ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年12号
特集
欧米先進事例の真実 米国ICタグ活用の最新動向

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

DECEMBER 2005 12 先頭をひた走るウォルマート 九月中旬、小泉自民党の圧勝に沸く日本を、私 は出張先の米国から見ていた。
この総選挙の結果 を、米国の主要メディアがアジアの安全保障とい う観点から解説していたのに対し、帰国後にまと め読みした日本の新聞からはそうした視点がまっ たく感じられなかった。
ここに私は、ICタグを めぐる日米の情報格差にも通じる、認識のズレを 感じざるを得なかった。
私が米国に出張した目的は、ウォルマートが進 めているICタグの導入実験について、同社の指 折りの大手サプライヤーであるクラフトフーヅに 状況を確認するためだ。
クラフトは米国最大の食 品メーカーで、味の素ゼネラルフーヅの株主でも ある。
そのシカゴ本社のシステム部門でB2B戦 略の担当責任者に面談したほか、旧知の経済人た ちと情報を交換した。
本稿では私が見聞きしてき た事柄を中心に、食品をはじめとする日用消費財 におけるICタグ活用の最新動向を報告する。
なお、米国ではこの新しいテクノロジーを「R FID(Radio Frequency Identification)」とだ け呼んでおり、ICタグという呼び方はしていな い。
ただし、この原稿では、日本国内の慣例にし たがって、RFIDをすべてICタグに言い換え ることを予めお断りしておく。
ウォルマートが、ICタグの導入を対外的に明 言したのは二〇〇三年六月のことだった。
同年十 一月には、主要サプライヤー一〇〇社を招いて説 明会を実施。
二〇〇四年度中(二〇〇四年十二月 末まで)に導入テストを開始して、二〇〇五年一 月から取引規模上位の一〇〇サプライヤーにパレ ット/ケース単位でICタグの貼付を求めていく 方針を明らかにした。
さらに二〇〇六年末までに、 その対象サプライヤーを全取引先に拡大していく ことも発表した。
この計画に基づいて、ウォルマートと主要サプ ライヤー各社は今年一月からICタグの導入実験 (パイロットテスト)に取り組んでいる。
実験の舞 台は、テキサス州の三つの物流センターと約五〇 〇店舗。
すでに予定を上回る一五〇サプライヤー が参加している。
小売りやメーカーの寡占化が進んでいる米国で は、取引先の数に対する感覚が日本市場とはかな り違う。
なかでも規模の追求に熱心なウォルマー トの取引先は著しく寡占化されている。
食品分野 で同社の最大サプライヤーであるクラフトは、北 米市場(アメリカ・カナダ・メキシコ)の売り上 げ約二・四兆円のうち、何と約二〇%(約四八〇 〇億円)をウォルマートに依存している。
この取引規模がいかに大きいかは、総合食品メ ーカーとして日本最大の味の素の連結売上高がよ うやく一兆円余りということから実感してもらえ るのではないだろうか。
さらに重要なことは、単 一の小売業グループだけで二〇%にもなる販売構 成比の高さだ。
日本の大手食品メーカーの単一小 売業(卸売業を除く)に対する販売構成比は最大 でも数%に過ぎない。
取引先に対するウォルマー トの強い影響力は、ここからも生じている。
慎重さが目立つサプライヤー とは言え、クラフトのような有力サプライヤー が、無条件でウォルマートの方針に追随している わけではない。
メディアを介して日本に伝えられ 米国ICタグ活用の最新動向 クラフトフーヅ&ウォルマート ICタグに関する情報が錯綜している。
米ウォルマート が進める導入実験の話ばかりが流布され、すぐにでも実 用化されそうに感じている日本人が少なくない。
しかし、 その認識は誤りだ。
日用消費財のサプライチェーンにIC タグが普及するまでには、最短でも今後5、6年はかかる。
