ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2008年1号
道場
在庫問題の原因はどこにある

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2008  74 そのお話の続きを聞きたいなと思って、済み ません、長居してます」  「それで、どんな話が聞きたいわけ?」  諦めたように大先生が聞く。
 「はぁー、どんなって言われても困るんで すが、私としては、先ほど名前の出た資生堂 さんが、その頃何をしたのかに興味がありま す。
いま資生堂さんはアウトソーシングで話 題になってますが、それとは関係ないですよ ね?」  「ない。
ロジスティクスの話だから」  大先生が即答する。
ロジスティクスと聞い て、元記者氏が身を乗り出す。
 「へー、ロジスティクスですか。
そんな時代 に。
あっ、そんな時代もこんな時代もなかっ たんでした。
済みません」  「いつ頃のことですか?」  体力弟子が、これまた興味深そうに聞く。
大先生が頷き、話し出した。
販売計画と生産計画を結びつける  「いつ頃だったかな。
まあ七〇年代には違 いない。
随分昔の話だ。
その頃、資生堂に物 流室という部署ができた。
もちろん、その前 から物流を管理する部門はあって、物流の合 理化に取り組んでいたけど、新たに作られた 物流室というところが製販調整を専門に担う という点で異色だった」  在庫問題の原因はすべて物流ではなく生産や営業にあ る。
ロジスティクスという言葉が普及するはるか以前から、 先人たちはそのことに気づき、改革の矛先を定めていた。
時代が変わっても物流の本質は変わらない。
専門誌元記 者の問いに、大先生は我が国の物流管理の黎明期を振り 返るのであった。
湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第67回》 在庫問題の原因はどこにある 大先生の日記帳編 第4 回 資生堂物流室が目指したもの  突然事務所を訪ねてきた知り合いの元記者 氏とつい話し込んでしまい、いつのまにか夕 方になってしまった。
元記者氏は続きの話が 聞きたいらしく帰る様子はない。
ちょうど外 出先から帰ってきた弟子たちも加わって、い つもながらの宴会に移ってしまった。
 「しかし、そんな昔話を聞いたってしょう がないだろうに」  大先生がビール片手に元記者氏にぶつぶつ 言う。
元記者氏が真剣な顔で答える。
 「いえ、しょうがなくないですよ。
先人た ちが物流にどう取り組んだかって話はいまで も参考になりますし、それに私が記録に残し ておきますから、是非お聞かせください」  「昔話をなさっていたんですか?」  美人弟子が興味深そうに聞く。
大先生が頷 いて説明する。
 「そう、おれの若い頃の話。
北澤さんの思 い出話からそうなった」  「へー、おもしろそうなお話ですね?」  体力弟子が乗ってくる。
元記者氏が先を促 すように、そして申し訳なさそうに相槌を打 つ。
 「そうでしょ。
先生の若い頃って物流の黎 明期ですよね。
その頃から在庫が物流管理 のメインテーマだったって初めて知りました。
69 75  JANUARY 2008  「実需に合わせて生産をするという意味で の製販調整ですね?」  美人弟子が確認する。
体力弟子が補足する ように呟く。
 「製販調整といっても、生産と販売の都合 を妥協させるだけというところもありますか らね」  大先生が頷き、話を続ける。
 「その頃、資生堂に限らずどこのメーカー でもそうだったんだけど‥‥まあ、いまでも そういう会社が結構あるな。
要するに、販売 計画をベースに生産の都合つまり生産効率を 加味して生産計画を作っていた。
よくわかっ ているだろうけど、販売計画と生産計画とは まったく相容れない関係だから、当然問題が 出る」  大先生が誰に言うともなく話す。
美人弟子 が頷いて話に乗ってくる。
 「販売計画は、結局は売上目標という位置 づけですから、どの商品が売れようが総額と しての売上目標さえ達成できればよいという 考え方が支配的ですよね」  「ある会社で、計画を立てる段階では、新 たに売り出した戦略商品を何%売るという目 標を立てて営業担当に指示したらしいんです が、期末になると、営業担当は目標達成のた めに説明の要らない従来の商品ばかり売って、 結局、戦略商品が大幅に売れ残ってしまった という話を聞いたことがあります」  体力弟子の話に大先生が頷き、楽しそうに 別の事例を話し出す。
