ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年5号
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ロジスティクス編・第8回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2006 70 「へっぽこ剣士が多いということ?」 唐突に大先生が支店長に聞いた 二カ所目のヒアリング先に選んだ東北の支店を、 大先生と弟子二人が訪ねてきた。
最寄り駅から歩 いて五分程度と案内されていたため、駅からゆっ くりと歩き始める。
初夏のような日差しが降りそ そいでいる。
すぐに大先生が「暑い、暑い」と言い始めた。
大 先生は暑さに極端に弱い。
「歩いて五分だなんて中途半端なとこにあるな。
タクシーでは近すぎるし、歩くには遠い‥‥」 大先生がぶつぶつ言い始めた。
弟子たちは顔を 見合わせながら頷くだけだ。
この手の愚 痴にいち いち付き合ってはいられない。
もし、この場に女 史がいたら、「ちっとも遠くありませんよ。
健康の ために少しは歩いた方がいいんです」とめげずに 大先生の相手をするはずなのだが‥‥。
ほどなく支店に到着した。
玄関で大先生が汗を 拭う。
なんか機嫌が悪そうだ。
待ち構えていた物 流部長が飛び出してきて一行に挨拶する。
弟子た ちは挨拶を返すが、大先生は何も言わない。
よせ ばいいのに物流部長が声を掛ける。
「今日は暑いですね」 「だから、どうした?」 大先生のけんもほろろな答えに 、慌てて「どう ぞ、こちらへ」と会議室に案内する。
会議室では、 すでに社長、常務、支店側の支店長、次長、総務 課長と物流センター長などが待機していた。
一通りの挨拶のあと、大先生が落ち着いたのを 見計らって、そろそろ開会しようと物流部長が立 ち上がりかけたときだった。
たばこを消しながら、 いきなり大先生が支店長に話しかけた。
「支店長は、物流ABCを諸刃の剣と言ったそう だけど、少しでも剣の扱いに慣れていれば諸刃に はならない。
御社では?へっぽこ剣士〞が多いと いうことですか?」 突然、指名された支店長がギクッとした表情を する。
白髪混じりでコワモテの顔をしている。
や せ気味で常務に似た感じだ。
「はい、そういうことです。
おっしゃるとおりで す」 《前回のあらすじ》 本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクス分野のカ リスマ・コンサルタント。
アシスタントの“美人弟子”と“体力弟 子”とともにクライアントを指導している。
旧知の問屋からの依頼 で手掛けているロジスティクスの導入コンサルのため、問屋の関係 者(社長や物流部長など)と一緒に支店のヒアリングを続けている。
大先生一行の指導で目覚め、再出発を誓った福岡支店の噂は、す ぐに他支店に伝わった。
2件目の訪問先は、気むずかしいことで有 名な支店長のいる、ある東北の支店が選ばれた。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 湯浅和夫の 《第 49 回》 〜ロジスティクス編・第8回〜 71 MAY 2006 支店長が慎重に答える。
対応は丁寧だ。
早めに 来た常務に「先生には謙虚に臨め。
決して皮肉っ ぽい言い方はするな。
そうじゃないと、おまえが 怪我するだけだぞ」と注意されたのを守っている ようだ。
「わかりました。
それでは始めますか」 大先生の言葉に物流部長が立ち上がった。
「その顧客を切るといいことがある?」 大先生の質問に次長が窮する会議がはじまって一〇分ほど経った。
物流AB Cの算定結果の説明役を担っている次長が、オー バーな身振りとともに熱弁をふるっている。
細身 の紺のスーツがきつそうだ。
「さて、そこでですが、顧客別採算を見ますと、 問題となる顧客が何軒かあります」 そう言って、みんなを見回した。
いかにも、も ったいをつけた感じだ。
弟子たちは下を向いてい る。
大先生は眠っている、いや目をつむっている。
そんなことはてんで意に介さず、次長が意気込ん で続ける。
「ちょっと、この顧客を見てください」 そう言って具体的な顧客名をあげると、しばら く時間を置いた。
