ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2009年4号
判断学
「銀行国有化」論争の裏にあるもの

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 第83回「銀行国有化」論争の裏にあるもの APRIL 2009  78        国有化か公的管理か?  いまアメリカでは銀行を国有化すべきかどうかを巡って大 論争が起こっている。
 サブプライム危機から発した世界金融恐慌のなかで、シテ ィグループやバンク・オブ・アメリカを始めとするアメリカの 大銀行が経営危機に陥り、アメリカ連邦政府がその救済のた めに巨額の資金を投入しているのだが、その際、政府がこ れらの銀行の普通株を取得し、これを国有化すべきかどう かということが問題になっているのである。
 前連邦準備制度理事会(FRB)の議長であったグリーン スパンは、これらの大銀行を一時的に国有化することが必要 だと発言している。
これに対しバーナンキ議長は、国有化で はなく公的所有が必要なのだとしている。
 具体的にはシティグループなどの大銀行は、一定期間後に 普通株に転換する義務がある優先株を発行し、これを政府 が取得している。
しかし、それは最大で三六パーセントまで であり、過半数の所有にはならない。
したがってこれは「公 的所有」ではあるが、「国有化」ではないとバーナンキ議長 は言うのである。
 この銀行の国有化を巡る論争はアメリカの政界や経済界で も盛んに行われている。
一方がその必要性を説くのに対して、 他方は「銀行国有化は社会主義だ」として強く反対しており、 いまやアメリカの世論を二分するまでに至っている。
 「ニューヨーク・タイムズ」のD・レオンハートは銀行国有 化にはロシア型とスウェーデン型があるとして、後者の方法 をとるべきだと主張している。
一方「ビジネスウィーク」のP・ コイは、銀行国有化の負担を誰が負うのかということを問題 にしている。
 しかしいずれも銀行の国有化は避けられないとみており、 それ以外にこの金融危機を脱却する方法はないという見方が マスコミでは圧倒的に多い。
     ロシア型かスウェーデン型か?  具体的にいま問題になっているのはシティグループである。
連邦政府がこれまで投入した公的資金四五〇億ドルで手に入 れた優先株を普通株に転換することで、同社と政府双方が 合意したと伝えられている。
 それによって政府はシティグループの普通株のうち最大で 三六パーセントを取得して、筆頭株主になることになった。
これで政府の公的管理下に入るわけだが、これは国有化で はないというわけだ。
 しかし問題は、これで果たしてシティグループは立ち直れ るのかどうかということである。
これまでアメリカ政府は保 険会社のAIGグループを事実上、国有化するという措置を とっているが、シティグループやバンク・オブ・アメリカも そうなる可能性はある。
 これまで発表されている銀行救済策は、政府と民間が資 金を出し合って銀行の不良債権を買い取ることと、政府が銀 行の優先株を取得することによって直接に資金を投入すると いう二つの方法だが、これによって金融危機を回避すること はできなかった。
 そこでグリーンスパン前FRB議長の先のような発言が出 てきたのである。
ただ、グリーンスパンは、「一時的な国有化(テ ンポラリー・ナショナリゼーション)」と言っており、それは ロシア型ではなくスウェーデン型だということである。
 スウェーデンは一九九〇年代初め、金融危機に見舞われた。
政府はこれに対し銀行を一時的に国有化したが、やがて金 融危機が収まると、再びこれを民間に渡して私有化した。
 先にあげた「ニューヨーク・タイムズ」のレオンハートは このことをあげて、アメリカもスウェーデン型の国有化を 行うべきだとしている。
これは「一時的な国有化」であり、 したがってロシアや中国、あるいは東欧諸国がかつて行った 銀行国有化と同じではない、というわけだ。
 シティグループを始めとするアメリカの銀行が、救済のため実質的に国有化され る見通しだ。
それでは社会主義でないかという反対論も根強く、イデオロギー論 争にまで発展している。
しかし我々が見極めるべきは、銀行国有化によって誰が 得をし誰が損をするのかという利害関係者たちの対立なのである。
79  APRIL 2009        それは社会主義ではない  オバマ政権がこれに対し具体的にどのような対策を打ち出 すのか、それを世界中がいま注目しているのだが、公的資 金を投入することでシティグループやバンク・オブ・アメリカ を始めとする銀行の救済に乗り出すであろうことははっきり している。
それがグリーンスパンの言う「一時的な銀行国有化」 になるか、それともバーナンキの言う「公的所有」になるのか、 表現は変わるけれども実質的な国有化になることは避けられ ないだろう。
しかし、いずれにしてもこのような銀行の国 有化は、アメリカの右翼が言うような「社会主義」ではない ことだけははっきりしている。
 政府による銀行の救済、そして公的資金の投入はバブル崩 壊後の日本でも大きな問題になった。
現実に何十兆円もの公 的資金が銀行に投入され、そして日本長期信用銀行や日本 債券信用銀行を始めとする大銀行が事実上、国有化された ことは記憶に新しいところである。
 これについては本誌の前号でも指摘したところだが、これ らの銀行に対する公的資金投入、そして事実上の国有化が 社会主義とはまったく関係なかったことははっきりしている。
 それは銀行の救済であって、社会主義ではない。
アメリカ でいま行われようとしている銀行の救済も、それが社会主義 とは関係のないことははっきりしている。
にもかかわらずア メリカの共和党や右翼のなかにこれは社会主義だという反対 が強い。
これは単なるイデオロギー論争ではなく、これによ って利益を得ようとする人たちの意図がはたらいているので はないか。
 先の「ビジネスウィーク」のP・コイの論文はまさにそこ を突いている。
マスコミに伝えられているイデオロギー論争 の影にかくされている利害関係者の意図を読み取ることがい かに大事か、ということをこの「銀行国有化論争」は教え ている。
        誰が利益を得るのか?  アメリカではいま「銀行の国有化は社会主義かどうか」を 巡って、このように激しい議論が戦わされているが、しかし ここで見失ってはならないのは、銀行の国有化によって誰が 利益を得るのかということである。
 政治やマスコミの世界では、「銀行の国有化は社会主義か どうか」というイデオロギー論争をしているのだが、その裏 ではこれによって利益を得る人と被害を受ける人の対立がある。
 まず、なによりはっきりしているのは、銀行国有化によっ て利益を得るのは、銀行の経営者や従業員、そして預金者 などであり、それによって被害を受けるのは税金の負担者と しての国民であるということだ。
 そこで問題になるのは銀行の株主や、あるいは銀行が発 行している債券の所有者である。
銀行の国有化は具体的に は政府が銀行の普通株を取得するという形をとるが、それに よって発行株数が増えるので株主の持株比率は下がり、一株 当たり利益も減るから株主は損をする。
 しかし、政府の救済によって銀行の経営が立ち直れば、や がて株価は上がって株主は利益を得るということになる。
そ のどちらになるかはその時になってみなければわからないた め、現在の時点での判断は分かれる。
 そして銀行の債券所有者についていえば、もし銀行が倒 産すれば債券所有者は大損するが、逆に銀行が立ち直れば得 をする。
一方、国民は銀行救済のために税金を使われるの だからそれだけ損をする。
しかし、これも将来、銀行の経 営が立ち直れば損にはならない。
 このような銀行の利害関係者の判断が、この銀行国有化 を巡る論争に大きくかかわっている。
このことを「ビジネス ウィーク」でP・コイが指摘しているのだが、アメリカでは イデオロギー論争の裏で常にこのような利害をめぐる対立が 戦わされていることを忘れてはならない。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『世界金融恐慌』(七 つ森書館)。

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