ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年5号
特集
物流力を測る ベンチマーキングの最先端

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2006 8 納期を守れば儲かるのか ――SCMの教科書を読むと、改革はサプライチェー ンの実態をベンチマーキングすることから始めると書 いてあります。
しかし、日本ではベンチマーキングを せずに改革を進めているケースがほとんでです。
「そうですかね。
まあ一般論としては、これまでは 部分的なベンチマーキングにとどまっていた、とは言 えるかも知れませんね」 ――SCMが普及した割に経営者がサプライチェーン の指標を意識するようになったとも思えません。
「それは当然でしょう。
納期を遵守したからどうだ って言うんですか」 ――納期遵守率は今日のSCMで最も重要な指標の 一つとされています。
「問題は、納期遵守率を上げることで、どれだけ売 上高や貢献利益に寄与できるのかということです。
そ れが分か らないで、いくら納期遵守率だと言っても意 味がない。
オペレーションの結果が業績パフォーマン スにどうつながってくるのかを分析した上で、ベスト プラクティスとの比較をする必要がある」 ――確かに納期遵守率と業績のボトムラインの関係は 明確にはなっていません。
「そこがベンチマーキングの一番のノウハウなんです」 ――その手法として米サプライチェーン・カウンシル (SCC)の提唱する『SCOR(Supply Chain Operations Reference-model: SCMのレファレン スモデル)』は活用できますか。
「そもそもSCCは当社(PRTM)とAMRリサーチ が中心になって設立した団体で、SCORを活用した ベンチマーキングの手法も当社が主導して開発したも のです。
ただしSCORはあくまでもサプライチェー ンの全体最適を目指すツールであって、そこでカバーさ れているのはサプライチェーンだけです。
サプライチェ ーンはあくまでも経営の一部に過ぎません。
一貫性を もって改革に取り組むには、製品開発や品質管理も含 めて経営の全てを網羅しなければならない」 ――何を指標にするかという問題は。
「重要です。
適切なメトリクス(指標)を設定して 組織内でコンセンサスを得るところに我々のようなコ ンサルタントの腕の違いが出てくる」 ――SCORにはメトリクスが整理されています。
「部分的には使えるけれどやはり偏っていますね。
例 えば工場を何人で回すべきかといった話をSCORで は扱うことができません。
それを明らかにするには、 まずは工場のスタッフ一人ひとりが何の業務に何時間 就いているのか。
その人のコストは、給料や福利厚生、 旅費、使用する情報システムの費用などを含めていく らなのかを計算する」 「それを集計 した上で、さらにベストプラクティスと 同じ土俵に乗せるという操作をして、はじめてパフォ ーマンスが比較できる。
その方法論はSCORには規 定されていません。
つまりSCORでサプライチェー ンを見るだけでなく、売り上げや貢献利益のドライバ ーは何なのか。
コストは何をドライバーにして発生し ているのか、といった基本からスタートしないと経営 全体を網羅することはできない」 ――すると、ベンチマーキングは売り上げから入る? 「売り上げや貢献利益から入るのが一般的ですね。
仮 に売り上げから入るとすれば、まず売り上げの決定要 因となっているドライバーを設定する。
メーカーであ れば、それが生産台数だったりするわけです。
それで は生産台数を決 めるドライバーは何か。
そのドライバ ーとコストの相関関係はどうなっているのか。
そうや ベンチマーキングの最先端 入江仁之PRTM パートナーVS 本誌編集部 グローバル企業が大規模なベンチマーキング・プロジェク トに相次いで乗り出している。
経営の業績指標と個々のオペ レーションの因果関係を全て洗い出し、パフォーマンスの現 状とゴールを具体的な数値で示して着実に業績を向上させる 取り組みが本格化している。
そこでは“ノーマライゼーショ ン”と呼ばれるテクニックが使用されている。
第2部 9 MAY 2006 ってオペレーションを紐解いていく」 ――ドライバーは会社によっても違います。
「もちろんです。
業種によって違うし業務によって も違う。
