ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2010年6号
道場
メーカー物流編 ♦ 第9回 「そういう業績好調な企業に共通するのは、実は在庫に対する執念とも言える取り組みが存在するってことなんです」

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湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 JUNE 2010  62 のはむしろいいことなんじゃないかな。
まさ か在庫で越権行為などといちゃもんをつけら れることはないだろう?」  部長にそう問われて、企画課長が頷く。
 「はい、そういうことはないでしょう。
むし ろ在庫についての心配から解放されることは 彼らにとって大いなる喜びだと思います。
た だ、その代わり、在庫に関するルールを守っ てもらわねばならないわけで、みんなそう思 ってるでしょうけど、こっちの方が結構大変 ですよね」  企画課長が誰にともなく言う。
それを受け て、業務課長がすぐに自分の考えを述べる。
 「たしかにそうだけど、うちの連中は、上 でルールが決められて、上からそれを守れと いう指示が出されれば忠実に守るという風土 があるから、トップを巻き込んでルールを決 めて、トップダウンでそのルールを下ろして 67「そういう業績好調な企業に共通するのは、 実は在庫に対する執念とも言える取り組みが 存在するってことなんです」 98  在庫に関心がないのはむしろ好ましい  「在庫に関心がないというなら、それはそれ でむしろ好ましいと言っていいんじゃないで すか‥‥」  ロジスティクス導入会議の場で、物流部 の企画課長が「うちの役員たちの多くはもと もと在庫に関心がないので、在庫に目を向け させるのは大変だ」と発言し、会議のメンバ ーの多くが溜息混じりにその言葉に同意する 様子を見て、大先生がみんなを元気付けるよ うに言う。
大先生の言葉に物流部長が頷き、 同意を示す。
 「そう思います。
別に、担当役員たちはも ちろん、生産や営業の連中に在庫を管理して くれと頼むわけじゃなくて、新たに在庫を管 理する担当部署を設けようというわけだから、 生産や営業側に在庫についてこだわりがない メーカー物流編 ♦ 第9回 大先生 物流一筋三〇有余年。
体力弟子、美人弟子の二人 の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
物流部長 営業畑出身で数カ月前に物流部に異動。
「物流 はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
業務課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古株。
畑違 いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。
コンサルの導入 にも当初は強い拒否反応を示していたが、大先生の話を聞 いて態度が一変。
経営企画主任 若手ながらプロジェクトのキーマンの一人。
人当たりは柔らかいが物怖じしない性格のようで、疑問に感 じたことは素直に口にする。
 ロジスティクスの重要性を経営陣に どう理解させるか。
プロジェクトメンバ ーたちの議論が深まっていく。
それに 伴い話題は徐々に在庫問題から経営の 本質へと近付いていく。
オブザーバー に徹してきた大先生も、みんなのやり 取りに手応えを感じているようだ。
63  JUNE 2010 いけば、それほど抵抗はないんじゃないかな。
どう思う?」  業務課長が経営企画室の主任に振る。
突 然振られて、主任が「はぁー、たしかに」と 中途半端に答える。
そんな中途半端な答じゃ まずいと思ったのか、主任がみんなの顔を見 ながら質問する。
 「以前にもそんな話が出たように記憶してま すけど、そうなると、そういうルールを作る 重要性というか、ロジスティクスの重要性と いってもいいんですが、それをどうトップに 提示するかってことがポイントになりますよ ね?」  主任の言葉に反応して企画課の女性課員が 身を乗り出して手を上げる。
それを見て、部 長が右手で促す。
女性課員が頷いて話し始める。
 「最近いろいろ調べたんですけど‥‥その 中で感じたんですけど、ロジスティクスの重 要性の理解って言いますが、そんなことはト ップならとっくにわかってるはずだと思いま す。
一歩譲ったとしても、すぐに理解してく れると思います。
むしろ、その先の具体的に どうすればいいのかという当社に合った取り 組み策の提案をすることが重要だと思います。
そういう提案こそがきっと興味を呼ぶんじゃ ないでしょうか。
