ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年8号
道場
ロジスティクス編・第23回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2007 60 美し過ぎる動機にはウソがある 物流部長がしたり顔で解釈する 新入りの物流部員が辞めてしまった件について 物流部長が説明を始めた。
「実は、例の支店なんですが、あのー、前にお話 しした、私と支店長がやりあった、あの支店です」 「あー、なるほど。
あの支店長がからんでくる のか。
それで?」 物流部長が話しにくそうに、ぼそぼそ言い始め るのを大先生がせかした。
「はい、あの支店の担当から、システムについ て相談があるので来てくれと言ってきたんです。
それで、私が行くつもりだったのですが、急に用 事が入ってしまったので、その例の彼に、話だけ でも聞いてくるようにと一人で行かせたんです。
それがまずかったんです」 「まさか、支店長にいじめられて辞めてしまっ たなんてばかな話じゃないよな?」 大先生の確認に、社長が即答した。
「いえ、そ のばかな話なんです。
ほんと情けない」。
社長が ため息をついた。
物流部長が補足する。
「なんか、会議をしてるときに、あの支店長が 顔を出して、私がいないことをいいことに、この 前の腹いせなんでしょうが、いちゃもんをつけた り、わけのわからない質問をしたりして彼をいじ めたらしいんです」 「へー、そんな程度のことで辞めるって言い出 したの、彼は? まあ、もともと辞めたいって気 持ちがあったんだろう。
あのとき彼が語った、物 流をやりたいという動機も本音とは思えなかった し‥‥」 「美し過ぎる動機にはうそがある‥‥ってとこ でしょうか」 物流部長がしたり顔で大先生の話を引き取る。
社長が苦笑する。
「そうだな、あんな絵に描いたような理由で物 流をやりたいなんてできすぎだ。
現状から逃避す るための言い訳だろう。
営業から逃げたとは思わ れたくないので、自分で取り繕ったのさ。
大体、 中途半端に頭がいいとああなってしまう。
それで、 《前回までのあらすじ》 問屋のロジスティクス導入プロジェクトが、いよいよ導入効果検 証会議の日を迎えた。
会議の途中、カリスマ物流コンサルタントの “大先生”が、進行役の物流部長にふと尋ねた。
営業部から本人の 希望で異動した若手物流部員の顔が見えないのはなぜか? 物流 部長は返答に窮する。
弁舌さわやかで優秀に見えた、その若手物 流部員が実は退職してしまっていたからだ。
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第 64 回》 〜ロジスティクス編・第 23 回〜 61 AUGUST 2007 辞表は社長に持っていったわけ?」 大先生が社長に向かって聞く。
社長が頷く。
「はい、理由を聞いて呆れて、すぐに受理しま した」 「実はですね、それにからんでもう一つ事件が あったんです」 物流部長が、そう言って、社長の顔を見た。
話 の流れで言い出してしまったが、言ってはいけな いことだったかもと不安に思ったようだ。
社長が 頷くのを見て、安心したように続ける。
「その辞めてしまった彼とのやり取りの中で、件 の支店長が、よせばいいのに、そんなシステムの 導入などほっとけばいいと口走ってしまったんだ そうです」 「はー、それはまずい。
それで社長は怒った?」 大先生が社長の顔を見ずに、物流部長に聞く。
「はい、それはもう。
私と常務が呼ばれて社長 室に行ったんですが、般若のような形相でした」 そう言って、物流部長は、ちらっと社長の顔を 見て、首をすくめる。
大先生が、楽しそうに物流 部長に聞く。
「それで、どうなった?」 「はぁー」 物流部長が口ごもる。
それを見て、社長が先 を促す。
「どうしたの、先生にお話しなさい」 「はぁー、社長が一言、『私の方針に抵抗するよ うな支店長はいりません。
処分については常務に 任せますのでよろしく』っておっしゃって終わり です」 大先生が常務の顔を見る。
常務が説明する。
「はい、支店長を辞めさせ、いまは私付きとい うことにしています」 「なるほど。
しかし、物流部長は疫病神だな。
