ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年10号
特集
郵政 VS 宅配業者 第一幕は郵政の圧勝だった

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2002 34 ――郵政関連法案が成立しました。
これまでの経緯を 振り返ってどのような感想をお持ちですか。
「小泉さんが首相に就任したことで昨年末頃には大 きな期待感を持っていました。
国が本気になって民間 活力を信じ、郵政の民営化に乗り出すのではないかと いう期待です。
ところが実際にはそうならなかった。
民営化の第一幕は郵政の圧勝だった。
国民が望んで いる形とは全く違う結果だと思います」 「郵政は平成六年に大幅値上げして以降、一円たりと も値上げできていません。
これは当社や佐川急便など、 民間の宅配業者がメール便を始めたからです。
競争状 態に入っているのに、大幅な値上げなどしたら、そっ くり明日から荷物がなくなってしまう。
競争に対する 危機感を郵政族は強く持っています。
だから一社たり とも入れさせない。
そのためにワケの分からない条件 を並べ立てて民間参入を防いだ」 「当社が『宅急便』を始めたころ、今から二六年前 には郵便が一億八〇〇〇万個、鉄道小荷物が七〇〇 〇万通で計二億五〇〇〇万個しか宅配の市場はあり ませんでした。
それが今は三〇億個です。
ここ二〇数 年間の間に市場は一〇倍になった。
それが競争という ものです。
それを国民も望んでいたはずです」 ――今年四月末に突然、信書便法案が発表されまし た。
こうした展開は予想されていましたか。
「予想していません。
それまで民間に開放すると言 っておきながら、ああいう形で突然ひっくり返された。
結局、今回の一連の法案は、従来の『信書』の定義 を総務省が自分たちの意に添って拡大した格好になっ ている。
信書便法案の国会の議論では、冷蔵庫にラブ レターが入っていたら、その冷蔵庫は信書と判断する とまで言っていましたからね」 ――「信書」論争は一般の人には今ひとつ分かりにく い。
「信書」という言葉自体も馴染みがありません。
そ もそも論争の発端となったのは九三年のクレジットカ ードの配送からですか。
「その前に八〇年代の中頃に『添え状』の問題があ りました。
中部地区で香典返しを当社が運んだ。
その 一つが三重県のある郵便局長に届いたんです。
そこか ら香典返しの荷物に添えられた『添え状』は通信文だ。
つまり『信書』だ。
民間企業が運べば郵便法違反だと いう話になって警告を受けた」 「それに対して当社は冗談じゃないと反論する意見 書を提出した。
結局、その件が世間でも話題になって、 荷物に『添え状』が付いているのは当たり前だという ことになり、『添え状』であれば宅配便でもOKとい うことになった。
それからクレジットカードが問題に なり、地域振興券、チラシという形で行政とやり合っ てきたわけです」 根強い「官尊民卑」の思想――九三年のクレジットカードの時は当初からヤマト は論争を覚悟していた。
確信犯的に手を出したのです か。
「当社はカードを信書ではないと考えていましたか らね。
裁判も覚悟していました。
しかし結局、裁判に はならなかった。
解釈権は郵政省が持っているのだか ら、信書が何たるかは郵政省が判断するという一点張 りです」 「日本の役所には公僕という観念が全くありません。
これまで一三〇年かけて培ってきた組織を守ることし か彼らは考えていない。
確かに郵便は日本の知的水準 の向上に一定の役割を果たしたと思います。
しかし 我々民間だって昭和五一年に『宅急便』を作り、そ れから二六年をかけてネットワークを作ってきた」 「第一幕は郵政の圧勝だった」 ヤマト運輸は今回の信書便法に基づく市場参入を見送っ た。
ただし、貨物運送事業者法に基づいて、メール便事業は 拡大していくという。
総務省が用意した信書便法という土俵 に乗るのではなく、あくまでも郵便法第五条の是非を論点と して国の独占に挑む。
ヤマト運輸 山崎 篤常務 Interview 35 OCTOBER 2002 特集 郵 政 VS 宅 配 業 者 「郵政が主張するユニバーサルサービスにしても、 我々は義務感ではなく使命感からそれを目指し、そし て実現した。
別に法律で決められたから当社が全国ネ ットでサービスを提供しているわけではありません。
それなのに今回の法案では、民間に門戸を開いてやる からと、いくつも不合理な条件を押しつけてきた。
そ こには『官尊民卑』の思想が貫かれている。
官なら守 秘義務が守れるけれど、民間は守れないという思想で す」 ――九九年には地域振興券の配送を巡って議論が起 きました。
「最初は手間がかかり過ぎるということで、郵政の 現場自体が地域振興券の配送を渋っていたんです。
そ こで地方自治体が当社に相談に来た。
