ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年8号
CSR経営講座
中国・アジアでもニーズ高まるCSR

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2006 68 今年五月半ば、東京海洋大学の関 係者として上海(中国)を訪れた。
同 大学と上海水産大学が共催した研究 会に講師として参加するためだ。
二 日間の会合を通じて、中国が国策と して食品流通を推進していることを 肌で感じ、ASEANや日本との違 いに驚かされた。
中国はCSRブー ムを国家レベルで取り込んで国際競 争力の強化につなげようとしている。
「食品流通安全論」への期待 最近、東京海洋大学で教鞭をとる 機会が増えた。
私は三年前から、同 大学が推進する「食品流通の安全管 理教育プログラム」の学外委員の一 人として活動している。
来年四月か ら正式にスタートするこのプログラム の狙いは、サプライチェーン全域にわ たる「食の安全・安心」を担える人 材を産学協同で育成するというもの だ。
名称にそれらしい言葉は使われ ていないが、まさにCSR時代のロ ジスティクスを研究する試みである。
東京海洋大学は、二〇〇三年に東 京商船大学と東京水産大学の統合に よって誕生した。
その生い立ちから、 水産資源の開発や、水産品の生産・ 加工技術の研究、商船の運航など、海 に関することを学際的に幅広く研究 している。
両大学の統合後に生まれ た「食品流通」コースも、生産から 加工・流通・消費に至るサプライチ ェーン全域を研究対象としている点 で他にはない画期的なものだ。
まだ四年制の学部生に対してだけ 授業をしている段階だが、学生たち の反応はすこぶるいい。
昨年一年間 は試行期間として土日の集中講義が 実施された。
二〇人も集まればと大 学側は思っていたようだが、一〇〇 人近い聴講希望者が殺到した。
また、 一般人を対象に昨年三月と十一月に 二度、都内で催したシンポジウムも 約三五〇人を集めて大盛況。
「食の安 全・安心」に対する関心の高さを改 めて認識させられる結果となった。
来年四月からは、大学院のスター トが予定されている。
主に社会人教 育を念頭に置くこの大学院の名称は 「食品流通安全管理システム専門技術 者養成コース」。
水産物をはじめとす る食品のグローバルかつ専門的なロ ジスティクスを実践できる人材の育 成をめざす。
この枠組みに、民間か ら指名された一人が私だったという わけだ。
このような関係から、この五月に は東京海洋大学の一員として訪中し た。
東京海洋大学と上海水産大学が 共催した「第一回定期交流研究会」 (五月一四日、一五日)に講師として 参加するためだ。
日本側から講師と して参加したのは総勢六人。
東京海 洋大からは高井陸雄学長、鶴田三郎 海洋工学部教授、渡辺尚彦海洋科学 部教授の三人。
民間からは、私と同 じく「食品流通プログラム」の学外 委員をやっているイトーヨーカ堂の伊 藤正史食品担当統括マネージャー、B MLフード・サイエンスの日佐和夫 常務、そして私である。
中国でも活況の食品流通教育 五月十三日の昼頃、成田空港の出 発ロビーに六人が集合した。
あらか じめ配布されていた全日空九五九便 のエコノミークラスの航空券を手にめ いめいチェックインし、定刻通り一 四時に離陸した。
ゴールデンウィーク の次の週末だったためか機内はガラ ガラ。
約三時間で上海に到着した。
空港の到着ロビーには、上海水産大学の程(テイ)教授(副学長)と、 同大学の教授で今は東京海洋大学で も教えている婁(ロウ)教授の二人 が出迎えてくれた。
聞けば、程教授 もかつて東京海洋大学に八年間いた ことがあるのだという。
それだけに二 人とも日本語はペラペラ。
二つの大 学が、三〇年来の親密な間柄である ことを改めて認識させられる。
空港からホテルまでは、上海水産 中国・アジアでもニーズ高まるCSR 第2回 69 AUGUST 2006 大学の保有するバスで約一時間程度。
「遠洋賓館」という宿泊先にチェック インした後、すぐに出直して先方の 学長が主催する夕食会へと向かった。
