ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2008年9号
道場
物流部長の第一の仕事

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2008  74 とうございました。
ところで、ちょっとお聞き したいのですが、先ほどのご講演で、最後の結 論として、物流管理は在庫管理から始まる、在 庫管理ができていないと物流管理は中途半端に 終わってしまうというお話がありましたが、こ の点についてもう少し詳しくお話いただきたいの と、もう一点、私ども物流の立場ですと在庫を 管理することができないというのが実情ですが、 その場合は、どう対処したらよろしいのか、と いうそのあたりについてお聞かせできれば、と 思いますが、いかがでしょうか?」  質問をしている間中、大先生にじっと見つめ られ、質問者はちょっと焦った表情を見せたが、 何とか最初に質問をするという役割を果たした。
大先生としては︵最後の部分は講演の中でずっ と話してきたことをまとめただけだろうに‥‥︶ という思いがあったが、最初から突き放した返事 をしてはこの先質問が出なくなってしまい、旧 知の司会役の部長が困るだろうという配慮から か穏やかに応じた。
 「在庫管理が物流管理の原点だということは 講演の中で詳しく話したつもりですが、まあ改 めて言うと、物流というのは在庫を保管し、在 庫を移動させる活動ですから、その在庫の管理 なしには物流管理はありえないということです。
さっきも言いましたけど、売れるかどうかわか らない、結果として売れ残って物流センターに 滞留してしまうような在庫を移動することにど  在庫管理こそ物流管理の原点だ。
しかし物流部門 はその権限を持っていない。
ならばどうするか。
大先 生がご託宣を下す。
物流コストを切り口にして正面か ら突破しろ。
在庫に焦点を置いた物流改革案を立案し、 経営陣にぶつけていくことで道は拓ける。
湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第67回》 物流部長の第一の仕事 大先生の日記帳編 第12 回   楽しい質疑応答が始まった  残暑の厳しいある日の午後、大先生は、とあ る業界団体の研修会場にいた。
二カ月ほど前に 依頼があったときには、テーマが「在庫管理」 という大先生の好きな内容だったことから喜ん で引き受けたのだが、いざ出かける段になると 「なんでこんな暑い日に講演なんかやらなきゃな らないんだ」などとぶつぶつ言いながら会場に 向かったのであった。
 仲間内の勉強会ということで講演後に比較的 長い質疑の時間が取られていた。
円形テーブルで 大先生の隣に座っている司会役のある大手企業 の物流部長が「それでは、これから質疑に移り たいと思います。
こういう場ですからざっくば らんに先生にお教えいただくということで、日 ごろのお悩みなども含めて、自由にご発言いた だきたいと思います」と切り出した。
 大先生はかなりリラックスした風情だ。
こう いうときの大先生は何を言い出すかわからない。
司会役の問い掛けにちょっと間が空いて、「質問 が出ないときにはあんたが先鞭をつけてくれ」 と事前に取り決めてあったのか、司会役の視線 を受けて、大先生の前に座っているある会社の 物流部長が手を上げた。
大先生が頷くのを見て、 おもむろに話し始めた。
取ってつけたような質 問だ。
 「今日のお話は大変勉強になりました。
ありが 77 75  SEPTEMBER 2008 んな価値があるのかということです。
過剰在庫 や滞留在庫が山ほど置かれている物流センター というのは一体何なんだ、在庫に邪魔されて作 業に支障が出ている中で作業改善や作業効率な どといっても意味ないじゃないかということで す。
わかります?」  大先生の確認に質問者が大きく頷き「だから、 せめて物流センターの在庫くらいきちんと管理 しろということですね」と応じる。
まずい質問 をしたという思いがあるのか、前向きな相槌だ。
大先生が頷いて続ける。
 「そう。
私は、物流センターの在庫配置や補 充を市場の動きに合わせて必要最小限にするこ とが物流管理にとって最重要課題だと言ってる だけです。
二つ目の質問ですが、『物流センター 在庫の配置や補充は物流部ではやっていないし、 できない』ということをおっしゃってると思う んですが、できないなら、対処しようがないじ ゃないですか?」  突然、大先生に決め付けられ、質問者は困惑 顔で小さく頷く。
 「まあ、対処ということで前向きな答えを言え ば、物流センターの在庫くらいは物流部で管理で きるように働きかけなさいということです。
そ れが物流部長の第一の仕事だと思いますよ。
違 います?」  大先生の答えに質問者は、早く質疑の渦中か ら逃れたいという顔で「はい、よくわかりまし た」と頭を下げる。