同じ会社でも事業次第で違ってくる。
そこで 注意しなければならないのは、分かっていない人にベ ンチマーキングをやらせると、コストのドライバーを ベースにして、投入工数のパフォーマンスを分析して しまうことです」 ――どういうことですか。
「販売チャネル数や生産ライン数、製品モデル数な どは、それが増えるとコストも増える。
つまりコスト のドライバーではあります。
しかし、それらは必ずし も売り上げのドライバーではない。
販売チャネルや生 産ラインや製品モデル数が増えたからと言って必ず売 り上げ、 あるいは貢献利益が増えるわけではない。
そ こをはき違えると工数やコストを投入して収益が上が らないという大変な間違いを犯してしまう」 ――しかし売り上げの決まる要因は一つではありませ ん。
複雑です。
「もちろんです。
売り上げのドライバーといっても、 生産台数のほか、製品価格やマーケット規模の問題な どたくさんある。
それも横軸で相関関係をとっていく。
バランスを持った視点で評価できる人間がいないと正 しい分析はできない」 ――その相関関係を正確に弾くことはできないはずで す。
それぞれのドライバーが売上高に与えている影響 を厳密に数値化することなどできるはずはない。
「別 に全てのドライバーの影響力を正確に数値化し ようというわけではない。
そこは『パレートの法則』 (二〇%の要因が成果の八〇%を決定する)を使って、 もっとシンプルに考えていい。
売り上げを決めるのは、 基本的には単価と数です。
それでは何が単価と数を決 めているのか、と順次ドライバーを設定していく」 ――そうやって業績指標とオペレーションの関係を明 らかにした後はどうするのですか。
「我々は?ノーマライゼーション(正規化)〞と呼ん でいますが、違う会社や組織を同じ土俵に乗せるため の操作を行う。
そうしないと比較でき ませんからね」 ――ノーマライゼーション? 「例えばAという工場とBという工場の生産管理の パフォーマンスを比較する時、それぞれ現状で人手が 何人かかっているかを単純に比較しても意味がないで しょう。
それこそ生産ラインや製品モデルなどの環境 が違いますからね。
それを比較できるようにすること がノーマライズです」 BUZZワードに飛びつくな ――そうやって詳細にベンチマークするには途方もな い事務的な手間がかかるはずです。
「それは大変ですよ。
グローバル企業であれば自社の従業員だけでも何万人もいるからね。
データの集 計・分析だけで半年近くはかかる」 ――そこまで手間をかけて細かい数字を分析する意味 がありますか。
「ありますね。
具体的な業務について一番優れてい る会社・組織が、どれだけの工数で、どれだけのコス トでオペレーションしているかが明確になりますから ね。
その結果、少なくともそこまではコスト削減でき ることがわかる。
そして、これまでのように『バズワ ード(Buzz Word )』に飛びつくのではなく、どうやっ てコストや生産性を三〇%改善するかといった、具体 的な目標を持って改革していくわけです」 ――バズワードとは、専門家が好んでつかう、もっと もらしい専門用語のことですね。
特集 物流力を測る 効率性・有効性マトリクスによる外部・内部比較 有効性 低 高 低 高 “プロセス改善” リソース集中による 品質改善 業務プロセスの最適化 “シェアード・サービス”や アウトソーシングの活用 “リソース削減” 有効性の低い部門 への人材移管 アウトソーシング の可能性を検討 “リソース投下” 高スキル人材の投入 プロセスの最適化 リソース再編成 “現状維持” ベスト・プラクティス” の水平展開 効率性 部品点数、サプライヤー数、生産台数、出荷台数等、対 象業務のコストドライバーおよびレベニュードライバ ーを設定し、単位工数あたりの生産性により、比較する 納期遵守率、在庫保有日数、20%増産への対応日数、 顧客クレーム数等、当該機能ごとの評価指標で評価 (SCOREモデルで定義されているメトリクスは、大半 がここに分類される) 投入工数、投入コストの生産性について、 ノーマリゼーション・ファクターにより正規化 することにより同じ土俵で比較 PRTMの構造的ベンチマーキング手法 効率性および有効性、両方の尺度に基づいて他社、自社内部門間比較をおこなう 機能ごとの KPIに基づく有効性の尺度 有効性(effectiveness) 効率性(efficiency) MAY 2006 10 「SCMもそうですが、九〇年代末までの改革は、ラ イバル企業が新しい取り組みを始めたと聞きつけた経 営陣が、当社も遅れをとるなとバズワードに飛びつく テーマ先行型で、それをやっている・やっていないと いう形で現状を把握していました」 ――テーマ先行型の改革では、企業自身の課題認識も あいまいになりそうですね。
