ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年6号
道場
ロジスティクス編・第9回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JUNE 2006 52 「一体どんな管理をしてるの?」 物流部長が次長につっかかった 会議を再開しようと物流部長が立ち上がったと き、資料を手にした支店長が「ちょっといいか な?」と発言を求めた。
物流部長が中腰のまま頷 く。
さっそく支店長は、次長たちの顔を見ながら 問題を一つ提起した。
「このデータを見るまでもなく、在庫を抜本的に見 直す必要があるな?」 次長が素直に「はい」と答えさえすれば、すぐ に終わるはずの問い掛けだった。
しかし、なぜか 次長は素直に納得しない。
「はぁー、ただ、結果として、いくつか問題のある 在庫もありますが、一応は管理してるつもりです ‥‥」 あま りにもいい加減な返事に、すかさず反応し たのは物流部長だった。
あとで聞いたところによ ると、物流部長と次長は同期入社なのだという。
「一応管理してるって、一体どんな管理をしてる の? この結果には管理のカの字も見られないけ ど」 挑発的な物流部長の言葉に、次長が切れた。
「物流部長になったからって偉そうに言うなよ。
あんたに在庫についてとやかく言われたくないね。
あんただろ、営業をやってたとき、欠品を出すと 大騒ぎするくせに、在庫の山を作っても平気な顔 してたのは」 次長の鋭い突っ込みに、物流部長の表情に戸 惑 いが浮かぶ。
面白くなってきた。
互いに遠慮せず に議論を戦わせることも、支店回りの目的の一つ だ。
二人を除く全員が、これから展開されるであ ろうバトルを興味深そうに見守っている。
支店長が隣の常務にささやいた。
「どっちが勝ちますかね?」 「そりゃ、部長だろ。
屁理屈であいつに敵うやつ はいない」 常務の言葉が聞こえたようで社長が大きく頷く。
大先生一行も楽しそうだ。
小さな声で大先生が物 流部長をあおる。
「負けるなよ、部長!」 その言葉に頷き、物流部長が攻撃 を開始する。
《前回のあらすじ》 本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクス分野のカ リスマ・コンサルタントだ。
“美人弟子”と“体力弟子”とともに クライアントを指導している。
旧知の問屋から依頼されたロジステ ィクスの導入コンサルを進めるため、関係者と一緒に支店回りを 続けている。
いま訪れている東北の支店には、「物流ABCは両刃の 剣」と言ってはばからない支店長と、この言葉の真意を理解でき ない次長がいる。
ABCの結果、物流コストが粗利を上回る顧客を 切ることを提案した次長を納得させることはできるのか。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 湯浅和夫の 《第 50 回》 〜ロジスティクス編・第9回〜 53 JUNE 2006 「たしかに、昔はそんなこともあった。
その反省 を踏まえて、いま、おれは在庫に取り組んでいる。
だから、手ごわいぞ」 常務が「ほらな」と言わんばかりの顔で、ちら っと支店長を見る。
苦笑しながら支店長が頷く。
そ んなことにはかまわず物流部長が続ける。
「大体、この出荷対応日数表を見てごらんよ。
出 荷対応日数ってのは、いまある在庫であと何日分 の出荷に対応できるかって数字だよ、わかる?」 「そんなことわかってる!」 次長が憮然とした顔で吐き捨てる。
ちょっと形 勢が悪いことを自覚しているようだ。
でも、もう引っ込みはつかない。
一方、物流部長は余裕の表 情だ 。
別に物流部長が次長と比べて何かすぐれた ことをしたわけでもないのに、立場の違いとは恐 ろしいものだ。
「この表は、この支店の在庫を出荷対応日数が多 い順に並べてあるけど、一番上の在庫は一〇〇〇 日を超えてる。
毎日出荷しても、なくなるのに三 年かかる。
出荷対応日数が三〇〇日以上の在庫が 全体の四分の一もある。
これで何を管理してるっ て言うんだ?」 この物流部長の突っ込みに、次長が反論する。
「それは、それらの商品の出荷量が最近落ちてしま ったからで、最初から何年分も仕入れたわけでは な い。
いくらなんでも、そんなばかなことはしない」 やはり屁理屈による反撃だ。
