ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2009年8号
判断学
第87回 危険な会社──持株会社

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 AUGUST 2009  66       大流行する持株会社  次から次へと持株会社ができており、日本の会社は持株会 社だらけ、と言ってもよい。
○○ホールディングスとか×× グループなどという名前を冠した会社はすべて持株会社だ と思って間違いないし、その他の名前をつけた持株会社も ある。
 例えば三越伊勢丹ホールディングスとか、みずほフィナンシ ャルグループ、三菱UFJフィナンシャルグループ、三井住友 フィナンシャルグループなど、これらはすべて持株会社である。
 三越伊勢丹ホールディングスは百貨店の三越と伊勢丹が統 合してできたものだが、百貨店ではそのほか大丸と松坂屋が 統合してできたJ・フロントリテイリング、そごうと西武百 貨店が統合してできたミレニアムリテイリング、あるいは阪急 百貨店と阪神百貨店が統合してできたエイチ・ツー・オーリ テイリングなどという、舌をかむような名前の持株会社が次 つぎとできている。
 金融持株会社であるみずほフィナンシャルグループは第一 勧業銀行と富士銀行、日本興業銀行の三行が統合されてでき たものであり、三菱UFJフィナンシャルグループは三菱東京 銀行とUFJ(三和銀行と東海銀行が合併してできたもの) が統合したものであり、三井住友フィナンシャルグループは さくら銀行と住友銀行が統合して作ったものである。
 このほかさまざまな業界で次つぎと持株会社ができており、 新しい名前の会社ができたらそれは持株会社だと思ってもよ いくらいだ。
 こうして現在では、上場会社のうち約一割は持株会社であ るという状況になっている。
いったいこれは何を意味するの だろうか。
アメリカには持株会社が多いと言われるが、日本 はその比ではない。
しかもこれはすべてここ一〇年ほどのこ とである。
それまでは持株会社は日本になかった、というよ り持株会社は法律によって禁止されていた。
     独禁法改正による?解禁?  戦争が終わって日本を占領したアメリカ軍が行ったのはま ず農地改革、そして次に財閥解体であった。
農地改革は半封 建的な農地制度を改革するためであり、財閥解体は戦争を引 き起こした犯人として三井、三菱、住友などの財閥を解体す るためであった。
 そして財閥を解体したあと、それが復活しないようにする ために持株会社を禁止したのである。
具体的には独占禁止法 第九条で「持株会社はこれを設立してはならない」とした。
 三井、三菱や住友などの財閥の中枢にあったのは三井本社、 三菱本社、住友本社などという持株会社で、それが傘下の会 社の株式を所有して支配していた。
そこでこれを解体すると ともにそれが復活しないようにしたのである。
 こうして独禁法第九条は戦争放棄を規定した憲法第九条と 同じように神聖視されていたのだが、今から一〇年前、簡単 にそれが改正されて、持株会社が解禁されたのである。
 もっとも、 持株会社には事業兼営持株会社と純粋持株会社 の二つのタイプがあり、日本の独占禁止法で禁止していたの は純粋持株会社だけであった。
そこで銀行や事業会社がたく さんの株式を所有し、私の言う「株式所有の法人化」、それ による「法人資本主義」が進んでいた。
 しかし事業を兼営しない純粋持株会社は禁止されていたの だが、一九九七年の独占禁止法改正でこれが解禁されたとい うわけだ。
 かねてから財界は純粋持株会社の解禁を希望していたが、 新自由主義、そして規制緩和という潮流に乗って、いとも簡 単に国会で独占禁止法が改正され、それによって持株会社が 次つぎとできたというわけである。
 しかしこれは何を意味したのであろうか。
持株会社を次つ ぎと作ることで日本の企業社会はどうなったのだろうか。
そ れは日本経済に何をもたらしたのであろうか。
 「一人株主」となる持株会社の存在は、責任逃れの「脱法行為」だとい う見方がある。
そもそもそれは多数の出資者が設立するという株式会社制 度の原則に反している。
