ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス

ICタグにダマされるな

(日経ビジネス 2004年1月12日号号掲載分の元原)

 従来のバーコードを無線ICタグに置き換えれば、夢のSCMが可能になる。流通の効率化が進み、巨大なICタグ関連市場も生まれる。景気の良い話で産業界が沸き立っている。しかし、実際のユーザーとなる物流現場は一連の騒ぎを冷めた目で眺めている。ICタグは当分のあいだ使えないと分かっているからだ。

最大31兆円の経済効果

 無線ICタグの普及による経済波及効果は、2010年で約17兆円ーー総務省が2003年8月に発表した市場予測だ(電子タグの高度利活用に向けて−「ユビキタスネットワーク時代における電子タグの高度利活用に関する調査研究会」中間報告−)。同報告書によると2007年移行、ICタグの普及は急速に進み、少なく見積もっても9兆円、ベースケースで17兆円、最大では31兆円の経済波及効果を生むという。

 ICタグとは、JR東日本のプリペイドカード「Suica」などにも使用されている無線ICチップを、物流管理用の荷札に組み込んだものだ。「RFID(Radio Frequency Identification System)」とも呼ばれる。従来のバーコードのように、一つひとつの荷札に読みとり機をあてる必要がない。離れた場所から、複数の荷札をまとめて読み込むことができる。

 このICタグを利用することで、究極のSCM(サプライチェーン・マネジメント)が可能になる。サプライチェーン上の商品のステータスをリアルタイムで完全に把握することで、ムダな在庫をなくし、物流処理を自動化できる。企業のコストは劇的に下がる。さらにはICタグの関連機器やICタグを使ったニュービジネスなどの巨大なマーケットも生まれる。そんなバラ色のビジョンに、行政や産業界が沸き立っている。

 騒ぎに火を付けたのは、米マサチューセッツ工科大学を本拠地とする「オートIDセンター」だ。次世代のバーコードシステムの開発を目的に1999年に設置された同センターは、もともとICタグの標準化という専門的なテーマを扱う比較的、地味な存在だった。

 ところが「9.11」のテロ事件をきっかけに、輸出入貨物の検査問題に直面した米国政府がICタグに着目。同センターの活動が、にわかにクローズアップされることになった。2003年10月には米国防総省が全ての納入業者に対し、2005年1月までにあらゆる商品にICタグを添付することを義務付けると発表した。

 日本政府も動いている。物流業を管轄する国土交通省を始め、食品のトレーサビリティ問題を抱える農林水産省、産業の活性化を期待する経済産業省、さらには電波を管理する総務省などが、それぞれ予算を付けてICタグの実証実験に乗り出している。

 こうした動きと並行して技術革新も急速に進んでいる。タグの小型・軽量化に加え、値段も2年前まで1個100円前後したものが、現在は10円代のタグまで登場している。さらにオートIDセンターでは、「チープ・タグ」と名付けた、1個5セント以下の安価なタグを2005年には実用化すると宣言している。

 ただし、チープ・タグは大量生産が前提だ。タグの値段を1個5セント以下にするには年間100億個程度の生産が必要とされる。そのためICタグの推進者たちは、個別の製品や宅配便の荷札に印刷されている現在のバーコードの大部分をICタグに置き換えることで、需要を確保するという発想に立っている。

個別商品の管理には使えない

 ところが実際にICタグを使って商品を管理する立場にある物流現場は、一連のお祭り騒ぎを冷めた目で眺めている。ICタグの可能性に対する当初の熱狂と、その後の実証実験を通じて知った現状に対する落胆は、既に物流の実務家たちが経験してきたところだからだ。

 アパレル業界におけるICタグの実証実験でリーダー役を務めてきた大手アパレルの担当責任者は「ほんの数年前まで私は熱心なICタグの推進論者だった。周囲にもそう吹聴して歩いていた。しかし今は違う。その可能性には期待しているが、実用化はだいぶ先の話と考えるようになった」という。

 段ボール箱の中の商品をICタグでまとめて認識することができるのなら、確かに検品業務の手間は解消され、大幅なコストダウンが可能になる。しかし実際には、ICタグは二枚重なっていると読めなくなってしまう。リーダーを当てる角度によっても認識率は下がる。実証実験の結果、データの読み取りの間違いが数%というレベルで発生することが分かった。

 現在、日本の大手流通業者は取引先の卸やメーカーなどのベンダーに対し、納品の誤差率を数万分の1以下に抑えるよう要請している。数%の精度では到底、容認されない。結局、ベンダー側の物流センターでは箱の中から商品を取り出し、リーダーをICタグに一つずつあてて、情報を読み込まざるを得ない。それではバーコードと変わらない。

