ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年9号
自己創出型ロジスティクス
不確実性と構造的カップリング

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SEPTEMBER 2007  80  オートポイエーシスと自己組織性が、社会システム 理論の核心である。
そして自己言及がシステム形成の 推進力となっている。
この高度に抽象化された理論を マスターするには、それを支えている概念装置──複 雑性や偶発性、構造、構造的カップリング──といっ た言葉の理解が欠かせない。
不確実性と構造的カップリング 第4章 複雑性とその縮減  第二章で、「内部を考察することが意味を 持つのは、外部が存在する場合のみである」 と述べた。
この外部環境に関する認識は極め て重要である。
 この世界は極めて複雑だ。
システムの内部 も複雑だが、それを取り巻く環境は内部をは るかに超えて複雑である。
したがって、シス テムの内部と環境との間には複雑性の落差が あるといわれる。
そこでいう複雑性とはいっ たい如何なる状況を指しているのであろうか。
 ルーマンは次のように規定している。
(1)  「要素と関係との差異というシステム理論 の根本前提から出発するなら、直ちに次のこ とがみてとれる。
あるシステムにおいて結び 合わされなければならない諸要素の数が増大 する際に、それぞれの要素がそれ以外のすべ ての要素と関係することが最早や可能でなく なる閾値にたちまち突き当たる。
‥‥この場合、 現に結び合っている諸要素の集合は複雑性を 表していると言い表すことにしたい」  システムは、内外に存在する極めて多様 な複雑性とかかわって構成されなければなら ない。
しかも複雑性は時間とともに変化する。
いわば複雑性の時間化によって、「動態的な 複雑性」が現出してくる。
そのためシステムは、 時間の持つ重要な性質、不可逆性をも前提 とせねばならない。
 ロジスティクス・システムにおいても、今 日の顧客の要求は昨日の要求とは違う。
明日 の要求もまた今日とは違ったものになるだろ う。
ロジスティクス活動に影響を及ぼす自然的、 社会的、経済的条件は日々変動する。
それら の全てを予期し、それに備えてシステムを能 力的に整備しておくことは不可能である。
あ らゆる種類のすべての顧客の、非常に多様な 顧客サービス要求に対応することはできない。
 システムが成立し、存続していくためには、 環境の過大な複雑性を選択的に受け入れるし かない。
これを複雑性の縮減と呼ぶ。
一般 的には次のように説明される。
 「問題となる出発点は、われわれは多くの 出来事にかかわり得る可能性にさらされてい るにもかかわらず、現実的には、そのうちの ごく僅かのものにしか接近できないという原 理的制約の下に置かれているということにあ る。
可能なのは時間の経過に従い、そのなか のあるものだけが現実的なものとなることで ある。
これは不可逆性という時間のもつ一つ の制約から生じている。
さらに加えて、出来 事とは、ある一定の時間においてのみ生起す るものであり、必ず消滅するものでもある」  ロジスティクス活動も出来事から成り立 つ。
そのため常に時間を前提にせざるを得な い。
何よりも「あらゆることがらは現に見ら 81  SEPTEMBER 2007 れるようにあり続けることはない」(2)。
こ れを不確実性の公理と呼んでいる。
二重偶発性 ─社会システムの創発─  既にみてきたように物事は不確実である。
偶発的、すなわち予期した以外の可能性が 常に潜んでいる。
換言すると、現にみられる 物事は「別様でありえた」のであり、今後起 こるであろうことがらも、予期するものとは 違ったものとして生じうる可能性(期待はず れ)を排除することができない。
 時間的制約をもつ出来事には、過去、現在、 未来にわたって、このような偶発性が常に随 伴している。
前節で述べた複雑性の縮減とい う概念のなかには、この偶発性という概念が 既に組み込まれている。
(3)  需要者の行動は供給者にとって偶発的であ る。
同時に供給者の行動も需要者にとって 偶発的である可能性を潜めている。
相手側の 行動はこちら側にとって常に予測し難いもの を潜めている。
予測には常に期待はずれの危 険性がつきまとう。
需要者と供給者は相互に ブラック・ボックスの関係にあるわけである。
 今、供給者と需要者との間で商取引が行 われ、ロジスティクス活動が実行されている とする。
そこでは取引関係、そしてアベイラ ビリティを供給するというロジスティクス関 係が成立している。
