ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年6号
自己創出型ロジスティクス
経済学的なアプローチの困難性

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JUNE 2007 28 従来の経済学的なアプローチでは、ロジス ティクスは十分に解明できない。
また今日の 物流費会計手法は、ロジスティクスの生み出 す顧客サービス・パッケージの原価を管理す ることができない。
ロジスティクスのもたらす便益に対し、市場における価格形成機能が 働いていないからだ。
はじめに 流通には理論がないといわれる。
われわれ もまたロジスティクスを統一的に説明できる 理論を求め続けてきた。
しかし、いまだ満足 できる論考を得るには至っていない。
近年に なって、その困難性は、基礎になっている経 済学的アプローチに原因があるのではないか と思うようになった。
一方で、システム論においては、第一世代 の動的平衡系から、第二世代の自己組織化へ、 そして現在は第三世代のオートポイエーシス の時代に発展している(※1)。
これをロジステ ィクスへ応用できないかと思うようになって きた。
本稿はその試みの告白である。
もちろ ん、完成したものではない。
実験は始まった ばかりである。
大方のご批判を期待している。
インプット/ アウトプット・モデル ロジスティクスも経済活動の一部であるか ら、その活動過程を説明する場合も、実際に 活動する時も、 経済性原理に則って経済学的 アプローチを拠り所とするのは当然である。
図1は、物的流通とよばれた初期時代に常 識になっていたもので、経済学がベースにな っている。
また 図2は物流からロジスティク スへ、そしてさらに協働ロジスティクスへと 段階的に発展してきた過程を簡略に示したも 経済学的なアプローチの困難性 29 JUNE 2007 のである。
この図1と図2は今日では、古色 蒼然たるものだが、筆者の考えの根底に潜ん でいるものなので、以下の説明の助けになる と思って敢えて示している。
このような基本的理解をもとに、現在ではロジスティクスが経営のなかでどのように位 置づけられているかを示そうとしたのが 図3 である。
図3では、経営資源を投入し、商品 サービスを産出する、いわゆるインプット/ アウトプット・モデル(I/Oモデル)を採 用している。
以下の第一章では経済学的アプ ローチが抱えている困難性を説明する。
その 際、このモデルによると分かりやすい。
しかし、後章に進み、オートポイエーシス を用い始めると、マトゥラーナの驚くべき命 題、―― システムにはインプットもアウトプ ットもない(※2)――に帰依することにな り、このインプット/アウトプット・モデル は弊履のごとくに捨てられてしまうのである。
※ ※ ※ まずは経済学的アプローチによるロジステ ィクスのI/Oモデルを検討することにする。
理解を容易にするために、金型部品の通信販 売事業を手がけるミスミグループ本社のケー スを用いる( 図4)。
図4はミスミが新聞に出した広告を筆者の 解釈で整理したものである。
広告には「『時 間』と戦う。
ミスミ」というキャッチコピーで、同社が「多彩な商品開発」や「海外事業 の迅速な立ち上げ」、「新カタログの制作・迅 速なお届け」によって顧客のビジネスを支援 することが謳われている。
図3と対比して見 ていただきたい。
ミスミの広告にある「多彩 な商品開発」と「海外事業の迅速な立ち上 げ」とは生産部門の戦略であり、「新カタロ グの制作・迅速なお届け」はマーケティング 部門の機能の一つと考えられる。
その他のサービス、すなわち ?短納期(標準は三日、最短一日) ?ロットは一個 JUNE 2007 30 ?市場の分散化 ?と?が物流の機能であり、?は商流が分 担する機能である。
この説はわれわれ研究者 に大きなショックを与えた。
そして、これに 続いて顧客サービス研究で続々と大きな成果がもたらされた(※4)。
ところが、わが国の物流界は、これまでコ スト偏重で、顧客サービスにはまったく無関 心だった。
目標とするのは、あくまで原価低 減であり、顧客サービスのレベルアップによ る顧客満足度の向上についてはまったく無知 だったのである。
今回のミスミの広告は、わが国の産業界と しては、画期的なものであると筆者は評価し ている。
まず広告は、同社の目指しているミ ッションを明示している。
このミッションに は些か異論がある。
というのは、図1に示し ているように、伝統的に物流の産出する機能 としては、空間の効用と時間の効用の二つが あげられている。
広告ではそのうちの一つ、 時間の効用を強調しているのみだからだ。
とはいっても、アウトプットとして、顧客 サービス・パッケージを明確に掲げ、しかも 五つの顧客サービス要素の達成目標水準まで も数値で明示している。
このことは顧客サー ビスに無理解で、それが経営管理のなかで演 じている重要な役割に気付かず、ほとんど無 知・無視状態だったわが国の産業界にとって は、青天の霹靂だったのではなかろうか。
もちろん、わが国でも、とりわけ外資系企 業のなかには、非常に立派な顧客サービス・ マネジメントを実施してきた企業があること を筆者は知っている。
これらの例を紹介もし てきた。
それでも今回のこのミスミの勇気あ る企ては注目に値するものと考えている。
物流費会計の限界 もう一度、図4を良く見ていただきたい。
イ ンプットからアウトプットへのフローの下に、 二つのボックスが付け加えられている。
「資源 の消費高=ロジスティクス・コスト」と、「市 場の評価」による――「増加」か「減少」か、 である。
この二つが問題なのである。
これら についてミスミの広告は何も触れていない。
広 告の裏に潜んでいる重要事項なのである。
まず第一のボックス。
企業経営において資 源の消費高は会計的に測定されてロジスティ クス・コストとして集計されている。
いわゆる物流費会計の分野である。