物 流部長にかかわるとろくなことはない。
おれも気 をつけないと」 大先生がわざとらしく顔をしかめるのを見て、 社長と常務が大きく頷く。
営業部長が「そうで す。
気をつけてください」と言う。
「また、みんなして、そんな‥‥。
あっ、そろ そろ休憩にしましょう」 分が悪くなった物流部長が勝手に休憩を宣し た。
在庫を一週間分に減らした それでも問題は起きなかった 休憩後、美人弟子が大阪の営業部長に気にな っていたことを質問した。
「それで、在庫はどうですか? 設定した範囲 に収まっていますか? 何か問題は出てますか?」 美人弟子の質問に、みんなが興味深そうに大 阪の営業部長を見る。
大阪の営業部長がメモの ようなものを取り出し、答える。
「えー、特に問題は出ていません。
在庫は、一 週間分持つということでやっています。
メーカー さんとの取引条件で一定単位のロットで取引す るというものが結構多いので、発注量はこれに 合わせて設定しています。
ただ、商品によっては、 数カ月分の出荷量になってしまうような単位も ありますので、単位を小さくしてくれるよう申し AUGUST 2007 62 入れていますが、なかなかできません。
これらに ついては返品を認めてもらってます」 「ということは、他の商品は返品しないってこ と?」。
物流部長が確認する。
「はい、補充システムのおかげで出荷の動きが わかりますから、返品など発生しません。
残りそ うだと思ったら、値引きして売ってしまってます。
もともと在庫が多くないので問題にはなりません。
あっ、もちろん返品しないということで、仕入単 価に反映してもらってます。
いま言ったロットが 大きいため返品を認めてもらっている商品も、も ちろん返品なし価格扱いになってます。
ロットは 向こうのせいですから」 それを聞いて、営業部長が独り言のようにつぶ やく。
「ふーん、いまのところ、うちのほかの支 店は返品ありでやってるから、同じメーカーから の仕入でも価格に差が出てるってことになるな」 「そうでしょうね。
価格メカニズムが働いてい るということでしょ。
この先返品しないというこ とになれば、大阪支店の仕入価格が基準になる わけね」。
社長の言葉に全員が頷いた。
社長が続けて聞く。
「発注方式は、二つを併用 しているんでしょ? これも問題はない?」 「はい、定期発注をしているメーカーさんも多 いですから、発注点法だけでなく、定期発注法も 併用しています。
これもほとんどのところが一週 間に一度ということですから、在庫は一週間分で す。
どちらを使っても、リードタイムが短いので、 需要予測など必要ありませんし、特に問題は起 こってません」 体力弟子が話の流れに合わせて質問する。
「そ うすると、欠品もあまりないということですか?」 「はい、爆発的に売れるような商品が出れば、欠 品もあるでしょうが、そんな商品はいまのところ 出てません。
出て欲しいと思いますが‥‥」 「特定の顧客への特別な出荷については事前に 情報を入れるようにしてるんですね?」 「そうです。
情報なしで、そのような出荷があった場合は、なぜそんな出荷があったのか、事前に わからなかったのかといった点について徹底的に 検討します。
その結果明らかになったことでシス テムに取り込めるものはそうしますし、営業で対 応しなければならないものは徹底的に対応するよ うにしています」 徹底的にという言葉を繰り返し使うところに大 阪の営業部長の意欲が垣間見える。
それを聞い て、体力弟子がさらに確認する。
「そうすると、欠品が出るのは、メーカー側で 欠品が出たときだけということですね?」 「そうです。
メーカー欠品だけは、われわれに はどうにもなりません」 ここで突然、物流部長が独り言を始めた。
「もともとシステムが出荷の変動を入れながら 発注量を決めているんだし、安全在庫も持ってる し、リードタイムも短いし、問屋という商売では 欠品なんか出るはずもないということだ。
もちろ ん、在庫だって一週間分もあれば十分ってことだ。
こうなると、なんでいままで在庫が多いだ、欠品 がこわいだなんてつまらんことに振り回されてい たのかわからんな。