とある高級レストランにつくと、クリ ントン元大統領夫妻の写真が飾られ ている部屋に通され、ここで一九三 九年ものの美味しい紹興酒をご馳走 になった。
私が東京海洋大学の関係者として 上海を訪れたのは今回が初めてだが、 興味深い話をたくさん聞くことがで きた。
日本は大量の水産物を中国か ら輸入している。
その大半が上海を 経由しており、いわば日本向け水産 品輸出のベース基地だ。
上海で取り 扱っている水産品の約五分の一が日 本向けなのだが、金額的には日本向 けだけで、それ以外の五倍にもなると いう。
それだけ選りすぐった物品を日 本に出荷している。
この日本向け輸出に求められる条 件が最近、どんどん厳しくなっている という。
従来は安全に作られたもの でさえあればよかった。
それが最近で は、安全なものを、いかに流通させる かが重要になり、顧客からサプライチ ェーン全体について説明を求められ るようになったと先方の学長は言う。
東京海洋大学の高井学長も、上海で 作られている製品には納得している が、サプライチェーン全体の安全性 となると、これからお互いに研究して いく必要があると指摘する。
ここでは日本国内の消費者の意識 の変化が、そのまま目の前の課題と して意識されていた。
一昔前に騒が れた「農薬残留」や「生産技術」の 問題については、日本側の条件をほ ぼクリアできるようになった。
だがサ プライチェーン全体という意味では、 依然として課題が多いということだ。
今はまだ中国全土がどうのという段 階ではないが、最も進んでいる上海 を経由する流通についても安全性を 確約できる状況にはない。
実は今回の共同研究会のタイトル が「第一回定期交流研究会」となっ ているのも、ここに理由がある。
両大 学が三〇年来の付き合いであるにも かかわらず、今回の会合で「第一回」 と銘打ったのは、まったく新しい局 面を意識しているからだ。
これまで両 者は「生産」を中心に交流してきた が、最近は「流通」にシフトしている。
両者の関係が歴史的な転換期にある からこそ、あえて「第一回」と呼んで いる。
約一年後には「第二回」を東 京で催すことも決まっており、大きな 意味を持つ出発点といる。
三〇人超す東京海洋大の出身教授 一四日の研究会一日目のスタート は午前九時のため、ホテルのロビーに 八時に集合して迎えのバスに乗り込んだ。
この日は昼食の時間を除くと、 びっちり午後六時過ぎまで上海水産 大学に詰めるスケジュール。
研究会 の冒頭、三〇分程度は互いのトップ が挨拶のために壇上に上がったが、九 時半からは、一人あたり四五分とい う持ち時間で中国側と日本側の講師 が交代で話をしていった。
それぞれの講演には、各分野に詳 しい通訳が事前にアレンジされていた。
通訳と言っても、ほとんどは上海水 産大学の教授連中だ。
現在、上海水 産大学の教員には、東京海洋大学へ の留学経験者が計三十三人もいるの だという。
彼らは皆、六〜八年を日 本で過ごした経験を持ち流暢な日本 語をしゃべる。
そのうえ専攻している 研究分野が日本側の講演者と近けれ ば、よりスムーズに通訳することが可 能というわけだ。
日本市場を見据え た中国側の人材の蓄積には、正直な ところ驚かされた。
会場となった大講堂は、椅子とテ ーブルがスクール形式で並べられた定 員三〇〇人ほどの部屋だが、完全に 満席だった。
最後部には椅子だけが 並べてあって、ここも満杯。
多くの 人たちが研究会に参加していた。
一 般公募はせず、基本的には上海水産 大学の学生と大学院生だけを対象に、 九〇〇人近くいた聴講希望者の中か ら選んだ結果なのだという。
テレビを 含む中国のマスコミとおぼしき人たち も五、六人いたが、彼らを含めても 部外者は二〇〜三〇人程度だった。
中国側の講演者も、日本側と同様、 行政・食品メーカー・小売り・大学 など各分野から集められていた。
パワ ーポイントを使ったしっかりとしたプ レゼンを行っており、現状の問題点 についても、冷凍車が不足している とか、温度帯管理がいい加減だなどと、きちんと指摘していたのが印象に 残った。
この日は講演者や通訳など 三〇人ほどで再び会食をした。
両大学の関係や中国側の姿勢につ いては、ある程度まで事前に知って いた。