その意を受けたように、司 会役の部長が「他に何かありませんか」と他の 質問者を探す。
テーブルの右端で手が上がる。
司 会役がほっとしたように「どうぞ」と勢いよく 言う。
 リードタイムが与える影響は?  「お話の中でリードタイムの長さは在庫量には 関係ないというご指摘があり、たしかにそうだ なと思ったのですが、最近、多くの企業がリー ドタイムの短縮に取り組んでいますが、そのね らいはどこにあるのでしょうか? やっぱり瞬 発力を高めないといまのような売れ方が不透明 な時代では多くの無駄を生むという理解でよろ しいのでしょうか?」  大先生が苦笑しながら頷く。
答えがわかって いながら、わざわざ確認のための質問をしてい るのだ。
ここでわざと意外な答えを言えばおも しろいのだろうが、大先生は素直に答える。
で も、ちょっとおざなりだ。
 「はい、そのとおりです。
ただ、一つ知ってお いてほしいのは、リードタイムが長いと予測と いう要素が入ってくるということです。
たとえ ばリードタイムが三カ月となると、三カ月先に出 荷が増えるのか減るのかを予測しなければなり ません。
わかりますね?」  大先生の言葉に質問者が頷いてメモを取って いる。
大先生が続ける。
 「リードタイムが長いことで起こる在庫管理上 の最大の問題は突発的な出荷変動に対処できな いということです。
ここでの課題は、これにい かに素早く対処するかです。
そうでしょ? 三 ヶ月のリードタイムなら三カ月後にしか対処でき ないわけです。
もったいないですよね。
その間 の売り上げを逃してしまうわけですから。
リー ドタイムが一週間なら一週間後から対処が可能 です。
そういうことです」  質問者が満足そうに頷き「ありがとうございま した」と大きな声を出す。
司会役の部長が、な ぜか安心したような顔で微笑み、「うちもいま工 場とリードタイム短縮についていろいろやってま す」とコメントし、「他にいかがですか?」と問 いかけるが、誰も応えない。
 そのとき、何か思い出したのか、司会役の部 長が突然出席者の一人を指名して「在庫に困っ ているといつもおっしゃってますが、この際で すからお悩みでも結構ですから遠慮なくどうぞ」 と質問を促す。
突然指名されたその人は「えっ」 と絶句し、それでも思い切って質問を捻り出す。
 「えー、私どもで困っているのは、在庫が多い ことですが、それを減らそうとしても、いろい ろ複合的な要因があって、なかなか一筋縄では いかないということがあります‥‥」  こう言った後、質問者は言葉が続かない。
こ こで大先生がフォローするように聞く。
突然指 名されたこの人に同情したようだ。
SEPTEMBER 2008  76  「在庫を増やす複合的な要因というのは、たと えばどんな要因ですか?」  「えーと、先ほどのリードタイムの問題とか、営 業が勝手に在庫確保に走ってしまうとか、工場 が生産効率だとか言って多めに作ってしまうと か、もう出荷が落ち込んでいるのに部品や半製 品が残っているからといって作ってしまうとか、 えーと‥‥」  まだ懸命に要因を挙げようとしている質問者 を見て、大先生が口を挟んだ。
なぜか、この人 に対して大先生は優しい。
 「わかりました。
たしかに在庫が溜まる要因が いろいろありますね。
その在庫の多くは物流セ ンターに置かれているわけですか?」  「はい、そうです。
それ以外に工場倉庫にも たくさんあります」  「物流のお立場で在庫について生産や営業に物 を言うことはできないでしょうね?」  「はい、かなりの反発が出ると思います。
実は、 うちのトップが、最近、在庫を減らせないかと 役員会で投げかけたんですが、情けないことに、 いろいろ議論して結局『在庫は必要悪』だとい う結論になってしまったんだそうです。
お恥ず かしい限りです。
でも、私は納得できないんで す。
というか正直に言うと腹立たしい思いを持 ってます。
先生のおっしゃるとおり、在庫が物 流コストを押し上げていることは間違いないん です」 談めかして言う。
 「冗談抜きでそれが一番だけど、まあ、それ はいいとして、それが一つのヒントかな」  大先生の言葉に、即座に質問者が「それなん です」と応じる。
その言葉に会議室の全員の目 が質問者に集中する。
みんな、次の言葉を興味 深そうに待っている。
全員に注目され、質問者 が戸惑った表情を浮かべるが、意を決したよう に話し出す。
 「実は、先生のご講演を聞きながら思ったんで すが、在庫の問題を真正面から取り上げて問題 提起しても相手にされないことは明らかですか ら、からめ手というか、物流部として正々堂々 と意見を具申するのが最善だなと思い始めてい たんです」  ここで質問者がちらりと大先生を見た。
すぐ に大先生が「そうです。
本筋である物流コスト を攻め口にするんです」と応じる。
 大先生の言葉に質問者がわが意を得たりとい う感じで大きく頷き、自分の考えを述べる。