そこに大先生が口 を挟む。
「たしかに、それはそうだ」 突然の大先生の相槌に物流部長が一瞬ひるむ。
しかし、そこはさすがに物流部長。
大先生のいつ ものちょっかいだと理解すると、すぐに立ち直っ て追及を続けた。
IllustrationELPH-Kanda Kadan JUNE 2006 54 「そりゃあ仕入れるときには、何年分もの在庫にな るなんて誰も思ってない。
ただ、仕入れるとき、そ れが結果として売れ残るかもしれないという予感 はしてたろう?」 物流部長が何を言おうとしているのかを図りか ねて、次長は何も言わない。
物流部長がニヤッと して続ける。
「この表には出てないけど、もう出荷のない、売れ 残った在庫が他にも結構ある。
それは出荷ゼロで 計算できないので、この表には出てこない。
だか ら、出荷が落ち込むより出荷がなくなってしまっ た方がよかったかもな?」 思わず大先生が吹き出し た。
屁理屈の攻防だ。
社長が呆れ顔で先を促す。
「それで、あなたは何が言いたいの?」 「はぁ、すんません。
要するに、不良資産としかい いようのない在庫がたくさんあることが問題だと いうことです」 社長が頷く。
物流部長が続ける。
「つまり、仕入れるときに、残ってしまうほど仕入 れることが問題であって、仕入れるときに何を根拠 にして量を決めているのかを議論したいわけです」 ようやく物流部長が本質に迫る発言をした。
「利益を出しちゃ悪いって言うのか」 次長が殺し文句で反撃する この物流部長の問題提起に、再び次長が反論し た。
「仕入れるときは、そのときそのときで、商品ごと にそれなりの判断でやっている。
理屈だけじゃな い‥‥」 相変わらず言い訳じみている。
これまでのやり 方が間違っていることは明らかなのに、なかなか それを認めようとしない。
そういう輩とやり合う には物流部長が最適だ。
「それは、どんな根拠?」 物流部長が問い掛けるが、次長はすぐに答えよ うとしない。
そこで物流部長は視線を物流センター長へと向けた。
観念したように姿勢を正しなが ら、物流センター長が答える。
「一応、毎日少なくなった在庫をチェックして、 いまの売れ行きをみながら量を決めてます。
メー カーさんとの間で取引単位の取り決めがあります ので、最低でもその量は取らなければなりません が‥‥」 「細かいやり方について聞くのはやめるけど、ま とめて大量に仕入れてしまうこともあるんじゃな いの?」 「はい、これはと思う商品を戦略商品としてまとめ て仕入れることもありますし、一定量以上買って くれれば安くするとメーカーさんが言う商品をま とめて仕入れることもあります」 物流センター長が素直に答える。
次長がちょっ と渋い顔をする。
案の定、物流 部長が突っ込む。
「なぜ、まとめて仕入れるわけ? まとめて仕入れ ると何かいいことあるの?」 かつての自分の行為をすっかり棚に上げた物流 部長の言葉に、また次長が切れた。
「何を言ってるんだ! 自分だって前はしょっちゅ うやってたじゃないか」 55 JUNE 2006 「昔のことだから忘れた。
それよりもまとめて仕 入れるから在庫が残ってしまうんだろ。
そんなこと やめたらいいじゃないか」 物流部長があっけらかんと言う。
次長が苦虫を 噛みつぶしたような顔でぶっきらぼうに答える。
「少しでも仕入原価を下げようと思って‥‥利は元 にありって言うだろう。
利益を出すためさ」 「利は元にあり、なんていまは死語だよ」 物流部長が即座に言い放った。
もっとも、これ は大先生の受け売りだ。
「ものが足りなくて、仕入れたものをすべて売り 切れる時代なら通用したけど、いまのように何が売 れるかわからない時代には通用しない。
それは売り 切るこ とができるのを前提にした格言だよ」 台本を読んでいるような、物流部長らしくない 物言いだ。
それでも次長が食い下がる。
「でも、現実に仕入原価を下げた結果、利益が出て るじゃないか。
利益を出しちゃ悪いって言うのか?」 殺し文句が出た。
物流部長が返事に詰まる。
そ れを見た次長が溜飲を下げたような顔をする。
物 流部長も何か言いたそうなのだが、適当な言葉が 出てこないようだ。
このままでは、次長の勝ちで二 人のバトルが終わってしまう。
それではまずい。
突然、物流部長が隣に座って いる弟子たちに助 けを求めた。
