ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2008年6号
特集
巨大物流企業の攻防 航空貨物カルテルの構造

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JUNE 2008  18 航空貨物カルテルの構造  フォワーダー業界がカルテル疑惑に揺れている。
燃油サー チャージ(燃油特別付加運賃)などの航空運賃・料金をめぐ り、公正取引委員会から談合の疑いをかけられている。
しかし、 フォワーダーだけを取り締まっても問題は解決しない。
背景 にあるのは航空業界の産業構造だ。
      (梶原幸絵) フォワーダーにとっては立替金  四月一六日午前。
日本通運、近鉄エクスプレス、郵 船航空サービスをはじめとする航空フォワーダー十三 社に公正取引委員会(公取委)の一斉検査が入った。
立ち入り先は本社や各事務所など二〇カ所に及んだ。
航空会社とスペースや運賃の仕入れ交渉を担当する部 署が狙い撃ちにされたという。
大手フォワーダーの関 係者は「何の前触れもなしに突然、公取委職員がや ってきた」と動揺を隠さない。
 同じ日に航空フォワーダーの業界団体、JAFA (航空貨物運送協会)も公取委の調査を受けている。
それから二週間後。
旧運輸省出身のJAFA理事長、 土橋正義氏が八王子の東京薬科大学キャンパスで転 落死した。
警察は飛び降り自殺と見ている。
業界内 では今回の調査との関連が噂されている。
 公取委の調査は現在も続いている。
書類や電子メ ールなどのデータが押収され、トップも含めた関係者 の事情聴取が行われているもようだ。
調査の結論が 出るまでには半年はかかる見通しだ。
 公取委は「調査については一切コメントできない」 としているが、フォワーダー関係者によると、燃油サ ーチャージなどを含めた航空貨物運賃・料金につい て価格カルテルを結んでいた疑いが持たれているよう だ。
なかでも焦点となっているのは燃油サーチャージ。
大手フォワーダーの関係者は「請求額が横並びにな っているところに独占禁止法に觝触する疑いがある、 という考えのようだ」と話す。
 しかしフォワーダーは各航空会社から受けた燃油サ ーチャージに関する通知に基づき、そのまま荷主に 料金を請求している。
各社が請求する料金が同額に なるのは、航空会社からの通知によるものだ。
ただ し、航空会社の運賃・料金は独禁法の適用除外にな っているのに対し、フォワーダーが荷主から受け取る 運賃・料金は適用除外ではない。
 燃油サーチャージは航空会社が航空用燃料(ケロシ ン)の価格変動に応じて、本体運賃とは別建てで徴 収する料金だ。
航空輸送では荷主と航空会社が直接 取引することは珍しく、通常はフォワーダーが間に入 るため、フォワーダーが荷主から受け取り、航空会社 に支払う仕組みになっている。
 燃油サーチャージがそのままフォワーダーの懐に入 ることはない。
しかし、荷主にとっては本体運賃で も燃油サーチャージでも輸送費であることに変わりは ない。
当然、支払いを渋る荷主も出てくる。
運賃同 様、フォワーダーが荷主から徴収できる金額は両者の 力関係で決まる。
ある政府関係者は「たとえ荷主か ら徴収できなくても、フォワーダーは航空会社に規定 の金額を支払わなければならない。
航空会社と荷主 との間で板挟みになっている状態だ」と説明する。
 このためフォワーダーは「燃油サーチャージは航空 会社の代理で徴収している」、「立て替えている料金 を返してもらう」という感覚になっていた。
仮に燃 油サーチャージの荷主転嫁について話し合いが行われ ていたとしても、違法という意識はなかったようだ。
それだけに大手フォワーダーの関係者からは「立ち入 り検査には正直びっくりした」との声が漏れる。
運賃本体よりも高いサーチャージ  燃油サーチャージは航空用燃料の高騰に悲鳴を上げ た航空会社が、燃油コストの負担を利用者に転嫁す るために設けた制度だ。
燃油価格の上昇分を本体運 賃に含めて運賃を引き上げるよりも、別建てで徴収 した方が反発は少ない。
日本ではアジア地域で指標と 19  JUNE 2008 特 集巨大物流企業の攻防 なっているシンガポールケロシン市況価格の変動に応 じて、航空会社が金額の変更や廃止を決め、国土交 通省に申請、認可を受けている。
 貨物については二〇〇一年五月に導入された。