しかし今回、実際に見聞きし た事柄は、私の認識をはるかに上回 るものだった。
何よりも強く印象に 残ったのは、中国が国策として「食 「第1回定期交流研究会」のポスター AUGUST 2006 70 ャンパスを移転する。
現状の二〇倍 の敷地を海沿いに確保していて、い ずれは全ての研究拠点を移動するの だという。
その際に、今は「食品学 院」という名称で「生産」を中心に 研究している部門の中にロジスティ クス・コースを新設する。
すでに指 導者が育っていて、予算もついてい ることを考えれば、この計画は確実 に前進するはずだ。
中国が産学で連 携しながら、国策として食品流通の 強化に乗り出していることを諸外国 は意識する必要がある。
遅れをとったASEAN諸国 中国が台頭する以前、水産加工品 の日本への最大の供給元は東南アジ アで、とりわけタイとの結びつきが太 かった。
私はJETRO(日本貿易 振興機構)のバンコク事務所・専門 官という肩書きでも仕事をしている ため、タイに出張する機会がたびたび ある。
昨年一〇月の五日間の出張で は、インドシナ半島を東西に横切る 「東西経済回廊」と呼ばれる高速道路 の建設状況を視察した。
このためロ ジスティクス関連のインフラ整備がそ れなりに進んでいることを評価してい たのだが、上海水産大学の姿勢を目 の当たりにすると、蓄積の差を感じ ざるを得なかった。
タイも国家レベ ルでロジスティク スを強化してはい る。
とくに現政権 のタクシン首相は、 新設した内閣府で 「ロジスティクス三 カ年計画」を策定 するなど矢継ぎ早 に手を打っている。
また、自動車や電 機製品といった耐 久消費財の分野では、タイと日本は 長い人材交流の歴史を持ち、中国と いえども一朝一夕では追いつけない 基盤を築いている。
ところが、いざ食 品分野に目を向けると、生鮮三品や 水産物などについては中国との勝負 はすでについたようにすら思えた。
現在、タイから日本に輸入されて いる生鮮品や水産物は、主にバンコ クから船便で出荷されて、マラッカ 海峡をぐるりと回って日本に運ばれ ている。
このため上海から輸入するよ り二日半ほどリードタイムが長い。
し かし、これをミャンマー、タイ、ラオ ス、ベトナムを東西に横断する「東 西経済回廊」で行えば、上海とのリ ードタイムを物理的には半日遅れの レベルまで詰められる。
そう考えたか らこそ、この壮大な高速道路の整備 が進められてきた。
実際、メコン川を渡る橋などハー ドのインフラ整備はそれなりに進んで いる。
問題は、運用のための法整備 が遅々として進展していない点だ。
現 状では「東西経済回廊」でタイから ラオスに入るときには、通関などで三 六種類の書類手続きが必要だ。
さら にラオスからベトナムに入るときにも、新たに三五種類の書類が求められる。
つまりタイから太平洋岸に陸路で抜 けようとすると、現状では七〇種類 以上の書類の提出が必要で、それぞ れについて七つも八つも判子をもらわ なければならない。
とてもではないが 現実のビジネスで利用できる状況で はない。
一国内で「食品流通」の高度化を 図っている中国とは、歴然とした差 品流通」を強化しようとしている点 だ。
製造技術や衛生管理という意味 では、上海水産大学の人たちはすで に日本と遜色のないレベルの技術を 身につけていると思われる。
これは東 京海洋大学への留学経験者が三十三 人も教授になっていることからも明ら かだろう。
しかし「食品流通」、つまりサプラ イチェーン全体の高度化となると、日 本と同じくまだ着手したばかりだ。
む しろ日本の消費者が「食の安全・安 心」にこだわるようになり、東京海 洋大学が日本初の「食品流通」コー スの設置に本腰を入れたのをみて、懸 命に後追いしている印象を受けた。
た だ日本と違うのは、これを国が全面 的にバックアップしている点だ。
東京海洋大学は「食品流通」コー スを設置するために既に三年近くを 費やしており、文部科学省から数千 万円の予算がつくようになった。
これ に対して上海水産大学は、日本と同 じく「生産」に偏っていた研究課題 を「流通」にシフトさせる目的で、す でに日本円換算で約一億五〇〇〇万 円の予算を国から得ている。
