ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2010年9号
判断学
第100回 混迷状態に陥っている財界

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 SEPTEMBER 2010  82       問われる政治と財界の関係  「財界の総本山」──日本経団連はそう言われてきた。
そ の日本経団連、そして財界がいま危機に立たされている。
 これまで日本を支配しているのは「政・官・財の鉄の三角 形」だと言われてきた。
それは政治家と官僚と財界が結びつ いて日本を支配しているという意味だった。
 この「政・官・財の鉄の三角形」による支配は「一九五五 年体制」と呼ばれた。
 それは一九五五年(昭和三〇年)に、旧自由党と旧民主 党が合同して自由民主党になった段階で、自由民主党の一党 支配体制が確立したからであった。
 一九九三年の細川護煕内閣で一時的に壊れたが、自民党は まもなく公明党と組むことによって政権に返り咲き、「一九 五五年体制」も続いてきた。
 それが二〇〇九年八月に崩れたのである。
言うまでなく衆 議院選挙で自民党が大敗し、民主党主導の鳩山由紀夫政権 が生まれ、そしてそれが菅直人内閣へと続いていった。
 鳩山内閣のもとでは「事業仕分け」という名目で官僚攻撃 が行われ、政治家と官僚の関係が変化しはじめた。
 そうなると次は政治家と財界の関係はどうなるかというこ とになる。
 これまで日本経団連を本山とする財界は自民党と強く結び ついており、巨額の政治献金をしてきたが、自民党が政権を 失ったあと、民主党とどのような関係を作っていくのかとい うことが問題になる。
 昨日まで自民党と結びついてきたものが、これからは民主 党と組んでいきますというわけにはいかない。
 これまでの「政・官・財の鉄の三角形」が崩れた以上、政 治家と財界の関係もこれまでのような形で続けることはでき ないのである。
 こうして財界はいま混迷状態に陥っている。
        次の首相を決めた財界  一九六〇年の安保騒動で岸信介内閣が倒れたあと池田勇人 政権ができたが、それは財界、とりわけその総本山としての 経団連の首脳が池田勇人を推したためと言われた。
 一九六四年、池田首相が退陣を表明した時、次の総理を誰 にするかということでもめた。
後任候補として名乗りをあげ たのが佐藤栄作と河野一郎、そして藤山愛一郎の三人だった。
 佐藤栄作は言うまでもなく岸信介の弟であり、同じ自民党 の政治家であったが、安保騒動で倒れた岸政権のあとに、そ の弟の佐藤栄作が首相になるのはおかしい、という反対の声 が自民党内部でも強かった。
 ところが経団連、財界はその佐藤栄作を次の首相に推した のである。
そして佐藤栄作が「財界は、東も西も、名古屋も すべて私を支持している。
私が首相になるのは財界、いや国 民全体の意志だ」と発言して有名になった。
 このように当時は財界、具体的には経団連の首脳が次の首 相を決めていたのである。
このあと田中角栄が首相になった のも財界の支援があったからで、財界の支持がなければ首相 になれない、という時代が続いた。
 しかし、その後こういうことは聞かれなくなった。
それと いうのも財界、そして経団連が?石油危機?のあと、かつて ほどの政治力を持つことができなくなったからである。
 それは経団連のその後の動きに表れているが、とりわけ一 九九〇年代になってバブルが崩壊して日本経済が危機に陥る とともに、財界も混迷状態に陥ったのである。
 このことは御手洗冨士夫前経団連会長の発言にも表れてお り、政治と経済の混乱に翻弄され、経団連として何ひとつ有 効な手を打つことができないという状態が続いている。
 かつては次の首相を決めた経団連が、今では政治に翻弄さ れるだけという状態になったのである。
 いったい、どうしてこんなことになったのか。
 日本経団連が混迷状態に陥っている。
かつては首相を決めるほどの影響力 を誇っていた組織が、1955年体制の崩壊によって、現在は政治に翻弄され るだけの存在になり下がっている。
第100回 混迷状態に陥っている財界 83  SEPTEMBER 2010         民主党はどう出るか?  そこで注目されるのが、民主党の菅内閣が日本経団連に対 してどのような態度をとるのかということである。
 鳩山内閣は地球温暖化対策としての排出ガス規制や「コン クリートから人へ」という政策などで財界と対立する姿勢を みせていた。
菅内閣もそれを引き継ぐのか、それとも財界寄 りの姿勢に転換するのか。
 菅首相は消費税の引き上げと同時に法人税の税率を引下げ るという方針を示しているが、それは財界に対するリップ・ サービスなのか。
これまでの菅首相、そして枝野幸男民主党 幹事長などの発言からすると、財界から距離を置くというよ りも反財界の姿勢がみえるのだが、政権を取ると財界寄りの 姿勢に変わるのか?  なにより民主党には財界との関係をどうするか、というこ とについての基本方針が確立していないようにみえる。
 それというのも財界の力を誇大視し、かつてのような強い 政治力を財界が持っていると錯覚している政治家がいるから ではないか。
財界が次の首相を決めるという時代はとっくに 終わっている。
それにもかかわらずカネに目がくらんでいる 政治家が多いのではないか。
 そこで今なにより大事なことは日本の財界、具体的には日 本経団連が今どのような状態にあり、どのような問題を抱え ているか、ということを客観的に認識することである。
とこ ろが財界をテーマとして研究している政治学者や経済学者は いないし、財界担当の記者は御用記者ばかりである。
そのた め財界について民主党の政治家たちは客観的に判断をするこ とができない。
これが民主党の財界に対する混乱した態度に 表れているのだが、このような状態が続くと民主党、そして 日本の政治全体が混迷するということになる。
 ここでまず必要なことは財界=日本経団連が混迷状態に陥 っているということを認識することである。
        政治献金をめぐる動き  財界が政治を動かす最大の武器となっているのは、言うま でもなく政治献金である。
要するにカネが政治を動かしてい るのだが、そのカネを持っているのは大企業であり、それを 集約しているのが経団連である。
 どこの国でも「カネで政治を買う」ということはあるが、 企業=株式会社による政治献金がこれだけ大規模に、しかも 公然と行われている国は日本以外にないと言ってもよい。
 そう言えば、「アメリカでもオバマ大統領を始め政治家は政 治献金を集めているではないか」と言う人もいるかもしれな い。
だがアメリカではそれは個人からの政治献金で、企業= 株式会社の政治献金ではない。
もっとも、企業がPAC(政 治活動委員会)を作って、そこから政治家に献金しているが、 それはあくまでも経営者や従業員個人のカネである。
 ところが日本では企業による政治献金が公認されてきた。
これが政治腐敗を生むとして細川内閣の時、政党助成金とい う公費で選挙資金をまかなうことにした。
 そして経団連も平岩外四会長の時、政治献金の斡旋を止め ることにした。
そうなると財界の政治に対する力が弱くなる のは当然である。
そこで奥田碩会長の時、経団連は政治献金 の斡旋を再開したのだが、民主党政権になった段階で再び御 手洗会長は政治献金の斡旋を止めると言った。
 このように経団連の政治献金についての態度はクルクル変 わっている。
それはなによりも経団連そのものが混迷状態に 陥っていることを表している。
 そこで御手洗会長のあとを継いで今年五月に日本経団連会 長になった米倉弘昌氏がどのような態度をみせるか、という ことが注目される。
八月には日本経団連は民主党との政策対 話を再開することになっているが、これまで自民党に対して 行っていたような政策対話を民主党とすることができるのだ ろうか? おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『経済学は死んだのか』 (平凡社新書)。

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