ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2008年7号
海外Report
独デュッセルドルフのSCM会議に参加「リスク・マネジメント」に注目集まる

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2008  58  ドイツのデュッセルドルフで五月中旬、「サプライチェーン&ロジスティクス・サミット」 が開かれた。
今回の会議で繰り返し議題に上ったテーマは、「リスク・マネジメント(危機 管理)」だった。
サプライチェーンをめぐる議論が、これまでのコスト削減や効率化、外部 とのコラボレーションといった課題を経て、新たな段階に入ったことを感じさせた。
    (取材・編集 本誌欧州特派員 横田増生) 独デュッセルドルフのSCM会議に参加 「リスク・マネジメント」に注目集まる エリクソン失敗の教訓  今年五月十三日〜一五日にかけて独デュッ セルドルフで開催された「サプライチェーン& ロジスティクス・サミット」初日の基調講演 で、英クランフィールド大学のリチャード・ウ ィルディング教授は、「サプライチェーンを考 えるに際して、リスク・マネジメントが今日 の最重要課題になってきた」と語った。
 クランフィールド大学は航空工学専門の国 立研究機関を前身とする大学院大学で、ヨー ロッパ屈指のサプライチェーン学部を有してい る。
ウィルディング教授は、同大で数多くの コンサルティングの経験をベースに先端的な研 究を重ねてきた、欧州のサプライチェーン業 界では広く知られる顔役の一人だ。
 「サプライチェーンを考える上で、これまで はコスト削減や効率的なモデル作りが重要と みなされてきた。
それに加えて、価格競争の プレッシャーから国境を超えた外注化が進ん でいる。
サプライチェーンに無駄のないこと はいいことだ。
しかし、あまりに合理化しす ぎて、在庫切れを起こしかねない水準にまで なると、ビジネスに支障をきたすようになる。
サプライチェーンは海外に伸び、複雑になって きている。
その結果として、非常に脆弱にも なってきた。
ちょっとした事故や計画のずれ が、大きな失敗となって跳ね返ってくる。
こ うしたことが、その会社の株価に響くのはも ちろん、最悪の場合には事業の撤退につなが ることさえある」  サプライチェーン上の誤算や失敗が、その 後の企業経営に大きな影響を与えたケースと して、ウィルディング教授は二つの事例を挙 げる。
一つは、米フォード傘下の自動車メー カー、ランドローバーが経験した主力サプラ イヤーの倒産。
もう一つは、フィンランドの ノキアとスウェーデンのエリクソンの携帯電話 製造事業についてだ。
 ランドローバーは、同社にシャシーを供給 していたUPF‐トンプソンが二〇〇一年に 倒産したことによって、大きな打撃を被った。
トンプソンはランドローバーの主力製品である 「ランド・ローバー・ディスカバリー」のシャ シーを独占して供給していた。
そのトンプソン が経営破綻したことを受け、同社の破産管財 人は、ランドローバーに対して直ちに三五〇〇 万〜四五〇〇万ポンドを支払わない限り、シ ャシーの供給をストップすると通告した。
 その後、裁判所がランドローバーに一時的 救済策としてのシャシー供給を認めたことで、 同社は生産中止の危機を免れたが、それがな ければ一四〇〇人が働く工場の閉鎖に追い込 まれていたはずだ。
 次のノキアとエリクソンの事例では、リス ク・マネジメントの違いが事業存続の明暗を 分けることになった。
事の発端は二〇〇〇年 三月、米国のニューメキシコ州で起こった大規 模な落雷だった。
同地にはオランダの家電メ ーカー、フィリップスが半導体工場を構えて おり、落雷が工場の火事へとつながった。
 幸い火事は数分で消し止められた。
しかし 火事の煙と、消化活動で使われた水のために、 数百万個あった半導体の在庫が使いものにな らなくなってしまった。
そればかりか、シリ 59  JULY 2008 コンで作られた半導体の基板も破損してしま った。
 その工場で作っていた半導体の最大の取引 先がノキアとエリクソンだった。