 「そうそう、あるメーカーでのことなんだけ ど、うそのような本当の話がある。
その会社 で、あるとき売れ残った在庫が問題になって 会議が開かれた。
そのとき、営業の人が『こ んな売れもしない商品を、いくら生産効率を 高めるとはいえ、こんなに作っちゃうのはや っぱりまずいですよ』って発言したら、生産 担当の責任者が『何を言ってるんだ。
売れに くいものを売るから営業がいるんだろ。
売れ る商品ばかりだったら営業なんか要らないん じゃないの。
責任転嫁するんじゃない』って 怒ったそうだ。
その勢いと妙に説得力がある 物言いにみんな黙ってしまったらしい。
まあ、 問題の本質を外した議論だけど、よくありそ うな話だ」  元記者氏が頷いて、彼なりの見解を示す。
 「問題の本質って、売れ行きに合わせて作 ればいいってことですよね?」  弟子たちが頷く。
元記者氏が話を戻す。
 「それで、資生堂の物流室は何をどうした んですか?」  「簡単に言えば、販売計画と生産計画とを 結びつける機能を果たしたってわけさ。
何を したかというと、過去の個々の商品の売上や 在庫実績をデータとして取り、それを元に販 売計画を個々の商品のより実態に近い売れ方 に修正し、実際に販売を担当する販社の営業 のチェックを受けたあとで生産部門におろし ていった。
昔のことなので正確ではないかも しれないけど、要は、売上目標としての販売 計画を個々の商品ごとの必要量に置き換える という大変な作業をやったってことだ」  大先生の説明に元記者氏が素直に感想を述 べる。
 「そうですか、そんなことしたんですか。
そ の頃は商品別のデータベースなどなかったで しょうから、データを取ること自体大変だっ たでしょうね。
それだけ在庫を何とかしよう という熱意があったってことですね。
大した もんだ」  大先生が頷くのを見ながら、元記者氏が続 ける。
 「資生堂さんはいま熱心にロジスティクスを やってるようですが、その背景には、そうい う歴史があったんですね」 販売実績を把握するために  「もちろん、物流室の仕事はそれだけでは 終わらない。
ここからが重要なことなんだけ ど、そのフォローに力を入れた」  「フォローですか?」  大先生の言葉に元記者氏が怪訝そうにつぶ やいた。
JANUARY 2008  76  「そう、作った計画がどうなったかが重要 なわけだから、計画を作ったあと、それと実 績との乖離を追いかけ続けたわけだ。
乖離が 大きい場合には当然修正を加えた。
このフォ ローが生命線だな。
さて、そこで、日々の実 績を把握するためにあることをした。
何をし たと思う?」  大先生に質問され、元記者氏が「うーん」 と考え込む。
 「話の流れとしては、実績をどうつかむか というあたりのことですよね?」  元記者氏の中途半端な答えに大先生がもっ たいぶらずに答える。
 「そう、何をしたかというと、それまで各 部門で行われていた日々の受注業務をすべて 物流室に集約したのさ」  「なるほどー、それで日々の出荷実績をと らえたんですね。
たしかに、在庫を適正化し ようとしたら、日々実績をとらえて、それに 合わせて修正していくっていう仕事が欠かせ ませんね‥‥あっ、釈迦に説法でした。
済み ません」  元記者氏の言葉に美人弟子が微笑みなが ら、感想を述べる。
 「そういうお話を聞くと、物流管理の次の ステップがロジスティクスだという単純な段 階説を採るのは当たってないということです ね」 て感じを受けるところが結構あります。
在庫 が少なくなれば、それだけで作業効率が上が るんではないでしょうか。
本来の物流環境を 整備するという意味で在庫の適正化が先のよ うな気がします。
まあ、活動と在庫の管理を 同時にやってもいいですが‥‥」  元記者氏の言葉に弟子たちが頷く。
 「要するに、物流を正しく管理しようと思 ったら、在庫は外せないってことさ。
いつの 時代も」  大先生の言葉に元記者氏が納得したように つぶやく。
 「そうですね。
よくわかりました。
時代は 関係ないんです、たしかに」  元記者氏の顔を見て、大先生が何か思い出 したらしく別の話を持ち出した。
 「そうそう、こんな話もある。
いまや物流 では先進的で有名な会社だけど、昔ライバル 会社に物流で遅れをとって、お客さんにちゃ んと届かないなんてことが度々あって、それ が原因で売上を落としたということがあった。
その事実を知り危機感を抱いた社長が物流の 立て直しに、当時出世コースを走っていたエ ースを投入したんだ」  「へー、エースですか?」  大先生の話に元記者氏が興味深そうに身を 乗り出す。