す ぐに原油価格が落ち着いたため、いったん廃止にな ったが、〇二年一〇月に改めて一キログラム当たり 十二円で再開された。
その後、現在まで徴収が続い ている。
特に〇四年以降の上昇が激しい。
〇一年の 導入時に三〇米ドル前後だったシンガポールケロシン 市況価格は今年五月には一六〇米ドルを突破(図1)。
これに伴い、燃油サーチャージも跳ね上がっている。
 〇七年七月まで、燃油サーチャージは世界の航空 会社二四〇社が加盟する業界団体、IATA(国際 航空運送協会)の関連決議を参考に航空会社各社が 申請し認可を受けていた。
このため、適用のタイミ ングにズレはあったが、料金はほぼ一律の金額だった。
しかし、その後も高騰が続くなかで、各社の経営状 態に合わせた価格設定が行われることになり、今で は航空会社によってかなりの差が出ている。
 また、これまでは仕向地にかかわらず一定価格だ ったが、仕向地別に設定するケースも出てきた(図 2)。
航空貨物の運賃水準が下落しているため、仕向 地によっては運賃と燃油サーチャージが逆転するケー スも出てきている。
アジア向けでは一キログラム当た りの本体運賃が五〇円に対し、燃油サーチャージが一 〇〇円前後ということもあるという。
民間企業で吸収できる話ではない  本体運賃と比べると異常ともいえる水準にまで上 昇した燃油サーチャージだが、航空会社はフォワーダ ーと交渉することなしに、自動的に全額を徴収して いる。
フォワーダーが支払いを拒否することは許され ないという。
 このため、フォワーダーは燃油サーチャージの荷主 への転嫁には躍起になってきた。
荷主への説明はも ちろんだ。
年間契約を結ぶ場合には契約形態の変更 も求めている。
これまでは、荷主にとっては燃油サ ーチャージを交渉材料に使うケースも珍しくなかった が、フォワーダーも背に腹は変えられないと、固定額 での収受、さらに変動に応じた収受が可能な契約に 変えるようなっている。
「コンプライアンスの関係も あり、荷主との契約は明確化していきたいと考えて いる」と大手フォワーダーの関係者は話す。
 こうした取り組みもあり、収受率は向上した。
業 界平均は九〇%以上とみられる。
しかし、安心はで きない。
燃油サーチャージの徴収が運賃本体の押し下 げ圧力となって、相変わらず利益を圧迫し続けてい るからだ。
大手フォワーダーの関係者は「見かけの売 上は増えるだけに、始末が悪い」とこぼす。
 荷主にとっても一年の間に数回もサーチャージの値 上げがあったのでは、年度の予算に狂いが生じてし まう。
このため、運賃の値下げなしに、燃油サーチ ャージの全額収受で合意しても、次年度まで支払い が延期されてしまうこともあるのだという。
 フォワーダーは航空会社からの仕入れを下げるにも 限度があることから、「混載に関して言えば、貨物の 組み付けを工夫し、利益率を維持・向上する」(フォ ワーダー関係者)など、コストを吸収するための様々 な手を打っている。
総合物流業への業容拡大もこれ まで以上に急いでいる。
「総合的なサービスを提供す ることで、航空貨物の物量を増やせるのはもちろん、 ロジスティクスや海上輸送をそれ以上に拡大すれば、 航空貨物事業への依存度を下げられる」(同)ためだ。
 フォワーダーが置かれている状況に対しては、「フ 160 150 140 130 120 110 100 90 80 70 60 50 40 30 20 ’06 5月 ’07 1月 6月 7月 8月 2月 3月 4月 5月 9月 10 月 11 月 12 月 6月 7月 8月 9月 10 月 11 月 12 月 ’08 1月 2月 3月 4月 5月 図1 シンガポールケロシン市況価格推移 (単位:米ドル) 注:米国エネルギー省公表値 JUNE 2008  20 ォワーダーは自社のトラック代を請求しているわけで はない。
航空会社の費用の肩代わりをさせられてい るだけ」など、業界関係者からは同情論が多く聞か れる。
 総合商社関係者は「昨今の原油価格高騰で、パラ ダイムが変わった。
もはや民間企業で吸収できる話 ではない。
荷主側も環境の変化を考える必要がある が、フォワーダーが何らかのかたちでヘッジできるよ うにするべき」とフォワーダーの立場に理解を示す。
 外資系物流業者の関係者も「仕事をとるためにと、 どこかが身銭を切って規定の燃料サーチャージより徴 収額を低く抑えてしまえば、出口のない消耗戦に陥 ってしまう。