CLO実践録特別編 味の素ゼネラルフーヅ川島孝夫前常勤監査役 《米国レポート》 13 DECEMBER 2005 る情報からは、ウォルマートがすぐにでもICタ グの利用を本格化し、サプライヤーもこれに従っ ているかのような印象を受ける。
しかし、今回の 訪米で、それが誤った認識であることを私は強く 感じた。
クラフトの情報システムを統括する組織は、シ カゴ本社のコーポレート部門の中にある。
CIO (チーフ・インフォメーション・オフィサー)の下 に、「オペレーション&B2B」、「テクノロジー」、 「グローバル・サプライチェーン・システム」とい った関連セクションが一〇部門ほど置かれ、ここ で全世界のクラフトの情報戦略を担っている。
今 回、私が面談したのはB2B(Business to Business)戦略の担当責任者である。
彼の下でクラフトは、ウォルマートや仏カルフ ール、独メトロといった大手小売各社と情報シス テムに関する折衝を行っている。
新しい技術であ るICタグについてはまだ専門部署がないため、複 数部門が協力しながら進捗を管理している状況だ が、B2Bの担当責任者のところには、各社と手 掛けているICタグ導入実験の情報が続々と集ま ってくる。
前述した通り、ウォルマートが導入実験を行っ ているのは、テキサス州にある同社の三つの物流 センター(3PLが管理)と、ここから商品を供給している約五〇〇の店舗だ。
クラフトは、この 物流センターに納める製品のうち売上上位五〇S KUのパレットとケースにICタグを貼付してい る。
実験対象となっている品目数などには当然、ウ ォルマートの意向が働いている。
クラフトのICタグに対する姿勢について、同 社のB2B担当責任者は、「顧客の望むICタグ の導入を我々は止めるつもりはない。
今後も対象 アイテムを拡大していくなどしてパイロットテス トを継続していく」と言い切る。
しかし、私には、 その姿勢が積極的なものとは決して思えなかった。
クラフトが自社の工場倉庫で行っているICタ グの貼付作業は、現状ではすべて手貼りで、まっ たく機械化しようとはしていない。
クラフト自身 がICタグからデータを取得するためのリーダー (読み取り機)もまだ導入の途上で、二〇〇五年中 にようやく設置を完了する。
実験の対象としてい る五〇SKUという製品数も、クラフトが北米だ けで五〇〇〇SKU余りの製品を扱っていること を考えれば、ごく一部でしかない。
こうした事実からは、クラフトが現状ではIC タグ関連の投資を最小限に抑えようとしているこ とが伺える。
実際、同社がこれまでに投じてきた 経費の大半は、有力顧客に対するプロモーション 費用(販売促進費)としての支出であり、設備投 資ではない。
今後、実験対象の品目を増やしてい くとは言っているが、依然として及び腰であるこ とは間違いない。
このようなサプライヤーは、何もクラフト一社 だけではない。
クラフトは日用消費財製造の分野 で世界最大の業界団体であるGMA(Grocery Manufacturers Association)の中核メンバーでも ある。
詳しくは後述するが、このGMAという組 織は、商取引の仕組みの標準化に強いリーダーシ ップを発揮してきた歴史を持つ。
バーコードを世 界中に普及させた最大の功労者が、GMAとここ に所属する有力企業だったことは広く知られてい る事柄だ。
ウォルマートが主導するICタグの導入実験で も、GMAは大きな役割を担っている。
小売事業 者ごとに異なるシステムが乱立するような事態を 招かないように、有力メーカー各社はGMAを通 じて情報を交換し合いながら実験に臨んでいる。
そ して、GMAの幹事を務めている有力サプライヤ ー各社は、クラフトと同じようにまだ一様に慎重 な姿勢を崩していない。
店舗では確実に出せる導入メリット ICタグの導入をめぐって、小売りとサプライヤ ーの間でこれほど大きな温度差が生じている理由は ハッキリしている。
一つは費用対効果の問題だ。
この新しい技術は、ウォルマートには明らかな コストメリットをもたらす。
しかし、サプライヤー の立場では投資に見合うリターンを期待できそう にない。
