ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2002年9号
判断学
人はなぜ判断を誤るのか

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 第4回 人はなぜ判断を誤るのか 奥村宏 経済評論家 第4回 人はなぜ判断を誤るのか SEPTEMBER 2002 66 どう判断してよいのか分からない。
三井物産のこの事件への対 応の失敗は判断力の欠如がもたらしたもので、これが会社の社 会的信用を失わせることになった。
USJの対応 もう一つ、最近コメントを求められた事件でユニバーサル・ スタジオ・ジャパン(USJ)が殺菌処理をしていない工業用 水を飲料水としてお客に飲ませていたという事件がある。
US Jという会社はアメリカの映画テーマパークが大阪に作ったも ので、外資系の会社であるが、これには大阪市も出資している。
この問題が発覚した時、会社の広報担当者はテレビカメラ マンが現場に入ることを拒否し、「被害者が出ていないのだか ら問題ない」と言っていたという。
USJは昨年にも、場内のレストランで賞味期限の過ぎた食材を使用していたというので問題になった会社である。
会社 は半年以上前から、飲料水に工業用水を使っているという事 が分かっていたにも関わらず、それを隠してきた。
そして事件 が外部に漏れると、開き直る態度をとってマスコミに反発され た。
この事件が起こった時、私はコメントを求められたが、正直 に言ってUSJという会社がどういう会社かよく知らなかった。
そこで取材に来たテレビ会社の記者に逆に「USJという会 社はどういう会社ですか」と聞く始末だった。
テレビの取材記者が言うには「この会社は外資系の会社で、 問題が起こった場合、いちいちアメリカの本社にどう対応した らよいのか聞き合わせなければならないのではないか」と言っ ていた。
おそらくそういう事情があったのだろうが、この会社の広報 担当者の態度はいまどきの会社では考えられないほど強圧的な ものだったという。
しかし、このことがこの会社のイメージを いかに悪くするか、ということが全く分かっていなかったので はないか。
三井物産の事件 私は長年、株式会社の研究をしてきた。
と言っても大学で は株式会社論という講座はないので、企業論とか日本経済論、 あるいは証券市場論という講義名で教えていた。
大学を辞めてからは肩書きがなくなったので、人に聞かれた ら「経済評論家」ということにしているが、本当は株式会社の 研究家というのがふさわしい。
大学にいた時から新聞や週刊誌などからコメントを求められ ることが多く、ときどきテレビに出ることもある。
たいていは 企業にかかわる事件が起こった時にコメントを求められるのだ が、それは株式会社の研究家として、どう判断するのか、とい うコメントである。
最近もそういうコメントを求められた事件がいくつかあった。
一つは三井物産が国後島のディーゼル発電施設の入札で談合 をしていたという事件である。
これは言うまでもなく鈴木宗男 代議士にまつわる事件で、三井物産がそれに関わっていたとい うものである。
この事件で三井物産の社員二人が逮捕されたが、これに対 し会社側ははじめ「社内調査をした結果、そういう事実はなか った」と全面的に否定していた。
ところが二人が起訴されると 一転して社長がお詫びの記者会見をし、会長、社長など四人 が三カ月間、役員報酬の二割を自主返上すると発表した。
会社側のこの事件への対応について私はコメントを求められ たが、私はかつての商社批判のことなどをあげて、「この会社 は全く過去の教訓から学んでいないのではないか」とコメント した。
おそらく三井物産の広報担当者は昭和四〇年ごろの商社批 判について知らないのではないか。
そして経営者もそういう事 件があったことを忘れてしまっているのではないか。
人間の判断力は過去の経験から学ぶところから生まれてく る。
過去の経験から学ばないから、事件が起こった時に咄嗟に 三井物産やUSJなど、株式会社による事件が後を絶たない。
広報担当者の非常識な対応が、 社会的信用の失墜に拍車を掛ける結果を招いている。
事件を批評する識者やジャーナリスト の判断力欠如も目立つ。
情報化が進むほど、人間の判断力は衰えてしまうものなのだろうか。
67 SEPTEMBER 2002 断力が試される。
理論家、評論家だけでなくジャーナリスト も判断力を試されるのだ。
エンロン事件からアーサーアンダーセンが危機に陥り、さ らにワールドコムに飛び火して大事件になっていることはよく 知られているが、これでも「アメリカの株主資本主義は健在 です」などと聞かされて、本当だと思う人がいるだろうか。
情報は多いが判断力がない いま世の中には情報が溢れかえるほどある。
インターネッ トの普及で、世界各地から情報が即座に入る。
「情報化社会」 ということが言われだして久しいが、情報が洪水のように溢 れかえっている。
しかし、いくらたくさん、そして早く情報を入手したとし ても、それを判断する力がなければどうしようもない。
ここで取り上げた三井物産やUSJの事件がそうだが、担当者はた くさんの社内情報を持っており、それを外部に隠していた。
し かしその情報を判断する力がなかったために、とんでもない 失敗をし、結果として会社の社会的信用をなくしてしまった。
エンロンのような事件では理論家や評論家、そしてジャー ナリストの判断力が試されるが、それが欠如していると大変 なことになる。
エンロン事件を判断するには、アメリカの株 式会社がいまどのような状態にあるか、ということを判断す る必要があるが、それにはアメリカの株式会社の歴史を勉強 する必要がある。
そして株式会社を理論的に捉えるというこ とも必要だ。
総じて理論と歴史の勉強によって判断力ができ てくる。
そうしないで、エンロンに関する情報をいくら集めて も、そこからは判断力は生まれてこない。
私は「情報化社会になればなるほど人間の判断力が衰えて いる」と言ってきたが、最近経験した三つの事件はいずれも そのことを証明しているように思える。
人はなぜ判断を誤るのか? 原点に立ち返って考え直す必 要があるのではないか。
そしてアメリカの本社では、日本でこれがどういうふうに受 け止められるか全く分かっていない。
会社の内部の論理が先行 し、社会的常識が欠けていることがこういう判断の誤りをもた らしたのである。
エンロン事件の見方 以上は最近、私がコメントを求められた事件だが、その時痛 感したのは、担当者や経営者がいかに判断力に欠けているかと いうことだった。
情報はたくさんあるのだが、それを判断する 力がない。
そのために大変な失敗をし、社会的信用をなくして しまう。
これはなにも先に挙げた会社だけに関わる話ではない。
前回、 この欄で取り上げたエンロン事件をどう判断するか、というこ とでも人々の判断力が試されている。
『検証 株主資本主義』という本が日経BP社から出ており、 その中でエンロン事件を取り上げているというので早速読んで みた。
ところが読み始めて驚いたのは「エンロン事件はアメリ カの株式市場を大きく揺さぶることはなかった」と書いており、 そしてアメリカがこの事件をいかにうまく処理したか、という ことから学ばなければならない、という論調で書かれている。
経済学者のクルーグマンは、エンロンの事件は九・一一事 件よりももっと深刻で、アメリカ資本主義に大きなダメージを 与えると早くから書いているが、これに対しこの本ではエンロ ン事件はたいしたことはなく、むしろそれがいかにうまく処理 されたか、ということから学ばなければならない、というので ある。
この本は日本経済研究センターでの研究会の成果であると いうが、いったいこの人たちはエンロン事件をどのように研究 したのだろうか。
エンロン事件はブッシュ大統領の言うような 「腐ったりんごがいくつかあるが、あとはみな健全だ」という ようなものだろうか。
こういう事件が起こった時、理論家、あるいは評論家の判 おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
主な著書に「企業買収」「会 社本位主義は崩れるか」などがある。

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