ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年1号
特集
物流の「見える化」 石井食品――無添加が育んだトレーサビリティ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2006 22 他社に先駆けた履歴管理システム 情報を可視化するときには、それによって何を実現 するのかという目的が重要だ。
その情報を見えるよう にすると、誰に、どのような効果がもたらされるのか。
目的を明確に説明できないか、あるいは投下コストを 上回るメリットを見込めないのであれば、営利企業が その可視化に取り組むことには疑問符がつく。
ただし、その際の判断基準は、企業が置かれている 立場や時代に応じて変化していく。
最近の日本で「食 の安全・安心」に対する消費者の意識が急速に高ま り、トレーサビリティ(製品の履歴追跡)に対するニ ーズが増大したのは、従来とは求めら れるものが変化 した典型的なケースといえる。
調理済みハンバーグやミートボールの分野で大きな シェアを持つ中堅食品メーカー、石井食品のトレーサ ビリティの仕組みは、日本屈指のレベルにある。
製品 パッケージに印字された「品質保証番号」をインター ネット経由で同社のサイトに入力すると、その製品に 使われている原料の産地や品種、遺伝子組み換えの 有無、アレルギー成分などについて詳しい情報を入手 することができる(次ページ図参照)。
加工食品メーカーは、自社の製品を購入した消費 者の問い合わせに応える社会的な義務を負っている。
もち ろん興味本位の質問や企業秘密について回答する 必要はないが、安全にかかわる疑問にきちんと対応で きなければ企業としての信頼を失う。
「食の安心・安 全」に対して世界一?神経質〞と言われる日本市場 では、とりわけ慎重な対応が欠かせない。
食品の安全性に対する日本の消費者の意識は、こ こ五年間で飛躍的に高まった。
直接のきっかけは、二 〇〇〇年六月に発生した雪印の食中毒事件だった。
事 件が発覚した直後に、マスコミの集中砲火を浴びて立 往生する同社経営陣の姿は、多くの食品 メーカーに衝 撃を与えた。
翌二〇〇一年九月に日本で初めてBS Eに感染した牛が見つかると、消費者の意識はさらに 尖鋭化した。
企業や官庁がこぞって対策に乗り出し、 トレーサビリティという耳慣れない言葉が連日のよう にマスコミを賑わすようになった。
このような状況下で、雪印事件の二カ月前から履 歴管理システムの運用をスタートしていた石井食品に 世間の注目が集まるようになった。
当初は、同社が構 築したシステムが、電話の問い合わせに口頭で回答す る仕組みだったため、一部の情報処理の専門家に高 く 評価されていたに過ぎない。
それがBSE騒動の勃発 からわずか三カ月後に、ネット経由で情報公開を始め たことから俄然、脚光を浴びるようになった。
「BSEが見つかったときには日本中がもの凄い騒 ぎになった。
これはいかんと思って、ホームページか ら情報を提供できるようにしようと社内に指示した。
いずれはやろうと思ってはいたことだったが、当時は 農薬やアレルゲンの問題などもあったため覚悟を決め た」と同社の石井健太郎社長は述懐する。
発端は「無添加調理」へのこだわり 一昔前であれば、食品メーカーにとって、製品に使 った原料の履歴を一般公開することなど、手間ばかり 掛かって何のメリットにもつながらない話だった。
そ れどころか、開示情報に誤りがあれば?嘘つき会社〞 と非難されかねないリスクすらある。
自ら積極的に取 り組むべき理由のどこにもない行為だった。
公開すべき情報を準備するのも難しい。
前述したよ うに、食品メーカーは自社製品について購入者に説明 する義務を負っているため、どんな素材を使って、い 石井食品――無添加が育んだトレーサビリティ トレーサビリティの先進企業として知られる。
日本で 初めてBSE感染牛が発見されたわずか3カ月後に、イン ターネット上で消費者が自ら製品履歴を確認できるシス テムを稼働した。