「その傾向は否定できません。
そのためにコンサル タントの言いなりになってしまう会社もある。
いまや ほとんどのコンサルティングファームがITとアウト ソーシングを本業とするようになっている。
つまりク ライアント企業にITとアウトソーシングを売り込む ためのプリセールスとしてコンサルティングしている のが実情です。
結果としてコンサルティングファーム の食い物にさ れている会社が少なくない。
一方で社内 にコンサルティング機能を持っているような会社は、 自分たちで現状をしっかりと分析して、コンサルタン トに何を求めるのかもハッキリしている」 ――ベンチマーキングという言葉自体がバズワードに 終わる可能性は? 一時期ほど話題にならなくなって きている気もします。
「そんなことはありません。
ベンチマーキングに限ら ず、メディアで話題になるのはブームの当初であって、 メディアで扱われなくなってきた頃に、むしろ実際の 取り組みは本格化している。
欧米企業だけでなく日本 でもグローバルに活動している企業はどこもベンチマ ーキングには熱心になってきている。
私自身ちょうど 今、詳細なベンチマーキングを世界レベルで展開する という大規模な案件を手 掛けている最中です。
守秘義 務があるため具体的な社名は公表できませんが、グロ ーバルに展開するその会社の全ての領域について、ど こが優れていて、どこが劣っているのかを洗い出して います。
サプライチェーンはもちろん、開発や生産技 術、品質管理なども含め、通常のSCMの領域を超 えた、まさに経営の全ての領域です。
また、日本企業 が米国などの海外子会社の改革を進める手段としてベ ンチマーキングを利用するのも有効です」 オペレーション回帰 ――今になってベンチマーキングが注目されるように なってきた理由は。
「先ほどもお話ししましたが、二〇〇〇年頃までは 多くの会社がSCMやERPなどをテーマにして、I Tやコンサルティングにかなりの資金を投じてきた。
しかし、結果的に業績は改善しなかった。
その反省か らビジネスの本質とも言えるオペレーションに関心が 移ってきた」 「実際、経営陣も株価至上主義を先導したCFO的 なCEOが表舞台から去り、本業で業績を上げること のできるCOO的なCEOに顔ぶれが変わってきてい る。
経営の重点が財務戦略やマーケティング戦略から オペレーション戦略 にシフトしているわけです。
M& Aやリストラなどの切った貼ったで事業構造を改革す るのではなく、地道に愚直に実績を上げていくことが 重視されるようになってきた。
それでは本業の業績を 上げるにはどうするのか。
そのためにはまずオペレー ションの結果が業績パフォーマンスにどうつながって くるのかを分析する必要がある。
そこから経営全体を 網羅的に分析できるベンチマーキングが重視されるよ うになってきた、という流れです」 ――いくつもベンチマーキングを手掛けることで、分 かってきたことは。
「ドライバーを分解していくと製造業は結局『エコ ノミー・オブ・スケール(規模の経済性)』を目指す ベンチマーキング事例 効率性・有効性マトリクスによる外部・内部比較 有効性 上位25% (トップクォータイル) 低 高 低 高 効率性 サイズ=コスト 領域=ベスト・イン・クラス 競合A社 競合B社 競合C社 競合D社 当社 改善提案施策 機能 ベスト プラクティス 改善機会 導入の容易性 (L, M, H) 導入に必要な 期間(月) 年間削減額 (百万円) 商品企画 製品開発 製品設計 生産技術 SCM 品質保証 競合B社:xxxxx 競合D社:xxxxx 競合C社:xxxxx 競合D社:xxxxx 競合C社:xxxxx 競合D社:xxxxx 競合C社:xxxxx 競合D社:xxxxx 競合B社:xxxxx H M M M L M L H M M H H M M M 3 6 6 12 18 12 6〜12 3 3 3 3 12 6 6 6 100〜300 100〜300 100〜300 3,000 5,000〜10,000 500〜1,000 500〜1,000 300〜500 500 500〜1,000 500〜1,000 300〜500 500〜1,000 500〜1,000 100〜300 合計 12,500〜21,700 ・Xxxxxx ・Xxxx ・Xxxx ・Xxxxx ・Xxxxxx ・Xxxxxx ・Xxxxx ・Xxxxx ・Xxxx ・Xxxxx ・Xxxx ・Xxxxxx ・Xxxxx ・Xxxxxx ・Xxxxxx 11 MAY 2006 ことになります。
