ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2009年9号
判断学
第88回 銀行のあり方が問われている

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 SEPTEMBER 2009  76   破綻した産業──フェイルド・インダストリー  イギリスの『エコノミスト』誌が今年五月一六日号で「銀 行の再建」という特集記事を掲載していたが、その冒頭で 「銀行業は破綻した産業である」と書いて大きな反響を呼ん でいる。
 これまでイギリスやアメリカはもちろん、世界中どこの国 でも銀行は経済の中枢部門を占め、金融資本は産業資本を支 配していると考えられてきた。
資本主義国で銀行がない国は ないし、銀行が産業を支配しているのが普通だとされていた。
 ところがその銀行業が今や破綻した産業になったというの である。
それは言うまでもなく二〇〇七年秋からのサブプラ イム危機がもたらしたものであるが、アメリカではこれによ って銀行の倒産が起こり、そしてシティグループやバンク・オ ブ・アメリカのような巨大銀行が巨額の公的資金の導入によ って事実上、国有化されるという事態にまで発展した。
 そしてイギリスやドイツ、フランス、オランダ、スペインな どヨーロッパ諸国でも銀行の倒産、そして国有化が次つぎと 起こっており、日本でも銀行に対する公的資金の投入が行わ れた。
 このような状況を見て、「銀行業は破綻した」と『エコノ ミスト』誌は指摘しているのだが、それはサブプライム危機 が招いたものであるけれども、一時的、あるいは偶発的なも のではなく、銀行業のあり方そのものが問われている、と言 うのである。
 では、これからの銀行業はどうあるべきか、ということ について同誌は詳しく論じている。
そのなかで、これからは 「大きい銀行から良い銀行へ」(フロム・グレート・トゥ・グ ッド)でなければならない、と主張している。
大きい銀行は 良い銀行だというのがこれまでの常識であったが、今やそれ が通じなくなった。
これからは規模よりも銀行の質が問われ るようになるというのである。
         銀行の危機  サブプライム危機で日本の銀行も大きな打撃を受けている が、それよりも前、日本の銀行はバブル崩壊によって大打撃 をうけ、巨額の公的資金を投入されていた。
 一九九〇年からのバブル崩壊で大打撃を受けたあと、公的 資金の投入によってやっと回復しかけていたところへ、アメ リカ発のサブプライム危機に襲われ、再び窮地に陥ったとい うのが日本の銀行である。
 二〇〇九年三月期決算ではみずほフィナンシャルグループ が五八八八億円、三井住友フィナンシャルグループが三七三 四億円、三菱UFJフィナンシャル・グループが二五六九億 円という赤字を計上し、そしていずれも増資によって資金を 調達しなければならなくなった。
 サブプライム危機による直接的な打撃はそれほど大きくは なかったが、なにしろそれに先立ってバブル崩壊で大打撃を 受けていたところへサブプライム危機に襲われただけに、そ の傷は大きかったのである。
 ところが日本の銀行界ではこれをどう受け止めているのだ ろうか。
バブル崩壊からも立ち直ったのだから、今回のサブ プライム危機からも立ち直って、日本の銀行はこれからます ます大きくなっていく、という程度に考えている人が多いの ではないか。
 現に三月決算の発表に際して三大銀行グループの経営者は いずれも、「前期決算は赤字であったが、今期は黒字に転換 し、業績も向上する」というような発言をしている。
 そこには『エコノミスト』誌が指摘しているような、銀行 業は破綻した産業であるというような認識は全くない。
 銀行経営者だけでなく、エコノミストや経済学者、あるい はマスコミ関係者にもそのような認識はない。
それこそが問 題ではないか。
銀行業が危機に陥っているにもかかわらず、 そのことが全く認識されていないのである。
 銀行業は破綻した産業であり、これからは大きさではなく質が問われる。
英「エコノミスト」誌がこう主張して話題を呼んでいる。
一方ひたすら巨大 化した日本の銀行には危機に陥っているという認識が全くない。
第88回銀行のあり方が問われている 77  SEPTEMBER 2009       大きいことは良いことか  戦前から「日本の銀行の歴史は合併の歴史である」と言わ れてきた。
高利貸しから出発してできた銀行が、合併を重ね ることによって大銀行になったのである。
富士銀行や第一勧 業銀行、あるいは三菱銀行などの社史を読んでみるとこのこ とはよくわかる。
 とりわけ昭和に入って金融恐慌のあと銀行合併が大規模に 行われ、政府もそれを政策として推進した。
大銀行だけでな く地方銀行も合併して「一県一行主義」になったのであるが、 その結果はどうであったか。
 日本の銀行合併について書かれた本はたくさんあるが、そ れらを読んで得られる結論は「銀行合併は失敗の歴史である」 ということである。
戦時中に行われた第一銀行と三井銀行の 合併=帝国銀行をはじめ、銀行合併は失敗の歴史だったと言 ってもよい。
 その歴史から学ぶことを全くしないで、戦後も事あるごと に合併を重ねてきたのが日本の銀行であった。
合併して大き くなればすべてうまくいく、あるいは合併して大きくなれば 政府がつぶさない、と単純に考えていたのである。
 その結果、世界最大のメガバンクが日本に誕生したという わけだが、そのメガバンクはいまどういう状態にあるのか。
巨 額の赤字を出していることは先述した通りだが、これに対し てもそれは一時的なもので、すぐ黒字に転換するから問題は ないのだと考えているのが日本の銀行経営者であり、エコノ ミスト、そして経済学者たちである。
 「大きいことは良いことだ」という常識はもはや銀行業で は通用しなくなっている。
このことを前記の『エコノミスト』 誌は詳しく書いているのだが、日本ではそのような考え方を する者はいない。
これこそは日本の銀行の危機ではないか。
危機に陥っていることを知らない──それほど大きな危機は ないと言ってもよい。
         三大銀行グループの正体  バブル崩壊で大きな打撃を受けた日本の銀行はそれにどう 対処したのか? 軒並みに巨額の公的資金を投入されるとと もに、合併、あるいは統合によってこの危機に対処しようと した。
 その結果生まれたのが三大銀行グループであった。
三菱銀 行が東京銀行と合併し、そのあとさらに三和銀行と東海銀行 が合併してできたUFJと、持株会社方式で統合してできた のが三菱UFJフィナンシャル・グループであった。
 そして第一勧業銀行と富士銀行、そして日本興業銀行が合 併したのがみずほフィナンシャルグループであり、さらに三井 銀行と太陽神戸銀行が合併してできたさくら銀行と住友銀行 が統合したのが、三井住友フィナンシャルグループである。
 これらはいずれも持株会社を設立して、その傘下にそれぞ れの銀行が入るという形で統合したのであるが、事実上の合 併である。
 このように日本の銀行はバブル崩壊で大打撃を受けたあと、 合併、統合によって大きくなることで危機に対処しようとし た。
その結果、資産額ではいずれも世界最大級の銀行になり、 マスコミはこれを「メガバンクの誕生」とはやし立てたので ある。
 合併、あるいは統合によって大きくなればすべて問題は解 決する。
このように単純に考えた結果が三大銀行グループ= メガバンクの誕生だったのである。
 そこには「銀行業は破綻した産業である」というような認 識は全くなかったし、サブプライム危機による打撃を受けた あともそのような認識はない。
 日本の銀行経営者、とりわけ三大銀行グループの経営者は、 銀行業のあり方について考えるということを全くしていない のではないか。
同様に、エコノミストも経済学者もそのよう なことを全く考えていないのではないか‥‥。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『世界金融恐慌』(七 つ森書館)。

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