ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2009年7号
道場
大先生の日記帳編 第22回 全体最適を決して諦めるな!

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2009  64 理したいとかABCを入れたいとかいう個別具 体的な依頼が多かったけど、いま来てるのは、物 流を抜本的に見直したい、物流コストを大幅に 削減したいといった内容が多い。
やっぱり、ご 時勢かな」  「そうだと思いますよ。
うちなんかもそうです けど、物流コストを二割、三割減らすとなると、 小手先の改善程度じゃどうにもなりません。
改 めて抜本的な見直しが必要だと思います。
あな たのとこもそうでしょう?」  部長氏が問屋の課長氏に聞く。
このメーカー の物流部長は物流にかかわって、随分長い。
大 先生と知り合ったのはまだ物流部の平の課員時 代だ。
その意味では物流の生き字引のような存 在で、できる合理化策は何でもやってきたとい うベテランだ。
問屋の課長氏は物流にかかわっ て一〇年くらいの中堅だ。
その課長氏が最近の 情勢について話し出す。
話し方に人柄の誠実さ がにじみ出ている。
 「うちもいろいろやってきましたけど、上から は売上二割減でも利益が出る態勢を作れという ことで、物流もそれに応じたコスト削減が求め られています。
ただ、うちの場合は、物流コス トの範囲が物流センターと配送に限られるもの ですから、結構大変です。
というのも、物流セ ンターと配送というのはお客さんの要求に縛ら れていて、効率化しようとしても制約が多くて、 なかなか難しいところなんです。
ただ最近、ち  できることはすべてやり尽くした。
そう考えるのは、 まだ早い。
大不況に直面し、これまで聖域とされてきた 制約条件を、改めて見直そうという機運が生まれている。
壁を乗り越えるチャンスだ。
取引先や協力物流会社を巻 き込んで、サプライチェーンの全体最適化に挑め。
湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第67回》 全体最適を決して諦めるな! 大先生の日記帳編 第22 回 物流コスト削減談義が始った  ある物流関係の委員会に出席した大先生は、 帰りのエレベータでたまたま、ある消費財メー カーの物流部長と食品関係の問屋の物流課長と 一緒になった。
二人とも大先生とは旧知の間柄 だ。
エレベータからホールに出たとき、部長氏 が「もしよろしければ、お付き合いいただけま せんか?」と大先生に声を掛けた。
問屋の課長 氏が促すような顔で大先生を見ている。
 外はまだ明るいが、時計を見ると五時を過ぎ ていた。
「いいですよ」と大先生が応じると、二 人は嬉しそうに顔を見合わせた。
「近くに、私の 知り合いの居酒屋風の店があるんですが、そこ でいいですか?」と部長氏が聞く。
大先生が頷 くと、部長氏が先頭に立って歩き出した。
 居酒屋といっても結構洒落た店だ。
奥のこじ んまりとした小部屋に案内され、まずビールを 頼んだ。
部長氏の発声で乾杯をし、三人の宴会 が始まった。
 グラスのビールを一気に飲み干した部長氏に 課長氏がビールを注ぐ。
それを受けながら、部 長氏が「こんなご時勢で物流コストを下げろと いう指示が多く出てると思うんですが、先生の ところには支援の依頼が多く来てるんじゃない ですか?」と聞く。
 大先生がたばこを手にして頷き、答える。
 「たしかに何件か依頼が来てる。
前は在庫を管 87 65  JULY 2009 ょっと、というか大分様子が変わってきたんで すよ」  課長氏の言葉に部長氏が興味深そうに、「あ、 そう」と言って、課長氏のグラスにビールを注ぐ。
課長氏が「済みません」と言って、両手で受け る。
そのビールを一口飲んで、課長氏が続ける。
納品の制約条件緩和が進んでいる  「最近ですね、お得意さんである小売チェーン さんから、仕入価格を下げられるなら物流でで きることは何でもするって申し出があったんで すよ。
そのお客さんは納品時間の指定がきつく て、配送効率に問題があったんですが、それを 外してもらうことでトラック台数の削減効果を 出しました」  物流部長氏が「当然だ」という顔で頷いて、 「ようやく、先生が前からおっしゃってた物流サ ービスにメスが入ってきたってことか」と独り言 のようにつぶやく。
問屋の課長氏が続ける。
 「そこでですね、この機会を逃さないように、 他の小売さんにもこの手の提案を持っていって るんです。
時間指定に限らず、納入頻度なども 含めて‥‥」  「仕入価格を下げる原資は何のコスト?」  大先生が質問する。
課長氏がすぐに答える。
 「いまのところ、配送費に限ってます。