 「やっぱりそうですか。
それならやってみます。
在庫をベースにして物流コストを大幅に下げる 物流改革案を作って出してみます。
先ほどご指 導いただいた分析方法で物流センターにはこれ だけの在庫を置けばいい、在庫補充は出荷動向 に同期化させて行えばいいというプランを作り、 それができれば物流センターのスペースはこれだ け減る、センター内の作業コストはこれだけ減  在庫をベースとした物流改革案  日頃の鬱憤を晴らすかのように、質問者が思 いのたけを吐露する。
これに大先生が乗る。
 「そうですね。
このまま黙って引き下がってい る手はないですね。
みなさんは、この場合、ど うします?」  大先生の問い掛けに、「実は、うちも同じよう な状況です」という声が上がる。
それに同調す る声が次々と出る。
司会役の部長が「先生にコ ンサルに入ってもらうのが一番じゃない」と冗 湯浅和夫の Illustration©ELPH-Kanda Kadan 77  SEPTEMBER 2008 る、在庫補充のための輸送コストはこれだけ減 る、トータルで物流コストはこんなに減るんだと いうコスト削減案を提示しようと思います。
ち ょうどいま物流コストを減らせと言われている ので‥‥」  質問者が生き生きとした表情で自分の考えを 述べる。
出席者の一部から思わず拍手が起きる。
司会役の部長が興奮したような口調で「たしか に、それはいい。
本来在庫はこれだけあればい いんだということが明示できるし、少なくとも 在庫が問題として浮かび上がることは間違いな い。
その改革案が通らなくても在庫についてト ップに大きな一石を投じることができると思う」 と同意を示す。
 会場から「在庫が溜まってる因果関係も示し たらいいかも」と声が上がる。
それを受けて別 の人が自分の思いを述べる。
 「そうか、うちもそれをやってみよう。
正直、 うちも物流部としては在庫に手がつけられない 状況だったので、先生のお話はよくわかるけど、 一体どうしたものかと思ってたんです。
でも、た しかに、物流コストを徹底して削減する方策と して在庫を取り込んだプランを提示するという 手があったんだ。
そこで、この在庫分析の技法 を使えばいいんですね。
うん、なるほど。
それ なら使える」  突然の盛り上がりに、大先生が戸惑ったよう な表情で、なだめ役に回る。
 「まあ、在庫をベースとしたプラン一本で行く のではなく、短期でのコスト削減策とか中期で の削減策と並べて、そのあと在庫をベースとし た究極の削減策という形で出すと受け入れやす いかもしれない」  大先生の示唆にこの騒ぎの発端となった質問 者が毅然と答える。
 「はい、そういう方法も現実的かもしれません が、私は敢えて在庫をベースとした削減策一本 でやってみようと思います。
私としては、もう 我慢の限界を超えてますから。
今日はいいお話 を聞かせてもらいました。
すっきりしました」  物流コストは三割減らせる  大先生が苦笑し、さらに付け加える。
 「まあ、それぞれの事情で好きなようにやれば いいですよ。
私の経験では、物流センターの在 庫をコントロールできれば、物流コストは三割く らい削減余地が出ますよ」  「えっ、三割ですか‥‥。
それなら経営層は 大きな関心を示すはずです。
その数字を目指し て改革案を作ります」  「それが採用されて、いざ実現ということにな ったら、私を呼んで下さい。
実現のお手伝いを しますよ」  大先生の三割削減という言葉を聞いて、会場 のあちこちで活発に話が交わされている。
隣の司 会役の部長が「先生、今日はありがとうござい ました。
いい勉強会になりました」と頭を下げ る。
質疑応答が思わぬ展開になってしまい、さ すがの大先生も苦笑いを浮かべて頷くだけだっ た。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課 程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経 て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを 設立し社長に就任。
著書に『現代物流システム論(共 著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物 流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる 本』(以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コンサルテ ィング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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