 ICタグが破損している場合の処理の問題もある。チップに記録されている情報は人間の目では読みとれない。破損していれば現場はお手上げだ。そのため商品もしくはICタグを識別するための数字やバーコードを別途、印字する必要がある。つまりICタグはバーコードを置き換えるどころか、バーコードに補完されているのが現状なのだ。

 国土交通省は2001年の「新総合物流施策大綱」に「RDIDの導入・普及の促進」が加えられたことを受けて、同年10月に航空貨物を対象にしたICタグの実証実験を行っている。ICタグ約5000枚を荷物に添付。航空フォワーダー、通関、航空会社という複数の事業者が同じタグを読み書きして、作業を効率化しよういう狙いだった。

 しかし、実証実験の結果、検討は1年で中止になった。タグの読みとり精度や破損、コストなどの問題に加え、そもそもタグに新たなデータを書き込む必要性自体が乏しいと分かったからだ。大手宅配会社の幹部は「2次元バーコードでさえ現状では導入を見送っている。ましてやICタグなど使い道がない」という。

 UPSやフェデックスなどの国際宅配業者は現在、2次元バーコードをベースにしたシステムを運用している。日本の物流業界でも日本通運を始め2次元バーコードの導入は検討が進められている。しかし、現状では普及の見通しは立っていない。少なくとも国内のオペレーションに関して、現在の1次元バーコードでカバーできないほどのデータを物流業者は必要としていない。ICタグは、その2次元バーコードよりもさらに遠い存在だ。

不買運動に直面したベネトン

 仮にICタグの技術的課題が全て解決され、採算上も十分にペイするようになったとしても、最後には個人情報保護という問題が立ちはだかる。アパレル大手のベネトンは2003年3月、衣料品1500万点にICタグを添付し、同社の世界5000店舗で販売してサプライチェーンマネジメントに利用する計画を公表した。

 ところが、プライバシーの侵害を理由に米国の消費者団体がこれに反発、「ベネトンを着るぐらいなら、裸になったほうがましだ」と不買運動を繰り広げた。結局、ベネトンは計画を撤回。「当社が現在、販売している製品にICタグは一枚も使われていない。今後、使用するかどうかも決まっていない」と発表して、火消しに追われた。

 同7月には、ウォルマートと剃刀メーカーのジレットが、製品パッケージにタグを付けて追跡管理する実験を中止したことが明らかになった。両社はその理由を公表していないが、「消費者の反発を恐れたためだ」と関係者は口を揃える。それだけICタグに対する欧米消費者団体の拒否反応は激しい。オートIDセンターや関連ベンダーのコンピュータには、ICタグ普及の反対派と見られるハッカーからの執拗な攻撃が今も続いているという。

 ICタグで追跡した個別商品の履歴は、インターネットを介してデータベースに蓄積される。それがクレジットカードなどの情報と紐付けされると、いつ、誰が、どこで何を、いくらで買ったという個人情報が外部に流失してしまう恐れがある。衣服や財布など身につけているものから、個人を特定されてしまうというSFまがいの指摘もある。

 専門家はICタグの情報が悪用される技術的可能性は低いとするものの、消費者のコンセンサスを得るのは容易ではない。現在、販売時点でICタグの情報を無効化する仕組みの開発も進められているが、それによってコストアップを招けば実用化はまた遠のく。

 こうした問題があるため現状では、ICタグは社内や特定の企業間などの閉じた環境でしか利用されていない。しかも、ほとんどは実験段階で実用化には至っていない。「私の知る限り、物流管理用のICタグを実際にビジネスベースで使っているのは、アパレル業界でも当社だけ。海外の事例を含めて他の取り組みは全て実験の域を出ていないようだ」と先端情報工学研究所(Liti)の高橋良明取締役経営企画部長はいう。

当面は社内で繰り返し利用

 同社は物流システム構築から現場のオペレーションまでを手掛けるベンチャー企業だ。まだ規模は小さいながら、ICタグの特徴を活かしたサードパーティ・ロジスティクス事業によって倍々ゲームで業績を伸ばしている。2002年度の売上高は約22億円で前年比220%。経常利益も2億4000万円を確保した。今期も大幅な増収を見込んでいるという。

 同社の主要顧客の一つ、アパレル大手のフランドルのケースではICタグを活用によって物流コストを約3割削減できた。最初はケース単位でICタグを使用した。物流センターでICタグを発行し、店舗納品用のケースに張り付ける。そしてアイテムごとに種まき式で商品をケースに分配する。