「次長の発言に私は納得できませんが、うまく言 い返せません。
ここは一つ、バトンタッチをお願い します」 いかにも物流部長らしい率直な物言いだ。
社長 が笑っている。
ただし、大先生と美人弟子は眠っ ているようだ。
いや、目をつむっている。
たまたま、 目を開けていた体力弟子がバトンを受け取った。
「あとは私から説明しておきます」 支店長が駄目を押した 話をどう展開しようと考えているのか、体力弟 子がちょっと間を置いた。
そこに大先生が声を掛 ける。
「直球勝負でいいさ」 美人弟子が体力弟子に何かささやく。
やっぱり、 大先生も美人弟子も眠ってはいなかった。
体力弟 子は頷くとストレートに次長に問い掛けた。
「いま、利益が出てるんだからいいじゃないかと おっしゃいましたが、その利益って何ですか?」 突然、対戦相手が変わったうえ、きわめて単純 な質問をされた次長が戸惑う。
この体力弟子の言葉に、支店長は早くも納得し たとみえる。
社長も大きく頷いている。
どうやら 「利 益ってなんですか」という一言で、この勝負は 決したようだ。
ところが次長はこの質問にいっこ うに答えない。
体力弟子が続けて質問をした。
「利益が出ると、どんないいことがありますか?」 首を傾げながらも、次長が何とか答えを絞り出す。
「はぁ、会社が存続できます」 「できません。
利益が出ることと、会社が存続でき ることとは関係ありません」 次長の答えを体力弟子が即座に否定する。
次長 がさらに困惑する。
体力弟子が解説を始めた。
「利益が出るということは会社にキャッシュ、つま りお金が入る ということです。
ですから、お金の JUNE 2006 56 入らない利益は意味がありません」 まだ次長は怪訝そうな顔をしている。
それを見 て、体力弟子が詳しく説明をしようとする。
「たとえば、ここに一個一〇〇円の原価の商品が あったとします。
それをまとめて仕入れることで 九五円で‥‥」 「そんな細かい説明はいい。
結論だけ言えばわかる さ。
簡単なことなんだから。
物流部長と次長のや りとりを聞かされて疲れた。
早く終わりにしよう」 大先生が遮った。
体力弟子は頷くと、早口でま とめた。
「商品を仕入れるということは自分の現金が出て 行くということです。
もし、その商品が売れ残れ ば、在庫 という形で持つことになります。
その分、 貸借対照表の現金預金という資産が減って、棚卸 資産という資産が増えるだけです。
つまり、大量 に仕入れて仕入原価を安くしても、自分のキャッ シュは増えません。
自分のキャッシュで利益を買 ってるだけのことだからです」 一息入れると、体力弟子は次長の顔を見た。
支 店長は大きく頷いているが、相変わらず次長は怪 訝そうな表情のままだ。
それを見ながら体力弟子 が結論を下した。
「もし、売れ残る危険性があるのなら、いくら安く 仕入れても、経営的にはマイナス以外のなにもの でもないということです。
必要なも のを必要なだ け仕入れるに越したことはありません」 次長はまだ納得していないようだったが、支店 長が駄目を押した。
「わかりやすいご説明をありがとうございます。
次長たちには、あとで私から説明しておきます」 社長が頷き、閉会するよう物流部長に目で合図 した。
物流部長が閉会を宣しようとしたとき、ま た支店長が手を上げた。
物流部長が頷き、支店長 が立ち上がった。
「今日は先生方においでいただき、本当によかった です。
ABCや在庫分析の結果が、この支店の経営の問題を明らかにしてくれました。
これを踏ま えて、改め て経営を見直していくつもりです。
要 するに、架空の利益に踊らされず、将来の損失発 生のリスクを負わず、ありのままに経営する。
こ れがロジスティクスの本質と理解しました。
私は そう思います」 大先生が頷くのを見て、社長が引き取った。
「そういうことです。
そのような経営を全社に 広げていきたいと思います。
まず、あなたの支店 でどんどん進めてください。
期待してますよ」 支店長と常務が同時に深く頷く。
こうして波乱 含みの支店でのヒアリングの幕は閉じた。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

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