ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年1号
CLM報告
電子商取引が与える影響

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2004 58 調査の概要 本研究は日本における電子商取引 の実態について調査したものである。
魚介類の電子商取引を手掛けている 二つの企業グループを調査対象とし た。
そのうちの一つは比較的小さい 規模で電子商取引している企業であ る。
残念ながら彼らは、チャネルの 弊害、ロジスティクス面での課題、経 営資源の不足などが原因で消費者の 期待に応えられていない。
もう一つのグループはすでに電子 商取引の経験のある小売業者である。
しかし、彼らも電子商取引による恩 恵を受けることはできなかった。
日 本の消費者や企業、そして政府は電 子商取引の浸透によって莫大な利益 がもたらされることを期待している が、それが実現されるだけの実績に 乏しいというのが実情だ。
はじめに 九〇年代後半、日本の消費者と企 業、さらに政府はB2Cの電子商取 引から巨大な利益が生み出されるこ とに期待した。
消費者は物価の下落 を、そして日本や海外の企業は世界 第二位の規模を誇る日本市場で、こ れまでよりもビジネスを展開しやす くなることに期待を寄せた。
日本政 府も(電子商取引の浸透が)景気回 復や将来の経済成長に寄与すると見 ていた。
二〇〇一年、通産省(現・経済産 業省)は日本におけるB2C分野で の電子商取引の規模が今後五年以内 に一六倍にまで膨らむと予測した。
日 本の経済メディアも、インターネッ トショッピングが広く好まれるよう になってきたことを示す統計データ などを用いて、このレポートを支持 した。
当時は誰もが、電子商取引の 普及で生産性が向上したり、新しい 市場が創出されたり、省エネが実現 されると信じてやまなかった。
こうした背景を踏まえたうえで、 我々は日本における電子商取引の最 新事情を研究すべく初期調査に乗り 出した。
このレポートで使用してい るデータはすべて二〇〇一年一月の 日本滞在中に集めたものである。
テーマには「鮮魚のサプライチェ ーン」を選んだ。
?昔から日本人は 鮮魚を常食としてきた、?日本の鮮 魚の流通システムは数ある流通シス テムの中でも、もっとも複雑なもの の一つとされている――などが選定 の理由である。
なお、このレポートは?文献調査、 ?調査方法の説明、?調査結果のま とめ、?考察、?結論――の五部構成となっている。
文献調査 実は我々は日本の電子商取引の事 情について英語で書かれている文献 をほとんど見つけることができなか った(ただし、ローカルな出版物ま でカバーして検索したわけではない)。
インターネットユーザーの増加、高 齢化の加速、そして働く女性の増加 日本の鮮魚サプライチェーン 電子商取引が与える影響 エドモンド・W・シュースター MITオートIDセンター 渡辺和成 ノースウエスタン大学 米CLM報告の第二回目は「日本における鮮魚のネット取引」がテーマの 論文だ。
著者は日本の流通システムの複雑な商慣習や、鮮魚のサプライチェ ーンについてインタビューなどを交えながら調査を進めていった。
鮮魚のネ ット取引が浸透しないのはなぜか。
その理由などが細かく分析されている。
59 JANUARY 2004 などを背景に、日本では今後、電子 商取引が成長し続けると予想されて いる。
日本政府の調査によると、電 子商取引のマーケットは二〇〇〇年 に八二四〇億円規模だったのが、二 〇〇五年には十三・三兆円規模へと 飛躍的に拡大する見通しだ。
いくつ かの出版物では電子商取引の問題点 を挙げて、それに対して警鐘を鳴ら しているが、その多くは詐欺や個人 情報の保護といった内容に限定され ている。
これとは対照的に、米国やヨーロ ッパの研究員たちは、これまでに多 くの観点から電子商取引について調 査してきた。
最近発表された調査事例だけ見て も、研究員たちは産業別の動向、価 格・料金、商標、セキュリティ、代 理店、法的な問題点など様々な問題 に触れている。