同工場の総生 産のそれぞれ四〇%ずつが、両社の携帯電話 事業に供給されていた。
 ノキアはニューメキシコでの火事を知ると、 すぐに担当者を現地の工場に派遣した。
フィ リップスはノキアの担当者に火事の現場を見 せることを許可しなかった。
しかし、ノキア はフィリップスからの納品状況のチェックをそ れまでの週一回から毎日に変更していた。
こ れによって、すぐに工場の火災の影響が甚大 であり、半導体の納入は数カ月にわたって遅 れをきたしそうだということが判明した。
 ノキアはフィリップスとの交渉に入り、フィ リップスの残りの工場の余剰能力を、すべて ノキア向けの半導体生産に充てるという合意 をとりつけた。
これと並行して米国の他の工 場や日本に担当者を送りこみ、フィリップス の不足分を補うサプライヤーを確保すると同 時に、新たな半導体に対応できるように携帯 電話の環境設定を変更した。
 一方、エリクソンも火事についての情報は すぐに入手していた。
しかし、火災の影響は 軽微で、半導体の供給に支障をきたすような ことはないだろうというフィリップス側の説 明をうのみにして、一〇日近く事態を放置し てしまった。
その間に、ノキアは生産能力の 余った半導体工場をあらかた抑えてしまって いたのだ。
 事故の数年前に、エリクソンはサプライチェ ーンコストの削減のために、一つの部品の発 注を一つのサプライヤーに集中させる戦略を とっていた。
このことが事態をさらに悪化さ せた。
結局、エリクソンはニューメキシコで起 こった火事のため、四億ドル に上る損害を出した。
そして 翌〇一年には携帯電話事業部 門を売却し、自社生産から撤 退することを余儀なくされた のであった。
FBI元捜査官を起用  この「サプライチェーン&ロ ジスティクス・サミット」に、 本誌は過去二回にわたり参加 し、欧米の荷主企業のケースス タディを中心に会議の模様を レポートしてきた。
第十回と なる今回は約四〇〇人が参加 し、これまで二日間だった会 議の日程は三日に延長された (図1)。
目ぼしい荷主のプレ ゼンテーションだけでも、コン 図1 開催プログラム 第1日目 第2 日目 9:00 「世界で通用するサプライチェーンを作る」AMR リサーチ 10:00 コーヒーブレイク 10:30 「サプライチェーン上の協力体制」AMR リサーチ 11:45 コーヒーブレイク 12:00 「サプライチェーンのグリーン化」AMR リサーチ 13:15 ネットワーキング・ランチョン 14:20 議長あいさつ 14:30 基調講演 「 サプライチェーンを役員会の議題にする」クランフィールド大学 15:05 「調達戦略」 「南米の最適化」 「ディマンド・チェーン」 ロイヤル・ヌミコ Vitec Group Merck Serono 15:40 「調達の分析法」 「最適化の現場」 「ケーススタディー」 パネルディスカッション パネルディスカッション コンチネンタル・タイヤ 16:15 「コンピュータによる発注」 「グリーン・ロジ」 「RFID の今日」 SAF AG ARUP Logistics World 17:15 ケーススタディー 「リバースロジスティクス」モトローラ 17:50 シャンパン・レセプション 9:00 基調講演 「 サプライチェーン上の協調体制」ペプシコ・インターナショナル 9:35 スポンサー企業との商談会 12:35 「サプライチェーン効率化」 「人材活用術」 「アジアの拠点管理」 Solving Efeso Hudson Geo Post 13:35 ネットワーキング・ランチョン 14:50 「ネットワークの安全対策」 「明日の労働問題」 「AEO(許可事業者制度」 プロクター&ギャンブル CILT ヨーロッパ委員会 「サプライチェーンの価値」 「労働問題を語る」 「AEO を語る」 Supply Chain Council パネルディスカッション パネルディスカッション 16:00 特別パネルディスカッション 「未来に向けたサプライチェーン作り」 16:40 ケーススタディー 「サプライチェーン上のリスク対策」パーデュー・ファーマ 