そこで、談合とみられても仕方がない 行為をしていたのではないか」と前置きしながらも、 「日本では海外に比べて物流業者の立場が弱く、どう してもフォワーダーにしわ寄せがいってしまうところ がある」と指摘する。
 しかし、「航空フォワーダーが航空会社と荷主との 間で得る利益の部分は、もともと荷主にとってはブ ラックボックスになっている。
黙っておいしい思いを したこともあるはずだ。
それが悪くなったからとい って、利用者である荷主に負担を求めるというのは 通らない」(政府関係者)というのがユーザーとして の荷主の立場だ。
業界内にも「燃油サーチャージの水 準が低かった頃、大手荷主に対しては全額収受に取 り組んでいなかったのも要因の一つ」とこれまでの 対応のまずさを指摘する関係者もいる。
 一方、航空貨物業界に比べても事業環境の厳しい トラック運送業界には、もともとサーチャージ制度が なかったこともあり、サーチャージ導入に対して国を 挙げての支援が進められている。
それでも「独禁法 では事業者同士の話し合いはカルテルに当たる。
行政 がそれを取りもてば、官製談合だ」(公取委)。
日本航空に一億ドルの制裁金  しかしフォワーダーを糾弾しても事態は改善しな い。
フォワーダー業界で談合が行われているとすれば、 それを生み出している元凶は、航空会社だけが国際 航空協定の独禁法適用除外制度で政府による保護を 受けていることにある。
 国際航空輸送ではこれまで、二国間航空協定によ り、航空会社や路線、輸送力などが決められてきた。
運賃については両国の航空当局の認可が原則。
IA TAの運賃調整会議が設定した運賃、または両国の 指定航空企業間で合意した運賃(キャリア運賃協定) になる。
このほか日本では、コードシェア協定などの 国際航空協定について国交省から認可を受ければ独 禁法の適用除外が航空法により認められる(図3)。
 しかし、米国やEU、豪州では、航空協定に関する 競争法の適用除外を廃止する動きが進んでいる。
「米 国司法省には国際航空カルテルを基本的に認めない という姿勢が随所に見られていた。
IATAによる カルテルを黙認する代わりに、航空産業に対する自由 化要求をしてきた。
EUも域内の航空輸送をマーケ ットに任せることで、効率性を達成し、経済的な効 果を上げていくというスタンスを採った。
そのプロセ スのなかで競争当局が力を持って現れた」と山内弘 隆・一橋大学大学院商学研究科長/同大学商学部長 は説明する。
 実際、欧米では航空会社にも当局の調査が入った。
欧州委員会や米国司法省は〇六年、複数の大手航空 会社を対象に国際貨物運賃と燃油サーチャージなどに 関して価格カルテルの疑いがあるとして調査を開始。
ブリティッシュエアウェイズや大韓航空、カンタス航 山内弘隆 一橋大学大学院商学研究科長 同大学商学部長’05 4月 ’06 1月 5月 6月 7月 8月 9月 10 月 11 月 12 月 5月 6月 7月 8月 2月 3月4月 9月 10 月 11 月 12 月 ’07 1月 5月 6月 7月 8月 2月 3月 4月 9月 10 月 11 月 12 月 ’08 1月 2月 3月 120 110 100 90 80 70 60 50 40 30 (円) 航空会社・仕向他により 異なる適用額へ 図2 燃油サーチャージの推移 11月〜2月 FSC金額 54〜100円 4月〜5月 FSC金額 63〜115円 36円適用 42円適用 48円適用 54円適用 60円適用 8月〜11月 FSC金額 48〜80円 21  JUNE 2008 特 集巨大物流企業の攻防 空に罰金が課された。
今年四月には日本航空が米司 法省と一億一〇〇〇万ドルの制裁金の支払いで合意。
欧州委員会からの容疑についても〇八年三月期決算 で特別損失を計上している。
昨年一〇月には、キュ ーネ+ナーゲル、シェンカー、パナルピナ、エクスペ ダイターズなど大手フォワーダーにも調査は及んだ。
 これに対して日本では独禁法の適用除外が維持さ れながら、競争が進むというねじれた状態が続いて いる。
ジャンボ機(ボーイング747)による輸送力 の向上とマーケットの拡大、世界的な規制緩和による 新規航空会社の参入により、航空輸送の競争は激化 している。
 これに伴い、認可運賃と実勢運賃は乖離し、二重 運賃構造となっている。
