ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2008年4号
特集
トラック運賃2008 燃料サーチャージ制の行方

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燃料サーチャージ制の行方 業界保護に国が本腰  国土交通省が策定した「トラック運送業における 燃料サーチャージ緊急ガイドライン」の実効性に注目 が集まっている。
燃料サーチャージの算出方法や導入 の具体例を示したものだ。
しかし、トラック運賃は 既に自由化されている。
ガイドラインも法律ではなく、 直接の罰則規定はない。
 それでも実質的な強制力はある。
国交省は、燃料 サーチャージの導入、さらにはトラック業者の適正運 賃の収受に向けて、異例ともいえる強い姿勢を見せ ている。
燃料サーチャージを導入しない事業者に対 しては、貨物自動車運送事業法に基づき、運賃・燃 料サーチャージの導入を含めた適正運賃への変更の指 導、命令もあり得る。
原因が荷主にあれば、荷主に 対する勧告も辞さない構えだ。
 この政策は現政権の掲げる「中小企業底上げ戦略」 や、二月二〇日付の中小企業対策に関する関係閣僚 による会合申し合わせ「年度末に向けた中小企業対 策について」が裏付けとなっている。
同申し合わせ にトラック運送業における燃料サーチャージの導入や 公正取引委員会による下請取引の監視強化などが盛 り込まれた。
これに基づき、国交省と公取委は、軽 油価格高騰によるトラック業者の経営悪化に対処し、 不当競争を防ぐという名目で、燃料サーチャージにつ いてのガイドラインを柱とした「軽油価格高騰に対処 するためのトラック運送業に対する緊急措置」を決定 した。
 こうした取り組みはむろんトラック業界の声を反映 したものだ。
それに対して市場からは批判の声も上 がっている。
大手メーカーの物流部長は「ガイドライ ンの策定は規制緩和に逆行する動きだ。
燃料サーチ ャージが設定されれば、業者のコスト削減努力は止ま ってしまうのではないか」と懸念する。
 燃料サーチャージは燃料価格の上昇・下落によるコ ストの増減分を別建ての割増運賃として設定するも の。
軽油価格高騰の天井が見えない今、荷主にとっ ては予測も制御も不可能なコストアップ要因となって しまう。
原油・素材価格の上昇が経営を圧迫してい るのは荷主企業も同じ。
サーチャージの上昇幅によっ ては、取引先、さらには一般消費者に転嫁せざるを 得なくなることも考えられる。
 しかし、政府はトラック運送業の現在の苦境を重く みている。
トラック運送はトンキロベースで国内貨物 輸送の六割を占める、必要不可欠な輸送手段だ。
適 正運賃の収受が進まない状態が続けば、業者の経営 は悪化する一方になる。
社会保険の未加入や労働条 件の悪化、ドライバー不足の深刻化が安全性と輸送品 質の低下を招きかねないとする立場をとる。
 実際、二〇〇四年頃から始まった軽油価格の高騰 は、トラック業者を瀬戸際まで追いつめている。
全 日本トラック協会(全ト協)が会員事業者の営業報 告書を基にまとめている「経営分析報告書」による と、〇六年度の貨物運送業の平均営業利益率は〇・ 一%にまで下がっている。
〇四年度と比べて〇・二 ポイント低下した。
 これに対して経常利益率は〇・二ポイント低下の 〇・七%。
これは「営業段階の利益水準では運転資 金の借り入れもままならない。
そのため、保有不動 産を切り売りするなど経常段階で何とか利益を上乗 せして帳尻を合わせている」と関係者は説明する。
 ここまでトラック業界を追いつめたのは、規制緩和 を引き金とした競争激化と運賃水準の低下だ。
内閣 府の発表した規制緩和の経済効果についての分析で  軽油の値上がり分を運賃とは別建てで徴収する「燃料サー チャージ制度」の導入が、政府を挙げて進められている。
国 土交通省を筆頭に公正取引委員会など関連省庁がタッグを組 み、かつてない強い姿勢で市場に臨んでいる。
この新制度が そのまま普及する見込みは薄い。
それでも、運賃値上げの機 運に拍車を掛ける効果はありそうだ。
( 梶原幸絵) APRIL 2008  20 第3 部 は、〇四年度の運賃は一九九三年度から一四・八% 下落。
九〇年度と同水準にまで下がっている。
 結果として荷主は大きな利益を手にした。
トラッ ク運送の規制緩和による利用者側のメリットは九一年 度から〇五年度までの累積で三兆四三〇八億円に上 るという。
「規制緩和の効果はすべて荷主が吸い上げ、 しわ寄せは我々現場のトラック業者にのしかかってい る」とあるトラック業者はこぼす。
 そこに軽油価格高騰が追い打ちをかけた。