これまで述べてきたように、 それは相互の間にコミュニケーションが成立 している、すなわち社会関係が成立している ことを意味している。
 このコミュニケーションという社会システ ムは供給者と需要者との間に創発されるもの であって、供給者と需要者のどちらか一方に 還元することはできない。
なるが故に、コミ ュニケーションは「社会的意味」を持つので ある。
 ここで疑問が生じるだろう。
 先に供給者と需要者とは相互にブラック・ ボックスの関係にあると述べた。
そのような 二重偶発性が生じているにも関わらず、どう してコミュニケーションを通じ合う関係(社 会システム)を成立させることができるのか という疑問である。
 これに対しては、むしろ二重偶発性が顕在 化するときにこそ、社会システムは創発のき っかけを与えられるのだと考えることができ る。
そもそも人間は「他者と共に生きる」 ことを前提にしており、「君がわたしの望む ことをするならば、わたしは君が望むことを 行う」という原則に立っている。
 さらに供給者も需要者も、それぞれが自己 言及しているが故に相手の内部はお互いにと ってブラック・ボックスなのである。
そこで は不確実さが二重化している。
こちらも不確 実だが、あちらも不確実だということだ。
そ のため、あちらはこちらの出方に左右される ことを考慮した上で、こちらもその出方を決 めなければならなくなる。
 この二重偶発性問題は、双方が「相手の 出方を考慮せざるをえないということを考慮 すること」に依存している。
このことを通して、 相手の出方を考慮してみずからの行動を方向 づける可能性が生じる。
これを二重偶発性 の自触媒作用と呼ぶ。
(4)  また、取引経験が深まるにつれて、相手 側に対する期待と、そして期待はずれの経験 が相互に積み重ねられていく。
その結果、自 触媒作用がプラス方向に作用し始めると、す なわち取引関係が順調に深まっていくと、相 互の期待は次第に安定化し、構造形成へと 向かう。
そして相互間の取引関係という社会 システムが安定に向かうのである。
構造  ルーマンが師事したタルコット・パーソン ズは「構造機能的システム理論」を唱えた。
ルーマンはこれを引っ繰り返した「機能構造 的システム理論」から出発した。
そのように、 彼のシステム理論では、構造という概念が重 要な位置を占めている。
 そもそも構造とは、西欧哲学において長い 歴史的背景を持った概念であるが、ここでは それが「自己創出型ロジスティクス」のどこ に現れ、どのような役割を果たしているのか という点に的を絞って、要約的に述べること にする。
?構造とは何か SEPTEMBER 2007  82  ルーマンは次のようにいう。
(5)  「コミュニケーションとコミュニケーション とを結びつけている構造は、その構造にとっ て情報たりうるものをその構成要因としてお り、つまり世界構造なのである。
というのも、 あるシステムの構造は、そのシステムにとっ てそもそも重要となりうるものすべてをその システムのなかで掌握しているからである」  かように、構造がもつ多様な性質を強調す る反面、次のように簡潔にいい切っている。
 「構造それ自体は、諸要素の性質の限定や その要素と要素の結合可能性の限定以外の 何ものでもない」 ?構造はどこに現れるか  第二章の図6「物理的空間と位相空間」 を思い出して頂きたい。
図は、物理的空間に おける連続的作業系列と、位相空間における ロジスティクス・システムを二階建てのかた ちで示していた。
その一階にも二階にも、実 は構造が潜んでいたのである。
(この二階建 てモデルは、後章でもっと洗練されたモデル に改良される)  ?において、ルーマンの社会システムの構 造に対する極めて包括的な定義らしきものを 紹介した。
これとの対比において、コミュニ ケーションという言葉にビジネスという言葉 を充当すると、図で一階にあたる物理的空間 に存在するのは、連続的作業系列を規定し ている「マネジメントの構造」となる。
一方、 二階の位相空間に存在しているのは、「ロジ スティクス・システムの構造」である。
?システムの再生産  本章の第一節で、複雑性について解説した。
実はシステム論における複雑性は二種類に分 かれる。
一つは「構造化されていない複雑性」 であり、もう一つは「構造化された複雑性」 である。
 前者は「エントロピー的複雑性」とも呼ばれ、 システム内部における要素と要素の連関を見 いだすことのできない状態に崩壊してしまう ことをいう。
このような崩壊を手がかりとして、 そこから秩序を構築することが、構造を形成 するということの意味である。
そして構造の 形成は諸要素に再生産のエネルギーや情報を 与える。
 ロジスティクス・システムの諸要素は常に その構造によって、あらかじめ定められたカ テゴリーのなかから出現するのであり、それ 以外は排除されている。
