ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2006年9号
特集
中国&インドの物流 処理能力不足が深刻な物流インフラ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2006 32 近年、年率七%台の経済成長を続けているインド がBRICsの一角として大きな注目を集めている。
自動車メーカーをはじめとする日系企業が相次いで同 国に進出し、生産工場の新設・増強などに踏み切っ ている様子は周知の通りである。
日系企業によるイン ドへの進出と投資は一種のブームとなっている。
インド経済は「黄金の四角形」と呼ばれる四極(北 部のデリー、西部のムンバイ、南部のチェンナイ、東 部のコルカタ)を中心に発展しており、日系企業の進 出もこの四極と、それを結ぶルート沿いに集中してい る。
そこで、本稿では「黄金の四角形」のうち、とり わけ重要度が高いとされるインドの基幹港湾であるJ NPT港(ナバシバ港)と、デリーをつなぐルート (西部回廊と呼ばれる)に焦点を当てて、物流インフ ラ整備と輸送サービスの現状について解説していくこ とにしたい。
キャパ不足が続くナバシバ港 ナバシバ港はインド西岸(アラビア湾)に面し、イ ンド最大の商業都市であるムンバイ市を後背地に持つ、 インドの基幹コンテナ港である。
九〇年代まではムン バイ市内にあるムンバイ港が貿易港として中心的な役 割を果たしてきたが、同港は老朽化しているうえに港 湾拡張の余地が乏しいという問題を抱えていた。
その ため、コンテナ化への対応を目指す港湾施設として、 新たにナバシバ港が開港した。
ナバシバ港はインド唯一のコンテナ専用港である。
本格稼働してからわずか一〇年程度にすぎないが、す でにインド全体のコンテナ取扱量の約六割を占める基 幹港湾としての地位を確立している。
コンテナ取扱量 は二〇〇四年度、世界三一位に相当する二三七万T EUを記録した。
今後も同港のコンテナ取扱量の増加ペースは衰えな いと予想されている。
これを受けて同港では年間七〇 〇万TEUの取り扱いを可能にするための整備・拡 張工事が進められる予定である。
同港では今年に入っ て三番目となるコンテナターミナルがオープンしたが、 インフラ拡張を上回るペースで取扱量が増加しており、 オーバーキャパシティの状況は相変わらずである。
その結果、同港ではコンテナ船の沖待ちやバースの 混雑が恒常化している。
二〇〇五年には沖待ちがより深刻化し、同港向けのコンテナ貨物を近隣港で陸 揚げする事態にまで追い込まれてしまった。
もっとも、同港のヤード内における作業品質は他の アジア諸国の港湾施設に遜色のないレベルにある。
同 港の荷役能力は、例えば一時間当たりのクレーン荷 役スピードは二五TEUとされている。
一バース当た り四台のガントリークレーン(同港全体では六バー ス×四台=二四台)をフル稼働させることで、短時 間での本船荷役を行っている。
すなわち同港の場合、 本船が接岸するまでには長時間を要するものの、接岸 後のコンテナ貨物の積み降ろし作業は短時間で処理 できると評価されている。
同港では混雑緩和を目的に、ムンバイ地区のローカ ル貨物(周辺地域向け貨物で自動車輸送によって引 き取られるコンテナ)については陸揚げ後、三日以内 処理能力不足が深刻な物流インフラ 急激な経済発展の影響でインドの物流インフラがパン ク状態に追い込まれている。
コンテナ貨物は港で長期間 滞留する。
鉄道輸送は運行ダイヤが曖昧なため、リード タイムが読めないのが実情だ。
今後も高い成長率の維持 を目指すインドにとって物流インフラの高度化が喫緊の 課題となっている。
おおいで・かずはる83年3月慶應義塾大日通総合研究所大出一晴シニアコンサルタント 学商学部卒。
同年4月日本通運入社。
国際 輸送事業部、米国日通シカゴ海運支店等を 経て、92年4月より日通総合研究所に出向。
主に国際物流に関する調査・研究を担当。
JIFFA国際複合輸送士資格認定講座講師、 JILS国際物流管理士資格認定講座講師。
中 国の物流に関する論文として、「中国の物流 事情と日系進出企業の物流課題」(「輸送展 望96年夏号」=発行・日通総研)、「中国に おける物流変化−1.鉄道輸送の変化、2.自 動車輸送の変化」(「流通問題研究No.33、 34」=発行・流通経済大学流通問題研究所) などがある。
特別寄稿 で港湾地域外の「オフドックCY(コンテナヤード)」 に移動し、そこで通関した後にリリースするといった ルールを採用している。