そして西側諸国で展 開されている電子商取引の実態や起 業家たちの活動内容について、多面 的な議論を行ったうえで分析結果を まとめている。
しかしながら、こうし た西欧の調査と日本の調査の内容を 比較すると、同じように電子商取引 について調べたものであっても、そ の方向性はまったく違っていること が分かる。
日本の小売り サプライチェーンの概況 魚介類のサプライチェーンにおけ る電子商取引の実態を調べる前に、 我々は日本の流通システムそのもの について調査を行った。
歴史的に、日 本の小売りチャネルは流通構造と商 習慣が複雑であるとみなされてきた。
こうした見方は小売店舗と卸売り業 に関する国際比較に基づいている。
例 えば、九九年時点で日本には米国の 二倍もの小売店舗と卸売業が存在し ていた(図1)。
小売店舗が乱立し、さらに一次卸、 二次卸といった具合に卸売業が多段 階構造になったのは日本の歴史、社 会性、人口推移や地理的条件などと 密接に関係している。
例えば、日本 の住居はとても狭く、冷蔵庫や食品 保管庫を置くスペースが限られてい る。
交通渋滞もひどい。
そのため、消費者たちは車で大型 ショッピングセンターに行って食材 をまとめ買いするのではなく、近所 のパパママストアに歩いて買い物に いき、食材を少量購入してきた。
日 本人は何よりも新鮮な魚や野菜を好 んで食べる。
そのことも毎日近所の 小売店舗に足を運ぶという習慣につ ながっている。
小規模な小売店舗は投資額も少な くて済んでいる。
店員として雇用さ れているのは定年退職者たちが中心 だからだ。
ちなみに彼らは他の工業 先進国よりも年金の受給額が少ない ため、土地付の家に住んでいるもの の、生活費は同居する家族に頼って いる。
小規模店舗は九〇年代の不況 の間、七〇年代に起きた石油危機の 時と同じように、失業者の受け皿と して機能してきた。
このほかにも小規模小売店舗が生 き残れた要因はいくつかあった。
そ の中でもとくにインパクトが大きか ったのは大店法(大規模小売店舗法) である。
七四年に施行されたこの法律では、 五〇〇平方メートル以上のスペース を持つ小売店舗を新たにオープンさ せる際には政府の認可が必要とされ た。
しかも地元の既存店舗で構成さ れる委員会が満場一致で出店を認め ないと、政府は認可を下ろさないと いう仕組みになっていた。
この法律は新規出店のペースを鈍 らせる要因となった。
七九年の段階 で申請から認可が下りるまで平均で 四三カ月かかった。
しかも認可され る内容は申請した内容とは大きく乖離していた。
店舗スペースが申請内 容から一四%減らされたかたちで認 可されることもあったという。
小売業と卸売業の歴史 日本の旧来型の小売店舗は六〇年 図1 複雑な流通システム:日米比較 小売店舗数(単位:千店) 1,407 1,526 人口1万人当たり小売店舗数 111 54 卸事業所数(単位:千店) 426 495 人口1万人当たり卸事業所数 34 17 日 本 米 国 出典)経済産業省資料 JANUARY 2004 60 代から七〇年代にかけて大きな困難 に直面することになった。
ダイエー のような新しいタイプの小売店舗が 相次いで誕生したためだ。
新興勢力 はディスカウント、販促、ワンスト ップショッピングが可能な豊富な品 揃えなどで消費者たちを魅了した。
こうした流通革命によって既存の 小規模小売店舗は次第に競争力を失 っていった。
八二年に小売店舗の数 は一七〇万店あったが、九九年には 一四〇万店へと、実に一八%も減少 した。
一方、大規模小売店舗の一店舗当 たりの販売高は増加の一途を辿り、 キャッシュフローにも余裕が出始め た。
全国チェーンの小売りは生産性 を高めるため、施設や技術への投資 を強化。
その結果、一般的な認識と は対照的に、日本の小売業は米国の 小売業と比較しても遜色のないくら いに効率化が進んだ(図2)。
しかしながら、九〇年以降、全国 チェーンの小売りも売り上げの減少 を余儀なくされている。
中には事実 上の経営破たんに追い込まれた企業 もある。
全国チェーンの小売りは個 店レベルでの生産性向上に成功した が、サプライチェーン全体を見た場 合にはまだ無駄な部分が残されたま まだった(図3)。