しかも構造は、時間 の隔たりをこえて、要素と要素とを関係づける。
すなわち過程の接続性を保証する。
要素が取 り替えられても、要素と要素の関係の選び出 しそのものは変化しない。
この選び出しそれ 自体は新しい要素によって再生産される。
し かも、そのシステムにおいて許容される諸関 係は限定されている。
この点が構造の核心と される。
(6) ?自己組織性  コミュニケーションという要素が作動して いる閉じられた社会システムにおいては、そ の固有の構造は、それ自身の諸作動によって 作り上げられる。
いわゆる構造の輸入などは 存在しない。
これを自己組織性と呼ぶ。
シ ステムはおのずから構築された構造があって、 はじめて作動できる。
その上構造はシステム が作動している瞬間にのみ効力を持つ。
(7) ?予期を基礎とする  社会システムの構造は予期に基づいてい る。
そもそも社会システムの要素はごく短時 間しか存続することができないため、予期以 外に構造形成の可能性はありえないのである。
(8)  しかも、「予期は過去ではなく、未来に関 係する」。
「システムの過去はともかく処理さ れ、あるいは事実と記憶は一定の形で清算さ れている。
それゆえ弾力性あるいは総合化は、 ただ将来の行動の仕方を確立するためだけに 必要とされる。
そのような状況から出発する のであるから、構造を予期と結びつけるのなら、 理論全体のなかで、非常に強力に未来パース ペクティブが優先されるのである」(9) ?構造効果 83  SEPTEMBER 2007 る。
そのなかに、二匹のくらげを描いたよう な奇妙な図が出てくる。
この図は構造的カッ プリングの概念を表していると著者はいう。
 くらげの頭はオートポイエーシスしている 単体を示している。
そして下の波は環境だ。
単体と環境の間のくらげの足のようなものは 相互作用である。
さらに、図9では二つの(あ るいはそれ以上の)オートポイエーシス単体が、 カップリング[連結]された個体発生を行う ことができることも示している。
これについ てマトゥラーナとバレーラは、以下のように 説明している。
 「オートポイエーシス単体は、特有の構造 をもつものとして描写するとき、単体と環境 との相互作用は( 再現的なものであるかぎ り)両者の相互的撹乱なのだということがあ きらかに分かる。
こうした相互作用において は、環境の構造はオートポイエーシス単体内 部の構造的変化をひきおこす[引き金をひく] だけでそれを特定したり指定したり指令をあ たえたりはしないのであり、環境の方から見 れば事態はちょうど逆になる。
その結果、オ ートポイエーシス単体とその環境が分離され てしまわない限り、相互的・合同的な構造的 変化が続く。
そこには構造的カップリングが 存在する」 ?構造的カップリングの機能  本稿ではこれまで、コミュニケーション・ システムがコミュニケーションをオートポイエ ーティックに自己産出している閉鎖システム であることを強調してきた。
しかしシステム が環境からのいかなる寄与もなしに存在し得 るわけはないことも既に前章で述べている。
 システム論においてはこの事実を、システ ムは「コミュニケーションのオートポイエー シスと物質的環境とのマテリアルの連続性を 基盤とする」と表現する。
 また、物理的空間と位相空間との間には、 その活動間に、同時性が存在する。
「生起し ているあらゆるものは、同時に生起している」 とルーマンもいう。
すなわち、コミュニケー ション過程と並行して、さまざまな物質的─ 心的過程が同時に生起しているのである。
 しかし、このことはコミュニケーションの  構造とは粗っぽくいってしまえば、記憶装 置のようなものである。
過去の経験を記憶し ていると同時に、前項で述べたように、未来 に対する予期をも併せて「期待構造」として 蓄積している。
そしてそれによって、発生す る出来事の可能性を限定し、かつその可能性 をあらかじめ大まかに選別することができる。
 期待構造に基づいて構造が設定している 「しかるべき」あり方の確かさ、あるいは不 確かさに対し、発生した出来事が予想を超 えて食い違う、すなわち差異を示すことがあ る。
その時、構造それ自体に変化の契機がも たらされたり、実際に変化させたりする。
そ れを出来事がもたらす情報の構造効果と呼ぶ。
また、構造は選択的被刺激性をもっていると もいう。
構造的カップリング ?二匹のくらげ  マトゥラーナとバレーラによる「知恵の樹」 ( 10 )という著書をご存じだろうか。
生物の さまざまな生態から説き起こし、自己言及 しオートポイエーシスする人間社会の本質に 迫る名著である。