また、日本では一週間に設定 されているコンテナの無料蔵置期間を、三日に設定す ることで港湾内でのコンテナ滞留を防いでいる。
ただし、鉄道輸送を利用して同港からコンテナ貨物 を引き取る場合、線路が引き込まれているヤード内で 貨車への積み込み作業を行う必要があるため、コンテ ナ貨物はどうしてもヤード内に蔵置せざるを得ない。
現在、同港からの鉄道輸送は一日一〇本程度が限界 でそれ以上に増やすことができない。
その結果、陸揚 げされたコンテナ貨物はヤード内で一週間以上の蔵置 を余儀なくされているのが実情である。
使い勝手の悪い鉄道輸送 インドは英国の植民地だった時代からの蓄積もあり、 アジア最長の鉄道網を有する「鉄道国」である。
イン ドにおいては他国以上に鉄道が旅客と貨物の輸送に 果たしてきた役割が大きい。
インドの鉄道貨物輸送の特徴の一つは、鉄道省傘 下の公企業であるCONCOR(Container Corporation of India, Ltd)が、港で陸揚げした海上 コンテナを内陸部に輸送するインターモーダル輸送サ ービスを提供していることにある。
ただし、同社によ るインターモーダル輸送には次のような弱点があり、 多くのユーザー は現行のサービ ス水準に決して 満足していない。
?運行ダイヤが ない 線路は貨物専 用線ではなく、旅客列車との共用である。
しかも旅客 列車の運行が優先されており、貨物列車は旅客列車 の合間を縫って運行している。
旅客列車と貨物列車は走行速度が異なるため、貨物列車は待避線で旅客 列車による追い越しを待たなければならない。
こうし た事情もあって貨物列車のダイヤ設定が困難な状況に なっている。
?ユニットトレイン方式の採用 発地で編成した貨物列車をそのままの編成で、着地 まで運行する方式(ユニットトレイン方式)を採用し ている(日本の貨物輸送では途中のターミナルで貨車 を追加するなど編成数が変化する)。
運行効率を高め るため、原則として貨物列車はコンテナが満載の状態 になるまで出発しない。
そのため、荷動きの少ない方 面向けの貨物列車に載せるコンテナは発地で長期間の 滞留を余儀なくされる。
このようにインドの貨物鉄道は使い勝手が悪いうえ に、陸揚げ港自体が混雑しているため、コンテナがい つ列車に積み込まれるかが事前に予測しにくい。
もっ とも、いったん貨物列車が出発すれば、基本的に約束 された所要時間内に到着する運行の定時性は確保さ れている。
ちなみに、現在ナバシバ港〜デリー間は四 二〜四七時間で結ばれている。
貨物列車の運行状況はCONCORのホームペー ジを通じてインターネットで確認することが可能であ る。
ただし、あくまでもトレースの対象は「貨車に搭 載して以降」であって、肝心の「ヤードに蔵置されて いるコンテナがいつ列車に載るか」については把握で きない。
拡大するインランドデポ 内陸部には輸出入コンテナ貨物の発着ポイントとし て各地にコンテナデポ(ICD= Inland Container Depot)が設けられている。
トラック運送会社および 荷主企業はこのICDで海上コンテナを受け渡しする ことができる。
しかもICDでは受け渡し機能のみな らず、?輸出入通関、?コンテナ貨物のバンニング・ デバンニング、?保管(特に輸入保税貨物の保管)、 ?冷凍貨物の取り扱い、?混載貨物の集荷およびコ ンテナ化――といった付帯サービスも提供している。
また、ICD内もしくはその周辺には税関、船会社、 フォワーダー、トラック運送会社など国際貿易にかか わる施設や企業が事務所を構えており、ユーザーに対 して国際物流の「ワンストップサービス」を提供でき る体制が整っている。
インドの代表的なICDはデリー市の南部に設置 されているトゥグクダラバッドICD(略称TKD) である。
TKDはインドの全ICDでやり取りされる コンテナ貨物の約六割を扱う拠点で、年間の取扱量 は四〇万TEUに達する。
TKDはナバシバ港にとって最大の供給先となっている。
デリーとその周辺地域が驚異的なペースで経済発 展を遂げていることを背景に、TKDの取扱量も右 肩上がりで増え続けている。
その結果、早晩、TKD の処理能力は限界に達すると憂慮されている。
そこで 九六年にはデリー市中心部から車で一時間程度離れ た新興工業地区であるノイダに新たなICD(ダドリ ICD)が開設された。
もっとも、現在のところダドリICDのコンテナ取 扱量は一〇万TEU程度(二〇〇五年実績)にすぎ ない。
