ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年6号
道場
ロジスティクス編・第21回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JUNE 2007 58 社長以下、関係者全員が顔を揃え 効果を検証する会議が開かれた 梅雨時とは思えない真夏のような太陽がふりそ そぐある日の午前、大先生と弟子たちは車で大 阪の物流センターに向かっていた。
二年ほど前に、 この問屋のコンサルのキックオフミーティングが 大阪支店で開かれた翌日に視察に来て以来の訪 問だ。
今回のロジスティクス導入にあたって、まずど こかの支店で成功事例を作り、その成果をアピー ルすることで他の支店の導入を促進しよう。
そう 物流部長が考え、白羽の矢を立てたのが大阪支 店であった。
もっとも、物流部長が白羽の矢を立てたという よりも、大阪支店の営業部長が積極的に導入を 進めており、他の支店より圧倒的に先行していた ため、必然的に大阪支店が選ばれたというのが実 際のところである。
それはともかく、大阪支店でのロジスティクス 導入効果の検証は、今回のコンサルの集大成で もあり、本社からは物流部長はもちろんのこと、 社長と常務、前職が大阪の営業部長であった本 社の営業部長が出席した。
大阪支店からは支店 長、営業部長と営業部員、物流部員が数名参加 している。
それほど広くない会議室は、立錐の余地もない 感じだ。
いまや遅しと大先生一行の到着を待っ ている。
冷房を入れているにもかかわらず、会議 室は蒸し暑さに包まれている。
社長や常務はしき りに扇子を使っている。
窓から外の様子を窺って いた物流部員の一人が、車が到着し、大先生が 降り立ったことを伝える。
社長が立ち上がった。
それを見て、全員が立ち 上がる。
物流部長が出迎えのため慌てて会議室 を飛び出して行った。
大先生が会議室に入った途端、顔をしかめた。
大先生が暑さに弱いことを知っている物流部長 が申し訳なさそうに詫びる。
「暑くて済みません。
冷房を強めに入れている んですが、人が多くてなかなか効きません」 大先生が「気にしないでいい」というように顔 《前回までのあらすじ》 カリスマコンサルタントの“大先生”は、“美人弟子”と“体力 弟子”の二人を従え、問屋のロジスティクス導入を指導している。
それまでの社内常識を無惨なまでに打ち砕き、発言力の強い営業 部門の既得権も全く認めない大先生の指導に、改革の矢面に立つ 物流部長は右往左往。
それでもプロジェクトはいよいよ大詰めを迎 え、導入効果の検証を行うことに。
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第 62 回》 〜ロジスティクス編・第 21 回〜 59 JUNE 2007 の前で手を振り、社長に歩み寄る。
社長や常務 と挨拶をし、用意された席に向う。
大先生が席 に着くのを待って、社長が切り出した。
「先生は、昨日、こちらでご講演を‥‥」 社長の話の途中で、大先生が頷く。
大先生は 昨日、大阪のある経済団体主催のセミナーで講 演をした。
大先生が頷くのを見て、社長が、若手 の社員たちを手で指し示しながら続ける。
「実は、彼ら三人は当社でも最も若いクラスに属するんですが、営業部長の指示で、昨日、受 講させていただいたそうです。
そうでしょう?」 社長に振られた大阪の営業部長が頷いて、説 明する。
「はい、先生がご講演なさると知って、これは 是非お話を聞かせなければと思い、営業部員二 人と物流部員一人を受講させました‥‥」 「それで、感想は?」 営業部長の言葉を遮って、大先生が突然、三 人に聞いた。
三人とも一瞬、顔が強張った。
この 段階で突然大先生から感想を問われるなど思っ てもいなかった。
三人ともすぐには声が出ない。
若手営業部員の発言に 突然、拍手がわき起こった 「なんだ、感想なしか‥‥」 大先生の落胆したようなつぶやきに一人が慌て て声を出した。
「い、いえ、勉強になりました」 「そりゃ、そうだろう。
