 企業の脆弱性マップ 財務の脆弱性戦略の脆弱性 自然災害の脆弱性業務の脆弱性 (注)内容を一部割愛しました 債務不履行新たな競争相手 輸送ルートの途絶 燃料費高騰 資産の換金性 売上高管理 為替の乱降下 業界の 規制強化 税制の変更 景気後退 環境規制の強化 保険・年金コスト アスベスト被害 荷物の紛失 製造物責任 機械の爆破 台風 地震 洪水 野火 伝染病 竜巻 テロリズム 津波 顧客との関係 サプライヤー との関係 企業倫理の 逸脱 シェアの争奪 価格競争 ブランド力への攻撃 新規プロジェクトの立ち上げ 技術的な決定 予算オーバー 組合との関係性 ハラスメントや 差別 盗難 放火 誘拐 恐喝 業務上の 過失 主要サプライヤーの 損失 サプライヤーの過失 企業の脆弱性 安全上の 違法行為 政府の調査 APRIL 2013  66 what-you-have)」ビジネスモデルと言えます。
そのために部品の供給不足にもかかわらず、 その四半期の売上高を前年同期比で四〇%以 上も伸ばすことができました。
 四つ目の方法は、「可視性の強化」です。
異 常事態を早期に把握して、素早い対応を打つ のです。
 企業間のサプライチェーンにおける貨物追 跡の技術は一九九〇年代に大きく進みました。
またフェデックスやUPSなどを利用する一 般消費者にも、貨物がいつ届くのか、遅延す るのかどうかといった情報が前もって共有さ れるようになりました。
こうした可視性を高 めることが、サプライチェーン上で発生する トラブルの影響を最小限に抑えることにつな がります。
 製薬会社のバクスター・インターナショナ ルは〇一年八月、同社の腎臓透析フィルター を使っているヨーロッパの患者の死亡率が通 常よりはるかに高いことに気が付きました。
そ こで外部の研究機関に調査を依頼しましたが、 異常は見付かりませんでした。
 それでも、どこかに異常があるはずだと疑 い、独自に調査を続けました。
その結果、フ ィルターの中の「パーフルオロカーボン」とい う特殊な液体が、患者の血液に小さな気泡を 生じさせ、それが高い死亡率の原因であるこ とを突き止めたのです。
その結果、同社は被 害が大きく拡大する前に手を打つことができ ました。
ノキアとエリクソンの対応の違い  サプライチェーンに柔軟性を持たせる五つ 目の方法は、危機に対応する「正しい企業文 化」を育てることです。
 後に大惨事に発展するようなトラブルでも、 最初の段階では通常とは少し違うという程度 のささいな兆候に見えることがあります。
そ うしたささいな異変に気付いて、現場の最前 線で働く従業員が自ら行動する企業文化を醸 成していくことが大切です。
 現場の従業員の行動が明暗を分けた例とし て、〇〇年三月にフィリップスエレクトロニ クスのニューメキシコ州の工場で発生した火災 を紹介します。
同工場はノキアとエリクソン に携帯電話のマイクロチップを供給していま した。
両社ともマイクロチップの供給はフィ リップス一社に依存している状態でした。
 積極的かつ精力的に動いたのは、ノキアの 方でした。
ノキアの現場技術者たちは火災の 発生を知ると、その初日からフィリップスに 毎日電話を入れて現場の状況を確認しました。
現場だけでなくノキアのCEOもフィリップス のCEOと直接この問題について何度も話し 合いを重ねました。
 その情報を元にノキアは早期の段階で、工 場が火災の被害から立ち直るまでには数カ月を 要し、マイクロチップの生産に多大な被害を 与えることになるだろうと予測しました。
そ してすぐさま三〇人の担当者を他のサプライ ヤーへと派遣して、マイクロチップの生産と 供給を依頼しました。
 一方、エリクソンは、火事から数週間経つ まで事態の重大さに気が付いていませんでし た。
エリクソンがフィリップス以外のサプライ ヤーからマイクロチップを調達しようと動いた 時には、大きな生産能力を持っている工場は 既にノキアに押さえられていて、なすすべが ありませんでした。
 結果としてフィリップスの工場火災が起き た同じ四半期において、ノキアは計画通りの 業績を達成したのに対し、エリクソンは四億 ドルの赤字に陥り、その後、同社は携帯電話 事業から撤退してしまいました。
 ノキアのこうした企業文化を研究者たちは、 「プレッシャーの元での簡素性(curtness under pressure)」とか、もっと簡単に「ガッツがあ る」などと表現しています。
実際、ノキアに はそうした企業文化が組織全体に浸透してい たために、危機に直面した際にCEOから現 場まで迅速に対応することができたのです。
 最後に言っておきたいのは、災害時におけ る政府の規制についての私の立場です。
イギ リスで〇七年に牛の口蹄疫が発生した時、病 気が他国へ広がることを恐れた同政府は、国 境を封鎖しました。
これにより、同国内で 六〇億ポンドの経済的損失が出たとされます。
私はこうした政府の規制に強く反対する立場 を取っています。
(フリージャーナリスト・横田増生)

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