〇三年 度平均で一リットル六四円だった軽油相場が、昨年 十二月には一〇八円を記録。
上昇率は六九%に達し ている。
軽油価格が一円上がった場合の業界の負担 費用は約一六〇億円と推計されている。
これによっ て〇三年度に比べ、〇七年度では七一〇〇億円の費 用負担増が発生する計算だ(図1)。
 事実、トラック業者の営業収益に占める燃料油脂 費の割合は年々上昇している。
全ト協の経営分析報 告書によると、事業者の営業収益のうち、燃料油脂 費は九九年度には一〇・%を切っていた。
それが〇 六年度では一五・〇%にまで上がっている。
 これに対して減少しているのが、人件費(一般管 理費に含まれる人件費を除く)比率(図2)だ。
〇 六年度は九九年度から二・八ポイント低下し三八・ 六%となった。
軽油の値上がり分を人件費の削減で 吸収した格好だ。
コストの“切りしろ”はない  トラック運送の事業者数は〇六年度で六万二五六 七社に上り、そのうち九九・九%を中小企業が占め る。
従業員一〇人以下の企業は四七%だ。
そうした 中小は売り上げの大部分を二、三社に依存している。
荷主や元請けに対する立場は弱い。
軽油高騰で打撃 を受けても運賃を上げることは難しい。
コストアップ に対応するには、運送原価を下げるしかない。
 運送原価のうち、割合が大きいのは人件費のほか 「運行三費(燃料油脂費、修繕費、タイヤ・チューブ 費)」や道路使用料などだ(図3)。
とりわけ人件費 は原価の五割近くを占める。
しかし人件費削減には 大きな副作用がある。
賃金低下と長時間勤務が業界 から人材を流出させている。
とりわけドライバー不足 は深刻で「特に長距離は全く人が集まらない」と関 係者は嘆く。
 もともとドライバーは勤務時間が長い。
厚生労働省 によると、〇五年度のドライバーの年間労働時間は 営業用大型で二六一六時間、普通・小型で二五六八 時間。
全産業平均よりも三〇〇〜四〇〇時間長くな っている。
それでいて待遇は他の業界を大きく下回 っている。
 厚生労働省の統計では、九九年度の道路貨物運送 業の月間現金給与総額は三三万七三一〇円(全産業 平均は三五万五四七四円)だったが、〇六年度は三 一万三一〇八円(同三三万三一〇八円)に下がった。
全ト協の「平成二〇年版トラック運送事業の賃金実 態」でも男性ドライバーの一カ月の平均賃金は前年 から〇・五%減の三三万三五〇〇円という数字が出 ている。
「既に切れるところはすべて切ってきている。
できるだけ高速道路を使わず、下道を走るなどの対 策もとっている。
これ以上は荷主の協力が必要だ。
も はや運賃値上げ以外に策はない」とトラック業者は窮 状を訴える。
 軽油上昇分の運賃転嫁について、これまで業界が 手をこまぬいてきたわけではない。
全ト協は〇四年 頃から国交省や経済産業省、荷主団体などに協力要 請を行ってきた。
〇六年には燃料サーチャージのガイ 21  APRIL 2008 10,000 13,600 14,900 17,100 64 84 92 108 0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000 16,000 18,000 03年度05年度06年度07年度 (推計値) 0 20 40 60 80 100 120 軽油価格 ( 右軸) 図1 軽油上昇による費用負担増は07 年度、7100億円に 達する見込み 図2 トラック業者の総コストに占める人件費と燃料油脂費の割合。
燃料油脂費比率の上昇に対し、人件費比率は低下 (単位:億円) (単位:円)   0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 99 年 度 00 年度 01 年度 02 年度 03 年度 04 年度 05 年度 06 年度41.4 41.3 40.8 39.9 39.0 38.9 39.2 38.6 9.7 10.6 10.6 10.9 11.2 12.2 14.1 15.0 人件費 燃料油脂費 国土交通省資料より全日本トラック協会「経営分析報告書」を基に作成 経由費用(左軸) サーチャージは容認しない  それでも、燃料サーチャージ制が市場に本格的に 普及する見込みは薄い。
燃料サーチャージが既に導入 されている外航・内航海運や国際航空の分野に比べ、 トラック運送は事業者数が多く、荷主に対するキャリ アの立場が格段に弱い。
それと反比例して荷主の支 払い物流費に占める比率は大きい。
 大手メーカーの関係者は「物流コストの中で大きな 比率を占めるトラック運送で、簡単にサーチャージを 加えて運賃を増やしたり減らしたりされたらたまら ない。
それをされれば予算自体が立てられなくなっ てしまう。