この迅速な対応は、素材情報をデータ ベース管理できる体制を有していた結果だった。
(岡山宏之) 第4部履歴の見える化 23 JANUARY 2006 特集 かなる調理をしたのかという記録は、どのような企業 でも必ず保管している。
しかし、こうした情報は通常、 紙伝票として蓄積されている。
このため、いざトラブ ルが発生すると、膨大な伝票の束をひっくり返して情 報を探し出さなければならない。
社内情報を把握する だけで数日から数週間を要する大仕事になる。
さらに加工食品の製造には、原料の一部として他 社製の加工食品を利用していることが多い。
この場合 は調達先の加食メーカーにも同様のことをしてもらわ なければ完全には履歴を遡れない。
企業秘密として情 報の開示を拒む取引先もあ るはずで、手間をかけた挙 げ句に情報を入手できない可能性も高い。
ITなどの 仕組みを高度化すれば実現できる話ではない。
このような困難な課題に対して、年商約一三〇億 円の中堅メーカーである石井食品が先鞭をつけられた のには理由がある。
同社が約一〇年前から取り組んで きた?無添加調理〞へのこだわりが、トレーサビリテ ィを実現する素地になったのだ。
同社によると無添加調理とは、「(石井食品の)製造 工程において食品添加物を使用しないで調理・加工す ること」を意味している。
本当は完全な?無添加〞を めざしているのだが、原材料の一 部にどうしても添加 物をゼロにできないものがあるのだという。
たとえば 醤油を精製する際に欠かせない濾過材などに使う添加 物は、石井食品の努力だけでは無くしようがない。
そ れでも同社は、ここ一〇年間で原料、調理ともほとん ど添加物を使わない体制を整えてきた。
無添加の追求を決断した理由は主に二つあった。
「ま ず添加物というのが不安定なことがある。
過去に法律 で認められていた添加物が、ある時点から使用禁止に なったケースは多い。
もう一つ、非常に便利なもので ある添加物に対する疑問も感 じていた。
色素を使えば 製品を新鮮に見せることが可能だし、味を調整するの も容易だ。
あるとき当社の工場のレシピをみて驚いた のだが、どんどん使用する添加物が増えてしまってい た。
これはおかしいと思った」(石井社長) 家庭では昔から添加物を使わずに料理を作ってきた。
それが企業の工場で作るとなると、一転して大量の添 加物を使いはじめる。
ひとたび添加物の便利さに気づ いた企業は、足し算で使用量を増やしていく。
コクを 出すために添加物を使い、酸味が足りな いといっては また入れ、見た目が悪ければ合成着色料を加える。
こ のような食品製造に疑問を持った石井社長は、添加 物との決別という経営判断を下した。
このとき石井氏の念頭には、七〇〜八〇年代に盛 んに議論された食品の安全・衛生問題があった。
大 手メーカーと差別化していくうえでも、すべての消費 者に理解してもらえるかたちで?安全〞をアピールで きれば特色につながる。
そのためには口で言うだけで なく、作り方や材料まで含めて?家庭〞という原点に戻ろう。
そう目標を定めた同社は、九五年から無添加 路線へと本格 的にカジを切った。
素材が良くなければ実現できない もっとも、添加物を使わない方針をトップから指示 されたとき、同社の開発部門からは不平不満が噴出し たという。
それまで全製品の調理に使っていた添加剤 を廃止するとなれば、製品開発の考え方を根本的に改 めざるをえなかったためだ。
添加剤で味の調整をしなければ、素材しだいで最終 製品の味は変わってしまう。
同じブランド名の製品の 味が均一でないという事態は、加食メーカーとして許 されない。
必然的に素材の質や鮮度にこだわる必要が 生じる。
従来はなかったこのような手間が増えれば、 同社サイトにデータを入力すると製品情報が表示される 写真の例:石井食品トップページ→「OPEN ISHII」→「品質保証番号検索」→「おべんとクン」→「テリ ヤキお弁当ミートボール」→品質保証番号87805777、賞味期限2005年12月27日と入力 石井食品トップページ 「無添加によって社内のモラル が高まったことが最大の収穫」 と強調する石井健太郎社長 無添加調理を実現できた 製品から順番にこのマー クを付けていった 品質保証番号 JANUARY 2006 24 必ずコストアップにつながってしまう――というのが 現場が反発した典型的な理由だった。
