ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2007年8号
判断学
コムスン、NOVA事件の意味

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2007 66 コムスンの介護事業 訪問介護事業で虚偽の申請や水増し請求があったことか らコムスンが厚生労働省によって指定取消処分を受けたが、 その処分逃れのために先回りして八事業所すべての廃止届 けを出した。
そこからドタバタ劇が発生して、ついにコムス ンは訪問介護事業から全面的に撤退し、これをニチイ学館 か、あるいはワタミに売却するということになったが、この 事件はいったい何を物語っているのだろうか。
グッドウィル・グループの会長である折口雅博氏は防衛 大学を卒業後、日商岩井に中途入社し、その後、「ジュリア ナ東京」などのディスコ事業を手がけ、一九九五年にグッド ウィルを設立したという変わった人物である。
現在のグッド ウィル・グループは持株会社として、その傘下に日雇い派 遣事業や訪問介護、デイサービス、グループホーム、有料老 人ホームなどの事業を行う会社がある。
老人介護事業が儲かるからそこへ進出するというのは誰 でもが考えるところで、グッドウィル・グループのような新 興企業だけでなく、既存の大企業も競って進出している。
それらが株式会社である以上、株主の利益を最大にする ように経営するのが当然で、そのためにはできるだけコスト を下げなければならない。
コムスンがコストを下げるために、できるだけ人員を減ら そうとし、そのために雇用の実態がないにもかかわらず、そ れが職員であるかのようにしていたのが、虚偽申請であると して厚生労働省から処分を受け、その処分逃れのために事 業所の廃止届けを出したというわけだ。
これだけみると、どこにでもありそうなことで、介護事業 を行っている他の大企業についても、そういうことがないと はいえない。
ただ、うまく処理しているか、どうかの違いだけではないか。
にもかかわらず、なぜコムスンだけが問題にされるのか‥‥。
NOVAの教育事業 コムスン事件がマスコミによって大きく報道されていると ころへ、今度は英会話教室で最大手のNOVAが経済産業 省から一部業務停止命令を受けたというので、これまた大 きく報道された。
「駅前留学」という名前の宣伝で英会話学校を全国に展開し、 業界最大手になったNOVAはポイント制などによって顧 客の数を増やしていったが、その契約、とりわけ中途解約を めぐってトラブルが多数発生しており、これが特定商取引法 に違反しているというのが経済産業省の処分理由である。
顧 客の数を増やし、解約した顧客からは解約手数料をできる だけ多く取る、というのも、これまた営利が目的である株式 会社なら当然のことである。
NOVAは一九八一年に大阪で英会話教室を開いたのが 始まりで、その後、東京、岡山、名古屋、仙台などに進出 し、二〇〇五年には全国九〇〇カ所に教室を持つというほ ど急成長した。
教室を急拡大したために、経営が圧迫されたので、そのた めに解約料などで利益をあげようとしたというのも、利益が 目的である株式会社であれば当然考えられるところで、これ またNOVAに限られた話ではないのではないか‥‥。
英会話教室や塾が儲かるビジネスになっているのはかなり 以前からのことで、英会話教室や塾だけでなく、教育事業 全体がいまやビジネスになっている。
有名私立大学が相次ぎ 高校や中学、さらに小学校や幼稚園にまで進出しているが、 これは単に良い学生を囲い込むための作戦というよりも、そ れ自体が儲かるビジネスであるからである。
私立大学の株式会社化は以前から一部でみられたが、最 近はほとんどすべての私立大学で流行している。
そればかり か国立大学も独立行政法人になったあと、同じような傾向 を強めている。
教育や医療など、これまで聖域とされてきた分野に株式会社が進出してきて いる。
聖域であったのは、カネ儲けが目的であってはならない分野だからであ る。
一連の事件は起こるべくして起こった当然の帰結であり、氷山の一角に過 ぎない。
67 AUGUST 2007 聖域へ進出した理由 コムスンが介護事業でやったこともNOVAが教育事業 でやったことも、株式会社とすれば当然のことで、ただ、そ の程度がひどすぎるか、あるいは法令違反をしたというだけ のことである。
というのも、教育や医療という、本来、カネ儲けのための 事業であってはならない分野に株式会社が進出すれば、当 然起こって不思議ではないことだからである。
では、いったいなぜこのような聖域とされていた分野にま で株式会社が進出するようになったのであろうか。
それは株式会社に余裕がなくなったからである。
株式会 社を担い手とする資本主義は、たえず外部に進出して拡大 しつづけなければならないという性質を持っている。
資本主義国が海外に進出して植民地を作るのはそのためだと、かつ てローザ・ルクセンブルグは『資本蓄積論』という本のなか で述べたが、同じように株式会社もたえず外に進出していか なければならない。
その進出する分野がなくなれば、教育や医療という、それ まで聖域とされていた分野にも進出する。
その結果どうなるか。
このことを見事に証明してくれたの が今回のコムスンやNOVAの事件であった。
それは株式 会社として利潤を最大にするためにはできるだけコストを下 げ、できるだけ顧客を増やしていかなければならない。
コム スンやNOVAがやったことはそれであり、それはこれら二 社に限られた話ではない。
他にも介護事業や教育事業に進 出している株式会社はたくさんあるから、当然これらの会社 も同じようなことをするだろう。
ただ、法令違反として摘発されるかどうかの違いはあるが、 それは経営のやり方の相違であって、事業そのものの本質的 違いではない。
マスコミはなぜこのことを指摘しないのか、そ れこそが問題だ。
おくむら・ひろし1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『株のからくり』(平 凡社新書)。
教育、医療にも株式会社 「民間にできることは民間に任せる」というのが小泉内閣 の政策であったが、その一環として教育や医療分野にも民 間の株式会社を参入させることになった。
これまでどこの資本主義国でも教育や医療の分野は利潤 追求を目的にする株式会社は参入してはいけない聖域だと されていた。
ついでにいえば宗教も同じで、株式会社がお寺 や教会を作るということは許されなかった。
株式会社は出資者である株主の利益を最大にするように 経営されるのであるから、それが教育や医療、宗教に進出す るということは許されなかったのだ。
ところが一九七〇年代ごろから世界的に新自由主義の潮 流が支配的になり、国有企業を株式会社にして私有化する ということが流行するようになった。
その一環として日本では国鉄や電電公社、さらには郵便 事業も民営化されることになり、同じような考え方から、従 来、聖域とされてきた教育や医療に株式会社を参入させる ということになったというわけだ。
ついでに宗教についてはどうか、といえば、この分野では 宗教団体が事実上、株式会社化しており、大きな利権団体 になっているのでいまさら株式会社が参入する余地がないと いうことかもしれない。
私はかつて私立大学で教えていたが、そのころ学生によく 言ったものである。
「もし私がカネ儲けのために講義している、と言ったら、そ んな講義を聞く学生がいるか」と。
もし利益が目的なら、で きるだけ多くの学生を集め、学生の人気取りのための講義 をし、できるだけ試験を易しくする。
そのような大学に行く 学生がいるだろうか。
医者の場合も同じで、「カネ儲けのた めの医院」には誰も行かないだろう。
「医は算術」と昔から いわれるが、そんな医者はみなから嫌われる。

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