うち の方で、輸送業者さんと事前に検討して、この 条件を外してくれれば、トラック台数がこうな るという試算をしておいて、この範囲でメリッ トをシェアするというのが基本的な考えです」  大先生が頷き、「SCMの精神だな。
いいこ とだ」とコメントする。
部長氏がたばこに手を 伸ばすのをみて、大先生もたばこを手に取る。
 たばこを喫わない課長氏が、二人を見ながら、 「やっぱり納品条件にメスを入れると削減効果は 大きいです。
あっ、ただ、うちのすべてのセン ターで、改めて『整理、整頓』を徹底してやっ たんですよ。
そしたら、あちこち波及効果が出 て、なんと物流コスト全体の五%くらいの削減 効果が出ました。
ムダはいくらでもあるって感 じです」と述懐する。
それを聞いて感心したよ うに頷いている部長氏に課長氏が率直な質問を する。
 「部長さんのところは、かなり徹底して合理 化を進めてるようですが、まだやることあるん ですか? 」  大先生が苦笑し、「いやー、コストカッターの 異名を取るこの人は、もうやることないよ」と 茶々を入れる。
部長氏は、できる合理化は何で もやってきたと自負している。
その部長氏が、大 先生の言葉を聞き、「いやー、それがですね」と 歯切れが悪い。
その様子を見て、大先生が興味 深そうに聞く。
 「あれ、まだやることがあった? それとも、 もう一度やり直す?」  大先生の言葉に即答して、部長氏が話し出し た。
 「はい、後者です。
もう一度これまでやったこ とを全部見直すつもりです。
そもそも拠点配置 から見直さなあかんと思ってます。
届け先に変 化が出てきてますし、販路も変わってきてます。
それに、先ほどの話じゃありませんが、もう一 度お客さんへの納品条件の見直しをお客さんと 一緒に考えるつもりです。
もちろん、お客さん にメリットを分配します。
それを受けて、拠点機 能、拠点配置を見直して、それからセンター内 の見直しを進めようと思います。
そうか、整理、 整頓でそんなにコストが削減しましたか‥‥。
そ れはいい話を聞いた。
うちもやってみます」  「ええ、私自身、ちょっと意外でした」  そう言って、二人で顔を見合わせている。
課 長氏が気まずくなったのか、ビールを手にとっ て誰にともなく言う。
 「なるほど、これまでやってきたことをもう一 度見直すわけですか。
たしかに、それは必要で すね。
できあがったときから劣化が始まるって 言いますが、定期的に原点に立った見直しが必 要というわけですね」  課長氏が独り言のように呟くのを聞いて、部 長氏が頷き、めずらしくこぼす。
 「そうなんですよ。
ちょっと目を離すと、すぐ におかしな物流が出る。
とくに物流サービスがら みでは、営業がいろんなことを言ってくる。
も ちろん、私には言ってきませんけど。
この程度 JULY 2009  66 はいいかなどと曖昧にしておくと、ムダが波紋 のように広がる恐れがあるので、ルールを決め たら一切の例外なしに守らせるというのがうち のルールです」 ?個別最適バスター?が物流の役割  課長氏が同感だという顔で頷き、思い出した ように質問する。
 「メーカーさんの場合、物流拠点に置く在庫の コントロールを物流部門ではできないというよ うな話を聞いたりしますが、部長さんとこでは そんなことはないんでしょうね?」  部長氏が「当たり前だ」という表情で大きく 頷き、答える。
 「物流拠点に置く在庫のコントロールを物流で できないというのは、私には考えられないこと です。
そうでしょ? 出荷するかどうかわから ないものや当面の出荷に必要のないものまで拠 点に置いたり、拠点まで持ってきたりしたらムダ の極みですよ。
うちでは、拠点には一週間分の 出荷に相当する程度しか在庫は持たないし、拠 点に在庫を持ってくるトラックは物流部で手配 して取りに行くようにしています」  課長氏がちょっと小首を傾げるのを見て、大 先生が補足する。
 「工場倉庫は物流部の管轄じゃない、というか 物流部の管轄にしていないんだよ。
工場の管轄 にしている」 ど、社内の都合で製造原価を落すためにあえて 大量に作ることもあります。
まあ、私は納得し ませんけど、そこまでは私は関与しない」  課長氏が「うちも仕入で同じようなことが起 こります」と納得顔で言い、「それでは、全社 在庫の責任は物流では負えないですね。
どこか 責任部署はあるんですか?」と聞く。
 部長氏が首を振りながら、ちょっと苦渋の表 情で答える。
 「ない。
形としては生産部門の責任になるけ ど、特に在庫責任が問われることはない。
だか ら、実質的な在庫責任などというものは存在し ないというのが正確なところです。
生産と物流 を管理下においたロジスティクス部門でも作れ ば、その部門が実質的に在庫責任を負えるけど、 まだそこまではいっていない。