経営の死活問題だ」と話す。
 もともとトラック運賃の原価は荷主にとってはブラ ックボックスになっている。
取引業者の運送原価が分 かれば、標準的なデータを基に算出した原価水準と 比較して取引業者のコストパフォーマンスを管理する こともできる。
自社の支払い運賃が適切な水準でな ければ、値上げの必要性も理解する。
 それが実際には荷主に原価は分からない。
元請け 業者の自社運送か、庸車かによっても当然、原価は 変わる。
ドライバーの年齢によって人件費の水準も違 ってくる。
しかし荷主は自社の貨物がどのように運 ばれているか、その詳細までは分からない。
軽油だ け原価を開示されても納得はできない。
 そのため荷主と直接輸送契約を結ぶことが多い大 手企業は、燃料サーチャージ制の導入に対して端から 静観の構えを見せている。
「業界としては歓迎すべき ことだが、政府からガイドラインが出たからといって、 荷主にサーチャージの導入を求めるのは難しい」と大 手トラック業者の幹部は話す。
 大手業者の業務内容がトラック輸送に限らないこと APRIL 2008  22 「国土交通省──事業改善命令の発動を示唆  国土交通省ではトラック運送に対する燃料サー チャージ導入の促進を「試行的な措置」としてい る。
現在の軽油価格暴騰を異常事態として、公正 取引委員会とも協議の上でガイドラインを策定し た。
ガイドラインを行政通達として地方運輸局に 出し、荷主とトラック運送業者に導入を強く働き かけていく。
   サーチャージを導入しない事業者に対しては、貨 物自動車運送事業法に基づく事業改善命令発動も チラつかせている。
サーチャージの設定を促す中 で「発動基準に該当するようなケースがあれば調 査を行っていく」(自動車交通局貨物課)。
 貨物自動車運送事業法では、国土交通大臣はト ラック事業者に対し、運賃・料金の変更を命令す ることができる。
発動基準は他のトラック事業者 との間に不当な競争を引き起こすおそれがある場 合になっている。
 ガイドラインを導入しない事業者に対しては、必 要に応じてまず事情聴取・調査を行う。
さらに立 ち入り検査を実施。
そこで導入しないことに合理 的理由がなく、かつ発動基準に該当すると判断す れば、燃料サーチャージの導入を含め、適正運賃 の変更を指導する。
国交省は、従わなければ事業 改善命令として、運賃の変更を命令することもあ り、命令に従わなければ事業の停止処分や事業許 可の取消処分が待っている。
 同法にはトラック事業者だけでなく、荷主に対 する規定もある。
トラック事業者の違反行為が荷 主の指示によるもので、かつ事業者に対する命令 や処分では再発防止が困難であれば、荷主に対し ても適当な措置をとるよう勧告できる。
 ただし、運賃の変更命令はこれまで出された例 はない。
よほど悪質なケースにでなければ、現実 には発動は難しいだろう。
サーチャージを導入し ていなくても、原価を裏付けとした適正な運賃で 輸送契約を結び、運賃も相場より極端に低いとい うことがなければ適用はできない。
 ガイドラインの出発点は、サーチャージ制の普及 ドラインも策定している。
ただし、団体としてこう したガイドラインを出すことは独占禁止法に抵触する 恐れがあった。
 公取委にヒアリングした結果、ガイドラインの内容 や周知活動は限定せざるを得なかった。
基準となる 燃料価格や算出例として具体的に数字を挙げて例示 はしない。
周知活動も団体として制度導入を直接荷 主には働きかけない、新聞等での告知もしない、会 員事業者のみに示す、という範囲に活動は留まった。
効果が上がるはずもない。
しかし今回、トラック業 界は燃料サーチャージの収受に関して政府のバックア ップを得た。
そこには公取委も名を連ねている。
一般管理費 13.9% 道路使用料  4.0% 人件費 38.6% 燃料油脂費 15% 修繕費 4.9% 減価償却費 4.9% 運送費 86.0% その他 (庸車費等) 11.4% 保険料 2.5% 施設使用料  1.0% 施設賦課税 0.7% 自動車リース料 2.0% 事故賠償費  0.2% フェリーボート 利用料 0.6% 図3 トラック業者の総コストの内訳。
人件費が最も多い 全日本トラック協会「経営分析報告書」を基に作成 も影響している。
トラック運送に倉庫保管や流通加 工、さらには通関や国際輸送まで含めてサービスを組 み合わせ、荷主との契約を数年単位で交わしている 案件が多い。
トラック運送だけを切り離してサーチャ ージを要求するのは難しい。
元請けが荷主から燃料 サーチャージを収受できなければ、制度が末端まで行 き渡ることは考えにくい。