そのとき、その取り組みの 効果を明確に示せば、それだけでロジスティ クスについての理解は得られるはずです」  「へー、調べたって、一体何を調べたんで すか?」  女性課員の言葉に興味深そうな顔で主任が 聞く。
女性課員が、話をしてもいいかと了解 を求めるように物流部長の顔を見る。
部長が 「おれも聞きたい」と促す。
 とても当たり前なこと  「調べたといっても、新聞や本で知った程 度です。
あ、どうしても確認したいって思っ たことについては奥の手を使いました」  女性課員の言葉に業務課の若手課員が手 を上げて「奥の手って何?」と聞く。
女性課 員がにこっとして答える。
 「大学のゼミの先輩に経済関係の雑誌の記 者がいるんです。
彼に取材を頼みました」  女性課員の言葉にみんなが「へー」と感心 したような顔をする。
「それで」と業務課長 が興味深そうに先を促す。
頷いて女性課員が 続ける。
 「最近、この不況でも最高益をあげたとか、 不況などものともせず増益を続けているって いう会社がありますよね。
そういう会社に共 通する成功要因みたいなものがあると思うん です。
もちろん、一つだけじゃなく、いくつ かあると思うんですが、私はある一つの要因 に絞り込んで調べたんです。
その要因って何 だと思います?」  女性課員が思わせ振りに誰にともなく聞く。
唐突な質問に誰も答えない。
そのとき、女性 課員が大胆にも大先生を見た。
女性課員の 視線を受け、大先生がにこっとして頷き、楽 しそうに思った答を口にする。
 「えーと、在庫かな? より正確に言えば、 在庫とビジネスモデルの関係を調べた?」  「えっ、どうしてわかるんですか?」  「どうしてって、これまでの流れからすれば、 在庫しかないさ。
それに、そういった会社で は徹底して無駄な在庫を生まない取り組みを していることは知られている。
在庫を軸にビ ジネスモデルを作っているといっていい。
そ の点は大したもんだと私も思う」  大先生の言葉に女性課員が大きく頷く。
 「そうなんです。
私もそれを知って感激しま した。
でも、私はすごい発見をしたと思って たんですが、それって、よく知られているこ となんですか?」  「いや、そういう会社についての紹介記事 の中に在庫の話も出てきてるけど、在庫にフ ォーカスして企業活動の特徴を捉えるという 見方は現実には少ないんじゃないかな。
その 意味では、あなたの持った視点は大変いいと 思いますよ」  大先生に誉められ、女性課員が嬉しそうな 顔をして、椅子の背もたれに寄っかかる。
そ んな女性課員に業務課長が「それで話は?」 とまた促す。
 そう言えば自分の言いたいことをまだ話し てなかったと気がついた女性課員が慌てて「済 みません。
それでですね‥‥」と話し始める。
 「いま先生からもお話があったんですが、そ ういう業績好調な企業に共通するのは、実は JUNE 2010  64 在庫に対する執念とも言える取り組みが存在 するってことなんです。
絶対に売れ残りを出 さない、つまり、在庫を残さないような売り 方をするし、さらに言えば、そういう考えを 作り方や仕入れ方でも徹底しているというこ となんです」  「在庫を軸に、つまり、在庫は残さない、 売り逃しもしない、そのために営業や生産や 仕入はどうすればいいかってことを考えてる ってことですか?」  経営企画室の主任が興味津々といった顔で 確認する。
女性課員が大きく頷く。
 「そうなんです。
考えているというより日常 的に当たり前なこととして実践しているって ことです。
特別なことではなく、ごく日常の こととしてやってるんです。
結果として在庫 が残ってしまって、『さあ、どうしよう』な んて意味のない議論をするところとは大きな 違いですよね?」  「うちみたいにか?」  業務課長が意味深な顔で問い掛ける。
女 性課員が嬉しそうに頷く。
 「はい。
だからといって、うちが遅れている わけでもないと思うんです。
その、なんて言 うか、在庫を過不足なく維持するということ を柱にビジネスのあり方を考えるという取り 組みは、一般的に言っても、やっぱり進んで ますよね」  女性課員の言葉に業務課長が「そう思う。
もちろん間違いなくうちより進んでいる」と くのを確認して、部長がみんなの方に向き直 り、声を掛ける。
 「お疲れ様でした。
活発な議論をいただき 感謝します。
みんながこのテーマに真剣に 向き合っていることを改めて確認できました。
責任者である私にとっては大変心強く、嬉し いことでした」  そう言って、部長が頭を下げた。
それを見 て、部員たちが慌てて頭を下げる。
業務課長 が「どうしたんですか、部長らしくない」と 照れ隠しのように声を掛ける。
大先生が部長 の心情を代弁する。
 「部長は、このプロジェクトについて、メン バー間で、理解や思いを共有したり仲間意識 を醸成できるかどうかという点を大変重視し ていたと思いますよ。