自社にとってのメリットを見極めたいか らこそサプライヤー各社は導入実験に参加してい るのだが、現在に至るまで明白なメリットを見出 せずにいる。
図2にある通り、ウォルマートはICタグを導 入する目的を五つ掲げている。
なかでも同社が重 DECEMBER 2005 14 視しているのは?と?の「店舗在庫」に関する項 目だ。
具体的には「インストア・リプレニッシュ メント」(店内での商品補充)の改善を最大の目的 としている。
店舗のバックヤードから店頭(棚)へ の商品の補充作業を高度化することによって、欠 品をなくし、販売機会損失を減らし、結果として 売上増を実現するという狙いである。
こうした活用方法がウォルマートの利益につな がるであろうことは、同社のこれまでの補充作業 を考えれば理解できる。
従来のウォルマートの店 頭補充は、八時間ごとに棚をチェックすることで 行われてきた。
仮に補充直後にまとめ買いをする 客が来店し、棚が空になったとしても、原則とし て八時間たたなければ商品は補充されない。
日本 人には分かりにくい話だが、広大な店舗、ルール に基づく管理、作業にたずさわる労働者の意識と いったことを考え合わせると、過去のウォルマー トにとってはこれ が最も合理的な 管理方法だった のだろう。
この作業の現 場にICタグを導 入(ケース単位) すれば、店頭の大 半を占めるケース 商品の在庫の有 無を、ほぼリアル タイムで把握でき るようになる。
わ ざわざ作業者がチ ェック作業をしな くても、コンピュータの指示通りに必要な商品を 必要なだけ補充すればいい。
そうなればウォルマ ートは、バックルームの在庫削減、作業コストの低減、店頭での欠品防止などを期待できる。
実際、約二年前に、カリフォルニア州の五店舗 を舞台に、ウォルマートとGMAの幹事メーカー (クラフトほか数社)が手掛けた実験では、ICタ グを貼付した商品の多くが通常より一、二%売り 上げを伸ばし、最大で八%増えたという。
クラフト製品には明らかな伸びが見られず、そ れだけに売上増がICタグによる効果かどうかは 疑わしい面もあった。
しかし、実験全体の結果と しては?効果あり〞と出た。
ウォルマートにとっ ては、こうした経験の積み重ねが、ICタグを導 入すれば「インストア・リプレニッシュメント」を 高度化できるという確信につながっている。
一方、クラフトがウォルマートとの実験に参加 した目的は主に三つある。
もちろん主要顧客の要 請である以上、参加を拒むという選択肢は端から あり得なかったのだが、この機会にICタグとい う新技術を検証し、導入による自らのメリットを 見極める狙いがあった。
そして、現段階までの結 論としては、「サプライヤー側のベネフィット(利 益)はゼロだ」という。
利益につながらないばかりか、もしクラフトが ICタグを全面導入することになれば、新たに数 百億円規模のシステム投資が避けられそうにない。
データエントリーの方法をICタグに変えれば、読 み込み頻度がリアルタイムに近づき、従来はなか った分析作業なども必要になるためだ。
日本企業 の多くにみられるような部分最適システムの末端 を少しいじればOKという話ではない。
全体最適 を徹底して追求してきたシステムだからこそ、膨 大な手直しが発生してしまう。
だからこそクラフトは、顧客が望む「インストア・リプレニッシュメント」以外には、自ら積極 的にICタグを活用していく計画を持っていない。
当面はタグの貼付作業も手貼りのままで対応して いくし、自社システムの大幅な修正も考えていな い。
あくまでも特定顧客に対するプロモーション 行為の一環と割り切りながら、新しい技術の可能 性を見極めていく方針だ。
小売業界でも乱れてきた足並み クラフトのような有力サプライヤーがメリット を感じていない以上、この分野でICタグの導入 が本格化するかどうかは小売業者の姿勢次第とい うことになる。