小売業界とは対照的に、卸業界は これまで大きな変化を経験してこな かった。
卸売業の数は八二年から九 一年の間に七・七%増加している (ピーク時には四六万二〇〇〇事業 所に達した)。
しかし、九九年にはその数が七・ 八%減少するなど同業界にも淘汰の 波は押し寄せた。
その背景には小売 り側が取引形態を見直したことがあ る。
小売りはコスト削減のため中間 流通を一段階ないし複数段階カット し始めた。
九八年に発表された調査 によると、消費者からの値下げ圧力 が強まったことを受けて、実に小売 業の三〇%が中間流通のカットに踏 み切ったという。
卸と小売りの関係をさらに悪化さ せたのは電子商取引の台頭だった。
これによって市場ではインターネッ トを活用している末端の消費者とメーカーや卸の直接取引が始まったり、 メーカーと小売りが直接取引し卸を 中抜きする動きなどが見られるよう になった。
それでもまだ日本の消費者の電子 商取引に対するニーズは低かった。
九 九年の調査では回答者の半分が「イ ンターネットを通じて買い物をする ことに興味を感じない」と答えた。
し かもネットショッピング経験のある 図3 サプライチェーンを非効率にする要因 店 舗 取 引 ロジスティクス 情報システム 人的資源 追加規則 出典)経済産業省資料 ■高い労働コスト ■過剰な店舗数 ■大店法による小規模店舗の保護 ■ サプライヤーの選択 ●サプライヤーは価格よりもサービス内容で決まる ●サプライヤーとバイヤーは古くから付き合いがあり、 特別な関係にある ●口約束など不透明な取引によって、サプライヤー 間の競争が阻害され、新規参入も困難 ●トータルコストに対する認識不足 ■リベートや前近代的な価格決定といった複雑な取引 ■出荷する側と運ぶ側は主従関係にあり、それが原因 でトータルロジスティクスコストに対する認識が欠 けている ■パレタイズやコンテナのハンドリング、倉庫スペー スの活用が非効率 ■地価が高いため土地が制限され、十分な規模のイン フラを確保できない ■物流センターのロケーションが規制で制限される ■標準化されていない ■規制(紙ベースでの記録保持が要求されるなど) ■スキルのある労働者の不足 ■店舗の構造とロケーションに関する規制 ■輸入(通関に時間がかかる、明細書の記載事項が多い、 割り当てが少ないなど) ■地域別に規制が加わったり、全国チェーンにとって 効率化が進まないような規制がある 図2 日米の小売業比較 従業員1人当たり収入 (単位:ドル) 222,128 133,989 1.66 店舗面積当たり収入 (ドル/1平方フィート) 657 294 2.23 在庫回転率 25.04 10.40 2.41 有形資産当たり収入 5.50 3.97 1.39 日 本 米 国 日本/米国 出典)経済産業省資料 61 JANUARY 2004 回答者のうち、三五%が再度利用す るつもりはないと答えている(図4)。
鮮魚のサプライチェーン 日本で鮮魚の流通システムが複雑 になっているのはサプライチェーンが 乱立しているためだ。
日本市場では 魚の鮮度を保つことがもっとも重視 されている。
そのため、複数のプレ ーヤーによって迅速なオペレーショ ンが行われることや、魚が損傷した 場合のリスクを共有することが求め られてきた。
プレーヤーの数は供給サイドが約 六万で、小売り側が約五万に達する。
そしてこれらが複雑に絡み合ってチ ェーンが形成されてきた。
歴史的に 日本の鮮魚のサプライチェーンはど う変遷してきたのか。
その様子を図 5の左側に示している。
五〇年代以降、鮮魚のサプライチ ェーンは巨大小売業の出現と都市人 口の増加によって劇的に変化してき た。
交通網の発達と食品保存方法の 進歩によって、魚の世界でも大量供 給したものを大量消費する時代が到 来した。
それに伴い、卸売業や中小 零細の小売りはマーケットをコント ロールする力を失い、その一方で全 国チェーンの小売りや商社が発言力 を強めていった。
八〇年代に入ると、再び消費者動向が変化し始めた。
可処分所得が増 えたことや、強い円の影響で、鮮魚 の需要が拡大した。