ただし社内でも、営業サイドはまた別の見方をして いた。
当時は営業の第一線にいて、今は主力の八千 代工場で責任者を務めている浅井誠一取締役は、「あ の当時、お客様から当社に寄せられていた声は大きく 二つあった。
添加物の安全性を危ぶむ声と、製品に使 っている素材に関する情報を知りたいという要望だ。
だから営業サイドでは、無添加に取り組むのはむしろ 当たり 前という感覚だった」と振り返る。
やると決まれば、本来は誰よりも良い製品を作りた いと考えているのが製造に携わるスタッフたちだ。
?厳 選素材〞という考え方に基づく調達に本腰を入れはじ めた。
従来は、低コストで入手できる素材があれば、 まとめ買いをして冷凍保存していたのを、常に鮮度の 良い素材だけを調達しようとする意識が社内に浸透し はじめた。
「大切なのは、必要なものを、必要なだけ 収穫して、厳密に温度管理をしながら工場に持ってく る こと。
そのための仕組みを作った」(石井社長) 生産者の協力も不可欠だった。
添加物を使わずに 家畜や野菜を育ててもらい、それを証明するための履 歴管理にも手間を掛けてもらう必要があった。
幸い従 来の取引先の約半分が積極的に取り組んでくれた。
石 井食品としても、たとえば肉の購入コストが一キロあ たり五円とか七円高くなることを甘受した。
その一方で、コストの上昇を抑えるために工場での 生産革新に取り組んだ。
調理プロセスを減らしたり、 生産ラインの改善を繰り返した。
従来 は、たとえばハ ンバーグの製造では、混合、成型、袋詰めといった作 業を工程ごとに管理していた。
これを素材の投入から 工場出荷まで、製品ごとに一体的に管理(これを同 社は?セル生産〞と呼んでいる)するように改めて生 産効率を高めた。
また、素材の良さを活かして、廃棄 ロスを減らすなどの努力も重ねた。
主力製品で実現できるメドが立った九七年にCI (コーポレート・アイデンティティー)を実施。
新た に開発したロゴマークを、無添加調理を実現できた製 品から順にパッケージにつけていった。
さらに九九年 には、店頭での商品管理の都合 上、無添加調理を実 現できなかったコンビニエンスストア向けの惣菜ビジ ネスから撤退するなどして、この路線を徹底した。
二次元コードで情物一体管理 無添加調理に邁進する一方で、これを消費者に目 にみえるかたちで提示する手段も模索した。
九九年に 刷新したロゴマークもその一つだが、メーカーの宣伝 文句を一方的に信じてくれるほど消費者は甘くない。
誰もに納得してもらえるかたちで、石井食品のやって いることを伝える必要があった。
ここから、添加物に 関してだけでなく、こだわりぬいた素材についても詳 しく情報を開示するという発想が生まれた。
とはいえ、これも簡単に実現できる話ではなかった。
素材をきめ細かく管理する狙いで小ロット生産にシフ トしていた同社の工場では、たとえ同種の野菜であっ ても原料の履歴情報は多 彩だ。
同じ生産ラインで多 品種を作れるように工夫を重ねてきたことも、原料と 最終製品の情報のヒモ付けを難しくしていた。
従来のように情報を紙ベースで管理するだけなので あれば、生産ロットごとに伝票を発行し、一日分の伝 票を時系列で蓄積しておくだけいい。
だが、それでは 迅速な情報公開は不可能だった。
かといって情報を再 入力するとなれば、膨大な手間の発生と、入力ミスなど の間違いが避けられず、現実的な選択肢ではない。
そんなときに、二次元コードの存在を知ったことが 成型したハンバーグの 不良をすぐにチェック 製品を充填する直前で 品質保証番号を印字 「工場を生産現場ではなく、 お客様の台所にしていきた い」と語る浅井誠一取締役 八千代工場長 石井食品の八千代工場 25 JANUARY 2006 転機になった。