訳本は文庫本になっており、 是非お薦めしたい書物の一つだ。
 同著の終盤近くに、「人間であることの独 自性は全面的に、〈言語する〉ことをつうじ て起こる社会的構造的カップリングである」 という表現が出てくるのは非常に印象的であ 図9 構造的カップリング 出典:ウンベルト・マトゥラーナ、フランシスコ・バレーラ著  管啓次郎訳「知恵の樹」筑摩書房 1997 年 物質的還元論を認め、コミュニケーション・ システムの閉鎖性を融解させる恐れを引き起 こすことになりはしないだろうか。
( 11 ) そ の恐れが否定されるとするなら、システムと 環境はどのような関係を持つことになるのか。
そしてそのことをシステム理論はどの程度の 概念的厳密さをもって説明できるのか。
この 疑問に答えねばならない。
 これに対してマトゥラーナが出した答えが 「構造的カップリング」という概念だった。
 それは、「コミュニケーション・システムが、 コミュニケーション過程にもたらされる差異 のモメントを構造の選択性を媒介にたえず感 知しているということであり、かつそれによ ってコミュニケーションの構造自体もまた移 り変わって行く動的プロセスのことにほかな らない」( 12 )  その好例は、人間の脳が目と耳を介して外 界と構造的にカップリングしているその様式 であるとされる。
少し長くなるが引用しよう。
 「脳は、感受能力に関して極めて狭い帯域 幅しかもっていない。
その狭い帯域幅が見え るものを縮減し、色のスペクトルを限定し、 同様に聞こえるものを縮減する。
正にそうで あることによってのみ、脳システムが外部か らの影響によって過剰な負担にさらされるこ とがなくなる。
そして学習効果が生じ得るの であり、脳の内部に複雑な構造が構築される。
わたし達が観察するのは、狭い範囲での外部 との接触が脳内に構造を発展させる巨大な可 能性を伴っているという事態である。
そして、 もう一度、このことがオートポイエーティッ クな構造と、つまり作動の閉鎖性と両立可能 だということも確認させる。
かんじんな要点 は、脳システムそのものが直接環境と接触す るのではなく、僅かな光化学的あるいは音響 学的な波動によって刺激されるだけというこ とであり、その僅かな刺激から脳システムが 自らの装置を用いて、環境のなかに存在せず、 相関項があるだけの情報を作り出すというこ とである。
なお、環境内の相関項をみること ができるのは、またしても観察者のみである」 ( 13 )  このように、システムは構造的カップリン グという極めて細い回路によって環境とつな がっているのであって、環境全体と関わって いるわけではない。
カップリングはきわめて 選択的に行われている。
あるものは取り込まれ、 それ以外のものは排除される。
すなわち、包 摂と排除の両面の機能をもっているのである。
 最後に注意しておきたいことが二つある。
第一は言語こそがカップリングの装置である ということ。
そして第二は構造的カップリン グは「アナログな」関係を「デジタル化する」 ( 14 )ということだ。
 このうち後者はとくに重要である。
「物理 的空間」はアナログの世界であるが、「位相 空間」はデジタルの世界だからである。
※1 ニクラス・ルーマン著 佐藤勉監訳「社会シ ステム理論」恒星社厚生閣 一九九三年 ※2 (1)に同じ ※3 村中知子「ルーマン理論の可能性」恒星社厚 生閣 一九九六年 ※4 (3)に同じ ※5 (1)に同じ ※6 (1)に同じ ※7 ニクラス・ルーマン著 土方透監訳「システ ム理論入門─ニクラス・ルーマン講義録(?)─」 新泉社 二〇〇七年 ※8 (1)に同じ ※9 (7)に同じ ※ 10  ウンベルト・マトゥラーナ、フランシスコ・ バレーラ著 管啓次郎訳「知恵の樹」筑摩書房 一九九七年 ※ 11  「コミュニケーションと社会システム─パーソ ンズ・ハーバーマス・ルーマン─」高橋徹 第三部 第五章「構造的カップリングの問題性」恒星社厚生 閣 一九九七年 ※ 12  ( 11 )に同じ ※ 13  (7)に同じ ※ 14  Niklas Luhmann, Die Gesellschaftder Gese llschaft, Kapitel1, VI, Schuhrkamp, 1998.  参考文献 SEPTEMBER 2007  84 あぼ・えいじ 1923年、青森市生まれ。
早稲田大学理工学部卒。
阿保味噌醸 造、早稲田大学教授(システム科学研 究所)、城西国際大学経営情報学部教 授を経て、現在、ロジスティクス・マ ネジメント研究所所長。
北京交通大学 (中国北京)顧問教授。
物流・ロジス ティクス・SCM領域の著書多数。

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