ここ10年ほどで異常に増えた持株会社は、日本に 何をもたらしたのだろうか。
第87回危険な会社──持株会社 67  AUGUST 2009       株式会社制度をぶっ壊す  持株会社については、それ以上にもっと重要な問題がある。
それは株式会社制度をぶっ壊すものだということである。
小 泉元首相は「自民党をぶっ壊す」と言って構造改革路線を突 っ走り、規制緩和を行ったが、持株会社の解禁もその路線上 で行われたのである。
 ところが純粋持株会社はまさに株式会社制度をぶっ壊すも のであった。
というのはこういうことである。
 純粋持株会社は傘下の会社の株式を一〇〇%所有するの が普通だが、そこでは株主は一人しかいないということにな る。
例えばみずほ銀行やみずほコーポレート銀行などの株式 は、全株をみずほフィナンシャルグループが所有しているのだ から、株主はみずほフィナンシャルグループだけである。
 株式会社の原理は全株主が有限責任ということである。
そ こでかりに私が株式会社を設立して一〇〇%出資したとする。
そしてこれまで私の名前で取引していたものを会社名義にす る。
そこで会社がつぶれた場合、会社に出資した金は返って こないが、自分の財産は無事である。
 株主が一人である会社のことを「一人会社」というが、そ れはこのように責任逃れのために利用される。
本来、株式会 社は多数の出資者によって設立されるもので、株主が一人と いうのは責任逃れのための「脱法行為」である。
そこでこの ような「一人会社」は認めるべきではないし、それに法人格 を与えるべきでない。
 このような主張がかつて最高裁の判事をしていた大隅健一 郎元京都大学教授などによって主張されていたが、持株会社 の解禁によって日本にはこの異常な「一人会社」が続出して いるのである。
 それは「脱法行為」であるばかりか、株式会社制度を「ぶ っ壊す」ものである。
当事者はもちろん、学者やマスコミの 人たちはこのことがわかっているのだろうか‥‥。
      それは何をもたらしたか?  純粋持株会社を設立する理由としてふたつの理由があげら れる。
第一に会社の内部組織の再編成である。
会社が大き くなると事業部制などをしいて分権化をはかってきたが、十 分でないというのでカンパニー制を採用する会社もでていた。
さらにそれでもまだ十分ではないというので持株会社制に移 行したというわけだ。
 もうひとつの理由は、いうまでもなく他の会社との合併、 統合を進めるためで、これがもっとも多い。
先にあげた百貨 店の持株会社も銀行の持株会社もすべてこれである。
 会社が合併するにはいろいろ抵抗がある。
合併する側はよ いが、合併される側の役員や従業員は当然のことながら合併 に反対する。
 そこで両方の会社(銀行)の上に持株会社を作って、それ ぞれの会社はその傘下に入ればよい。
具体的には持株会社を 設立して、それが傘下の会社の株式を一〇〇パーセント所有 するということにするのである。
 これによって合併への抵抗がなくなった、というので一挙 に持株会社による統合、そして事実上の合併が進んだという わけだ。
その結果どういうことになったのか、持株会社は日 本の会社を活性化させたのか、日本経済にとってそれはプラ スであったのか。
 二〇〇九年三月期決算で、みずほ、三菱東京UFJ、三 井住友の三フィナンシャルグループは軒並み大赤字を出した し、野村ホールディングスもまた大赤字を計上した。
これら 金融持株会社が大赤字を出したのはサブプライム恐慌のため だが、しかし持株会社はその影響をもろに受けたのである。
 百貨店業界も同じように苦況にあるが、持株会社の設立 によって不況を回避するどころか、不況の影響をもろに受け ている。
鳴り物入りで喧伝された持株会社が日本の会社社会、 そして日本経済にもたらしたものは悲惨な結果であった。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『世界金融恐慌』(七 つ森書館)。

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