ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2011年2号
判断学
第105回 “同族会社” の運命

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 FEBRUARY 2011  82       危険な大企業での同族支配  「百年企業」が注目されている。
 日本には百年以上続いている企業がかなりあるが、それは 清酒製造、呉服・呉服小売り、酒小売り、ホテル・旅館など の業種に多いという。
 それらの多くはいわゆる?同族会社?で、創業者から子、 孫、さらに曽孫へと事業が受け継がれたものである。
 当然のことながら、このような?同族会社?は中小企業で、 株式を公開していない。
 株式を上場している会社で二百年以上も続いている会社と しては松井建設、住友金属鉱山、養命酒酒造、丸栄、キッ コーマン、小津産業、ユアサ商事、岡谷鋼機などがある。
こ れらの会社で同族支配が続いているものもあるが、それは例 外的である。
 個人で事業を始め、それを子や孫に引き継いだ段階ではま だ?同族会社?であるが、それが株式会社になり、そして株 式を公開すると同族支配を続けることはむずかしくなる。
 これはなにも日本に限られたことではなく、アメリカやヨ ーロッパでもそうである。
ただ、アメリカにくらべるとヨー ロッパの方が?同族会社?は多い。
だが、それはアメリカよ り歴史が古いだけに当然のことかもしれない。
 こうして一般的に中小企業には?同族会社?が多いが、大 企業になるとそれが少なくなるといえる。
 そこで問題になるのは、大企業であるにもかかわらず同族 支配を続けている会社である。
その典型ともいうべき会社が トヨタ自動車であるが、そのほかにもこれに似たような会社 はかなりある。
 そこでは同族支配の根拠がなくなっているにもかかわらず、 それを続けようとするために無理が生じ、それが会社の存続 を危うくするというようなことも起こる。
外国にもそういう ケースは多いが、とりわけ日本ではそういう会社が多い。
      財閥──持株会社による支配  同族支配の大企業といえば、すぐに思いつくのがいわゆる ?財閥?である。
 三井財閥は三五〇年もの歴史が続いており、住友財閥も同 じように古い。
三菱財閥は明治時代になってからだから歴史 は浅いが、それでも一〇〇年以上続いている。
 これらの財閥では財閥家族による支配を続けていくために さまざまな工夫がなされていた。
三井財閥の場合は三井十一 家に限定してそれらが三井本社の株式を持ち、その三井本社 が傘下のたくさんの会社を大株主として支配するという体制 にしていた。
 子孫が増えると相続によって株式が分散するので、それを 防ぐためにこのような工夫をしたのであるが、住友、そして 三菱の場合もそれに似たようなことが行われていた。
 これが持株会社による支配であり、財閥だけでなく持株会 社制度を使うということがかなり行われていた。
 ところが第二次大戦が終わった段階で、日本を占領したア メリカは日本の財閥を解体し持株会社を廃止して、それらが 所有していた株式をすべて取り上げた。
 これによって財閥の同族支配は絶たれたのだが、さらに独 占禁止法によって持株会社そのものが禁止され、財閥系以外 の会社でも同族支配を続けることが困難になった。
 株式会社が大きくなると株式が分散し、それによって資本 家支配から経営者支配になるというのがいわゆる?経営者支 配論?であるが、日本でも株式分散が進んで経営者支配にな るという傾向は一般的にみられた。
 しかし、それ以上に日本では占領軍による財閥解体、そし て独占禁止法による持株会社の禁止によって同族支配が困難 になり、一挙に?経営者支配?が進展していったのである。
 それにもかかわらず、なお同族支配を続けようとする会社、 それも巨大株式会社がある。
それがトヨタ自動車である。
 一般に大企業になるほど株式の保有は分散化し、同族支配の根拠は薄 れてゆく。
ところが日本には株式を上場している大企業でありながら同 族支配を続けている会社が多い。
トヨタ自動車がその代表格だ。
第105回 “同族会社” の運命 83  FEBRUARY 2011         パナソニックの場合  トヨタ自動車と同じように創業者の一族が会社を支配して いたケースとして松下電器産業(現パナソニック)があげら れる。
 松下幸之助が創業したこの会社はその娘婿である松下正治 に継がれ、さらにその息子の松下正幸が副社長にまでなった。
 そしてこれを次の社長にしようとした段階で問題が発生し た。
かつて幸之助によって取締役の順位からいって下から二 番目にあった山下俊彦が社長に指名され、当時大きな話題に なったが、その山下が「幸之助の孫というだけで松下正幸が 副社長になっているのはおかしい」と発言して大事件になっ たのである。
この山下発言によって松下正幸の社長就任の夢 は断たれ、松下家への?大政奉還?はできなくなった。
 それというのもパナソニックの経営者も従業員も「会社の ために」一所懸命に働いているのであり、松下家のために働 いているのでない。
それも松下家が大株主であれば仕方がな いが、松下家の持株は三%にも満たない。
 同じことはトヨタ自動車についてもいえることなのだが、 しかしトヨタ自動車では創業者である豊田喜一郎の孫である ということだけで豊田章男が社長に就任しているのである。
 なぜ、このようなことが起こるのか?  それは「トヨタ自動車にはパナソニックの山下俊彦元社長 のような勇気のある人がいなかったからだ」という意見があ る。
それどころかトヨタ自動車の元社長、会長であった奥田 碩氏のように「トヨタ自動車には豊田家という旗が必要なの だ」と言うような人もいる。
 大株主ではなくなっているにもかかわらず同族支配を続け ようとすれば、このような無理が生じるし、そこからさまざ まな問題が生じてくる。
そしてそれが同族の運命だけではな く会社そのもののあり方にかかわる問題を引き起こしていく。
 ?同族会社?はそのような問題を抱えているのである。
      トヨタ自動車の同族支配  豊田佐吉が自動織機を発明し、その特許権をイギリスのプ ラット・ブラザーズ社に売り、それをもとにして佐吉の長男 である豊田喜一郎が創業したのがトヨタ自動車である。
 戦後になってドッジ・ラインによる不況でトヨタ自動車は つぶれそうになり、大幅な人員整理を行った。
その責任をと って豊田喜一郎は社長を辞任し、代わって石田退三が社長に なった。
 その後、豊田一族が社長になることもあったが、一族以外 の人が社長になる場合が多かった。
そして豊田喜一郎の長男 である豊田章一郎が社長になり、その後何代か置いて章一郎 の長男である豊田章男が社長になり現在それが続いている。
 この豊田章男が社長になった段階でマスコミは「これは豊 田家への大政奉還だ」とはやしたてたが、?大政奉還?とは いかにも時代錯誤の感じがする。
 株式会社では株主が取締役を決めるのだから、大株主が会 社を支配すると一般的に考えられている。
ところが豊田章男 は大株主ではなく、豊田家の持株を全部合わせても二%にも ならない。
 これでは豊田家がトヨタ自動車を支配することはできない。
そこでさまざまな無理が生じるのだが、そのために持株会社 を創ってはどうか、ということが考えられている。
 それというのも持株会社を禁止していた独占禁止法がその 後改正されて、限定付きながらそれが解禁されたからである。
そこでトヨタ・グループの東和不動産を持株会社にしてはど うか、という案が検討されている。
 しかし、かりに東和不動産を持株会社に改組したとしても、 それがトヨタ自動車の最大株主になって会社を支配するなど ということは到底考えられない。
 そのためこの持株会社構想は棚ざらしになったままだが、 こういう無理がさまざまな問題を起こすことは避けられない。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『経済学は死んだのか』 (平凡社新書)。

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