ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年1号
海外Report
ハインツの需要予測手法ボトムアップで責任明確化SKU単位で精度80%超に

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2007 50 部門ごとに異なる予測数字 食品メーカーであるハインツの創業は、今 から約一四〇年前にさかのぼります。
アメリ カのペンシルベニア州ピッツバーグで創業し、 現在では世界五大陸に工場を構え、約二〇〇 カ国で製品を販売しています。
製品群は、世 界でシェア一位のトマトケチャップをはじめ として、ピクルス、ビネガー、ソースやスー プ、冷凍食品やベビーフードなど多岐にわた ります。
二〇〇五年の売上高は八一億ドル (八九一〇億円)で、前年同期比で六・五% の伸びとなっています。
ハインツ欧州は、三〇を超える工場を抱え、 四〇種類以上のブランド製品を製造・販売し ています。
イギリスに本部をおくハインツ欧 州では、ヨーロッパの一六カ国を、イギリス・ アイルランド、西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、 南ヨーロッパ、ロシアに分けています( 図1)。
ヨーロッパを細かく分けた理由は、地域ご とで商習慣が異なるからです。
たとえば、イ ギリスでは、売上高の九〇%以上が約一〇社 の大手小売店に集中し、残りの一〇%が数千 社ある町の小売店となっています。
これがロ シアなどになると、大手小売店と中小小売店 の比率が逆転します。
このように異なる地域 では異なる戦略が求められる。
それがヨーロ ッパを分けた理由です。
現在、ハインツ欧州の売り上げは、全社売 上高の四二%を占めており、これは本国アメ リカを抜いてトップとなっています。
全社的なプレゼンスが高まるにつれ、需要 トマトケチャップ最大手として知られる食品メーカー、H・J・ハインツのヨーロッパ部門は、 一〇年前に需要予測を担当する専門部署を立ち上げた。
その職責は、社内のセールスやマーケテ ィング、生産部門などから寄せられる異なる需要予測データを取りまとめて、サプライチェーン 全体の流れをスムーズにするというものだ。
同部署を統括してきたマイク・ボニッチ氏が全社の 納得する需要予測の立て方について解説した。
(取材・編集 本誌欧州特派員横田増生) 欧州SCM会議報告 ハインツの需要予測手法 ボトムアップで責任明確化 SKU単位で精度 80 %超に 〈第四回〉 マイク・ボニッチ H・J・ハインツ・ヨーロッパ 需要予測マネージャー にかかるコストが一割以上も削減でき、しか もサービスレベルを上げることができたとい う結果が出ています。
メーカーであるハインツが、しっかりとし た需要予測を立てるということは、ハインツ 本体はもちろんのこと、ロジスティクス業者 や卸、小売店、そして最終的には消費者にと っても価値を生み出します。
ハインツ欧州でも、需要予測の部門ができ るまでは、需要予測の数字が社内で真剣に検 討されることはありませんでした。
「だれも未 来のことは正確にわからないのだから」とい ういい加減な姿勢でした。
先に挙げた四つの 部門のうち、セールスとマーケティングの数 字だけが、深い根拠もなく幅を利かせ、財務 と製造部門の数字は軽視されがちでした。
そ してそれぞれ立てた予測に対して、誰も責任 を取ろうとしませんでした。
ハインツ欧州は一〇年かけて、需要予測の精度を高めてきました。
現在ではSKUレベ ルで月単位の精度が八〇〜八二%までに上昇 してきました。
とはいえ、あくまでも平均の 数字ですから、SKUで一万四〇〇〇ある製 品によっては、ばらつきが大きいため、この 精度をさらに上げていくことが求められてい ます。
新製品については毎年、全SKUの一五% 前後がマイナーチェンジをします。
以前から あるブランドのレシピを変更して販売すると いうイメージです。
まったくの新製品という のはほとんどありません。
そのため、ハイン 51 JANUARY 2007 予測の重要性が増してきました。
ハインツ欧 州においての需要予測は、イギリスから始ま りました。
私は、需要予測部門の立ち上げか ら一〇年間、マネジャーを務めてきました。
私 の部門に与えられた任務は、それまで社内の 各部門でばらばらに行っていた需要予測に、 統計学や未来予測の手法などを取り入れて、 精度の高い需要予測を作り出す。
さらにそれ を全社で共有することで、サプライチェーン を効率化するというものでした。
ハインツ欧州では、それまでセールス部門、 マーケティング部門、財務部門、製造部門の 四つの部門がそれぞれに需要を予測していま した。
これらの四つの部門の予測には、ある 一定の法則があります。
セールス部門は、自 分たちが達成可能な数字を盛り込む傾向があ ります。
マーケティング部門は販売プロモー ションの予算獲得のため、実際より高い数字 を提示する傾向があります。
財務部門は予算 や株式市場重視のために、しばしば現実不可 能な数字を出す傾向があります。
製造部門は、 長年の経験から自分たちの数字が一番正しい と思い込む傾向があります( 図2)。
ブル・ウィップ効果を回避する 需要予測がいい加減で信用できなかったと したら、その結果、企業は多くの在庫を抱え 込み、顧客サービスの水準は下がり、サプラ イチェーン全体が非効率になります。
社内の 各部門は、変動しやすい市場動向に振り回さ れます。
これは市場動向ということよりも、需 要予測の手法に問題があることが多いのです。
マーケティングの世界では、スタンフォー ド大学のハウ・リー教授の提唱した?ブル・ ウィップ効果〞が広く知られています。
サプ ライチェーンの川下の市場動向が、顧客から 小売店、卸からメーカー、さらにメーカーの 調達先へと伝わる間に、小さな波が大きな波 のように伝わって、それぞれにムダを発生さ せるという論理です。