現在の 中国の貨幣価値が日本の二〇分の一 程度であることを考えると、かなりの 金額だ。
上海水産大学は三年後をメドにキ 71 AUGUST 2006 がある。
タイも「ロジスティクス三カ 年計画」などを国が策定しているも のの、実務上の制約である法律を変 える作業は簡単ではない。
国際間の 流通に関する法的手続きのあり方な どは、この地域でリーダー格のタイが 率先して国際標準に準拠するように 変えていき、隣国に範を示さなけれ ば話は一向に進まないはずだ。
まずは、 それができるかどうかが中国に伍して いくうえで不可欠のポイントになる。
しかし、こうした施策を推し進めよ うにも、タイの食品分野には上海水 産大学の教授陣のような人材の蓄積 はない。
ようやく昨年ぐらいから、日 本ロジスティクスシステム協会などに 倣って人材育成に本腰を入れたとこ ろだ。
この点でも中国との競争で優 位に立つのは難しいと思われる。
今後 は、中国がさほど興味を持っていない 加工食品に扱いを絞っていくという 判断も必要になるのではないだろか。
サプライチェーンを牛耳られる 「食の安全・安心」を担保するため に、CSRという観点から食品流通 を高度化していこうとすれば、原料調 達から加工、消費者への供給までを トータルで見る必要がある。
とりわけ 日本人が意識すべきは、日本の食料 自給率が約四割でしかないことだ。
米 など一部の特殊な品目を除けば、日 本は食料の六割近くを海外からの輸 入に頼っている。
この六割部分を無 視していては、一気通貫のサプライチ ェーンなど望むべくもない。
残念ながら、日本で食品ロジステ ィクスをやってきた人たちの多くは、 国内しかみていない。
私は、将来的 には、原料部分を押さえている食品 メーカーが勝ち残ると見ている。
「安 全・安心」にこだわる消費者ほど、サ プライチェーンを一気通貫で管理で きる事業者の製品を選ぶようになる と思うからだ。
いずれ少子化などの影響で日本市 場のパイが縮小しはじめたら、企業 間の競争は激しくならざるをえない。
そうした局面では、加工済み原料を 使って最終加工だけを手掛ける事業 者には原料が回らなくなり、農産物 から加工できる技術を持つ食品メー カーが優位になっていく可能性が高 い。
現状で五万五〇〇〇社ある日本 国内の食品メーカーのうち、農産物 を加工する技術をもつ企業の数は全 体の七〜八%に過ぎない。
私は、い ずれ日本の食品メーカーは、この数% の企業に収斂すると考えている。
仮にそうした事態になれば、いま 急速に力をつけつつある中国の食品 メーカーが、アジア地域で主役の座 に踊り出てくる可能性は高いはずだ。
膨大な量の農産物を日本に供給でき る中国を押さえた事業者が、食品サ プライチェーンを主役として牛耳るよ うになるのではないだろうか。
このような時代になることを見据 えて、ある大手小売業者は、周辺で の売り上げがまだゼロであるにも関わ らず上海に事務所を構えて、複数の 人材を配置している。
そして上海水 産大学の卒業生を複数、採用するな どしている。
日本でも先進企業は、し たたかな中国と共存する道を早くも 模索しはじめているのである。
私は今回、七年ぶりに上海を訪れ て多くの点で認識を新たにした。
た だし急成長にともなう負の部分も感 じた。
七年前に比べると揚子江の水 質汚染は明らかに進み、街中では光 化学スモッグらしきものが発生してい た。
現在の上海には、三〇年前の日 本で感じたのとまったく同じ臭いがあ った。
経済成長のために環境を犠牲にす る行為は、現在の日本人には愚かし く映るかもしれない。
しかし、「いま の中国は池田勇人の時代の日本と同 じ。
環境の悪化には目が向かない」と いうある中国人の言葉にすべてが凝 縮されている。
この国の成長意欲は 誰にも止められない。
この状況は少 なくとも二〇一〇年の上海万博まで は続くはずだ。
その後にあるかもしれ ない揺り戻しへの対応も含めて、日 本企業はあらゆるリスクに備えておく 必要がある。

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