これを受けて魚の輸入量が大幅に 増加。
九九年には輸入魚の割合は市 場全体の四〇%を占めるまでに至っ た。
生活様式や人口、世帯構成の変 化によって消費者は小分けされた魚 や調理済みの魚製品を好むようにな った。
こうした動きは流通の商習慣にも 変化をもたらした。
もともと魚の流 通で主導権を握っていたのは中央卸 売市場だった。
しかし次第に主導権 は価格や利便性といった顧客の要求 に応えられる大型の全国チェーン小 売業へと移った。
さらに商社も調達 先を集約することで魚の流通におけ る影響力を徐々に強めていった。
その結果、図5の右側で示すよう に、魚分野に新しいサプライチェー ンモデルが誕生した。
中央卸売市場 の影響力は弱まり、対照的に大型の 全国チェーン小売りはマーケットシ ェアを高めた。
大型チェーンの販売 シェアは五〇%に達し、これに対し て小規模小売店のシェアは一五%に 落ち込んだ。
構造的な変化が起こったにもかか わらず、魚のサプライチェーンには 非効率な部分が残されたままだった。
魚の価格は漁獲されてから食卓に上 るまでに実に七〇%も上昇する。
こ れは野菜を含む消費財の中でもっと も高い水準である。
結局、日本と米国で色々と探した ものの、日本の電子商取引の事情が 詳しく書かれた調査レポートをほとんど見つけることができなかった。
そ こで我々は次のステップとして日本 の電子商取引の現状を把握するため のインタビューを実施し、情報収集 することにした。
図4 電子商取引の実施状況 実施中 7.0% 4.0% 11.0% 実施していない 28.5% 49.4% 77.9% 全体 35.5% 53.4% 88.9% わからない 1.8% 未回答 9.4% (今後も) 実施するつもり 実施しない 全体 出典)東京都:「消費生活に関する世論調査」1999 図5 まぐろの流通システムの変化 旧来 現在 鮮魚 漁港の卸 漁港のブローカー 中央卸売市場 二次卸 二次ブローカー 鮮魚 漁港の卸 鮮魚 漁港の卸 鮮魚 輸入商社 漁港のブローカー 中央卸売市場 二次卸 二次ブローカー 小売店(小規模) 消費者 消費者 大型小売店 中小卸から 大型小売りへ いくケース 直接大型小売りへ いくケース 輸入魚の ケース JANUARY 2004 62 調査方法 この研究では中小企業を純資産五 〇〇〇万円以下、従業員五〇人以下 の企業と定義した。
一方、大規模小 売りは売上高一一四〇億円〜七七四 〇億円の企業を対象とした。
まず私たちは適切な情報を入手す るため、電子商取引を行っている企 業を対象に電話によるインタビュー を開始した。
インタビューに応じて くれたのは、大企業であれば広報・ 宣伝部門のマネージャークラス。
中 小企業の場合はスタッフメンバーか ら最高経営責任者まで様々な階層だ った。
一般的に中堅クラスの企業ではネ ット販売の専門スタッフを一人もし くは二人配置している。
これに対し て経営規模の小さい企業では最高経 営責任者やほかの役員たちがネット 販売の責任者となっている。
インタビューの相手を無作為で抽 出したわけではないため、調査結果 に偏りがあると指摘されるかもしれ ない。
しかしながら、質問に対する 回答の大部分を見るかぎり、我々は 正当な結論を導き出せたという自信 を持っている。
調査結果 ■中小企業の電子商取引の実情■ 電子商取引を始めることで中小企 業はより活動的になることが判明し た。
ウェブ上のショッピングモール に出店している経営規模の小さい鮮 魚店約五〇〇店舗は技術的・営業的 な運営コストとして月に五万円程度 支払っている。
この費用はどのくら いのアイテムをモール上に出品する かによって決まる。
支払い先はショ ッピングモールを運営している企業 である。
日本でもっとも大きいショッピン グモールは「楽天」である。
我々は このモールに出店している鮮魚店約 二〇社にインタビューを実施した。
そ れによって生データを手に入れ、サ ンプルとしてまとめるのに役立てた。
回答企業のほとんどは電子商取引 に乗り出した理由として手軽にしか も低コストで取引をスタートできる 点を挙げている。
回答企業ではすで にパソコンが導入されており、イン ターネットにアクセスできる環境に ある。