第3 日目 9:00 基調講演 ケーススタディー 「 想定外への対応マニュアル」バルマーズ 9:35 「二酸化炭素の削減」 「ケーススタディー」 「SC の危機をチャンスに」 WEIR ブーツ・マニュファクチャリング LRQA 10:35 コーヒーブレイク 11:15 「サプライチェーンの変化を理解する」マニュファクチャリング・インサイツ 11:50 「サプライヤー管理」 「永遠なる協力体制」 SFS Intec キャット・ロジスティクス 12:25 ネットワーキング・ランチョン 「SC ベンチマーク」 「天候変化のリスク」 Global Logistics of Institute Carbon Disclosure Project 14:30 「アジアにおけるサプライチェーンの作り方」パシフィック・ブランド 15:30 議長 閉会のあいさつ セッション1 セッション2 セッション3 セッション1 セッション2 セッション3 セッション1 セッション2 セッション3 ※スペースの都合で一部割愛 JULY 2008  60 チネンタル・タイヤ、モトローラ、ペプシコ・ インターナショナル、プロクター&ギャンブル (P&G)、ロイヤル・ヌミコ──などの有力 企業が並ぶ。
 会議を運営するワールド・トレードのロー レンス・アレン氏は、「参加者から会議の内容 をもっと充実させてほしいという要望を受け、 今回から日程を三日間とした。
その分、従来 に比べプレゼンテーションのラインナップも満 足いくものになった」と胸を張る。
 今回の会議で繰り返し取り上げられた話題 は、冒頭に挙げたリスク・マネジメントだ。
講 演のタイトルから拾ってみても、「ネットワー クの安全対策」P&G(米)、「サプライチェー ン上のリスク対応」パーデュ・ファーマ(米)、 「想定外への対応マニュアル」バルマーズ(ア イルランド)、「天候変化のリスク」カーボン・ ディスクロージャー・プロジェクト──など、 国や業界の違いを超えて、リスク・マネジメ ントに注目が集まっていることがわかる。
 ワールド・トレードは「リスク・マネジメ ントを軸にしてスピーカーを選んだというよ り、魅力的なスピーカーに声をかけていった ら、結果としてリスク・マネジメントに関す る講演が多くなった」と説明する。
盗難・偽造品から企業を守る  実際、プレゼンテーションの講演者たちのバ ックグランドをみても、企業側がどれほどリ スク・マネジメントに本腰を入れているのか がわかる。
P&Gのグローバル・セキュリティ 部門のウォルター・クレメンツ副部長は、警 察官とFBI捜査官として二〇年近く働いた 経歴を買われ、同社に移ってきた。
 クレメンツ副部長は、P&Gがリスク・マ ネジメントの取り組みを本格化したのは、〇 五年に大手カミソリメーカーのジレットを買収 してからだという。
 「それまで当社の製品をトレーラーに満載 した時の平均売価は数万ドル(数百万円)だ った。
しかし、電気カミソリや電池などを作 るジレット製品では、その額が一ケタから二 ケタ違う場合がでてきた。
ジレット買収以前、 P&Gは全社的な盗難事故の件数を正確には 把握していなかった。
しかし、二年以上かけ、 ほぼ全件を把握できるようになった。
対策を 打てる体制が整ってきた」  具体的な対策として例えば、同社の高額製 品が載っているトレーラーを狙って、運転手 ごと襲う強盗事件がメキシコで頻発したこと から、常に運行ルートを変えるようにし、ド ライバーにも出荷の直前までルートを知らせ ないようにしたという。
 米中堅製薬会社のパーデュ・ファーマで、セ キュリティ部門の責任者を務めるリチャード・ ウィデュップ部長は、米食品医薬品局(FD A)の調査官から製薬会社に転身し、現在、 偽造医薬品の撲滅に取り組んでいる。
 「偽造医薬品は薬効がないだけでも十分問 題であるうえ、病気が悪化したり、最悪の場 合には死に至ることさえある。
しかも医薬品 の偽造は、年々増える傾向にある。
これを防 ぐにはサプライチェーン全体を見渡した、リス ク・マネジメントが不可欠だ」とウィデュップ 部長は語った。