みんなに内容 を確認するための 時間を与えているようだ。
社長が眉をひそめる。
常 務が次長の顔を見る。
そうした雰囲気に気づいているのか、いないの か、次長が続ける。
「ここは、月の粗利が三〇〇万円なんですが、物 流コストが四五〇万円かかってます。
なんと、粗 IllustrationELPH-Kanda Kadan MAY 2006 72 利に対する物流コストの比率が一五〇%です。
一 〇〇円の粗利を稼いで一五〇円の物流コストをか けて届けてるってことです」 ここでまた間を置いた。
さすがに社長が「早く 先にいきなさい」と促す。
ペースを乱された次長 が早口になって続ける。
「は、はい。
一〇〇円の粗利で一五〇円の物流コ ストだなんて、大赤字です。
こんなばかなことが あってはいけません。
このような顧客は、物流サ ービスについて交渉し、聞き入れてもらえなけれ ば、取引をやめるということも必要ではないかと、 私は思います」 ことさら最後の?私は〞に力を入れて、次長が 自ら の見解を述べた。
この主張に物流センター長 と総務課長が頷く。
大先生が目を開けた。
そして、支店長が厳しい 表情で何か言おうとするのを手で制した。
隣の常務が支店長の耳元で何かささやく。
支店 長が常務に頭を下げ、姿勢を正す。
それを見なが ら、大先生が次長に穏やかに問い掛けた。
「物流サービスについて交渉するというのはいいけ ど、その顧客を切ると何かいいことがある?」 大先生の簡単な質問に次長が戸 惑う。
この話を 支店長にしたとき「あほか」と一蹴されたことを 思い出して、急に自分の意見に不安を感じたよう だ。
答える声が小さくなってきた。
「はー、明らかに赤字ですから、切ればそのぶん利 益が増えると思いますが‥‥」 「ふーん、あんたがその一人か‥‥」 たばこに手を伸ばしながら、大先生がつぶやく。
それを聞いた支店長が、苦笑しながら小さく頷く。
次長は?へっぽこ剣士〞の一人と言われたこと にも気づかず、所在なさげに立っている。
大先生 に座るように促され、椅子をが たがた言わせなが ら席につくとスーツの前ボタンを外した。
予想し ていなかった展開に、すっかり元気をなくしてし まったようだ。
大先生はたばこを喫いながら、隣の美人弟子に続けるように促した。
美人弟子は頷くと、物流セ ンター長に視線を移した。
目が合ってしまったセ ンター長の表情がこわばる。
総務課長は、難を避 けるかのように下を向いたままだ。
「センター長におうかがいしますが、そのお客様 の仕事をやめると、いくらのコストがなくなりま すか? 実際になくなる費用です」 「はー、えーと‥‥」 センター長は、緊張のせいか、すぐに答えるこ とができない。
体力弟子が助け舟を出す 。
「配送はどういう形でやってますか? 運賃はなく なりますよね」 「は、はい、そうです。
個建てですから」 「そのお客様の運賃はいくらかかってますか? おおよそでいいです」 「だいたい二〇〇万円から二三〇万円くらいだと 思いますが、調べましょうか?」 そう言って、立ち上がろうとするセンター長を 美人弟子が制した。
「いえ、結構です。
運賃以外に物流センターでな くなるコストはありますか?」 「はぁ、それ以外は‥‥」 73 MAY 2006 センター長がしきりに首をひねっている。
「パートも減るんじゃないか?」 何となく事情を察した次長が、突然、強圧的な 感じでセンター長に問いかけた。
「はぁ、パートさんを減らすのはちょっと‥‥な かなか雇うのが難しいですし」 そう答えたセンター長を、次長がこわい顔でにら みつける。
慌ててセンター長がいい加減な試算をす る。
声は小さい。
「はー、せいぜい二、三人、三〇万円くらい‥‥」 「ほかにはありませんか?」 「はい、なくなるコストと言われますと、ほかに はないと思います」 美人弟子の問い掛けにセンター長が即答する。
次 長に何 か言われる前に、答えてしまおうと思ったよ うだ。
ここで美人弟子が結論を出した。
「そうなりますと、そのお客様との取引をやめる と三〇〇万円の粗利が失われますが、御社でなく なるコストは二五〇万円前後です。
そうすると、御 社の利益の約五〇万円が失われることになります。