メンバー間で共有でき ないものを全社に広げようとしても、それは 無理ってものですから。
今日の会議で、その あたりについて手応えを感じたってことでし ょう。
私も、大変有意義な議論だったって思 いました」  大先生の言葉にさすがの業務課長も合点す るところがあるようで、それ以上茶化すこと はせず神妙な顔で頷いている。
部長が大先生 に頭を下げ、続ける。
 「さきほど話が出たように、われわれは当 たり前のことをやろうとしてるだけなんです。
ちょっとそれらしく言えば、市場との不適合 な活動に起因する無駄を排除しようとしてい るだけってことです。
各部門の個別最適が企 断定する。
主任が頷きながら、質問する。
 「そういうことって、そういう会社では、当 たり前に行われているってとこがすごいです ね? 当たり前なことなんですよね、うーん。
あっ、済みません、変なこと言って」  女性課員が首を振る。
 「変なことじゃないと思います。
そうなん です、当たり前のことなんです。
だから、全 社的な視点を持っているトップの人たちなら、 直感的にわかると思うんです。
ですから、在 庫やロジスティクスの重要性を提示するとい うところに力を入れるんじゃなくて、うちの 増益のためのビジネスモデルという形で提示 すればいいのではと思った次第です」  女性課員の話を受けて、物流部長が「な かなかいい意見だ」と誉める。
企画課長が頷 き、続ける。
 「たしかに、在庫を軸にしたビジネスモデル の構築というスタンスはいいですね。
在庫を 減らそうとか在庫の責任はどうだとかいう視 点よりも少なくともトップには受けるような 気がします。
各部署のやることも明確になる し、やるべきことをきちっとやる責任も明ら かになります。
それが在庫責任に通じるんで はないでしょうか」  問題は複雑にせずシンプルに  企画課長の言葉に部長が頷き、手を上げて 会議を収束させるような仕草をする。
そして、 隣の大先生に小声で話し掛ける。
大先生が頷 湯浅和夫の 65  JUNE 2010 を上げた。
主任が年上である企画課長に「ど うぞ」と譲る。
 「いやー、いいお話です。
そこんとこは、 たしかに重要だと思います。
社内のどろどろ した非論理の実態に足を掬われないように常 に意識して注意することは非常に重要なポイ ントですね。
私は、いまのお話にまったく同 感です」  「私も同じ意見です。
これまでにも何度か 新しいことをやろうとして失敗している事案 を立場上いくつか見ています。
その原因は明 らかです。
いまやってることを是正しような どと考えるのが敗因です。
是正するんじゃな くて、いまやってることを否定することから 始めなければだめです。
それができなければ 新しいやり方など入り込む余地などありませ ん。
その意味でも、ただいまの部長のご指示 は的を射たものだと思います」  企画課長に続いて主任が賛同の意見を述べ る。
業務課長が「おれもまったく同感だ」と 相槌を打つ。
物流センター長や若手課員たち も「そうそう」「勝手なことはさせない」な どと声を出す。
一気に盛り上がってきた。
士 気の高揚が感じられる。
それを受けて部長が 「まあまあ」と水を指す。
 「いくらロジスティクスといっても、戦争を するわけではなく、相手は社内の人間なんだ から、喧嘩腰にならず穏やかに行こうよ」  すかさず業務課長が茶々を入れる。
 「何をおっしゃる部長さん。
一番喧嘩早い のはあなたでしょ」  「なんと、業務課長にそんなことを言われ るとは‥‥その言葉はそっくり業務課長に返 そうと思うけど、みんなはどう思う?」  業務課長を除いた全員が「当然です」と 意思表示する。
業務課長がわざとらしく不機 嫌な顔をする。
大きな笑い声が会議室に響き 渡る。
こうして第一回のロジスティクス会議 はお開きとなった。
        (続く) 業としての全体最適を阻害している状況にあ るから、それを正そうってわけだ。
なぜ、こ んなことを強調するかといえば、このプロジ ェクトはシンプルに進めたいってことなんで す。
うちの各部門の実情に足を掬われて、問 題を必要以上に難しくしたり、複雑にしたり しないよう気をつけてくれってことです。
い いですね、誰が考えてもごく当たり前な企業 活動をやろうとしているだけなんだから、そ れを原点に何でもシンプルに考え、対応して いきたいと思います」  部長の言葉に企画課長と主任が同時に手 ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE Illustration©ELPH-Kanda Kadan

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