ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2011年7号
道場
メーカー物流編 ♦ 第22回「うちはどうだ? 社内でさえ厚い壁があるし、情報共有などない。各部署が勝手に動いてる。サプライチェーンどころじゃないだろう?」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 JULY 2011  62 足が早いんじゃないですか。
彼女の受け売り ですけど‥‥」  大先生がそう言って、美人弟子を見る。
美 人弟子が頷いて、補足する。
 「はい、ここには何度か来たことがあります けど、いつも早いうちから席を取ろうと並ん でました。
皆さんが来られた時もそうではな かったですか?」  主任が頷いて同意する。
 「そうでした。
私が並んだんですが、結構 行列になってました」  業務課長が、ビールを一気に飲み干して、 言葉を挟む。
 「なるほど。
ということは、節電などに関 係なしに賑わっているということだね。
日本 経済の活性化にとっていいことだ。
おれも大 いに貢献しよう」  主任が苦笑しながら、追加注文をする。
そ 67「うちはどうだ? 社内でさえ厚い壁があるし、 情報共有などない。
各部署が勝手に動いてる。
サプライチェーンどころじゃないだろう?」 《第111 若手主任が役員相手にSCM講義  連日暑い日が続く中、コンサル先のメーカ ーの担当者から大先生に「暑気払いでもやり ませんか」という誘いがあった。
日本庭園の 美しいビアガーデンだというので、大先生は 喜んで出かけて行った。
体力弟子は用事があ るというので、美人弟子が同行した。
 指定された時間に行くと、部長と主任、業 務課長と企画課長の四人が待っていた。
若手 の二人は社内研修で研修所に缶詰めになって いるそうだ。
 何はともあれということで、生ビールで乾 杯が行われた。
部長が「いやー、うまいな」 と言いながら、大先生に話し掛ける。
 「まだ六時前だというのに、混んでますね。
サマータイムの会社が多いんでしょうかね?」  「ここは人気のスポットだそうですから、出 メーカー物流編 ♦ 第 22 回  東日本大震災でサプライチェーンが 無惨に寸断されたことから、事業継続 計画(BCP)を見直す動きが広がっ ている。
大先生のコンサル先メーカー も例外ではなかった。
そのおかげでロ ジスティクス導入プロジェクトの若手 メンバー、企画部主任が役員会に駆り 出され、居並ぶ経営陣を相手にSC Mを講義することに。
大先生 物流一筋三〇有余年。
体力弟子、美人弟子の二人 の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
物流部長 営業畑出身で物流部には異動したばかり。
「物流 はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
物流部業務課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古株。
畑違いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。
コンサルの 導入にも当初は強い拒否反応を示していたが、大先生の話 を聞いて態度が一変。
経営企画部主任 若手ながらプロジェクトのキーマンの一人。
人当たりは柔らかいが物怖じしない性格のようで、疑問に感 じたことは素直に口にする。
63  JULY 2011 んな主任を見て、業務課長が急に何か思い出 したように、目をくりくりさせて大先生に思 わせぶりに話し掛ける。
 「そうそう、先生、うちの主任ですけどね、 先月、うちの役員連中にSCMの講義をした んです。
すごいでしょ? 部長情報によると、 大変好評だったそうです」  主任が「またまた」と言って、業務課長を 制する仕草をする。
それを見て、「そうなん です」と部長が補足説明をする。
 「いまは下火になりましたけど、あの震災 の後、サプライチェーンという言葉が連日飛 び交っていたじゃないですか。
そこで、常務が、 役員会議で議論する必要があるのではと社長 に持ち掛けたんです。
常務は、いまやってる ロジスティクス導入の後押しをしようという ねらいだったんですが、社長もすぐに了解し て、報告をうちに指示してきたんです」  大先生が頷き、「なるほど、それで主任に 白羽の矢が立った?」と聞く。
業務課長が 頷き、経緯を説明する。
 「そうなんです。
なんたって、そのあたり 一番勉強しているのは主任ですから。
それに、 部長は何でも我関せずですし、私は煙たがら れてますし、企画課長は何考えているかわか らんって思われているわけですから‥‥」  「おいおい、おれたち三人はもともと候補 にもならんから、余計な解説はいらんよ。