こうした全体のムダが 起こる背景には、それぞれが見通しの悪い市 場動向を吸収しようとして、過剰な行動をと るためだと説明されています。
主要産業における需要予測の研究によると、 サプライチェーンのパートナーが協力すれば、 その効率は大きく改善されるという結果が出 ています。
ある研究によると、パートナーと の連携を強化することで、サプライチェーン JANUARY 2007 52 ツの場合、新製品の販売が、需要予測に与え る影響は大きくはありません。
需要予測の成熟度は、?無知、?認識、? 理解、?有能、?優秀――の五つの段階に分 けて考えています。
無知とはそれまでの勘や 経験則に頼っていた段階で、ほとんど手作業 で行われ、だれも結果に責任を取らないとい う段階です。
ハインツはその段階から、過去 の数字を取り入れ、データベースを使い、各 部門が参加して数字を練り直し、さらにそれ を全社で共有するように改めてきました。
予測に柔軟性を持たせる方法 全社的な需要予測の数字を作るための会議 に参加するのは、需要予測マネジャーである 私と、セールスとマーケティング部門、それ に数字を承認する担当の役員です。
データベースとしては、過去数年間の販売 実績、各国・各部門の予算、数字に対する統 計的な分析、市場動向などがあり、それを全 社で共有しています。
需要予測のたたき台となるのは、セールス 部門から上がってくる数字です。
同部門は、 様々な要因を加味してセールス部門の数字を 提示します。
セールス部門が勘案する要因だ けでも、新製品の投入、テレビ広告、販売促 進キャンペーン、小売店の在庫レベル、景気 動向、為替の変動など多岐にわたります。
ハインツの販売構造というのは、各国ごと に小売り部門と、大手外食産業に納めるフー ド・サービス部門に分かれています。
需要予 測のためには、 セールス部門 の各顧客担当 者があげてき た数字を国ごとに集計して、 その合計が全 体の需要予測 となります ( 図3)。
各国 に需要予測マ ネジャーがい て、それをイ ギリスで統括 しています。
それにマー ケティング部 門が独自の数 字を提示して すり合わせます。
需要予測マネジャーの役割 としては、数字の決定の場に参加していない 財務部門と製造部門から事前に意見を聞いて、 その意見を決定に反映させること、それと各 部門を調整してSKUレベルにまで数字を落 とし込むことです( 図4)。
需要予測の数字を決定するのは、そこから 派生する様々なことを決定することにもつな がります。
たとえば、一年のある時期の需要 予測の数字が、ハインツの持つ生産能力を超 えてしまうときはどうするのか。
残業で対応 するのか、前倒して生産量を増やして在庫と して持っておくのか、それとも外注するのか。
また、数字をすり合わせるとき、各部門の 思惑があり、すべての数字がぴたりと一致す ることはほとんどありません。
以前なら、売 り上げの予測が低いというときなら、セール スの担当者があげてきた数字に、一律で一 〇%や二〇%を上乗せするという乱暴な方法 53 JANUARY 2007 がとられてきました。
しかし無理やり数字を 変更するだけでは、セールス部門の士気を下 げることになります。
また、もしすべての数 字を完全に合わせるまで作業を続けていけば、 時間がかかりすぎます。
そこでハインツは、 「不確定の売り上げ」を需要予測の中に組み 込むことで、柔軟性を持ってこの部門間のギ ャップを埋めることにしています。
不確定の売り上げとは、どのセールス担当 が責任を負うというものではなく、結果とし て売り上げが目標を超えるものがあるだろう と見込んで、それを不確定の売り上げとする ことで、各部門のギャップを埋めて、しかも セールス担当者のやる気を維持する方法です。
そうして出来上がった数字を担当の役員が 役員会に持ち帰り、役員会として全社的な需 要予測の数字を承認します。
ここで大切なのは、需要予測の数字がボト ムアップで作られるという点です。
役員会が 積み上げてきた数字を気に入らないというこ とがよくあります。
そのときにでも、役員会 なり、会社のトップが、「この数字はダメだ。
こう変更しろ」といってしまっては、それま での努力が台無しとなります。
それでは役員が押し付けた数字となり、数 字に対してだれも責任を取らなくなるからで す。
もし役員会がどうしても数字を大幅に修 正したいと思うのなら、セールスの戦略やマ ーケティングの戦略から練り直す必要があり ます。
時間はかかりますが、そのほうが効果 があることは、ハインツの経験からはっきり としています。
需要予測の数字を作るという作業は、各 部門の数字の差をまったくなくしてしまうと か、無視するということではなく、差異があ ることを認識しながらも、共通の目標となる 数字を作り上げていくことにあります。
各部 門があげてきた数字のうち最も高い数字と最も低い数字を正しく認識することで、需要予 測の上下する幅を前もって知ることに使って います。
需要予測をスムーズに行うためには、でき るだけデータベースやコンピュータの環境を 整え、手作業にかかる時間を抑えることが大 切です。
各部門から出てくる異なる数字を使 って、お互いがお互いを非難するような雰囲 気を極力排除して、社内の人間を信頼するこ とが必要です。
需要予測の目的は、パートナ ーを含めたサプライチェーンの効率化にあり ますが、まずは社内から十分な協力を取り付 けなければなりません。
そのために需要予測の部門ができることは、 きちんとしたデータをそろえること、販売実 績や統計に関する十分な道具をそろえること、 そして、セールスとマーケティングからそれ ぞれの英知を数字に反映させること――など となります。

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