 「エースの投入は社内でも話題になったら  「そうだな。
活動の管理も在庫の管理もど ちらが先っていうことはないから。
まあ、言 ってみれば、これまで活動の管理に力を入れ てきた企業が少なくないので、さあ次は在庫 を管理しましょうっていう意味合いでの段階 説ってとこかな」  大先生のコメントを聞いて、元記者氏が恐 る恐るという風情で自分の意見を述べる。
 「なるほど。
ただ、私は、何か在庫が先の ような気がしてきました。
物流現場などに行 くと在庫に邪魔されながら作業をしているっ 湯浅和夫の Illustration©ELPH-Kanda Kadan 77  JANUARY 2008 しい。
その人事が発表されたとき、その人に 同期や先輩たちから『おまえ、一体何をした んだ』といった電話が殺到したそうだ。
左遷 されたと思われたらしい。
もちろん左遷じゃ なく切り札だったんだけど、まあ、それはい いとして、その人が物流に来てまず何をした と思う?」  大先生の質問に元記者氏が言いよどむ。
 「何をしたかと言われましても‥‥」  「全国にいくつもあった物流拠点というか 倉庫を回ったんだよ」  大先生の答えに元記者氏が「そんなこと、 どこの物流部長もやってますよ」とでも言い たそうな顔で大先生を見る。
 「肝心なのはそのあとだ。
そこで何をした かだよ。
そこで何をしたと思う?」 本来的な改革の取り組み  元記者氏の気持ちを見透かすようにまた大 先生が質問する。
元記者氏が小首を傾げる。
何となく想像はつくけど、答えをためらって いる感じだ。
 「そう、これまでの話と同じ流れだよ。
当 たり前のことをやっただけ。
彼がまずチェッ クしたのが拠点に置かれている在庫だった。
物流拠点を回っていると、ある拠点では品切 れしそうな在庫なのに他の拠点ではたくさん 余ってるなんて実態を詳細につかんだ。
いわ ゆる在庫偏在ってやつだ。
あるいは、本来入 るべき在庫が予定どおり入って来ないという 実態があることもつかんだ。
また、顧客から 入る緊急の注文が結構あり、その原因も詳細 に調べた。
突然特定の顧客に大量の出荷が発 生している事実も目の当たりにした。
要する に、物流拠点での作業効率などには目もくれ ず、物流の構造的な問題を把握したってわけ だ。
こんな状態ではまともに物流なんかでき っこないと実感したそうだ。
そして、その原 因はすべて物流ではなく生産や営業にあるっ て結論づけた。
そこから、その会社の物流改 革が始まった」  ここまで話して、大先生が「わかったろ?」 というように元記者氏の顔を見て頷いた。
元 記者氏が大きく頷く。
 「なるほど、まさに本来的な取り組みをし たってことですね。
それで一気に物流を変え たんですか?」  「そう、あっという間に物流は立ち直った。
物流をだめにしている原因を正しくつきとめ、 それを取り払ったんだから、必然的に物流は 立ち直った。
その会社では、その後も代々の 物流部長が継続的に本来的な物流改革を進 め、いまや押しも押されもせぬ物流先進企業 になった。
当然、会社の業績もいい」  「その会社はどこですか? もしかしたら ‥‥」  「さー、どこかな? あれ、もうこんな時 間だ。
そろそろお開きだな」  大先生の言葉に弟子たちが頷く。
元記者氏 も時計を見て慌てて、しかし名残惜しげに立 ち上がった。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課 程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経 て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを 設立し社長に就任。
著書に『現代物流システム論(共 著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物 流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる 本』(以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コンサルテ ィング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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