ウォルマート以外にも、米国では ターゲットやアルバートソンズといった有力小売 15 DECEMBER 2005 業者が、また欧州では独メトロが精力的にICタ グの導入実験を進めている。
もっとも小売業界全体の雰囲気をみると、IC タグへの熱気は一時期に比べると収まってきてい るように見える。
小売業をとりまく経営環境の悪 化が、この変化を後押ししている。
とくに最近の 世界的な原油高の影響は大きく、一部の大手小売 業者がICタグの導入実験から完全に撤退するの ではないかという噂すら、まことしやかにささやか れ始めている。
より差し迫った課題に対応するの が先というわけだ。
そもそも、いま米国市場で最も勢いのある小売 りの一社であるターゲットの導入実験にしても、ク ラフトがICタグを貼付している製品はわずか五 SKUに過ぎない。
アルバートソンズとも同様の 規模で実験を進めているが、身売り話に揺れる同 社はICタグどころではないというのが本音だろ う。
独メトロとの実験にしても似たようなもので、 世界中の小売業者のなかでウォルマートの積極姿 勢だけが突出している。
普及のカギを握っている小売業者の事業環境の 悪化に加えて、ICタグという技術が極めて未成 熟であることも関係者を戸惑わせる要因になって いる。
ウォルマートをはじめとする積極的な企業 がいま実験で使っているICタグは、この分野の 標準化団体であるEPCグローバルが定める「C 1G2(Class1 Generation2)」というものだ。
文 字通り二世代目のICタグであり、EPCグロー バルとしても昨年末に規格を批准したばかりのタ イプである。
G2タグは、UHF帯の電波を使い、一回に限 って情報を上書きできる。
リーダーによる読み取り 率は、一世代前のG1タグが約五〇%以下だった のと比べれば大幅に改善され、今回の実験では九 九・二%まで向上している。
ICタグ一個あたり のコストは二五セント。
まだ高いという指摘も多いが、技術面では格段の進歩を遂げている。
ところが皮肉なことに、これまでICタグの導 入に熱心だった小売業者の多くは、使い勝手の悪 いG1タグで実験に取り組んできた経緯がある。
つ まり、技術が今以上に未熟な段階で投資をしてし まった。
G2タグの登場でようやく現場レベルで 導入を検討できる状況が生まれてきたのに、自ら を取り巻く事業環境の変化もあって、ICタグへ の新たな投資意欲を失ってしまっている小売業者 が少なくないのである。
二の足を踏む最大の理由は標準化 サプライヤーがICタグの導入に二の足を踏ん でいる重要な理由が、もう一つある。
クラフトを はじめとするGMAの幹事メーカーは、たとえ巨 額の投資をともなう技術革新であっても、メリッ トさえ確信すれば積極的に対応する。
実際、過去 にはそうしてきたし、自分たちこそが新たな仕組 みの先導者だという強烈な自負も持っている。
にもかかわらず、ICタグに対してこれほど消 極的なのは、この新しいツールの運用をめぐるグ ローバルな標準形がまだ確立されていないからだ。
技術が未成熟なのは新しいツールの常で仕方がな いし、技術面の標準化はEPCグローバルなどの活動を通じてそれなりに前進している。
しかし、そ れ以上に、ICタグでオペレーションを管理する ための運用ルールがまだ世界規模で確立されてい ないという問題が大きい。
これはICタグだけでなく、二次元バーコード などにも共通する課題なのだが、こうしたツール を使って世界中で物品を管理するためには、どの ような形式で情報を持たせるのかといった決まり を予めルール化しておくことが欠かせない。
小売 企業や国ごとにルールが異なると、サプライヤー の立場ではその度に重複投資という非効率が発生 してしまうためだ。
情報量の少ない従来のバーコードであれば、最 低限のルールだけ決めておけば機械的に情報を翻 DECEMBER 2005 16 訳することも可能だった。
また、ある特定の企業 グループ内でだけ利用するシステムであれば、リ ーダー企業と交わした約束さえ守っていれば世界 規模での標準化など気にする必要はなかった。