 投入した商品の商品番号と数量はケースを移動する際にICタグに自動的に書き込む。全て投入し終えたら、ケースに添付されたICタグのデータから自動的に配送伝票を作成して出荷する。新システムの導入により商品のバーコードを一つひとつ読みとらずに済むようになったため、現場担当者をそれまでの5人から2人に減らすことができた。

 2003年7月からは商品単品にも直接、ICタグを付けている。店舗販売員を物流業務から解放することが狙いだ。アパレルの店舗人件費の約3割は、荷受けや月末の棚卸しなどの物流業務にかかっている。商品自体にICタグを付けることで、店舗の物流業務を解消する。縫製工場から出荷する時点で商品毎にタグを添付。店頭での販売時に外して回収する。タグの値段は1個約100円。繰り返し利用することで、ランニングコストを抑えている。

 ほかにもLitiは現在、エルメスやフェラガモといった高級アパレルの日本法人を主な顧客に抱えている。このように生産から店頭までを社内で垂直統合した製造小売り(SPA)であればICタグの実用化も不可能ではない。ただし、バーコードと比較して初期投資やランニングコストがかさむため、「SPAでも単価が低いブランドでは単品レベルの添付は採算が合わない」という。

ウォルマートの要請

 ウォルマートも当面は荷物運搬用のパレットや段ボール箱単位でICタグの利用を進める計画だ。同社は中止したジレットとの計画とは別に、主な取引先メーカーに対し2005年までに納品する全商品にICタグを添付するように要請している。盗難防止や物流関連コストの削減に役立てようという狙いだが、取引先メーカーには大きな投資負担がかかってくる上、投資効果を疑問視する声も少なくない。

 同社の事情に詳しい米調査会社、AMRリサーチのスコット・ランドストーム上級副社長・CTOによると「ウォルマートはこの先、12カ月以内にサプライヤーにRFIDの導入コストとして20〜30億ドルを費やすことを要求するだろう。それでも、この取り組みから利益を得るまでには3年から5年はかかるだろう。さらにサプライチェーンのコストを15%削減するには、5年から10年の時間が必要だろう」という。

 ICタグがロジスティクスにバーコード以来の革新をもたらすことは誰も否定しない。過去、企業の在庫管理システムは、モノの動きと情報の同期化の歴史だった。モノの動きは誰かが入力しなければシステムに情報として取り込めない。そのため入出金計算から出発した当初の在庫管理システムは、実際のモノの動きとは完全に切れていた。定期的な棚卸し作業で、それをつき合わせていたわけだ。

 その後、バーコードが普及し、データ入力の手間が大幅に軽減されたことで、モノと情報の同期化は飛躍的に進んだ。さらにICタグでモノの動きが常時、自動的に把握できるようになれば、モノとシステム上のデータは完全に同期化する。それによって単に流通の効率化だけでなく、全く新たなビジネスモデルが可能になる。

 慶應義塾大学環境情報学部の國領二郎教授は「世の中のモノに全てシリアルコードが付いて、その入出力が自動化され、かつデータベースとつながった時、非常に大きなブレークスルーが起きる。例えばモノのモニタリングによって、リサイクルやレンタルのような循環型のビジネスが強力にサポートされる」と指摘する。

ICタグが拓くビジネスモデル

 通常の売り切り型の商売と比較して、レンタルモデルは環境面では圧倒的に優れている。しかし、従来はモノの追跡にコストがかかり過ぎて、レンタルビジネスは限られた分野でしか実現できなかった。ICタグの活用によって突破口が開ける。その結果、従来のメーカーの概念が根こそぎ覆される可能性も出てくる。

 そこで利用されるコード体系の標準化やデータベース設計の選択は、まさしく今日の我々が直面している重要なテーマだ。しかし、すぐにICタグが普及してビジョンが実現するわけではない。バーコードは開発されてから普及するまで20年以上を要している。ブームの過熱は、いずれ必要以上の揺り戻しを招く。

 ICタグは現在、極めて限られた方法でしか実用化できない。構想通りにタグの値段が1個5円になれば、関連ビジネスの市場規模も限定的にならざるを得ない。しかも多頻度小口化の極端に進んだ日本の企業は、もともと欧米に比べ格段に少ない在庫でサプライチェーンを運用している。盗難等の発生頻度も小さい。それだけICタグの導入効果も小幅にとどまることは覚悟しておく必要がある。実状を無視した過度な期待と拙速な投資は慎んだほうが賢明だ。


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