 それでも「政府によるガイドラインは、荷主に値上 げ交渉のテーブルについてもらう材料にはなる」と関 係者は説明する。
サーチャージ制度自体に反発があっ ても、値上げについては理解を得られる可能性があ る。
燃料サーチャージ制を使わなければ、ほかに適正 運賃収受のための有効な手段はない。
 サーチャージというかたちではなくとも、軽油価 格高騰によるコスト増の転嫁自体は徐々に進んでい る。
全ト協の「軽油価格の影響と運賃転嫁に関する 調査結果」によると、今年一月調査結果では、全く 転嫁できていない事業者が五八・四%(前年同月は 七三%)に上った一方、転嫁できている事業者は四 〇・三%(同二四・一%)になった。
 このうち、「ほぼ転嫁できている」は一・五%(同 一・〇%)、「一部転嫁できている」は三八・八% (同二三・一)。
値上げ交渉に成功した要因としては、 「軽油高騰が社会的に認知されてきた」、「何回も交渉 して理解を得た」、「荷主がトラック業界の苦境を理解 してくれた」などが挙げられている。
 軽油価格は〇六年秋からいったん低下したが、昨 春以降再上昇が続き、昨秋からは史上最高値の更新 が続く。
こうした状況を受け、荷主側にも運賃本体 の値上げならばやむを得ないという空気が出てきて いる。
ガイドラインは、その後押しをする役割を果た すことになりそうだ。
23  APRIL 2008  国土交通省による燃料サーチャージに関するガ イドラインの策定は容認している。
「個々の事業者 が個別の取引の中の判断で、サーチャージ導入を 求めるのは自由だ。
ただし、事業者同士が協定を 結び、サーチャージを導入に向けて動けば独占禁 止法に觝触するため、この点の監視は引き続き行 う」(公正取引委員会)という。
 公取委自らも軽油価格に対処するための緊急措 置として、独禁法と下請法の取り締まりを強化す る。
トラック運送を含む物流事業者三万社を対象 とした特別調査を実施。
新たに設置した「物流調 査タスクフォース」により、荷主と元請け間の取 引、下請取引の不当行為に対する調査も行う。
 物流分野は二〇〇四年から下請法と独禁法の 「特殊指定」の対象に入っている。
下請法では元 請けと下請け間の取引を監視し、“買いたたき”や 運賃の支払い遅延、減額などを規制する。
独禁法 の物流特殊指定では荷主と元請け間の取引を監視 し、荷主の優越的地位の濫用を規制している。
 物流分野では一方的な運賃の減額など、下請法 違反が相次いでいる。
〇六年度では下請法による 警告件数のうち、物流分野の比率は四一・三%に も上った。
国交省がトラック事業者を対象に行っ たアンケートでは、下請法の内容を「知らない」 と答えた事業者は一八・二%、物流特殊指定の内 容を「知らない」と答えた事業者は三五・九%に 上った。
 一方で、物流特殊指定による荷主の違反事例は ない。
「これまでにも調査は行っている。
業界団体 などからの声も聞くが、意見はさまざまだ。
荷主 と元請けとの力関係のために問題が上がってこな いのか、実際に問題がないのか把握が難しい」(経 済取引局取引部企業取引課)状況だ。
元請けが荷 主を口実に利ざやを稼いでいることも考えられる。
物流事業者三万社への特別調査の目的は、荷主と 元請け間の取引実態をつかむことにある。
 三月中にも調査書面を物流事業者に送付し、回 答に基づき調査を行っていく。
「単なる実態調査で はなく、問題があるようであれば、対応するため の調査」(同)だ。
 「物流調査タスクフォース」では、荷主、元請 け、下請け間のすべての取引の調査の効率化によ り、効果を狙う。
公取委の経済取引局取引部内で は、下請け法と独禁法の特殊指定の運用部署が異 なるが、部署のカベを取り払い、物流分野の監視 強化に取り組む。
公正取引委員会──三万社を調査し取締強化 促進だ。
しかしガイドラインは考え方を示すもの で、トラック事業者にはガイドライン通りに進める 義務はない。
それでも国交省は「個々の事業者の 事情に応じてアレンジし、何とか値上げ交渉のラ インに乗せてくれれば」と期待を寄せている。
 規制緩和以降、荷主とトラック業者の力関係か ら運賃相場は下がり、極端な安値を出す業者も少 なくない。
そうした市場環境を国交省は問題視し ている。
燃料サーチャージに関するガイドライン と並行して、運送取引の適正化にも取り組んでい る。
昨秋から検討委員会を設置し、「トラック運 送業における下請・荷主適正取引推進ガイドライ ン」を策定した。
荷主と元請け、元請けと孫請け 間の具体的な取引事例を挙げて、問題点や「望ま しい取引形態」、「求められる取引慣行」を示して いる。

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