わが国では物流の合理化とは物流費低減だ と思い込んでいた位なので、官民をあげて物 流費会計の整備に力を注いできた。
その結果、 物流費を会計的に計算できれば、物流の合理 化は容易だと誤解している人さえ出てきた。
ところが、そこで採用しているのは、先に 述べた「原始的インプット/アウトプット・ モデル」なのである。
そこではインプット量 もアウトプット量もすべて個数やトン数等の 数量ベースである。
物流近代化の初期時代ならこれでも良かっ ?納期遵守率=九九・九六% ?納期遅れは事前連絡 ?クレームへの対応時間の短縮 ――はそれぞれ、顧客サービス要素とよば れるものであり、ロジスティクス活動によっ て産出される。
これらの集合を 顧客サービ ス・パッケージと称する。
この顧客サービス・パッケージによって、 顧客は時間価値を獲得し、それによって顧客 満足を向上させるというのがロジスティクス 部門のミッションだ。
まず図3や図4に示されている考え方、す なわちロジスティクス過程へのインプットと は必要な諸資源であり、アウトプットは顧客 サービス・パッケージであるという考え方を 納得してもらいたい。
それに反対の人もいるかもしれない。
I/ Oモデルを原材料―仕掛品―製品の流れで捉 え、ロジスティクス過程からのアウトプット は、保管や荷役や輸配送等の取扱過程で処理 されて過程から出て行く製品であるとの主張 だ。
この説は現実の可視的活動しか見ていな い「原始的インプット/アウトプット・モデ ル」だ。
この原始説を初めて打破してくれたのが、 バックリンという尊敬されるべきミクロ経済 学者だった(※3)。
彼は流通チャネルのアウ トプットとは、次の三つであるとした。
?ロットの大きさ ?リードタイム 31 JUNE 2007 た。
当時は物流が経済過程のネックになって いて、早急に設備投資をし、作業方法を近代 化して、その流動の能力を高め、スピードア ップを図らねばならなかった。
いわば量的効 率性が問題であったのである。
しかしその後、物流の近代化が進み、物流 からロジスティクスへ、そしてさらにサプラ イチェーンの時代へと進んできた今、既にみ てきたように、アウトプットは顧客サービス であると認めざるを得ない時代となっている。
経済が成長するにつれて、ロジスティクスも 量から質の時代へと進化しているのである。
顧客の欲求も多様化・高度化している。
取 扱商品の違いにより、あるいは地域が違うと、 欲求する顧客サービス要素自体が異なったり、 個々の顧客サービス要素の要求水準が違って くる。
それらを組み合わせて構成される顧客 サービス・パッケージの構成自体も違うもの になるかもしれない。
物流費会計が物流活動の効率を評価するた めには、量的産出量(保管量や輸送量、セン ターの処理量など)による効率を測定できる のはもちろんのこと、産出される顧客サービ スが、顧客の欲求を充足して、顧客満足を克 ち得ているか否かを評価できることが要求さ れるようになってきている。
そこで大変難しい問題が生じてくる。
物流 の原価計算とは、いまや数量ベースだけでは おさまらなくなっている。
提供している顧客 サービス・パッケージの原価を明らかにする ことが求められるのである。
顧客サービス要素の水準を変更したら、い くらコストが増減するのか。
納期遵守率を 一%高めたらいくらコストアップになるか。
また、顧客サービス・パッケージに含まれる顧客サービス要素を入れ換えたら、いくらコ ストが変動するのか。
もっと複雑に要素の入 れ換えと水準の変更を組み合わせたら、コス トの変動はどうなるのか。
今日の物流会計はこのような高度の計算に は能力的に不全である。
しかも自身の任務と は考えていないのである。
こんな状況で、ロ ジスティクス・マネジメントにおける意思決 定が本当にできているのだろうか。
効用選好論から行動予期論へ 供給者側だけでなく、需要者側にも問題が ある。
需要者は商品を購入し、それを使用ま たは消費して、便益を得る。
しかし、その便 益のうち、いくらが商品自体のもたらしたも ので、いくらが顧客サービス・パッケージの もたらしたものなのか、分離することはまず 不可能である。
そもそも効用とよばれるものは、概念的で あり、具体的に数量化して表示するのは容易 ではない。
急行便は確かに普通便よりも便利 である。
顧客に便益を与えている。
だがその 効用はいくらなのか、数字として示すことは まず不可能である。
経済学は市場によって需要と供給が一致す ることで、価格が決定されると教える。
しか しロジスティクスが提供している顧客サービ スについては、市場の機能を活用できていな い。
ロジスティクス活動は、一部の包装を除 いては、有形の商品を作り出す経済活動では ない。
むしろ無形のサービスを提供している のである。
そしてその活動は できごとの連続 であって、起こっては直ちに消滅してしまう 性格をもっている。
以上、みてきたように、今日の経済学で主 流になっている効用選好論でロジスティクス の経済性を解明することには限界があるので はなかろうか。
効用に代わる代理変数として、 よく顧客満足が用いられているのは、その証 拠の一つと言えるのではないか。
そう筆者は 考えている。
それではどんな理論に頼ろうというのか。
われわれが、オートポイエーシスで試みようとしているのは、行動予期論とよばれている ものである(※5)。
これについては後章で詳 しく説明することになる。
参考文献 ※1 河本英夫「オートポイエーシス――第三世代 システム」青土社 一九九五年 ※2 ※1に同じ ※3 Luis P. Bucklin, A Theory of Distribution Channel Structure, University of California, 1966(田村正紀訳 「流通経路構造論」千倉書房 一九七七年) ※4 阿保栄司「ロジスティクス・システム」税務 経理協会 一九九二年 を参照 ※5 ニコラス・ルーマン著 春日淳一訳「社会の 経済」文真堂 一九九一年

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