 医薬品業界では現在、業界の総売上高の一 〇%前後が偽造医薬品によって浸食されてい るという。
そうした偽造医薬品が本物の医薬 品と一緒に小売りの店舗に供給されてしまう と、小売り側では真偽を見分けることは難し い。
これに対応するためパーデュでは、IC タグやGPS(全地球測位システム)などの ハイテク技術を駆使して、偽造医薬品の根絶 に取り組んでいる。
偽造医薬品によって、被 害者が出れば、偽造の対象とされた製造業者 も管理者としての責任を問われることになる 会場の様子。
あちこちで積 極的な意見交換や商談が行 われていた 61  JULY 2008 半導体工場が生産不能に追い込まれたケース は、地球環境リスクからサプライ・リスクに つながった例といえる。
リスクを逆手にとる  ケントCEOはさらに、米ジョージア工科 大学が八〇〇件以上のサプライチェーン上の 失敗を追跡した結果を引用し、「サプライチェ ーン上で何らかの問題が起これば、平均で年 間の売上高は前年比七%の減少となり、コス トは十一%増加する。
このことは株価にも悪 影響を及ぼす」と語った。
 同時にケントCEOは、リスク・マネジメ ントに取り組んで、リスクの危険性を一つ一 つ潰していく作業は、サプライチェーンのパ フォーマンスを向上させることにもつながる と指摘する。
リスク・マネジメントに取り組 んだ企業の到達レベルに従って、優秀、平均、 平均以下の三段階に分ける。
これとサプライ ヤー管理、リードタイムの短縮、オンタイム配 送の三つの指標との関係を調べた結果、優れ たリスク・マネジメントを確立できた企業は、 その過程で通常業務のパフォーマンスをも向 上させていることがわかった(図3)。
 「これは、リスク・マネジメントの達成度と サプライチェーンの成熟度が並行の関係にあ ることを意味している。
リスク・マネジメン トに取り組むことは決して後ろ向きなことで はなく、財務面からみても、現場の成熟度か らみてもプラスとなり得る」とケントCEO は強調した。
からだ。
 企業のリスク・マネジメントに詳しい米コン サルティング会社イーノーションのダグラス・ ケントCEO(最高経営責任者)は、リスク を以下の四つのエリアに分けて考えることが 有効だという(図2)。
 一つは、企業内に存在する要因に誘発され るリスクだ。
企業が所有するトラックや物流 センター、情報システムといった資産やインフ ラが機能しなくなるリスク、企業の規則やシ ステム、仕事のやり方といった形にならない プロセスが機能しなくなるリスクなどがある。
 二つ目は、顧客に関するリスク。
ロジステ ィクスでいうアウトバウンド(販売物流)に 当たる部分から発生する製品や情報の流れに 関するリスクを指す。
 三つ目は、サプライヤーに関するもの。
ロ ジスティクスでいえば、インバウンド(調達物 流)に当たる部分から発生する製品や情報の 流れに関するリスクを指す。
主要サプライヤ ーの倒産や事故などによって部品供給がスト ップする場合などが代表例で、外注化が進む 現在、最も対策を立てることが重視されるべ きリスクだ。
 最後の四つ目は、地球環境に関するリスク。
これは他の三つのリスクとも重なってくる。
事 故や異常気象や天災によって、他の三つのリ スクを招くリスクのことである。
ニューメキシ コ州で発生した落雷によってフィリップスの 図2 リスク・マネジメントの4 つのエリア 地球環境 会社環境 サプライヤー会社顧客 パフォーマンスリスク SCM 中断リスク 市場リスク 災害リスク 規制リスク 関係リスク 業務リスク 技術上のリスク 財務リスク 遵法リスク 人材リスク 安全上のリスク PLリスク 財務リスク 配送リスク 関係リスク 市場リスク ブランドリスク 図3 リスク・マネジメントとパフォーマンスの向上 サプライヤー管理リードタイム短縮オンタイム配送 50 40 30 20 10 0 40.5 12.2 4.6 31.5 7.3 1.1 40.7 11.1 -6.6 改善率 (%) 優秀 平均 平均以下

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