主 任が最適任だと思って行かせただけだ」  部長がたしなめる感じで補足する。
笑いな がら、話を聞いていた企画課長が改まった感 じで主任に話し掛ける。
 うちに「事業継続計画」なんてあった?  「そうそう、その話を聞きたいと思ってたん だ。
どんな話をしたのか聞かせて?」  主任がちらっと部長を見る。
部長が「暑気 払いには恰好なテーマだから、二人に話して やったら」と言う。
二人の課長が、「うんうん」 と頷く。
主任が「はい」と言って、「それで は、酒の肴としての話題提供ということで‥ ‥」などと言いながら話し始める。
 「役員会報告という、せっかくの機会でし たので、時流に乗った話ではなく、そもそも SCMとは何かという原点の話をしようと思 いました」  「なるほど、それはいい。
つまり、新聞な どで取り上げられたサプライチェーンの寸断 は横に置いてってことだ」  企画課長が納得顔で確認する。
主任が続 ける。
 「はい。
ただ、そうはいっても、それも大 きなテーマですので、当然、最初に持って きました。
サプライチェーンの最大のリスク がサプライチェーンの寸断で、これまではあ り得ないと思われてきましたが、それが現実 化した。
これからは、リスク対応という点で、 サプライチェーンまで視野を広げておく必要 があるということを指摘しました」  「リスク対応って、うちはそんな準備して あったっけ?」  業務課長が、誰にともなく聞く。
主任が即 座に答える。
 「いまと似たような質問が営業担当役員か ら出ました。
事前に勉強したようで、うちの『事 業継続計画』はどうなっているか、と聞いて きました」  「それで?」  「誰も答えないので、私の上司が答えよう としたら、部長がずばりと指摘しました」  「はー、経営企画室長の答えを横取りした んだ」  業務課長の妙な感想に部長が苦笑する。
主 任が、笑いながら説明する。
 「いえ、私の上司だと建て前的な返事にな ったと思いますんで、部長にお答えいただい てよかったです」  「部長は何て答えたの?」  業務課長が部長に聞く。
部長は笑いながら ビールを傾けているだけだ。
主任が代わりに 答える。
 「事業継続計画なるものは存在しますが、 ほとんど役に立たないと思う、適任者を集め て実質的な議論をした形跡はないし、サプラ イチェーンは視野に入っていない、というよ うなことを指摘されました」  「へー、わかりやすい返事ですね。
そしたら、 どうなった」  企画課長が先を促す。
 「結論から言いますと、常務をリーダーに JULY 2011  64 リスク対応の実際的な検討をすることになり ました。
生産継続を確保するということが柱 ですので、生産部門と調達部門の連中がメイ ンになります。
事務局はうちです。
あっ、ロ ジのメンバーも必要だということで、常務の 要請で部長もメンバーになりました」  「今回の震災を契機に事業継続が大きなテ ーマになり、その対応策が企業評価の一つの 柱になりそうですから、それはきちっとやっ ておいた方がいいですよ」  大先生がコメントする。
部長が頷き、「す でに、うちの部材関係については取引先から リスク対応について問い合わせが入ったりし ています。
魂の入った計画を作ります」と真 面目な顔で答える。
 業務課長が「それは必要だ」と独り言の ように言い、「その後どうなった?」と聞く。
主任がビールを口にして、「はい」と話し始める。
 「SCMの本質は、サプライチェーン最前 線の販売動向に同期化させてサプライチェー ンを動かすことにある。
そのために、販売情 報を共有することが必要になる。
当然、サプ ライチェーンを構成する企業群が同じ利害の 中で動く必要がある。
まあ、そんな当たり前 の内容を詳しく話しました。
うちの会社の実 態からみれば、ちょっと浮いてるなって感じ がしましたが、でも、それで結構議論を呼ん だんです」  「どんな議論になったんですか?」  美人弟子が興味深そうに聞く。
いする。
業務課長の言葉を無にしてはいけな いと思ったのか、部長が真面目な顔で「業務 課長に限らず、みんなにも手伝ってもらうか もしれない。
そのときはよろしく頼む」と言い、 思い出したように別の話題を振る。
 「そう言えば、その役員会で、主任がおも しろい投げ掛けをしたんだよ。
SCMで盛り 上がった場に水を差したというか、なあ?」  部長に振られた主任が、「あー、あれですか」 と言って、一人で笑い出す。
業務課長が驚い たように主任を見る。
企画課長が、興味深そ うに「えっ、何があったの?」と聞く。
言い づらそうな主任に代わって、部長が説明を始 めた。