もちろん、私は そのような部門の設置をトップに進言してるけ ど、役員の中に強硬な反対者がいて、保留状態 になっている‥‥」  「でも、決して諦めない」  大先生の言葉に部長氏が頷き、ちょっと高ぶ った風情で決意表明をする。
 「もちろんです。
いくら製造原価を落して粗利 を増やしても、在庫として売れ残ったものが出 たら、何の意味もありません。
長い目で見れば、 市場が必要とするものだけを作るのが一番いい んです。
それを言い続けます」  「トップは、あなたの顔を見ると、嫌そうな顔  課長氏が小さく頷くのを見て、部長氏がさら に説明する。
 「工場倉庫というのは、工場が勝手に作った 製品の在庫置き場。
ときどき工場内の倉庫には 置ききれなくて、外に倉庫を借りたりしている けど、そんな費用は物流部では責任を持てない ので、うちは関係ないという立場を取っている。
まあ、最近は、前と比べると、ずいぶん生産も 変わってきたことは事実。
うちが提供する出荷 データをベースに生産するようになってきたとい うことです。
でも、先生はおわかりでしょうけ 湯浅和夫の Illustration©ELPH-Kanda Kadan 67  JULY 2009 をするでしょう?」  大先生が楽しそうに聞く。
部長氏が素直に答 える。
 「はい、それはもう。
とくに反対している役員 は私を明らかに避けてます。
でも、社内の会議 などではご意見番として評価もされてます。
ま あ、自分の思い込みかもしれませんが・・・社内 の役割としては、個別最適バスターみたいな位 置づけですかね」  「たしかに個別最適の弊害が一番見えるのが物 流部門だから、そのバスターの役割はいいかも しれない。
顔もそんな顔だし‥‥」  大先生がそう言って、笑う。
課長氏も頷きな がら笑う。
 「ちょっと勘弁してくださいよ。
顔の話は止め ましょう」  そう言って、部長氏が話題を変えた。
 「ところで、あなたのとこでは物流業者さん とはどう付き合ってます?」  そう問われて、課長氏が身を乗り出した。
 「実はそれなんですが、何年か前から、委託 している物流業者さんたちと定期的に会合をも って、お互いメリットが出るような改善活動を 進めてきました。
前は、こちらからの指示どお りにやってもらうだけでしたが、結構不満が溜 まっていたようです。
回を重ねるにつれ本音で 話ができるようになりました」  「それは話をするだけ? それともデータとか 数字で検討をしてるの?」  部長氏の質問に課長氏が「それそれ」という 感じで答える。
 「データをもとにしてます。
ただ、始めの頃は 自分たちに都合のいい形のデータしか出さないと いう事業者さんもありましたが、いまは、うち の方に原因があって配送効率を落しているなら、 その改善をすぐにやりますし、お客さんに問題 があるなら、うちでお客さんに改善交渉をする といったことを実践していますので、みなさん 前向きに取り組むようになって来ました。
結果 としてトラック台数なども減って、うちのコスト 削減にもつながってます」  部長氏が頷き、「なるほど、そういう実質的な 効果がある会合が必要だな。
うちも一年に一度、 業者さんを集めて会合を開いているけど、単な るセレモニーになってしまっている。
前から気 になってたんだけど、おたくのような会合に替 えてみよう。
改めて、その話を聞かせてくださ い」と頼む。
 課長氏が「いつでもどうぞ」と快く答える。
 「要するに、物流はもはや荷主が単独でコスト 削減を考えるという時代じゃないってことだね。
新しい取り組みの時代に入ってる」  大先生が結論めいた言葉を口にする。
 「はい、実質的なSCMの時代に入ってると思 います」  課長氏の言葉に部長氏が大きく頷いた。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課 程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経 て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを 設立し社長に就任。
著書に『現代物流システム論(共 著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物 流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる 本』(以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コンサルテ ィング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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