五〇万円の減益です」 「当たり前だけど、陥りがちな間違いね」 社長が嬉しそうにセンター長に言った この美人弟子の結論を社長が受けた。
「そのお客様との取引をやめるという選択はあり えないということです。
次長は、なぜ自分が判断を 誤ったのか、わかりますか? あとでセンター長と 総務課長と一緒に考えてください」 「はい、申し訳ありません。
ただ、物流サービス について交渉するのはいいんですよね」 次長が妙な形で食い下がった。
支店長が即答す る。
「そうだ。
そのために物流ABCを入れたんだ。
それこそ取引をやめる覚悟で交渉しろ」 支店長がニヤッと笑う。
その表情に気圧された ように、次長が「はい」と答えた。
そのとき、センター長が、恐る恐 るという感じ で誰にともなく問い掛けた。
「あのー、もし、新しいお客さんが出てきて、そ のお客の方が粗利と物流コストの差益がいいとし たら、入れ替える形でこのお客を切ってもいいと いうことにはなるのでしょうか‥‥」 「ならないって言ってるでしょ。
さっきの先生の お話を聞いてないの。
なんか余程そのお客様を切 りたいようね。
何かあるの?」 社長の言葉に、センター長が次長と総務課長を 見る。
次長が小さく首を振る。
支店長が常務に耳 打ちをした。
常務が頷いて三人に声を掛 ける。
「あの担当にいろいろ言われてるんだな。
せっか く来たんだから、わしは明日、何軒かお客さんを 回ろうと思ってる。
そこにも行って、いろいろ話 をしてこよう。
あとで状況を教えてくれ」 三人は嬉しそうに頷いた。
物流部長が、ここでいったん休憩に入り、その 後でセンター長の報告を聞くと宣言した。
その途 端、またセンター長が「あのー」と小さく手を上 げた。
物流部長が「何?」と聞く。
「はー、お手元の資料でちょっと直したいところが あるのですが‥‥」 MAY 2006 74 「直すんなら、報告のとき口頭で言えばいいんじゃ ないの」 物流部長の言葉にもセンター長は了解せず、「い やー」と言いながら首をひねっている。
物流部長 がいらだって何か言おうとするのを大先生が止め、 センター長に尋ねた。
「修正したいって、いままでのやり取りの中で出て きたこと?」 恥ずかしそうにセンター長が頷くのを見て、大 先生が興味深そうに質問する。
「へー、どんなこと?」 センター長は、観念したように資料をめくると 説明を始めた。
「実は、このABCの結果を見て改善 策を考えろ と言われ、そこに並べてあるようにいくつか出し たんですが‥‥えー、そのうちですね‥‥社員が 手掛けている業務をパートさんに置き換えるとか、 えー、流通加工業務の単価が高いので何とかしよ うと思ってたんですが、たまたま営業に来た作業 請負会社から『やらせてくれればその三割安の単 価でやる』って言われてたものですから、改善策 にアウトソーシングなどと入れてしまいました。
す みません」 「それらの改善策は、ある条件を満たさないと効果 はない‥‥」 大先生の言葉を遮るようにセンター長が続ける。
「はい、条件を満たしてません。
正直なところ、 社員を別の部署に異動した り、パートさんに辞め てもらったりということは考えていませんでした。
先ほどからお話しを聞いていて気がつきました。
こ れはコスト削減どころか、コストアップになって しまう改善策でした。
その部分を直したいと思っ たのです」 社長が嬉しそうに頷く。
「そう、アウトソーシングしても、それ以上にこ れまでのコストが減らなければ意味がないし、社 員をそのままにしてパートさんに仕事を移してもコストアップになるだけ。
当たり前のことなんだ けど、陥りがちな間違いね。
でも、よく気がつい たわ。
改めて、そういう視点から見直しをしてみ てください」 頷くセンター長を見ながら、物流部長がクレー ムをつけた。
「でも、そんな間違い、休憩の合間に直せるものじ ゃな いだろう。
直させてくれって、どう直そうと 思ったんだよ」 「はい、黒く塗りつぶそうかと‥‥」 センター長が真剣な顔で答える。
一瞬の間を置 いて、会議室が爆笑に包まれた。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

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