しかし、背後地には拡張用スペースを確保して おり、開発に踏み切れば、将来は最大で年間一〇〇 万TEUの取り扱いが可能になるという。
TKDと 合わせると、処理能力は現行に比べ三倍以上に高ま る計算である。
33 SEPTEMBER 2006 グルガオン〜デリー間を結ぶ建設 中の高速道路 今後、TKDとダドリICDはそれぞれ役割分担 が明確になると予想されている。
TKDがデリー近郊 の工業地域であるグルガオン地区から出し入れされる コンテナ貨物を、一方のダドリICDがノイダ地区を カバーするといった具合に、ICDの使い分けが進む と見られている。
時間が読めないトラック輸送 インドでは港湾施設や鉄道インフラの整備と並行し て、トラック輸送の進展に不可欠な道路網の拡充も 着々と進んでいる。
ここでも重視されているのは「黄 金の四角形」である。
具体的には四都市を結ぶナショ ナルハイウェーの建設が急ピッチで進んでいる。
現在、 ナショナルハイウェーはインドの道路総延長の二%を 占めるにすぎないが、輸送量の四〇%が集中しており、 整備の重要度は極めて高い。
すでに「黄金 の四角形」では 舗装片側二車 線レベルのナシ ョナルハイウェ ーが整備されつ つある。
「黄金 の四角形」のう ち、ムンバイ〜 デリーの西部回 廊ではさらに一 歩前進しており、 既存の二車線が 四車線に拡張さ れるなど質の向 上が図られてい る。
一連の道路インフラ整備の最終目標は時速一〇〇 キロメートルでの走行を実現することにある。
仮にこ の目標が達成できれば、一四〇〇キロメートル離れているナバシバ港〜デリー間は二四時間以内でのアクセ スが可能になる。
九九年に実施された日本物流団体連合会の調査で は、同区間の一日平均走行距離を一〇〇〜二〇〇キ ロメートルと想定し、所要日数を八〜一〇日程度と 弾いている。
この調査結果からも九九年時点でインド の道路整備がどれだけ遅れていたのかを窺い知ること ができるだろう。
これに対して、世界銀行などによる調査によると、 同区間の現在の一日平均走行距離は三五〇キロメー トルにまで改善されたと言われている。
つまり、同区 間はおよそ三〜四日間で走行できるようになったわけ である。
所要日数を大幅に短縮できたのは、この数年 間で同区間の道路整備が進んだからにほかならない。
もっとも、鉄道輸送が四二〜四七時間という所要 時間を逸脱することが少ないのに対して、トラック輸 送の場合、次のような定時制への阻害要因がある。
ト ラック輸送のリードタイムは依然として不安定な状態 にあることを念頭に置いておく必要がある。
?道路インフラが未成熟 ■ナショナルハイウェーとはいえ、路面には凹凸が少 なくなく、トラックにとってスムーズな走行の妨げ となっている ■一般道では上り下りの車線が明確に区分されていな いケースもあり、走行に支障を来している ■一般道では野良牛をはじめとする動物の往来が日常 的にあるほか、耕耘機や自転車、リヤカーなども走 行している ■道路灯の普及が遅れており、夜間走行には危険が伴 う。
そもそも夜間には走行しないトラック運送会社 も多い ?貨物の安全性が低い ■トラックの車両そのものの安全性が低く、事故や故 障が発生するリスクが高い ■事故発生時の賠償制度も未整備の状態である ?越境通過でのタイムロス ■越境(州際)輸送の場合、トラックは州境でRTO (Regional Transport Office)によるチェック(車 両登録書類、車両スペック重量、税金納付)を受 ける必要がある ■この越境通過に時間を要するため、輸送リードタイ ムが読めない ODAで貨物鉄道網を整備 このようにインドの玄関口となる港湾施設と、同国の国内物流を支える鉄道、トラックの両輸送モードに は解決すべき問題が山積しているのが実情である。
日 系企業の中にはインドへの進出に慎重な姿勢を示して いる理由の一つとして物流インフラ整備の遅れを指摘 する声が少なくない。
インドが今後も引き続き高い成 長率を維持しながら経済発展を続けていくためには、 物流インフラの高度化に力を注ぐことは避けて通れな い道と言えるだろう。
現在、インドでは日本からのODA(政府開発援 助)案件の一つとして、貨物鉄道網を整備する案が 浮上している。
このプロジェクトが実現すれば、イン ドの非効率な物流は一気に解消に向かう可能性が高 い。
それだけに、すでにインド進出を果たしている日 系企業の多くは同プロジェクトの進展に大きな期待を 寄せている。
SEPTEMBER 2006 34

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