「たまたまある人の名刺に二次元コー ドが入っているのを見かけた。
聞けば二〇〇〇文字の 情報を入れられるという。
これだと思って、さっそく 工場で実験することにした」(石井社長) バーコードに比べて大量の情報を運べる二次元コー ドは、素材情報と最終製品をヒモ付けする格好のツー ルに思えた。
まず原料ごとに履歴情報を持たせた二次 元コードを貼付しておき、次の製造工程でスキャンし てコンピュータに情報を読み込む。
調理を施すたびに 新たな情報を追加した二次元コードを発行して、次の 工程へと送る。
これを繰り返せば、最終製品にはすべ ての履歴情報が蓄積されるというわけだ。
実際に、正月料理の栗きんとんを作る生産工程で 実験してみた。
栗きんとんで使う栗には、S、M、L の三サイズがあり、漂白したものと無漂白のものがあ る。
さらに国産と韓国産の違いもある。
こうした素材 情報をきちんと最終製品とヒモ付けできるかどうかを 試したところ、結果は上々だった。
手応えをつかんだ同社は、二次元コードの本格的な 導入を開始した。
スタート当初は、入荷する素材に関 する情報をその都度、社内でデータ化してラベルに打 ち 出し、これを貼付していた。
だがサプライチェーン 全体の効率を考えれば、調達先が出荷する際に二次 元コードをつけてもらう方が合理的だ。
こうして同社の調達部門は、素材の質にこだわると 同時に、出荷時に二次元コードを貼付してもらうこと でも取引先に協力を依頼するようになった。
現在では 調達先のほとんどが二次元コードを貼付してくれてい る。
しかし中小規模の生産者にこれを義務付けるのは かえって弊害を生む。
こうしたケースでは情報だけも らい、石井食品が二次元コードを発行している。
これまで同社はトレーサビリティのために膨大な手 間を費やしてきた。
その途上で二次元コー ドとの幸運 な出会いがあったのは事実だが、無添加とワンセット でなければ、この取り組みの実現が難しかったことに 疑問を差し挟む余地はない。
添加物情報まで伝達す るとなると、二次元コードの情報容量をもってしても 不可能だったはずだ。
ITは欠かせない手段ではある が、この履歴管理システムの本丸ではなかった。
情報公開によるリスクヘッジ 石井食品のトレーサビリティは、これが企業の命運 を左右するという経営トップの確信からスタートした。
実際、同社のシステムは、顧客への情報提供と同時に、 トラブルが発生した際に自社が被る被害を極小化する リスクヘッジの役割も負っている。
万一、トラブルが 発生したときには、問題の製品だけを即座に特定して 市場から引き上げることが可能だ。
風評被害に遭うリスクも低減できた。
昨春、京都府 の養鶏場で鳥インフルエンザが発生したとき、その施設の数十キロ圏内の農家が風評被害に泣かされた。
実 は石井 食品の関西工場は問題の施設から数キロの至近 地にある。
その農家との取引はなかったが、チキンハ ンバーグなどを作る石井食品に被害が及んでも不思議 ではない状況だった。
ところが騒動の間、製品の売れ 行きは落ちるどころか、むしろ伸びたという。
石井食品が履歴管理によってサプライチェーンの可 視化を図った背景には、明確な目的意識があった。
だ からこそ同社の取り組みはトレーサビリティを実現し た後も終わらない。
「これからは原料メーカーに単な る?取引先〞から?共同開発者〞になってもらう。
当 社の担当者も原料生産の現場に入っていき、一緒 に 良い素材を作っていきたい」。
浅井取締役のこの言葉 に、同社の姿勢が如実に表れている。
特集 原料メーカーが出荷する段階で二次元コードを貼付 空きが目立つ原料用の冷凍倉庫 ※従来は大ロットでまとめて伝票で情報を管理していた のが、二次元コードを使うようになってからは小ロッ ト単位で管理するように変わった 出荷前に一時保管する自動倉庫方面別の仕分けも低温管理下で 物流業者による車両への積み込み ラベルは見本のた め写真中のそれと は内容が異なる

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