ウェブサイトを動かすための 最低限のスキルも持っている。
ちな みに立ち上げに要した費用は一〇〇 〇万円程度かそれ以下だった。
電子商取引に乗り出した理由として成長性を挙げる企業も多かった。
メールや電話を通じて直接消費者と コンタクトを取る。
もしくはさらに 一歩進んで、レストランのような小 さな取引先や個人と電子商取引を開 始している企業もあった。
「競合企業に反撃するため」という 理由を挙げる回答企業も多かった。
彼らがライバル視しているのはチェ ーン小売り、または海外から鮮魚を 輸入する商社だった。
こうした取り組みを通じて中小企 業は販売を伸ばすことに成功した。
電 子商取引開始後一〜三年の間に、年 間当たり八万ドルの収益を上げてい る。
ただし、この数字は会社の収入 全体の一%未満にすぎない。
電子商取引を行っている企業はそ の管理にフルタイムで働く従業員を 割り当てていないし、ウェブデザイ ナーやオンラインマーケティングの専 門家といったスペシャリストを起用 することもない。
一般的なスーパーマーケットに比 べると、中小企業が電子商取引で提 供している商品アイテムの数は制限 されている。
販売されている商品は マグロ、カニ、海老などの高級品、も しくは保存加工された魚などである。
しかもスーパーマーケットなどで販 売されている価格よりも高い。
中小企業では電子商取引で販売し た商品の配送をアウトソーシングし ている。
委託先は大手3PL三社 (宅配事業者)のいずれかである。
東 京エリアでの配送料金は荷物一個当 たり一〇〇〇円。
一般的に商品はピ ックアップされた翌日に購入者に配達されている。
■大手企業の電子商取引の実態■ 九七年には既にウェブ上にショッ ピングモールが登場していたが、全 国チェーン小売りがネット販売を開 始したのは二〇〇〇年に入ってから だった。
残念ながら今回、我々は全 国チェーン小売りの電子商取引に関 する情報をほとんど入手することが 63 JANUARY 2004 できなかった。
まだ取り組みの歴史 が浅いこと、そして発表される情報 が制限されていることがその理由で ある。
結局、私たちは彼らのウェブ サイトにアクセスして必要な情報を 収集することにした。
日本の食品小売り上位一〇社のう ち、六社が鮮魚の電子商取引を始め ていた。
しかし六社のうち五社は地 域限定での取り組みだった。
例えば イトーヨーカ堂では人口約六三万人 の江戸川区のみが対象。
ネットで販 売した商品を店舗から直接購入者に 配達していた。
六社のうちマルエツ だけが全国配送するために3PLを 利用していた。
主要小売り六社でネット販売され ている商品や、商品の価格について も調査した。
魚の品揃えはリアルの 店舗よりも少なかった。
しかし、グ ロサリーなどを含めると、ネット販 売されている商品はリアルの店舗と しても十分なものだった。
■電子商取引分野での サービスプロバイダー■ 大手小売りによって運営されてい るオンラインショップではウェブサイ トの管理や配送の面で独自性が見ら れた。
これに対して中小企業の場合 は「楽天」のようなウェブモールプ ロバイダーが提供するサービスを利 用していた。
楽天のウェブモールで は五〇〇〇以上のオンラインショッ プが運営されている。
このモールを 利用することで収入と利益は劇的に 増加した。
資本回転率も高まった。
当時、オンラインショップの半数は オペレーションに困っていた。
電子商取引をサポートするような サービスを提供している企業の中に はヤマト運輸のようなロジスティク ス企業も含まれている。
同社はドア・ ツー・ドアの小荷物配送サービスの パイオニアである。
宅配便の分野で 三分の一のシェアを持っており、年 間に九億個の取扱個数を誇る。
取扱 個数、利益ともに増加が続いている が、その一部は電子商取引によって もたらされたものである。
日本の宅配マーケットはヤマト、佐 川急便、日本通運、日本郵政公社の 四社で支配されている。
現在、この 四社が提供する宅配便サービスの中 身や料金水準はほぼ同じである。