結局、全国二 十数カ所の自治体と契約寸前まで行きました。
ところ が、そこに突然、郵政から横やりが入った。
ただし、 この時は当社には何も言ってこなかった。
その代わり 自治省を動かしたんです。
『一通たりともヤマトに運 ばすな』という話になって、自治省を通じて地方自治 体に脅しをかけた」 「そこで当社としては公正取引委員会にアンフェア だと訴えた。
このケースでは信書の定義ではなく、営 業妨害で上程した。
しかし、最終的には『信書』の解 釈権は行政が決めることだから、不公正な取引とは断 定できないという裁定でした」 ――DMが問題視され始めたのはいつからですか。
「地域振興券とほぼ同じ時期に、中古車販売のセー ルのチラシが『信書』に当たるということで、これも 当社ではなく顧客に警告があった。
鹿児島のカード宅 配の時がそうでしたが、郵政の営業マンと監察官が一 緒に顧客のところに出向いて、郵便法第五条に違反 すると三年以下の懲役・一〇〇万円以下の罰金にな りますよ、とやるわけです。
当社に来るぶんには覚悟 がありますが、顧客のほうはびっくりしてしまう。
必 然的に当社に荷物は出なくなる」 ――信書に関するヤマトの主張とは? 「もちろん全面開放です。
電話やFAXがこれほど 普及している時代に、いまだに『信書』という概念を 維持していること自体がおかしい。
また民間企業であ っても十分に守秘義務は守れる。
事業の倫理観も官 に劣るものではない。
不正を働いたり、お客様にとっ て不利益なことすれば、企業自体が生きていけない時 代です。
民間だから信書を運んではいけないという理 由はない」 「そのため昨年十二月に総務大臣が民間開放の三つの 条件を挙げた時には当社は大きく期待した。
ところが 今年に入って急に『信書便法案』が出てきた。
これに は驚きました。
開放はするが、誰でも運ばせるわけで はない。
総務庁が自分の気に入ったやつだけ入れると いう話です。
そのためにポストを一〇万本立てさせるなどという、国民にとっては何の利益向上にもつなが らないことを条件として突きつけている。
国民の利益 にならない投資をさせるかわりに、一緒に甘い汁を吸 おうという構図です。
とても当社は与することはでき ない」 ――競合として郵政の実力をどう評価していますか。
「我々が同じことをすれば利益が五倍は出ます。
そ れがそうならないのは我々が気づかないところでサー ビスに関係のないコストがかかっている、あるいは過 剰な投資、過剰なネットワークを抱えているからでし ょう。
郵政のネットワークは未だに明治時代の時速四 キロで配達する前提で作られている」 「人口が三〇〇人、所帯が一〇〇戸。
そこに郵便局が ある。
もちろん当社だって、できればそうしたい。
し OCTOBER 2002 36 かし三〇〇人に一店ではペイしません。
ところが、郵 政はそこに局員を三人置いている。
情報開示がないか らはっきり分かりませんが、恐らく年収一〇〇〇万ク ラスの郵便局長もいる。
しかも国民の費用で家賃を負 担して立派な局を設置している」 ――それなら参入したほうが得策では? 「もし郵政が明日から事業を辞めるというのなら、当 社はすぐに一〇万本のポストを作って営業所も拡大し ます。
しかし、競争関係のなかで当社が手を挙げても 明日から仕事が来るわけではない。
郵政よりも良い商 品で、もっと優れた品質でないと、ユーザーには使っ て頂けない」 「当社は郵政のように二万五〇〇〇人の責任者を全国 に配置することはできません。
人口一〇〇人のところ に一人の社員を提供しても、ほとんど仕事量はない。
独占状態だったら許されても、競争状態では許されな いことがある。
それが切磋琢磨するエネルギーにつな がるし、最終的には国民の利益になる。
ところが郵政 には経済効率が決定的に欠けている。
だから郵政は民 間が入っていくのを極度に恐れる。
なぜこれほどまで 抵抗が強いのか。
よっぽど甘い汁なんでしょう」 参入はしないがメール便は強化する ――今回の信書便法を活かせば、DMやクレジットカ ードを配送できるようになるわけですが。
「そうです。
しかしDMやクレジットカードが『信 書』ではないとはなっていない。
『信書』だけれども やっていい。
そのかわりクリアすべき条件と生殺与奪 の権限は総務庁が握るという話です」 ――それを蹴るとなると、クレジットカードやDMが 扱えなくなる。
「当社は信書はやりません。
法律は厳粛に受け止め ます。
しかし当社が信書と思わないものはやる。
貨物 自動車運送事業法に基づいてやります。
具体的には 三〇〇グラム以下のメール便を工夫します。
価格だけ ではなく付加価値をつける。
今は郵便の『定形』の規 格に合わせるために、ユーザー側に余分なコストや手 間がかかっています。
