ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年2号
道場
ロジスティクス編・第17回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

FEBRUARY 2007 74 「支店の自主性は一切封印してほしい」 大阪の営業部長が言い放った 仕入れ価格の低減を狙ったメーカーからの大量 仕入れは認めないという本社営業部長の発言に、 場が騒然とする中、他の出席者に比べ明らかに若 く見える一人の部長が発言を求めて手を挙げた。
大阪支店の営業部長だ。
大先生がこの問屋のコ ンサルを引き受けて初めて訪問した支店が大阪支 店だった。
そのときの営業部長がいまの本社の営 業部長であり、その後任として社長が抜擢したの が彼だ。
社長が将来会社を担う存在として期待している 社員である。
いかにも爽やかな印象だ。
社長に促 されて立ち上がり、自分の意見を述べ始めた。
「今回提案された仕入れの新方式に私は全面的に 賛成です。
いまお話のありましたメーカーからの 大量仕入れについても私は一切やめるべきだと思 います。
私どもの支店ではすでにやっていません。
何のメリットもありませんし、むしろマイナスの 方が大きいからです」 ここまで一気に話して、ちょっと間をおいた。
同 席している支店長たちの何人かは「格好つけやが って」という表情で彼を見た。
それに反して、営 業担当や仕入れ担当の多くは、期待をこめた表情 で彼を見ている。
「それはいいとしまして、私は、一つ是非やってい ただきたいことがあります。
それは、このシステム の運用にあたっては、支店の自主性は一切封印し ていただきたいということです」 この発言に会場がざわついた。
「何を言っている んだ」という声が飛んだ。
そんなことにはまった く動ぜずに、大阪の営業部長は発言を続けた。
「このシステムでは、在庫日数や安全率、リード タイムなどの係数の設定が必要になると思います が、これらは、支店では自由に動かせないように すべきだと思います。
これをいじる場合は、すべ て本社の承認が必要なルールにするべきだと思い ます。
もし、支店側で自由に動かせるようにした ら、つまり、支店の自主性に任せたら、せっかく の新方式が死んでしまう危険があると思うからで す。
そうなったら、これをきっかけにした当社の 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクス分野のカ リスマコンサルタントだ。
“美人弟子”と“体力弟子”とともにク ライアントを指導している。
現在は旧知の問屋から依頼されたロジ スティクス導入コンサルを推進中だ。
全国の支店長を集めた会議 では予想通り、仕入れルール刷新に対する反発の声が上がった。
会 場が重苦しい雰囲気に包まれる中、社長が抜擢した若い営業部長 が発言を求めて手を挙げた。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 《第 58 回》 〜ロジスティクス編・第 17 回〜 75 FEBRUARY 2007 改革が水泡に帰してしまいます」 支店の代表という立場にとらわれていない全社 的な立場での発言に、社長が大きく頷いた。
常務 も満足そうな顔をしている。
しかし、出席者の反 応は、二分された感じだ。
頷く者もいれば、顔を しかめている者もいる。
ある支店長がぼそっと言 った。
「いや、ある程度は自由度を残しておいてくれない と困るよ」 この発言に大阪の営業部長がすぐに反応した。
まったく物怖じしていない。
「何に自由度を入れるんですか? 何が困るんで すか?」 問い詰められた支店長がむっとした顔をする。
そ んな支店長の顔を見て、その支店の営業担当が支 店長を援護射撃する。
「いやー、やっぱり、商売をやっていると、いろ んなことがあるから、臨機応変ということも必要 になると思うよ‥‥」 「出荷の動きに合わせて在庫を持とうという仕組 みですから、もともと臨機応変に対応するように なっているはずです‥‥」 大阪の営業部長がさらに続けようとするのを物 流部長がさえぎった。