それで、どう勉強になっ た?」 Illustration©ELPH-Kanda Kadan JUNE 2007 60 大先生に問い詰められ、答えに窮してしまった。
社長や大阪の営業部長が興味深そうに彼らを見 ている。
三人のうちの別の一人が小さく手を上げ た。
大先生が頷く。
営業部員だという彼が、それ でも落ち着いて答える。
「いろいろ大変勉強になりましたが、一番衝撃 を受けたのが『物流部の存在が物流を遅らせる』 というお言葉を聞いたときでした。
物流部がある ので物流が遅れるんだという指摘は誰も考えてい なかったことだと思いますので、ほかの受講者も びっくりしたようです。
特に物流部に所属してい る人たちは色めきたったんじゃないでしょうか。
どう?」 隣に座っている一緒に受講した物流部員に問 い掛けた。
突然聞かれた物流部員は、「そんなこ とはないと思う。
むしろ、その後のお話に興味を 持ったのでは……」と早口で答えた。
物流部員 の言葉に頷きながら、大先生が営業部員に妙な 言い方でからむ。
「へー、そんなこと言ったっけ? しかし、事 実を言って、色めかれたんじゃかなわんな。
まあ、 あんたら営業も共犯だから‥‥」 「はい、そう感じました」 「そうって、どう?」 「えー、お話の趣旨は、物流コストといっても、 その多くは物流部では責任を負えないものなのに、 物流のコストだからといって全部物流部が責任を 負ってしまうところがある。
逆に、自分の責任な のに、物流コストだからといって、物流部に責任 を押し付けてしまう営業や生産、仕入部門があ る。
こういう会社では物流は絶対によくならない。
物流部があることが物流についての無責任体制 を作っているという皮肉な現象さ‥‥ということ だったと思います」 最後に大先生の口調を真似て、ここまで一気 に話して営業部員は一息ついた。
突然、拍手が 起こった。
物流部長が「よく言えたな」と言いな がら拍手している。
大先生が苦笑する。
社長が、呆れ顔で物流部長を見た。
物流部長が「済んま せん」と頭を下げ、営業部員に向って「それで?」 と先を促す。
「はい、えー、そのお話を聞いて、いまうちが 入れようとしている物流ABCと在庫管理がど んな意味を持つのかがよく理解できました。
責任 の所在を明確にして、各部門の身勝手な行動を 規制することで全社最適を得ようとするものだと よくわかりました」 社長が、営業部員を見て、嬉しそうに頷いた。
すかさず、大阪の営業部長が他の二人に聞いた。
「君らはどう感じた?」 二人が頷いて答えようとするのを大先生が遮っ た。
「講演の感想はもういい。
なんか会議の出だし としてはでき過ぎだな。
あんたが仕組んだんじゃ ないの?」 大先生から問われて、大阪の営業部長が慌て て否定する。
「仕組んだなんて、とんでもありません。
自然 の流れでこういうことに‥‥」 「まあ、いいさ。
そろそろ会議を始めよう」 61 JUNE 2007 大先生の言葉を受けて、物流部長が立ち上がっ て、開会を宣した。
「へー、すごいですね」 弟子たちも感心している 「それはいいとして、それらの導入で、どんな効 果が見込める? いや、出始めている?」 大阪の営業部長が、在庫管理と物流ABCを導 入した経緯を説明している途中で大先生が「そん な説明は要らない」という感じで質問した。
「はい、申し訳ありません。
余計な説明でした」 大先生が頷くのを見て、大阪の営業部長が続ける。
「資料の次のページをお開きください。
そこにあ りますように、いろんな効果が出始めています」 大阪支店の営業部長がここで間を置いた。
出席 者全員がそこに書いてある効果を目で読む。
頃合 いを見計らって営業部長が説明を始める。
「物流ABCの大きなねらいでした物流サービス の是正につきましては、意外と言ってもいいくらい に進んでいます。
大手量販は難しいところがありま すが、その他のお客さまでは結構興味を持って話 を聞いていただけてます」 「話を聞いてもらうだけでなく、実際サービスは 変わってきてるの? お客から『そんなこと言うな ら、お宅とは取引しないぞ』なんて言われた営業は いなかった?」 物流部長が先走って質問する。