 「いやね、SCMの議論が終息しそうにな ったとき、主任がこう言ったのさ。
『サプライ チェーン・マネジメントとは、サプライチェ ーンをあたかも一つの企業であるかのように マネジメントすることです』って先生がおっ しゃってますよって」  企画課長が「なるほど、あのー、先生の 前でこんなこと言うと笑われてしまいそうで すが、ちょっと聞かないことにしてください」 と言う。
大先生が「どうぞ遠慮なくやってく ださい」というのを聞いて、主任に確認する。
 「それって、主任はもしや奥深い意味を持 たせてる? うちの会社は、そこで言う一つ の企業には値しないんだよってこと」  「へー、さすが企画課長だ。
読みが鋭い。
驚いた」  「はい、どの範囲でやるかということが話題 になりました。
うちなんかでも、調達先を辿 っていけば、結構な数になりますし、うちが 調達している先の会社とは普段付き合いがあ りませんので、一気にそこまでいくのは難し いとなりました。
たしかに、そのとおりです。
そこで、まずは直接取引のあるところとSC Mをやったらどうかということになりました」  あたかも一つの企業であるかのように  主任が一息入れたところで、部長が口を挟 んだ。
 「付き合いがないといっても、リスク対応と いう点では放っておくわけにもいきませんの で、まずはずっと遡ってみるつもりです。
各 社の事業継続計画を検証するという作業にな ります。
場合によっては、その策定の支援を するということも必要になるのではと思って ます」  「そんなことは初めての経験ですよね?」  大先生が、感心したような顔で聞く。
部長 が大きく頷く。
 「はい、私はもちろん会社としても初めての 経験です。
私自身、非常に興味を持ってます」  部長の言葉に業務課長が、これまた感心し きりといった風情で声を掛ける。
 「その部長の興味にはおれも興味がある。
何だったら、その手伝いやらせてくださいな」  「えっ、業務課長が手伝うって‥‥絶句」  部長の「絶句」という言葉にみんなが大笑 湯浅和夫の 65  JULY 2011 の一企業になってますかって展開するという ことでしょうか?」  「ピンポーン」  部長が、嬉しそうに、ビールのジョッキを 掲げて言う。
それを見て、業務課長が仲間入 りをする。
 「なーるほど、わかりましたよ。
あたかも 一企業というけど、実は、そこでいう企業は、 社内の壁などなく、顧客に向かって各部署が 最適な行動をとっている会社なんだぞ。
その 意味で、うちの会社はどうだ? 社内で厚い 壁があるし、情報共有などない。
各部署が勝 手に動いてる。
サプライチェーンどころじゃ ないだろうっていうことだ」 部長がまた感心したような声を出す。
 「へー、業務課長もすごいな。
よく読んだ。
まだ酔っぱらってないってことだ」  「なーに、それくらい、酔っぱらったって読 めるさ。
そうそう、それで、そういう話をし たら、連中はどんな反応だった?」  部長が、楽しそうに答える。
 「誰も何も言わなかった。
でも、社長がこ う言った。
『取引先とのSCMの前に、社内 でSCMが必要なようだ。
それがロジスティ クスの導入だな。
ロジスティクスは、全面的 に君に任せるから、どんどん進めてくれ。
困 ったことがあったら常務に相談するように』 って」  それを聞いて、主任が補足する。
 「その後があります。
社長は『もっとも、 君が困るとは思えんがね‥‥』とも言ってま した。
 「たしかに、社長の言うとおりだ。
部長が 困ることなどありえない。
困った存在だ」  業務課長の言葉に座がどっと沸く。
 「役員会でSCMを議論しましょうという 常務の思惑がどんぴしゃり当たりましたね。
やっぱり、主任は策士だ」  大先生の感想に部長が「はい、頼もしい存 在です」と応じる。
照れてる主任にみんなが「乾 杯」とビールを掲げる。
 部長が本気で感心したような声を出す。
業 務課長が怪訝そうな顔をし、美人弟子に聞く。
ちょっと酔いが回っているようだ。
 「一体何の話をしてるんでしょうかね?  関係者しかわからない話ですかね? 何のこ とかわかります?」  「えー、こういうことでしょうか。
先ほど言 われたように、SCMは、企業間の壁を取り 払い、販売動向などの情報を共有して最適な 行動をとることをねらいとしている。
それは あたかも一企業の中で行われているようにや るんですよ‥‥ところで、うちの会社は、そ Illustration©ELPH-Kanda Kadan ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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