とくに工場や物流などのオペレーシ ョンでは、規模を大きくすることでコストを下げたり、 生産性を上げるという、規模の経済性を避けて通るこ とができない」 「そして需要を完全に平準化することができない以 上、コスト構造は常に固定費と変動費によって構成さ れることになる。
全てのオペレーションを変動費化す ることはできない。
もちろん多くの会社が、それを目 指しているけれども実現は難しい。
それでは固定費と 変動費の割合が、ブレークイーブンとなるポイントは どこなのか。
規模の経済性によるメリットをどれだけ とっていくのか。
それが現在のビジネスにおける競争 の基本原理になっている」 ――ブレークイーブンとなるポイントは各社のポジシ ョンによって違ってくる? 「一般 にマーケットを牛耳って安定的な成長を期待 できるのであれば、リソースを社内にかかえて規模の メリットをとるのが正しい。
規模を確保できるなら、 コストはもちろん、技術を内製化させて学習曲線で品 質を向上させていくメリットを享受できる。
しかし市 場規模や売り上げが変動する場合には、社内のオペレ ーションの仕組みを変えて、シェアードサービスやア ウトソーシングなどを活用して規模の経済性を目指す ことになる。
結局、今の環境では、ほとんどの会社が 全てを変動費化する方向に進むことになる。
いや変動 費化すべきなんです」 ――全て変動費化すれば社内には何も残らない。
永遠 に 勝ち組にはなれない。
「そうとは限らない。
そこでは市場の変動が前提に なっているわけだから、変動した先の新しいマーケッ トに適応して、新しいコスト・ストラクチャーを持っ たオペレーションをいち早く構築していくことで勝ち 残ることは可能です。
つまり経営スピード、スピード の経済性を武器にして、新しい市場を常にとっていく。
ただしその市場がなくなったらコストもかからないよ うに変動費化を徹底しておかないと利益は残らない」 ベンチマーキングに終わりはない ――いくらベストプラクティスを追いかけても、よう やく追いついた頃にはベストの企業はその先に進んで いる。
つまりそのアプローチでは永遠にキャッチアッ プできないという批判があります。
「その批判は当たりませんね。
ベストプラクティスの 実績を上げている企業がある以上、そのレベルを達成 するのは最低条件でしかない。
実際にベンチマーキン グに取り組んでいる会社は、もっとダイナミックに取 り組んでいる。
つまりベストに対して、それを超える ような戦略的な目標を設定して、しかも継続的に改革 に取り組んでいる」 「しかし、そうなるとソリューションが簡単ではない。
ビジネスモデルの改革やITの活用など、真似できる ことは既に済ませ ている。
大手企業の人材となれば皆、 優秀ですからね。
読むべき本は読んでいるし、知識と しては全て頭に入っている。
そうなるとソリューショ ンも結局のところ組織のカルチャーに行き着いてしま うんです」 ――カルチャーを変える方法論なんてないでしょう? 「もちろんありますよ」 ――それこそコンサルタントに頼むようなテーマでは ない。
それは宗教に近い。
「そうかな。
社内でできないのなら外部に頼むしか ないでしょう。
確かにITコンサルのやる仕事ではな いけれど、私はやりますよ(キラリ)」 ――はあ。
そんなものですか。
特集 物流力を測る 入江仁之(いりえ・ひろゆき)PRTMパートナー、 ハーバード大学留学後、大手コンサルティングフ ァームを経て現職。
公認会計士。
システム監査技 術者。
主な著書訳書に『市場をリードする業務優 位戦略:実践サプライチェーン』(ダイヤモンド社)、 『インターネット資本論:21世紀型の資産形成』 (富士通経営研修所)などがある。
PROFILE

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