ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2010年8号
判断学
第99回 高額経営者報酬の意味するもの

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 AUGUST 2010  74          高額報酬への批判  日産自動車のカルロス・ゴーン社長が八億九〇〇〇万円、ソ ニーのハワード・ストリンガー会長兼社長が八億一〇〇〇万 ──これは二〇一〇年三月期決算で明らかになった経営者報 酬である。
そこでこのような高額報酬が大きな社会問題にな っている。
 この二人はいずれも外国人だが、日本人経営者も大日本印 刷の北島義俊社長の七億八七〇〇万円をはじめ高額報酬を受 け取っている人がかなりいる。
 先にあげた日産自動車のゴーン社長は「同じ売上規模のグ ローバル企業では最高経営責任者(CEO)の平均報酬は一 一億八〇〇〇万円だ」と言って、国際水準からみればまだこ れでも少ないくらいだ、としているが、しかしこのような理 屈が日本で通用するか疑問である。
 これまで日本の上場会社は毎年発行する有価証券報告書で 役員報酬の総額は公表していたが、個別の役員報酬は発表し ていなかった。
それを金融庁が改めて、一億円以上の報酬を もらっている役員については個別に報酬額を公表するよう規 定を改めた。
 そのため役員の高額報酬の実態が明らかになったというわ けだが、金融・証券界では野村ホールディングスの渡部賢一 社長の二億九〇〇〇万円や大和証券グループ本社の鈴木茂晴 社長の二億二七〇〇万円なども大きな話題になっている。
 所得格差が拡大して、日本社会も金持ちと貧乏人の区別 がはっきりしてきた。
これまで貧困層に関心が集まっていた ものが、今度は金持ちに対する反感を煽ることになっており、 日本も階級社会になった、と誰もが思うようになっている。
 これは単なる経営者報酬の問題というよりも、日本社会の ありようにかかわる問題として大きな関心を集めている。
そ してそれは同時に日本における会社のあり方にかかわる問題 でもある。
        アメリカの経営者報酬  アメリカで経営者の高額報酬が問題になっていることにつ いては、この連載の第八四回(二〇〇九年五月号)で「巨 額ボーナスへの怒り」というタイトルで取り上げた。
そこで はサブプライム危機で倒産し、国有化されたAIGの幹部に 総額で二億一八〇〇万ドル(日本円にして約二一〇億円)の ボーナスが支払われていたことなどから、アメリカ国民の怒 りが爆発したのだとも書いている。
 いわゆる「経営者革命」によって、株式会社を支配してい るのは大株主としての資本家ではなく、株式を所有していな いか、あるいは所有していてもわずかの株数でしかない経営 者が会社を支配するようになったと言われてきた。
 ところがアメリカではストック・オプションなどの制度が 普及するとともに、経営者が会社から受け取る報酬額が増え、 経営者が資本家になってきている。
 このことが経営者の高額報酬として誰の目にも明らかにな ってきているが、そうなればアメリカ国民がこれに反発する のは当然のことである。
 とりわけ二〇〇七年のサブプライム・ローン危機から始ま った金融恐慌では、ウォール街の大投資銀行がつぶれ、シテ ィ・グループやバンク・オブ・アメリカなどの大商業銀行も 経営危機に陥り、それに対して国民の巨額の税金を投入して いる。
 それにもかかわらず、これらの大銀行の経営者が高額の報 酬をもらっているというのだから、一般大衆の怒りが爆発す るのは当然である。
 アメリカではかつてポピュリスト運動という形で資本家に 対する反感が爆発して大きな政治問題になったことがあるが、 いま起こっているのもまさにそれと同じである。
それだけに オバマ政権にとってもこれは無視することのできない大問題 である。
 日本の経済発展と安定は経営者と従業員が一丸となって働くことによって 支えられてきた。
バブル崩壊とともにその「会社本位主義」は崩れ、代わっ てアメリカ流の「貪欲資本主義」が頭をもたげてきた。
第99回 高額経営者報酬の意味するもの 75  AUGUST 2010         会社本位主義の崩壊  『会社本位主義は崩れるか』という私の本が岩波新書で出 たのは一九九二年のことだった。
 この本のなかで、私の主張してきた法人資本主義の原理は 会社本位主義であるとし、経営者も従業員も一体となって会 社のために一所懸命に働くというシステムを作り上げてきた が、それが今や崩れつつあるとした。
 それから二〇年近くたったが、会社本位主義の崩壊はいよ いよはっきりしてきた。
 そのことのひとつの表れが経営者報酬であるが、それは同 時に「経営者革命」に対する反革命だともいえる。
経営者は もはや会社のために一所懸命に働くのではなく、自分が儲け るために働くようになる。
そこにあるのは会社への忠誠心で はなく貪欲(グリード)である。
 そうなれば一般の従業員も、もはや会社のために一所懸命 に働くということをしなくなる。
こうして会社本位主義が崩 壊し、それが貪欲資本主義に代わられるようになる。
 そうなれば社会全体が分裂し、資本主義体制は危機に陥る。
それがいま経営者報酬の問題として表面化しているのである。
 アメリカでは左翼よりも右翼の方がこういう問題に敏感で あり、それが宗教右翼の動きにも表れているが、それは一九 世紀のポピュリスト運動の再来であると言ってもよいかもし れない。
しかし、これはポピュリスト運動のような形ではな く、むしろ反動的な方向をとっている。
 これに対して日本はどうなるのだろうか。
会社本位主義が 崩壊して二〇年もたっているが、いまだにそれに代わる新し い原理は生まれていない。
 「失われた二〇年」という言葉に表れているように、混迷 状態が続いたままであるが、そのうえ日本がアメリカ化する という困った状態が生じている。
これが高額の経営者報酬問 題の意味するところである。
         日本社会の分裂  これに対して日本では経営報酬はアメリカにくらべて格段 に低く、それに対する反発もあまりなかった。
 ところが二〇一〇年三月決算が発表されるにつれて、日本 でもアメリカと似たようなことが起こっている、という感じ がするようになった。
 先にあげた本誌の連載で私は次のように書いた。
 「日本でもストック・オプションの制度を採用する会社が増 えており、それによって経営者が大株主、すなわち資本家に なっていくという傾向がみられる。
ひところ騒がれたホリエ モンなどもそのひとりだが、アメリカほどではないにしても 日本でも経営者の『資本家化』が進んでいくことが考えられ る」  この私の予測は見事に適中したことになるが、これは単に 経営者報酬の問題というよりも、日本における会社のあり方、 そして日本社会のあり方にかかわる重大問題である。
 これまで日本では会社のために経営者も従業員も一体とな って働く、という会社本位主義が原理となっており、それに よって日本経済は成長し、日本社会も安定していた。
 経営者も従業員も一体となって会社のために働くのだから、 そこでは経営者報酬も一般の従業員にくらべてそれほど大き な格差はなかった。
 ところが一九八〇年代のバブル経済のころからこういう状 態が崩れ始め、九〇年代になってバブル経済が崩れると同時 に会社本位主義も崩れだした。
そしてグローバリゼーション の進展によって日本の経営者のあり方もアメリカの経営者の あり方に似てくるようになり、他方で非正規社員という形で 下層階級が増えてきた。
 そうなると従業員はもはや会社のために一所懸命に働くと いうことをしなくなる。
日本社会もまたそれによって分裂し ていくということになる。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『経済学は死んだのか』 (平凡社新書)。

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