ところが、ウォルマートをはじめとするグローバ ルリテーラーが全面的に商取引に利用するとなる と、まったく話が違ってくる。
そこでは、商取引 ルールの国際標準を、誰が、どのように定めるの かといった、市場原理だけでは解決できない問題 に否応なく直面する。
過去にバーコードなどの標準化を表舞台で担っ てきたのは、欧州ではEAN(EAN International )、 米国ではUCC(Uniform Code Council )といっ た機関だった。
日本でいえば流通システム開発セ ンターという公的機関が、規模こそ異なるがこれ に該当する。
こうした団体の活動を、GMAなど の民間団体や有力企業が背後から支えることで取 引ルールの世界標準は形づくられてきた。
近年になって世界規模で小売企業の力が強まっ てくると、GMAの幹事会社をはじめとする有力 メーカーは、一九九九年に日米欧の有力小売企業 に呼びかけてGCI(Global Commerce Initiative)という新たな標準化団体を発足した。
日本からもメーカーとして味の素と花王、小売業 者としてイオンが参加している( 図6)。
このGC Iという団体は、九九年当時はまだ地域別に分か れていた公的な標準化団体に先駆けて、世界規模 で議論できる場を民間企業が作ったものだ。
これを後追いするかのように、二〇〇二年には EANとUCCが組織を統合。
各国の標準化団体 とも調整しながら、商取引ルールのグローバルス タンダードを形成するための推進体制を整えた。
今 年一月にはこの統合組織の名称が「GS1」に改 められ、流通システム開発センターもGS1ジャ パンを名乗るようになった。
ICタグの技術面の標準化を担っているEPCグローバルも、このG S1の下部組織という位置づけになっている。
すでに基本的なルールは定まりつつある。
たと えば実際に個別商品につけるコードについては一 四桁のGTIN(Global Trade Item Number) で、また事業者を示すコードについては十三桁の GLN(Global Location Number)の体系を国 際標準とすることが決まっている。
もっとも現段 階では、これはまだ机上の約束事に過ぎず、実際 に普及するかどうかは今後の成り行き次第だ。
だからこそ今回の訪米で私は、この点に関する クラフトの真意を確認した。
そして、結論から言 ってしまうと、クラフトはこの新たな国際標準に 本気で取り組もうとしている。
まずは同社内でG TINの活用をスタートし、GLNについては米 国のシカゴ本社で全世界を管理することを軸に導 入を検討している。
さらに、世界規模で商品マス ターデータを同期化するGDS(Global Data Synchronization)の仕組みについても、今後二、 三年をメドに確立できるように尽力していく方針 だという。
標準化の話は本稿ではこれくらいにしておくが、 ようするにクラフトのような有力サプライヤーは、 まだICタグという新技術に本腰を入れる段階に は至っていないと考えている。
技術面の未熟さも さることながら、運用面での国際標準が確立され ていないことが、その最大の理由だ。
圧倒的な顧 客であるウォルマートの要請による実験といえど も、まだ技術面のチェックの域を出ていないのは そのためだ。
標準さえ整えば欧米では普及する それでも有力サプライヤーは、ウォルマートを はじめとする顧客が積極姿勢を崩さない以上、今 後も実験を前進させていくはずだ。
一昔前であれ ば、このように小売主導で仕組みづくりが進んで しまうと、小売業ごとに異なる標準形が乱立して しまう懸念があった。
しかし、ICタグについて はその心配はなさそうだ。
今回の導入実験でウォルマートは、自身のエゴ をごり押しするだけの存在ではない。
むしろ実験 の舞台を提供することによって、ICタグという 新しい技術を自ら育て、世界規模の標準化を後押 ししようとする姿勢が目立つ。
実はウォルマート は当初、GCIにすら加盟していなかった。