これ以上、大阪の営業部長 を矢面に立たせるのはまずいと判断したようだ。
物 流部長が本社の考えを断定的に伝える。
「大阪の営業部長の意見は大変重要なことです。
それらの係数を勝手にいじられては在庫に大きな 影響を与えます。
在庫日数や安全率は、全社一律 で決めるつもりです。
現実問題として全社一律で 決めても、何の問題も出ません」 ここで物流部長は一息入れて、みんなを見回し た。
妙に自信あり気な風情で続ける。
「中には、在庫日数が大きいとなんか安心だとい う印象を持つ人もいるかもしれませんが、それは まったくの誤解です。
在庫日数が三日だろうが、三 〇日だろうが、お客さんへの納品には何の違いも ありません。
ただ、その誤解でもって係数をいじ られたりしたら問題ですので、それは認めません」 物流部長の言葉に大阪の営業部長がにっこりと 微笑み、自分の期待を述べた。
「私は、この新しいシステムに大変期待しています。
これが入れば、特売や新商品など、このシステム に乗らない在庫だけに目を光らせていればいいと 思いますので、仕入れの仕事は大幅に軽減されま す。
それ以上に、在庫に悩まされずに営業に集中 できるのは、本当に助かります。
是非、早い時期 での導入を切望します」 物流部長が嬉しそうに頷き、一人ではしゃいで いる。
「そう言ってもらうと、私ども事務局として本当に 嬉しいです。
頑張って早く入れます。
うん、嬉し いな。
えー、ほかに、質問はありませんか?」 「在庫責任は誰が負うのですか?」 剽軽な仕入れ担当が聞いた 物流部長の物言いに苦笑しながら、ある支店の 仕入れ担当者が手を上げた。
なぜか物流部長が大 きく頷く。
「リードタイムなんですが、正直なところ、これ FEBRUARY 2007 76 まであまり気にしていませんでした。
大体、何日 後には入ってくるだろうという程度にしか考えて いませんでしたが、この新しいやり方だと、それ ではまずいですね。
これから、メーカーさんと交 渉になるんでしょうけど、それでも、バラツキが 出そうなメーカーさんの場合、どうしたらいいん でしょうか?」 会場が乗ってきた感じだ。
物流部長が嬉しそう に答える。
「メーカーさんとの交渉は私どもでやってもかま いませんが、安定するまでは安全を考えて、リー ドタイムを長めに設定するつもりです。
具体的に は、各支店におじゃまして、相談して決めます」 質問した仕入れ担当が頷き、ちょっと恥ずかし そうにさらに質問する。
「わかりました。
お願いします。
それから、ちょ っといいですか? えーと、基本的なことで申し 訳ないんですが、リードタイムというのは、どう 数えればいいのでしょうか? 教えてもらえると 助かります」 この質問に、物流部長が「はい、はい」と言い ながら、会場の隅にあった白板を中央まで引っ張 ってきて、以前、営業部長に得々と説明した話を、 板書しながら楽しそうに講義した。
このリードタイムの数え方についての物流部長 の話は、意外にも出席者の多くが興味を示した。
「なるほど、そういうものか」という声があちこち から上がり、会場に和やかな空気が流れた。
その雰囲気を感じ取って、社長が隣の常務に 「これで、もう反発だけの意見は出ませんね」と囁 いた。
常務が大きく頷きながら「あれは、やらせ かもしれませんよ」とつぶやいた。
社長が「あり 得る」という顔で笑いながら頷いた。
そのとき、会場から、素っ頓狂な声がした。
別 の支店の仕入れ担当者だ。
「すいませーん。
この方式が導入されると、在庫責 任はどうなるんでしょうか?」 みんなが声の主を見た。
声の主は社内で、剽軽で憎めないヤツとしてよく知られている人物だ。
物 流部長は、自分とどことなく似ているこの仕入れ 担当が苦手なのか、嫌そうな顔で答える。
「はい、えー、まあ、少なくとも、この新しい方 式で仕入れた在庫についてはみなさんの責任には なりません‥‥」 「そうですか。
それなら、この方式に賛成です。
そうなると、在庫責任は、この方式を入れさせよ うとしている物流部長さんにあるということです ね?」 「別に入れさせようとしているというわけではな いんですが。