順調に進展して いることを知ってて、わざと聞いてるようだ。
楽し そうな顔をしている。
大阪の営業部長が苦笑し、気 を取り直したように続ける。
「別にお願いに行ってるわけではありませんの で、そんなこと言うお客さまはいません。
お客さ まにもメリットがあることを明確に伝えますし、 メリットが出るように私どもで支援もしますと言 えば、結構真剣に聞いていただけます」 「具体的にどんなメリットを提示してるんです か?」 美人弟子が興味深そうに質問する。
隣で、体 力弟子が同じことを聞きたそうな顔で頷いている。
「はい、もちろん、お客さまによって違いますが、 いま私どもで力を入れて提案させていただいてい るのは、多頻度で小口の発注になっているお客さ まに対して、それがいかにお客さまにとってロス が大きいかをデータで示しています。
もちろん、 多頻度の発注をやめてくださいなんていう押し付 けがましい言い方はしません」 美人弟子が頷き、確認するように質問する。
「多頻度の発注がお客さまの店頭の棚の回転を かえって悪くしている、つまり、欠品による売上 ロスや過剰在庫が棚の収益力を落としているとい うようなことを数字で示すのですか?」 「そうです。
なぜ多頻度になってしまうのか、そ の結果どういうことが起こっているかということ について、われわれの持っている仮説から確認の ヒアリングを行い、これならいけると判断すれば、 実験的にわれわれの方で棚作りをやります」 「たとえば、商品別の一日当りの販売量などの データは御社で取ったものを使うんですか?」 体力弟子が、興味深そうに聞く。
大阪の営業 部長が頷いて答える。
JUNE 2007 62 「そうです。
お客さま別の商品別の出荷量をず っと取ってます。
その分析ソフトもわれわれで作 りました。
これについては、後でお見せします」 「へー、すごいですね」 二人の弟子が同時に感心する。
大阪の営業部 長が嬉しそうな顔をし、続ける。
「えー、物流ABCで顧客別の実態、つまり、顧 客別の物流コストと採算をつかみます。
それだけ では、お客さまへの提案はできませんので、顧客 別の出荷データからそのお客さまの棚の在庫の持 ち方を分析して、多頻度になってしまっている原 因をつかみます。
そして、在庫の持ち方を変えれ ば、どうなるかということをシミュレーションし て望ましい答えを出します。
お客さまの想定され る効果とわれわれにとってのメリットも一緒に提 示して検討してもらうという手順です」 「商品別の発注点と発注数量をお客さまに伝える ということですね?」 美人弟子が聞く。
大阪の営業部長が大きく頷 く。
その後、ちょっと顔をしかめる風に付け足す。
「実は、それらの数値を実際の発注にどう活か すかという仕組みづくりで苦労するといえば苦労 してます。
お客さまによっていろいろなやり方を してます‥‥」 「苦労といえば、営業の連中をそういうやり方 に馴染ませるのに苦労したんじゃないか?」 かつて営業マンだった物流部長が、しみじみと した顔で率直な感想を述べる。
営業部長の代わ りに、隣に大人しく座っていた大阪支店長が頷 きながら答える。
「たしかに、あんただけじゃなく、われわれ昔の 営業を知ってる人間にすれば、『そんな面倒なこ と』と思うけど、最近の若い連中は、かえってそ ういうことに興味を持つようだ。
ときどき営業会 議などを覗くと、プロジェクターでいろんな数字 やグラフを映し出して、みんなで喧々諤々やって るよ。
われわれの時代の、御用聞き営業のようなことは誰もやりたくないようだ。
もう、おれの出 番はないよ」 「なるほど、営業ももう体力の時代ではなく、頭 脳の時代ってことか。
ロジスティクスは、物流だ けじゃなく、営業や仕入れを理に適ったものにし ようという取り組みだけど、それが若い連中の感 性に合うってことだな。
なるほど、まあ、会社に とっては結構なことだ。
それじゃ結構ついでに、 この辺で休憩にしましょう」 物流部長が感慨深そうに結論を出し、休憩を 宣した。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

購読案内広告案内