営業が悪かったんだろうな、 63 AUGUST 2007 なっ、なっ?」 物流部長が、本社の営業部長と大阪の営業部 長にわざとらしく確認する。
本社の営業部長が 「かもな」と素直に認める。
大阪の営業部長が同 意を示すように頷きながら、自分の考えを言う。
「あんた、よくやった」 めずらしく大先生が褒めた 「たしかに、在庫は営業が手配してましたから、すべて営業の責任です。
手配するときに市場動向 とか考えればよかったんでしょうが、そもそも在 庫を管理するという発想がまったくありませんで した。
要は、在庫を管理するんだという意識と、 それを可能にする支援のシステムがなかっただけ ということでしょうね」 「そう、たったそれだけのことなんだよ、たった」 大先生がぽつりと言って、みんなを見る。
みんな が頷くのを確認して、大先生が続ける。
「何だか知らんけど、在庫については言い訳が たくさんできるからな。
市場が読めないだとか突 然の出荷があるだとか、外的な要因で管理が難 しいようなことを言うことが多いけど、それはす べて言い訳に過ぎない。
特に問屋在庫だとか物流 センター在庫などは簡単に管理できる。
まあ、ち ょっと工夫がいるのがメーカー在庫だけど、これ も管理は可能。
要するに、管理しようという発想 がなかっただけさ」 大先生の言葉に、社長が同意する。
「たしかに、市場が読めないなんてことはあり ません。
日々の出荷動向はわかるわけですから、 Illustration􀀀ELPH-Kanda Kadan AUGUST 2007 64 それに合わせて在庫を確保すればいいだけです。
突然の出荷などは、そもそもあってはならないこ とです。
先ほど彼が言ったように、その原因を追 究すれば、原因の所在は、私どもかお客さまの方 か、簡単にわかります。
どちらに原因があっても、 人為的なことですから、解決は難しくありません。
先生のおっしゃるように、要は管理していなかっ ただけなんだとしみじみ思います」 この社長の言葉で在庫論議は終わりとみんな が思ったとき、物流部長がぼそっと聞いた。
「それで、在庫はどれくらい減りそう?」 「はい、いままでは大体三週間から四週間分く らいあったでしょうから、三分の一くらいになる のではと思ってます」 「そうすると、この物流センターは広すぎるな?」 物流部長の確認に大阪の営業部長が即答する。
「はい、ですから、ここは他に転用するか、売 ってしまうかして、もっと狭いところに移ろうか と思ってます。
借りるかなんかして。
でも、ここ が有効活用されないと、移るメリットは出ません ので、これについては検討事項として本社に上げ ようと思ってます」 「なるほど、わかった。
さすが大阪だな。
おれの 期待どおりに動いてくれてる。
あとは、ここをベ ンチマーキングすればいいわけだ。
いやー、ゴー ルが見えてきた。
よかった、よかった」 物流部長の言葉に営業部長がすぐに水を差した。
「あんたの期待どおりに、じゃないだろう。
あん たの期待以上に動いてくれたんじゃない? それ にゴールはまだ見えてないと思うよ。
ゴールに行 く道は見えたけど、この先、その道は山あり谷あ りだよ、きっと」 物流部長が何か言おうとするのを遮って、大先 生が物流部長を手荒く励ました。
「たしかに、営業部長の言うとおりだ。
でも、こ の物流部長がいれば大丈夫さ。
あちこちでバトル を演じ、何人かの支店長を首にし、全支店を大阪支店並みにしていくな、きっと。
頼もしい限りだ」 「また、先生もそういうことを‥‥。
でも、乗 りかかった舟ですから、このまま突っ走ります。
先生方、よろしくお願いします」 物流部長が、弟子たちに頭を下げる。
弟子た ちも「頑張ってください」と励ます。
突然、大先生が大阪の営業部長に声を掛けた。
「あんた、よくやった。
こういう改革には、あん たみたいな人が必要だ」 それを聞いて、大阪の営業部長が顔をくしゃく しゃにして、深々と頭を下げた。
社長が、立ち上 がって、彼に歩み寄り、その背中をぽんぽんと叩 いた。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE 著者新刊 『手にとるように物流がわかる本』 湯浅和夫、内田明美子、芝田稔子 1,575円(税込)かんき出版

購読案内広告案内