はぁ、誰の責任かといえば、そうな るのかな。
この点については、また後で・・・」 剽軽な彼の質問に、この日はじめて物流部長が たじろいだ。
剽軽な彼が続ける。
「やっぱり在庫責任というのは重要だと思いますの で。
これまでうちは在庫責任が曖昧だったので在 庫が膨張してしまったと思います」 「そのとおりです」 即座に社長が同意した。
それに意を強くして、剽 軽な彼が念を押した。
「特売や新商品は、このシステムには乗らないとい 77 FEBRUARY 2007 うことでしたが、それらの在庫責任は当然、営業 さんにあるわけですね?」 会場がちょっとざわついた。
しかし、反論する 声は出ない。
社長が答えた。
「在庫の責任は、本来、いくつ仕入れろと指示し た人が負うべきです。
特売や新商品などは当然、そ れを指示した営業が責任を負うことになります。
た だ、それらは、いくつ出るのか読み切れない要素 が強いので、それらの仕入れについては本社の物流部や営業部で支援します。
その意味では、在庫 責任は、営業と本社の共同責任となります。
そう でしょ?」 社長に同意を求められた営業部長と物流部長が 同時に頷く。
剽軽な彼が嬉しそうに続ける。
「わかりました。
これですっきりしました。
早く このシステムを入れてください。
でも、そうなると、 われわれ仕入れ担当の役割は大きく変わりますね? そこは、われわれ自身が自覚しなければなりませ んね」 ポイントをついた締めの言葉に大阪の営業部長 が「そう、そこが大事」と大きな声を掛けた。
「見事な采配でしたね」 弟子たちが物流部長の労をねぎらった ここで時計をちらっと見て、物流部長が休憩を 宣した。
社長が弟子たちに「どうぞ、こちらへ」と 声を掛けて、社長室に向かった。
常務や営業部長、 物流部長が後に続いた。
社長室のソファーに腰をかけると、美人弟子が 物流部長をねぎらった。
Illustration©ELPH-Kanda Kadan FEBRUARY 2007 78 「見事な采配でしたね。
支店の方々は、その気に なられたようですね」 「いやー、みなさんのおかげです」 物流部長が謙虚に答え、ぺこんと頭を下げる。
そ れを聞いて、営業部長が妙な感想を述べる。
「それとリードタイムの数え方のおかげだな」 「あの質問は、予め出すように言っておいたの か?」 常務が確認する。
物流部長が素直に半分認める。
「別にやらせというわけでもないんですが、昨日、 あいつから電話で質問があったので、今日の会議 のときに質問してくれって言っただけなんです」 「それにしても、いいタイミングで質問があった。
あれで場がかなり和んだし、一部にあった反発の 気持ちを溶かしてしまったようだ。
まあ、しかし、 新しい方式の原理が明快で、誰でも理解できるも のだから、反発しようにも反論できないってこと が大きかったな」 常務の言葉に社長が頷く。
その社長の顔を見て、 物流部長が気になっていることを聞いた。
「大阪の営業部長がいい発言をしてくれましたけ ど、あれは社長が仕組んだことですか?」 「仕組んだだなんて人聞きの悪い。
私は、まったく 関知していませんよ。
彼は自分の思いをそのまま 述べたんだと思います。
私が見込んだだけのこと はあるわね」 社長の言葉に頷きながら、営業部長が続ける。
大阪の営業部長はこの本社営業部長の元の部下 だ。
「彼の発言に一部の支店長がむっとした顔をして ましたけど、営業や仕入れの連中は好意的に受け 止めてましたね。
彼らの輝ける星ってとこですか ね」 そう言って、営業部長はなにか思い出したよう に、付け足した。
「そうそう、物流部長、このシステムの在庫の責任 者はあんただから、頑張ってよ」 「えっ、ちょっと待ってよ。
おれ一人のせいにす るなよ。
本社の責任ってことで‥‥」 物流部長が顔をしかめて反論しようとしたとき、 社長室のドアがノックされた。
社長が「どうぞ」と 声を掛けると、扉が開き、噂の大阪の営業部長が 支店長とともに顔を出した。
社長と弟子たちの顔 に笑みが広がった。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

購読案内広告案内