日本の国際航空貨物の九四% はフォワーダーによる混載貨物。
しかし、航空会社と フォワーダー、フォワーダーと荷主との間での実勢運 賃は、IATA運賃と大きく乖離している(図4)。
間違った保護行政  競争状態にある本体運賃よりも、燃油サーチャー ジはさらに問題が大きい。
たとえ航空会社が談合し ていても、取り締まることはできない。
ある航空業 界関係者は「航空会社同士で、全く同じではなくて も似たり寄ったりの価格を設定しているケースも見ら れる。
いくら独禁法の適用除外といっても、ここま で価格が上がってくると公取委の顔色を窺う必要も ある。
あからさまに同一価格にするわけにはいかな い。
同一価格にはしないが同水準にする、という話 し合いはあるはずだ」と見ている。
 航空会社に対する保護行政は、航空輸送の利用者 であるフォワーダー、荷主に不利益をもたらすだけで なく、航空会社自身にとってもマイナスに働く。
ぬ るま湯につかったままでは世界市場で生き残るため の競争力をつけることはできない。
燃油サーチャージ と運賃にみられるようなねじれを解消し、利用者を 第一に考えて市場の競争環境と監視体制を整えるの が本筋だろう。
 独禁法はすべての分野に適用されるのが原則だ。
公 取委は一九九〇年代から独禁法適用除外の廃止を進 めてきた。
現在残っているものは「すべて例外中の 例外として存続しているもの。
それだけの事情がな ければ認められない」(公取委)としている。
 国際航空協定については九九年にも見直しを行っ ている。
この結果、航空法が改正され、航空協定の 締結・変更の認可についての国土交通大臣による公 取委への通知義務など、公取委の関与規定が設けら れた。
しかし、「国際航空協定は諸外国でも競争法か らの適用除外が認められている」との理由から維持 されることになった。
 世界で制度廃止の流れが起きているのを受け、公取 委は昨年、「政府政策等と競争政策に関する研究会」 (規制研)で国際航空協定を対象とした議論を開始。
規制研の最終報告書を受け、同十二月、国交省に適 用除外制度の見直しを申し入れた。
先進国中、日本 だけが保護行政を存続させる「よほどの事情」など 存在しない、という結論に達したということだ。
 国交省はこれに対して難色を示している。
制度は 適正に機能しているという認識だ。
利用者の利益を 不当に害するようなときは独禁法が適用される、な ども理由としている。
日本航空、全日本空輸、日本 貨物航空は、IATA協定に代わる代替制度が必要 として、「慎重な検討と適正な判断」(JAL)を求 めている。
国交省とキャリアだけが保護行政の存続 を望んでいる。
図3 各協定の種類と航空法に基づく国際航空協定の公取委への通知状況 旅客 貨物 全体 コードシェア協定 マイレージ協定 プール協定 ロシアの指定 航空企業 IATA運賃協定(運賃規則を含む) その他の航空協定(連絡運輸、 代理店、サービス規則協定)               計 本体運賃(二国間航空協定に 基づく指定航空企業間合意) サーチャージ(同) アライアンス周遊運賃 (世界一周運賃・地域周遊運賃)               計 座席の貸与等に関する協定 マイルの換算率等に関する協定 シべリア上空を通過するに当たって、 日露間の指定航空会社間で運賃の 一部をプールし、配分する協定              合計  45 18 63 0 3 3 45 21 66 86 0 86 64 29 93 20 0 20 170 29 199 7 5 12 16 0 16 0 3 3 238 58 296 IATA加盟 航空会社 相手国指定 航空企業 アライアンス 加盟航空会社 締結航空会社 締結航空会社 IATA協定 キャリア運賃協定 協定 協定の相手方 協定内容06年度通知状況 仕入値 本邦航空会社アジア系航空会社米国系航空会社 売値仕入値売値仕入値売値 1,200 1,000 800 600 400 200 0 1,130 420 300 400 300 220 300 220 350 230 300 200 300 図4 IATA 運賃と混載貨物の運賃比較 上限 下限 IATA運賃 (単位:円/ kg) 出典:公正取引委員会出典:公正取引委員会

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