だが、 いかに強大な同社といえども、一小売業者だけで 17 DECEMBER 2005 グローバルスタンダードを確立するのは無理があ ると悟ったのだろう。
GCIという横断的な議論 の場に乗ることを承諾した。
GCIにしてみれば、ウォルマートを巻き込ん だ結果、ここで共通ルールに基づいて参加企業が 動く実績を作りさえすれば、それが自動的にグロ ーバルスタンダードになっていく構図を生みだす ことに成功した。
今後はGCIの所属企業が中心 になって一つの標準形を生みだしていくはずだ。
そ の意味では、ウォルマートの動向が近未来のIC タグの命運を握るという図式は、ますます鮮明に なったという見方もできる。
標準形さえ確立されれば、欧米の有力サプライ ヤーがICタグの導入を一気に本格化する可能性 は高い。
この点は日本と欧米の商取引における大 きな相違点でもあるのだが、ICタグは「シュリ ンケージ」(万引きや窃盗による商品の紛失)の被 害を大幅に低減する可能性を秘めている。
実際、ウォルマートはこの点をICタグの導入目的の四 番目に掲げている。
シュリンケージとは、製品がメーカーの工場で 作られてから消費者の手に渡るまでの間に、何ら かの理由で?あるはずの在庫〞が減ってしまう現 象を指す。
日本の流通の常識では理解しがたい話 だが、欧米ではこうした在庫ロスが一般に総売上 の一〜二%にも上っている。
小売業者にとっては 極めて切実な経営課題で、サプライチェーン全体 をみたときにはサプライヤーにとっても頭痛のタ ネだ。
高額商品を扱うサプライヤーの間では、この問 題に対処するために効率重視のロジスティクスを 見直す動きすら出てきている。
世界最大のタバコ メーカーで、クラフトの株主でもあるフィリップ モリス(アルトリア)は、これまで食品とタバコ を一括して扱うことで効率化を追求してきた。
と ころが最近、タバコだけを一括物流から切り離し、 単独物流へと切り換えた。
私はこの決断の狙いを、他の製品と同じ仕組み で動かしている限り、一定のシュリンケージ被害 が避けられなかったからだと解釈している。
総売上の一%という被害割合が同じだとしても、 食品や日用品に比べてSKUあたりの価格が圧倒 的に高いタバコでは、実際の損害額も桁違いに大 きくなる。
このリスクを回避するため、ロジステ ィクスの効率が落ちるのを覚悟のうえで、単独物 流という昔ながらの納品形態に戻した。
そして徹 底的な対策を施したことで、ICタグを使うまで もなく、タバコのシュリンケージ被害をほぼゼロ に抑えることに成功している。
このように高額商品の物流管理では、タバコと 同じようにコストを掛けてでもロスを低減しよう とする動きが今後も増えてくるはずだ。
その意味 で、家電製品やアパレルなど単価の高い製品につ いては、ICタグは、日用消費財分野での活用と はまた異なる可能性を有している。
ロジスティク ス関係者は、この点をしっかりと区別して見極め る必要があろう。
いずれにせよ、ICタグがバーコードのように 本格的に普及するとしたら、それは取扱数量の多 い日用消費財の分野で実用化されることが条件に なるはずだ。
そうだとすれば、クラフトをはじめと する大手サプライヤーが本気でシステム投資に踏 み切るタイミングが転機になる。
しかし、現在の 標準化の進捗度合いなどから判断する限り、そうなるまでには最低でも五、六年はかかる。
(かわしま・たかお) 66年大阪外語大学卒業、ゼ ネラルフーヅ(現味の素ゼネラルフーヅ)入社、72 年鈴鹿工場総務課長、76年本社人事課長、78年 情報システム課長、同年GF米国本社で1年間シス テム研修、90年インフォメーション・ロジスティク ス部長、95年理事、2001年〜2005年常勤監査役、 現在顧問。
日本ロジスティクスシステム協会の各種 委員及び講師、敬愛大学・長岡技術科学大学・東 京海洋大学等の非常勤講師。
本誌2002年12月号 から1年間にわたり「CLO実践録」を連載。

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