考察 この調査を開始した時、我々は複 雑化した日本の流通システムにメス を入れようとしているベンチャー企 業グループが主な調査対象だと考え ていた。
しかし、そこで我々は意外 な事実を知ることになった。
活動に 参加していた企業は魚を扱う中小の生産会社や卸売業者だったのである。
彼らが活動に参加したのは起業が目 的ではなかった。
むしろ、(ネット販 売を始めることで)大手小売りや商 社との競争に負けずに、生き残るこ とが彼らの狙いだった。
残念ながら、彼らの試みは思った よりも収益が上がらず、失敗に終わ ってしまった。
我々は以下の三つの 問題点が原因であったと分析してい る。
■チャネル政策の矛盾■ 中小企業による電子商取引が失敗 に終わったのはチャネル政策に矛盾 があったためである。
彼らは大手小 売りや、リアルの店舗で商品を購入 する消費者との関係を曖昧なものに してしまった。
つまり、ネット販売 開始後も両者と良好な関係を維持し ようとした点に無理があったのであ る。
大手小売りの台頭は鮮魚の流通シ ステムを劇的に変化させた。
九〇年 代、多くの小売りは卸との取引を合 理化した。
その結果、約一〇〇〇社 の卸が市場から姿を消した。
生き残 った卸は大手小売りへの依存度を高 めた。
その一方で、厳しい経済環境を背 景に、中小卸は新たな市場を開拓し ようとネットビジネスにも参入した。
しかし彼らは取引先である大手小売 りへの配慮から電子商取引で扱う商 品の範囲を自ら狭めてしまった。
そ の結果、電子商取引による販売量も 伸び悩んでしまった。
■ロジスティクス上の課題■ 多くの中小企業によって個々の消 費者と直接取引することは新しい挑 戦だった。
店舗販売とは異なり、ネ ット販売では鮮魚を全国の顧客に流 通させるためのロジスティクス機能 が不可欠である。
しかし、3PLが JANUARY 2004 64 提供するドア・ツー・ドアの配送サ ービスの利用には莫大なコストが掛 かる。
こうしたロジスティクス面で のコスト負担増が中小企業にとって は大きな障害となった。
・配送コスト 消費者がネットで一回当たりに購 入する金額は一〇〇〇円かそれ以下。
これに対して五〇〇〜一〇〇〇円と いう配送コストは高すぎて、当然ペ イしない。
・配送方法とリードタイム 物流業者は集荷の翌日に、しかも 商品を保冷した状態で配送している が、それでも時々商品が腐ってしま うことがある。
そのため、特に夏の 暑い期間は消費者にネットで鮮魚を 販売しにくい。
結局、配達までのリ ードタイムが長いと消費者は購入を 敬遠するようになってしまう。
消費者から寄せられる配送日時に 関する問い合わせを処理するのに、多 くの時間を費やしている企業も少な くない。
また、事前に購入者と配達 時間を決めておいても、実際には不 在だったりして、商品が腐ってしま うこともあるという。
しかも商品が 腐ってしまった場合、購入者に対し て弁済しなければならない。
そして、 ほとんどの企業がロジスティクス業 者のサービスレベルを改善するのは 不可能だと諦めている。
■経営資源の不足■ 大手と中小とでは電子商取引に費 やす資金と人的資源の規模がまった く違う。
定量的な違いだけでなく、大 手は質の面でも高いクオリティーの 人的資源を有している。
もともと企 業側も社員も電子商取引に対するモ チベーションは相対的に低かった。
電 子商取引を始めたのは新市場の開拓 ではなく、厳しい経営環境を生き残 ることが目的だったためである。
大手は、電子商取引を開始するに あたって、中小が経験したような問 題には直面しなかった。
彼らは資本 や従業員の能力、既存の店舗施設、 交通インフラなど巨大な経営資源を 武器にマーケットでの発言力を維持 した。
にもかかわらず、大手小売りは電 子商取引にはそれほど力を注がなか った。
彼らはネット販売が原因で店 舗販売が落ち込み、結果としてこの 双方が共倒れになってしまうと考え ていたからだ。
彼らがネット販売に 乗り出したのはマーケティングの領 域(店舗から遠いところに住んでい る人や高齢者など)を拡げることが 目的だった。
しかし実際にはオンラインショッ ピングに参加したのは大半が二五〜 四〇歳までの専業主婦や働いている 女性だった。