そこを改善します」 「もっとも今、信書の定義を明文化するように要請 していますが、どうような形になるかは来年の四月に ガイドラインが出るまで分からない。
総務省のやり方 によっては来年の四月以降、民間の宅配業者がDM を配送できなくなる可能性も否定できない」 ――今回の法律では、公社に子会社への出資を認める という一文が入りました。
場合によってはヤマト運輸 の買収があってもおかしくない。
むしろ買収した時の 郵政側のメリットはヤマトが一番大きい。
「それは考え過ぎですよ。
運送業で大事なのは資産 ではなくて、ランニングコストです。
既に郵政は人と いう試算を有り余るほど持っている。
基本的には今の 郵政の持っている資産を活性化する、ムダを省いて経 済原則に基づいて展開されるのが、当社からすれば一 番怖い。
もともと郵政には信用力はあるし、ネットワ ークもある。
買収などしなくても今の一〇万人が、そ の気になってムダを自ら排除できるようになれば競争 力は飛躍的に上がる」 ――宅配便とメール便の違いとは。
「言ってみれば、キログラムとグラムの違いです。
宅 急便はキログラムの商売です。
しかし、メール便はグ ラムです。
ハガキともなると数グラムの世界です。
蜜 柑箱一つに五〇〇〇通入る。
全く違うネットワークに なります。
それでも拠点の施設自体は宅急便と共有で きるので、それほど巨額の投資が必要になるわけでは ない。
例えば現在の当社のメール便が倍になってもス 37 OCTOBER 2002 ペース的には問題ない」 ――現在、ヤマトの拠点数は三〇〇〇カ所程度ですが、 これを五〇〇〇まで増やす計画だと聞いています。
宅 急便だけなら、そこまで増やすことはない。
やはりメ ール便があるからでしょう。
また、郵政の集配局がや はり全国で五〇〇〇です。
それが念頭にあるのでは。
「そうでもない。
むしろ宅急便がそこまで進化した ということです。
基本的にお客様に近づくほどサービ スの質は高まる。
ただし、そのためには集配の密度を 濃くしていく必要がある。
そういう面から見ても、特 定郵便局が活性化すれば大変な資産になる。
恐いこと ですよ」 ――メール便を配るクロネコメイトは増えている? 「いいえ」 新人事制度を導入 ――もともと宅急便は正社員のSDによる集配が一つ の柱でした。
しかしメイトは時間給のアルバイトで正 社員ではない。
従来の宅配便のネットワークにとって 異質な労働力です。
この整理は社内で付いているので すか。
メール便を拡大していく上では配送の部分にメ スを入れざるを得ないはずです。
「そこは今、整理している最中です。
確かに大きな 課題です。
メール便を発生集荷でいくのか、固定集荷 でいくのか。
メールについては『宅急便』のような経 験がないし、扱いも少ないので波動が極めて大きい。
それにどう対応していくのかという問題を考える必要 がある。
ディズニーランドやマクドナルドではアルバ イトを使いながら、あれだけのサービスを維持してい る。
その事実をどう活かすことができるか。
試行錯誤 しています」 ――今年五月に人事制度を大きく見直しましたね。
そ れも試行錯誤の一つですか。
「新人事制度では、従来の地域の違いによるひずみ を直して成果主義に近づけました。
地域ナンバーワン の待遇を維持しながらも、地域ごとの賃金相場を従来 よりも強く反映させる形にした。
同時に個人の成果を 待遇に反映させる仕組みに変えました」 ――今後、労務管理の面でポイントになるのは会社形 態だと思います。
メール便事業は将来的には分社化す ることになるのでは。
「メール便と宅配便は、施設と幹線輸送がほぼ共有 です。
違うのは仕分け、配送のあり方です。
新たにメ ールのための専用拠点を作ってという発想はありませ ん。
従って分社についても色々検討はするけれど当面 は考えられない」 ――事業の分社ではなく、むしろ地域の分社? 「どうでしょうね。
その部分の必要性についても、今 回の新人事制度である程度クリアできたと考えていま す」――これまでヤマトは労組との協調が一つの特徴だっ たと思います。
しかし、今回の新人事制度は社員にと っては嬉しい話ではないはずです。
「確かに面白くはないかも知れない。
しかし当社の 財産は人間しかありません。
現在のようなデフレ傾向 のなかで今後、長きにわたって競争力を維持していく ためには、賃金を聖域にするわけにはいかない。
他の 多くの会社のように場当たり的な賃下げを繰り返せば、 社員の意欲も価格競争力も失ってしまう。
その結果、 もっと大きなしわ寄せがくる。
やや大げさですが、平 成一四年に人事制度を大きく変えたことの意味は、い ずれ歴史が証明してくれると思います。
その意味では 労働組合も今回は大変な英断をしてくれたと思いま す」 特集 郵 政 VS 宅 配 業 者

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