現在でもほとんどの小 売りが電子商取引を継続しているが、 ビジネスの拡大には結びついていな いのが実情である。
結論 今回、我々は魚の電子商取引を展 開している二つの企業グループを調 査した。
その結果、日本の電子商取 引は将来、それほど伸びが期待でき ないと判断した。
その理由はいくつ かある。
一つは企業に電子商取引を 続ける余力がないという点である。
現 時点でほとんどのプレーヤーが電子 商取引で利益を出せていない。
二つ目は大手小売りが既存店舗で の販売との共倒れを避けるため、ネ ット販売の普及を邪魔をする可能性 があるという点である。
すでに彼ら は中小卸に対して消費者と直接取引 するのを止めるよう圧力をかけてい る。
そして三つ目はそもそも消費者が ネットでの商品購入に消極的である という点である。
こうした理由から 日本で電子商取引が浸透していくの は非常にゆっくりとしたペースにな ると見られる。
卸の淘汰は小売りの台頭によって 引き起こされたにもかかわらず、い まだに卸は小売りと良好な関係を維 持しようとしている。
卸はオンライ ンショップに、取引のある小売りが 扱っていない商品を出すことによっ て競合するのを避けている。
ある卸の経営層にインタビューし た際、こんな話を聞いた。
「スーパー マーケットは我々が消費者と直接取 引することをとても嫌う。
彼らは我々 のネット販売がどういう状況になっ ているのかを聞いてくる。
そして自 分たちと競争するつもりなのかどう かを確認してくる」――。
彼らはそ の質問が大手小売りからの警告だと 解釈し、ネットで販売するのは競合 65 JANUARY 2004 しない商品に限定しているという。
長い間、小売りと卸はチャネルパ ートナーという関係を構築してきた。
そして厳しい経済状況となった九〇 年代に、小売りは卸のリストラを断 行した。
巨大化し、さらに生産性の 高まった小売りは特定の卸だけと長 期にわたるパートナー関係を維持し ようとしている。
ある日本の研究者によると、これ ら二つの点こそが日本社会の特徴だ と指摘する。
「日本の価値観ではいっ たん親密な関係になったら経済的な 損失があっても、それを維持すべき だと考えられている。
互いに利益を もたらす高い信頼関係を構築できれ ば、そうした損失は将来的には相殺 できるためだ」 今後も日本の価値観は変化しない だろうが、こうした旧来型の企業同 士の協力関係を壊すような圧力がい ずれ出てくるだろうと、我々は結論 づけた。
そして日本社会の構造を変 化させるような経済的圧力は、電子 商取引が普及するかどうかにも大き く影響すると見ている。
(この論文は米CLM年次総会の「Logistics Educators Conference 」で発表されたもの です。
著者二人の許可を得て、本誌編集部 が翻訳しました) エドモンド・W・シュースター マサチューセッツ工科大学Affiliates Program in Logisticsディレクター。
現在はAuto-IDセンターに 勤務。
現職の前は、飲料メーカーWelch'sにて運営企 画部のオペレーション・マネジャーを務める。
長年に わたり、生鮮品のロジスティクス分野でキャリアを積 む。
T h e J o u r n a l o f B u s i n e s s L o g i s t i c s 、 I n t e r f a c e s 、P r o d u c t i o n a n d I n v e n t o r y Management Journalなどの雑誌に50を超える論文 を発表。
オハイオ州立大学で学士を取得。
渡辺和成(わたなべ・かずなり) 日系大手総合商社で航空関係業務に 携わった後、マサチューセッツ工科 大学(MIT)の工学修士課程(輸送 科学センター)にてロジスティク ス・SCMを専攻した。
現在、米国 ノースウエスタン大学およびハーバ ード大学に留学中。
経営学・行政学 ジョイント修士課程に在籍。
90年 東京大学工学部(航空工学)卒。

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